両利きの経営

  • 東洋経済新報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492534083

作品紹介・あらすじ

世界のイノベーション研究の最重要理論、初の書籍化!

感想・レビュー・書評

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  • 「両利きの経営」

    1.購読目的
    市場には、成長→成熟→衰退の流れがあること。
    さらにいえば市場をつくるミクロ/企業レベルにおいても同様のことがいえること。

    2.両利きの経営とは?
    ①新規事業の育成
    書籍では「探索」という。
    ②既存事業の保全
    書籍では「深化」という。

    ①は破壊的イノベーション、②は持続的イノベーションとも読み替えることも可能。

    3.両利きの経営。なぜしくじる?
    ①経営者のメッセージがエモーショナルでないため、幹部そして社員を巻き込めなかったから。
    ②新規事業の目標設定は既存事業と異なる。しかし、いつのまにか既存事業のように利益率そして成長率を当てはめてしまうため。
    ③新規事業には、金、ひと、そして時間も必要。しかし、既存事業側にその理解と調達協力がなければ、当然破綻してしまうため。

    4.Amazon。なぜイノベーション?
    ベゾスのビジョン。
    自社の顧客には何が必要なんだ?
    で、俺らには、どんな能力が足りないんだ?
    で、どう埋めるんだ?

    新規事業100よりも1,000やれば結果として成功する事業の個数は増える。
    実験→検証→補正の圧倒的なスピードを回す幹部とそれを支えるスタッフ。

    ページ量がある。
    しかし、それだけに失敗そして成功それぞれのケースを観察できるメリットもある。


  • 両利きの経営って、右脳と左脳を使って頭をフル回転して経営するのかと思っていましたが違っていました。

    自社の既存の認知を超えて、ビジネスを広げていく経営と、自社の分野を深堀していく経営を両輪として経営を行っていくことでした。

    クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」をベースとして拡張される理論と、裏付けの多くの実例の解説からなっています。その最たるものは、アマゾンです。

    ビジネスを広げていく経営だけでは、厳しい市場で差別ができなく退場することになる一方で、深堀ばかりしていくと、イノベーションから立ち遅れて時代から取り残されてしまう

    最短、数年という短い単位でイノベーションが繰り返し起こっている中、著書は、
    ダーウィンの「もっとも環境に適応できた種が生存競争に生き残れる」という言葉を残されています

    わかりやすい例だと、コダックVS富士フィルムがでてきます。(古森氏の本を事前の読んだほうがわかりやすい)

    コダックは、深堀のみで、フィルムにこだわって市場から退場することになりましたが、富士フィルムは、フィルムが儲かっているうちに、界面化学で得意する分野に多角化して生き残っています。

    構成は次の通り

    第Ⅰ部 基礎編 破壊にさらされる中でリードする
      第1章 イノベーションという難題
      第2章 探索と深化
      第3章 イノベーションストリームとのバランスを実現させる

    第Ⅱ部 両利きの実践
      第4章 六つのイノベーションストーリー
      第5章 「正しい」対「ほぼ正しい」

    第Ⅲ部 飛躍する
      第6章 両利きの要件とは
      第7章 要としてのリーダー(および幹部チーム)
      第8章 変革と戦略的刷新をリードする

  • 不確実性の高い探索、すなわち、新たなビジネス開発を行いながらも、深化、すなわち現事業の改善によって安定した収益を確保する。両者のバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで行うことを、「両利きの経営」と本書では呼んでいる。
    一般的に、企業には、事業が成熟するに伴いどんどん深化に偏っていく傾向がある。これをサクセストラップという。成功企業は、成功の要因を深掘りすることにリソースを割き過ぎて、市場や技術の変化に適応しきれないことがある、というか、そういう企業の方が多数派であると、本書は主張している。
    「両利きの経営」を成功させるためには、リーダーの役割が決定的。リーダーは、既存の資産や組織能力を深化し、今日の収益源である成熟事業で競争しながら、新規事業を探索して未来の市場に備えなければならない。
    「両利きの経営」に成功した経営者として、本書では、Amazonのジェフ・ベゾスが紹介されている。
    成功、あるいは失敗した企業の事例が豊富に紹介されている。これが、物語として面白い。Amazon、シアーズ、富士フイルム、コダック、ネットフリックス、SAP、ファイアストン、IBMなど。
    特にIBMの例は、「両利き」を会社の中に「仕組み」として組み込んだ成功例として紹介されている。
    「両利きの経営」を実践するためのポイントを、本書では4つ挙げている。戦略的意図、経営陣の関与・支援、組織構造、共通のアイデンティティである。それらを実際に会社の中に根付かせるには、リーダーの役割が大きいと、本書は主張している。
    うまく要約できているか心配であるが、本書のおおよその内容はこういったところである。
    著者は、2人の学者であり、本書では示されていないが、この主張には、エビデンスがあるはずである。

    既存ビジネスを深化・進化させ、より良いビジネスにしていくこと。どんなビジネスにも寿命があるはずなので、既存ビジネスを強くする活動ばかりではなく、将来に備えて、新規のビジネスを創出していくことの両方が必要、というような書き方をすれば、当たり前のことを言っているだけのように思える。
    本書のポイントは、豊富な事例の紹介と、その分析から得られた、「両利きの経営」を成立させるために必要な要件の明示である。事例の中では、特にIBMのものが面白く、また、説得力を持っている。
    本書は、一つのビジネスをどのようにうまく運営していくか、という話ではなく、一つの企業全体をどのように繁栄させ続けるか、ということが主題である。従って、会社の経営者、あるいは、会社全体の戦略に大きな影響力を持つ人が読者である。そういう意味で、限られた読者向けの本であると思うのだが、結構、話題になっている本だ。そのあたりは、少し不思議。

  • 『イノベーションのジレンマ』で、クリステンセンは、経営者が論理的に考え、適切なオペレーションを行い、持続的改善に拘るあまり、最終的に破壊的イノベーションに対抗できず窮地に追い込まれる事例をいくつも挙げた。そして、破壊的なイノベーションを起こすために探索を行う組織(サブユニット)を本社組織とは別に作ることを推奨した。しかしその実態としては、多くの場合は本社から十分なサポートが得られないまま失敗に終わってきた。

    この不都合を克服するために著者が主張するのは、この本のタイトルにもなっている「両利きの経営」である。

    「成熟事業の成功要因は漸進型(Incremental)の改善、顧客への細心の注意、厳密な実行だが、新興事業の成功要因はスピード、柔軟性、ミスへの耐性だ。その両方ができる組織能力(Capability)を「両利きの経営(Ambidexterity)」と呼んでいる。

    解説の入山章栄さんがその著書『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』の中で本書の著者タッシュマンの両利きの経営の研究に言及し、「世界の経営学で最も研究されているイノベーションの理論の基礎は「Ambidexterity」(両利き)という概念にあるといって間違いありません」として、イノベーションの分野においては、クリステンセンの示唆する方向よりもより深く研究が進んでいるとして紹介している。
    何より、自社の方でもイノベーションにどのように対応していくのかという大きな経営課題に対する解決策としてこの『両利きの経営』が喧伝され、そういったこともあって手にとって読んでみた。

    成熟事業では「深化」を進め、同時に新興事業においては「探索」を続ける。「探索」と「深化」とでは、求められる組織的な調整や組織能力が根本的に異なるため、組織的に意識をして仕組みとして実行することが現代における多くの企業では必要である。そのとき、その成否を左右するのは、テクノロジーでも、はたまた運ですらないという。何といっても最大の要因はリーダーシップにあるというのが本書の重要なメッセージでもある。なぜなら「概念上は簡単そうに見えても、多くの場合、実行するのはきわめて難しい」ため、リーダーシップによるトップダウンの実行が必要になるのである。
    (なお、キーワードになっている「深化」と「探索」は、英語にするとExploitionとExplorerationと非常に似た語感の単語になっている。訳者は少しでも漢字を似せようとしたのかもしれない)

    「組織の観点でいうと、深化がマネジメントの問題だとすれば、探索は基本的にリーダーシップの問題である」と著者は言う。「上級リーダーたちが優秀なマネージャーになったとき、組織は危険にさらされる」とまで言い切る。なぜなら、「短期的には、現状維持のためという口実は、たいてい説得力を持っている」からである。

    「既存のビジネスモデルを活かして、未来の探索に役立つ形で既存の資産を再構成できる場合、リーダーシップがきわめて重要になる。...この能力は養っていく必要があるうえ、しっかりと守らなければ、すぐに失われてしまう」

    本書の多くの部分はうまく両利きの経営ができたかそうか、成功・失敗両方の事例企業の紹介とその分析に当てられている。ざっと挙げると次の通りだ。

    成功企業事例
    ・Netflix ... 郵便DVDからオンライン配信への転換に成功
    ・富士フィルム ... Kodakと違い多角化に成功
    ・Amazon ... 本のオンライン販売から多品種・中古販売、さらにはクラウド(AWS)やエンタメ事業にまで進出。顧客満足をコアバリューとしてトップダウンで徹底
    ・Ball Corporation ... 保存用ガラス瓶の会社から宇宙産業への進出
    ・USA Today ... 他の新聞社と違いトップダウンでオンラインへの転身を図り成功
    ・CIBAVision ... コンタクトレンズから新製品への移行に成功
    ・Flextronics ... 既存リソースを活用して海外で成功
    ・Cypress Semiconductor ... 継続的な新規事業の探索に成功
    ・IBM ... 新規事業探索のプロセスをCEOのリーダーシップの下で仕組化、組織として浸透
    ・British Telecom ... リーダーシップにより新規事業の立ち上げに成功
    ・Haier ... リーダーシップの下、戦略的に新規事業に取り組み

    失敗企業事例
    ・Blockbuster ... Netflixとの競争に敗れて廃業。『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(お勧め!)にも詳しい。
    ・Kodak ... 富士フィルムと違い、写真フィルムビジネスから抜け出せず破綻
    ・SAP ... 新規プロジェクトが失敗
    ・Sears ... 全米に広がったが、サクセストラップに嵌り経営破綻
    ・HP ... ポータブルスキャナ事業の立ち上げに苦労
    ・Firestone ... 古いタイプのタイヤに拘り身売り
    ・RCA ... サクセストラップに嵌り、新規事業の立ち上げに失敗
    ・Cisco Systems ... 新規事業の探索を組織として実行しようとしたが、やり方が徹底できず多くが失敗
    ・航空会社 ... 格安航空の経営に失敗

    例えば、最初の方で取り上げられるAmazonについてはかなり詳しく企業成長の経緯が説明されている。シアーズやIBMも大きく取り上げられているが、CIBAVisionやBall Corporationといった特に日本ではなじみの薄い企業にも焦点が当てられていて、それぞれの企業の物語としても面白く読める。

    リーダーシップが重要だと言うが、リーダーがすべてを決定するということを意味するものではないのである。両利きの経営の成否はリーダーシップにかかっているのかもしれないが、それはリーダーがすべてを決めて取り仕切り、物事を進めるということではない。そうではなく、逆に組織として両利きの経営のCapabilityを備えていかないといけないのだ。例えば、Amazonのジェフ・ベゾスは次のように言う。

    「私がすべてのアイディアを持っているわけではない。それが私の役割ではない。私の役割は、イノベーションの文化を構築することだ」

    もちろん、何が新しい脅威であり、何に取り組むべきかを捉えるのはリーダーの仕事だ。
    「企業のリーダーには、確実に新しい脅威を察知し、組織の既存資産を再構成して新しい機会を捉える責任がある。これが、組織のリーダーが果たすべき役割の本質なのだ」

    多くの企業においては、現在の地位を築くにあたっての成功体験を有している。そのため、新しい機会や脅威が訪れたとしても既存領域ややり方を組織的に優先し、これまで磨き上げた組織能力を活用した守りに回ってしまう。著者はこれを「サクセストラップ」と呼び、多くの企業が陥る罠であるとする。『イノベーションのジレンマ』以来、何度も指摘されてきたものであるが、実行できている企業は少なく、多くの企業が経営破綻や身売りに追い込まれてきた。

    著者の分析では、進化生物学的な観点から、「多様化(variation)」「選択(selection)」「維持(retension)」がその基礎になるという(頭文字を取ってVSRと呼ぶ)。企業も生物と同じように変化する環境に応じて進化していかなければ生き延びることができないというのがその認識だ。うまくこのCSRのプロセスを回すための組織能力を「ダイナミック・ケイパビリティ」と呼んでいる。変化が早まった現代において、こういったプロセスを恒常的に回して反復できることが「両利きの経営」なのである。その上で、組織がうまく両利きになれる状況は、「明確な戦略的意図」「経営陣の保護や支援」「対象を絞って統合された適切な組織アーキテクチャー」「共通の組織アイデンティティ」という四つの要素が揃わないと難しいという。そういった組織にするための方向性を指し示すのは、依然リーダーの役割かもしれない。

    誰もが認めるように近年は一定規模の企業にとって、いかにイノベーションを創出していくのかが課題になっている。実際には、巻末解説の冨山さんが言うように「既存産業の大構造転換や大絶滅を起こすような破壊性を持つイノベーションを起こす確率について、自分自身、あるいは自社が起こす確率と、別の誰かが起こしてしまう確率とで、どちらがより高いかは自明である」ため、提携やM&Aも含めた「探索」が必要となってくるのである。したがって、「誰かが起こした(起こしつつある)破壊的なイノベーションに対して、どうすれば後手に回らずに的確に対応できるか?」が実際的な問いになるのである。そこに向けた組織力の醸成が必要となってくる。

    言うは易し、行うは難し。

    ---
    『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(入山章栄著)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4862761097
    『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』 (入山章栄著)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4822279324


    『NETFLIXの最強人事戦略』のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4334962211
    『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4492503021
    『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4105071211
    『アマゾンが描く2022年の世界 すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」』のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4569837336
    『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4822249816
    『ワンクリック ジェフ・ベゾス率いるAMAZONの隆盛』のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4822249158

  • イノベーションは現場からと言ってるうちは、成功しないことが良く分かった。
    経営者に続くリーダー層が本気で現場と一緒に汗をかかないと、探索は実現しない。
    それは日々実感している。
    そういう会社の探索に携わる担当者は支援がないまま疲弊するか、何もしないで異動のときを待つだけなのかな。

  • 既存ユニットの深化と、
    既存リソースを活用して新領域でのビジネスを探索。

    この矛盾を孕んだ状態を許容し、実験を繰り返し、経営者が意志を持ってマネジメントしていくことを解いた本。なんと厳しい。でも説得力があるし身に沁みます。

  • 知の探索と知の深化。わかってはいるが、実現するのは中々難しい。多くの企業の実例をあげて、成功例、失敗例があるので、とっつき易い。名門企業も継続して生き残っていくのは簡単ではなく、リーダーシップとイノベーションが必要性だとあらためて認識。入山章栄さんと冨山和彦さんの解説読むだけでもポイントがおさえられていて価値あるかも。

  • ゼロから新たな事業を興すベンチャー企業ではなく、既存事業で確固たる基盤を擁している企業が新たなイノベーションを実行し、生き残っていくためには、どうすればよいかということをテーマにした本。

    クリステンセン氏の『イノベーションのジレンマ』で有名なように、既存の事業を抱える企業は破壊的イノベーションを起こすことが難しく、新興企業との競争に敗れる傾向にあると言われてきた。

    本書ではその壁を乗り越えるための方法として、「両利きの経営」を提唱している。両利きの経営とは、新たなイノベーションの可能性を「探索」する活動と、それを収益力の高い事業へと「深化」させていく活動の両方を、バランスよく行っていく経営スタイルのことである。

    「探索」は試行錯誤を繰り返す行動力が求められ、不確実性が高く、利益率や生産性指標で測られるような意味での効率は、低いと言わざるを得ない。しかし、これを怠り既存事業のブラッシュアップに専念していては、「イノベーションのジレンマ」から逃れることはできない。

    一方で、「探索」だけでは新たな事業基盤を築くことはできず、その中から見つけた新規事業の種を「深化」させていくことも求められる。この段階では、製品・サービスの質を高めるための研究開発力、市場に訴求し潜在的な顧客を顕在化させるための営業力、開発から生産、販売までを支える資金力が求められる。このプロセスにおいては、既存事業を抱える成熟企業が持っているリソースも、活用することができる。

    つまり、ベンチャーのような活動と成熟企業の力を両方うまく活用することが、「両利きの経営」だとも言える。

    ベンチャー企業の立ち上げ方や大企業における経営改善策を、それぞれ各論として論じた本は多かったが、これらを組み合わせ、成熟した企業においてイノベーションを実行する方法を論じた本は、これまで少なかったのではないかと思う。

    一方で、これだけであればただ「いいとこ取り」をすればよいという話になってしまうが、本書では数多くの企業の事例研究を通じて、このような両利きの経営が抱える葛藤や矛盾と、それらを乗り越えた企業はどのような策をとったのかということにも踏み込んでいる。

    本書の第II部では、USAトゥデイやヒューレット・パッカードのような成熟産業における主要企業での事例から、フレクトロニクスやチバビジョンのような先端技術産業や専門分化した産業における事例まで、この両利きの経営を実践した事例を紹介している。

    さらにはIBMを取り上げ、このような転換を一度だけでなく持続的に行うための仕組みについても、解説がなされている。

    これらの事例では、経営陣の間で生じた対立や、上層部から現場までの各層がどのように動いたのか、といったことについて具体的に描かれているため、自身の仕事の場面など身近な事例との類似点を見つけることができ、両利きの経営の難しさや勘どころを、よりリアルに感じることができるようになっている。

    これらの事例紹介を踏まえたうえで、第III部で両利きの経営を実践するための要件を整理している。

    筆者らの整理によれば、両利きになるための要素は4点である。

    第1点目が、探索と深化の矛盾や葛藤による困難なプロセスを乗り越えるために必要な、明確な戦略的意図である。これは、単に強い意思や目標を持つということではない。筆者らは「戦略的重要性」と「本業の資産の活用」という2軸によるマトリックスを紹介しながら、自社の組織能力を活かすことができ、戦略的にも重要な領域を開拓するときこそ、両利きの経営が最も重要であると説いている。そして、このような観点から事業案を精査し、ターゲットとする顧客、価値の源泉、さらに自社の(既存リソース)の関わり方などを戦略としてまとめることを求めている。

    第2点目が、この探索と深化のプロセスを支援し監督する経営陣の関与の重要性である。特に、上層部の積極的な関与が重要であると筆者らは述べている。それには、社内で軋轢を生みやすい以下のような要因があるからである。

    まず、成熟分野が生産効率向上や市場占有率、資金の効率性などの指標で厳しい改善プロセスを回しているのに対して、新たなイノベーションに挑む事業はこれらの指標については劣ることが一般的である。しかし、ダブルスタンダードに見えても(実際ダブルスタンダードであるが)、イノベーションへの取り組みは既存の成熟分野とは異なる目標管理をしていかなければならない。

    また、両利きの経営に重要なのは、このイノベーションへの取り組みを既存事業のリソースも活用することである。たとえば技術開発や生産のための設備、テストマーケティングをするための営業ネットワーク、これらを進めるための投資資金である。しかし、既存事業の拡大・深化にもこれらのリソースは必要であり、いわば奪い合いが生じる。場合によっては既存事業とのカニヴァリゼーションも発生する。

    これらの軋轢の解消には、経営上層部が関与することが不可欠であり、部門長や現場のリーダーが単独で奮闘、説得するだけではつぶされてしまうことが多い。

    第3点目が、両利きの経営を実践するための企業組織、アーキテクチャーである。第2点目で述べた経営陣の関与は重要であるが、それだけでプロセスが回るわけではなく、実行のための組織づくりも重要である。特に、既存事業のユニットとイノベーションのユニットを分離しながらも連携させるための仕組みづくりが求められる。

    これは、ベンチャーユニットをスピンアウトさせることは異なる。既存事業とイノベーションが絶妙な距離感を持つことが重要なのである。どの要素は分離し、どの要素は連携させるべきかについての一様な解はなく、第1点目で述べた、どのような点で新しい価値を提供し、どのような点で既存のリソースを使うのかに関する明確な戦略が立てられていなければならない。

    そして第4点目が、探索事業と深化事業にまたがる共通のアイデンティティ(ビジョン、価値観、文化力)である。新たなイノベーションを事業の柱にまで育てていくプロセスには、最終的には現場の社員一人一人が参画することになる。したがって、それらのすべてのメンバーが軋轢を乗り越えてこのプロセスに能動的に加わるためには、両者が同じ方向を向いているのだという理解が必要になる。

    リソースの奪い合いや評価のあり方などにおいて一見対立しているように見えても、より大きな目標においては共通のものを目指していることを理解できなければ、このような能動的な参加は生まれない。それは、目指す価値創造や企業のミッションなどの形で示され、リーダーがこれをしっかりと伝えていくことが特に求められる。

    以上のように、両利きの経営の要素が明確に整理されていると、実践に向けて必要なことが何かをしっかりと理解することができる。本書ではなるべく抽象的にならず、実践においてポイントとなることを具体的な事例に沿って説明してくれているので、大変参考になった。

    以下、特に印象に残った点を整理する。

    繰り返し強調されているのがリーダーシップの大切さだ。これは、両利きの経営が内部に矛盾や対立を含むものであるからこそ重要なポイントであると思う。

    また、これらの取り組みを継続的に行うために会社のアーキテクチャーに一連のプロセスを組み込むということが重要であるし、それは困難な取組みでもあるということも感じた。本書では最後の章でIBMとハイアールの事例を取り上げている。いずれの事例も、一度ならず複数回の大きな構造転換を経て、ビジネスの世界で生き残っている大企業である。

    そこには、危機の時だけではなく、常に新たな事業機会を探し、それらが実験を繰り返すことで淘汰され、生き残ったものが新たな事業の柱になっていくという、進化論における適者生存の法則に似たプロセスが組み込まれている。生物は環境変化による危機が起こってから進化するのではなく、常にある一定の多様性を内包しているからこそ、危機の際に生き残ることができる。そのようなプロセスが社内に組み込まれていることの重要性を改めて感じた。

    最後に、これらの仕組みを構築には時間がかかるということも、大切なポイントであると感じた。単体のイノベーションも片手間(本業をやりながらタスクフォースを兼務する)では実現することは困難であるし、さらにこれを仕組みとして構築するためには10年程度の時間がかかるということである。IBMもガートナーからパルミサーノにいたる約20年の中で、持続的に変化に取り組んできた。そういった意味で、イノベーションへの取り組みは決して単体のプロジェクトではなく、経営そのものであると思う。

    イノベーションを取り上げた多くの本の中でも、非常に深くこの問題に取り組み、決してシンプルではないが説得力のある洞察にたどり着いた一冊であると感じた。

  • 知の探索と知の深化。
    この水と油な特徴を持ち、相いれにくいアクションを両利きの経営で遂行すること。
    これがイノベーションのジレンマに打ち勝つ方法ということを多くの事例を元に紐解いた本。
    旧態依然な多くの日本企業への処方箋。
    まずはトップの覚悟。その下のそれぞれのレイヤーをまわす仕組み作り。持続性…。

  • いやぁ、やっぱり★5つです。

    ビジネスの世界に入って20年ぐらいでいろいろ経営に関する本も読んできたところ、昨今のVUCA時代で昨年出版されていた当初から気になっていたのだがようやく読めました。
    (というより「両利きの組織をつくる」や「じわじわ死ぬ会社 蘇る会社」「シン・ニホン」「コーポレート・トランスフォーメーション」「世界標準の経営理論」などを経て、この本(おおもと)にたどりついた、というような流れ)

    20年ぐらいで、それこそドラッカーだったりD・カーネギーのリーダーシップ本だったり、稲盛さんや松下さんの経営本だったり、もっと昔はソニーの本だったり、そしてシリーズものだと「ビジョナリーカンパニー」シリーズとか、昨今紹介した本だと野中先生の本だとか。(やっぱりそういう意味では複数の企業の栄枯盛衰を分析・考察したビジョナリーカンパニーシリーズは大好き)昨今だとデザインシンキングだったりアート思考DX関連だったりOODAループ思考だったりもする。
    そんな感じでいろいろ読み進め、積み上げてきた中での2020年のビジネスパーソンがぜひ読む本だな、と思うところ、正直である。 周辺本をいくつか読んできていて、あぁやっぱり大本にはたどり着かねばね、と思ったけどやはり読んでよかった。 ほっとした。 (もちろんこれから「コーポレート・トランスフォーメーション」「世界標準の経営理論」も読みます。。)

    あんまりレビューにはなってないですがとにかく読んだほうが(読んでおいたほうが)いいですこの本。

    いつもの抜粋としては下記。(ほんとは入山先生のアツイ解説の部分から引用したかったがやめときます)
    ===========
    P382
     最も成功している企業がイノベーションストリームを構築し、両利きの行動をとっていることはもう明らかなはずだ。深化ユニットでは重視されるのは漸進型イノベーションと絶え間ない改善だが、探索ユニットでは実験と行動を通じた学習である。探索ユニットはスピンアウトせずに、深化ユニットの中核となる資産と組織能力を探索ユニット内で活用する。内部的に矛盾をはらんだ探索ユニットと深化ユニットを共存させるには、包括的で感情に訴える抱負、基本的価値観、幹部チームの強い結束力が必要になる。
     こうした要素がすべて合わさると、探索ユニットは未来を見出す権限を与えられ、幹部チームは一定の尺度で有望な実験を行う選択肢(明日の主流事業への道を開くか、別の事業をさらに追加するか)が持てるようになるのだ。
    ===========

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