LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界

  • 東洋経済新報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492046746

作品紹介・あらすじ

人類は老いない身体を手に入れる!
人生100年時代とも言われるように、人類はかつてないほど長生きするようになった。
だが、より良く生きるようになったかといえば、そうとはいえない。
私たちは不自由な体を抱え、さまざまな病気に苦しめられながら晩年を過ごし、死んでいく。
だが、もし若く健康でいられる時期を長くできたらどうだろうか?
いくつになっても、若い体や心のままで生きることができて、刻々と過ぎる時間を気に病まずに、何度でも再挑戦できるとしたら、あなたの人生はどう変わるだろうか?
ハーバード大学医学大学院で遺伝学の教授を務め、長寿研究の第一人者である著者は、そのような世界がすぐそこまで迫っていることを示す。
本書で著者は、なぜ老化という現象が生物に備わったのかを、「老化の情報理論」で説明し、なぜ、どのようにして老化を治療すべきなのかを、最先端の科学的知見をもとに鮮やかに提示してみせる。
私たちは寿命を延ばすとともに、元気でいられる期間を長くすることもできる。
老化遺伝子が存在しないように、老化は避けて通れないと定めた生物学の法則など存在しないのだ。
生活習慣を変えることで長寿遺伝子を働かせたり、長寿効果をもたらす薬を摂取することで老化を遅らせ、さらには山中伸弥教授が突き止めた老化のリセット・スイッチを利用して、若返ることさえも可能となるだろう。
では、健康寿命が延びた世界を、私たちはどう生きるべきなのだろうか?
著者によれば、寿命が延びても、人口は急激に増加しない。また、人口が増加しても、科学技術の発達によって、人類は地球環境を破壊せずに、さらなる発展を目指すことができるという。
いつまでも若く健康で生きられれば、年齢という壁は消えてなくなる。
孫の孫にも会える時代となれば、私たちは次の世代により責任を感じることになる。
変えられない未来などない。
私たちは今、革命(レボリューション)の幕開けだけでなく、人類の新たな進化(エボリューション)の始まりを目撃しようとしているのだ。

世界を代表する知識人が称賛!
「鋭い洞察に満ちた刺激的な書だ。老化はどのような仕組みで起きるのか、そして人類は衰弱や劣化を克服できるのかを問いながら、シンクレアは老化の科学を巡る最も深遠な謎に挑んでいる。結果として誕生したのは、胸躍る興奮と優美さを兼ね備えた一冊であり、広く深く読まれるべき傑作といえる」
――シッダールタ・ムカジー(コロンビア大学メディカル・センター准教授。ピュリッツァー賞受賞作家。『遺伝子――親密なる人類史』、『がん――4000年の歴史』著者)

「知的好奇心を掻き立ててやまない一冊。あなたの、そしてすべての人の未来に関する最も重要な問題について、じつに興味深い洞察を提供してくれる」
――アンドリュー・スコット(ロンドン・ビジネススクールの経済学教授、『LIFE SHIFT(ライフシフト)――100年時代の人生戦略』著者)

感想・レビュー・書評

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  • 【はじめに】
    ハーバード大学医学部の遺伝学の教授であり老化研究の権威であるデビッド・シンクレアの手による「老化克服」を説いた本。老化は病気であり、治療することができ、治療するべきであると主張する。今後の健康寿命を延ばすための鍵になる理論を展開している。

    副題は"Why We Age - and Why We Don't Have To"。本書の内容はまさしくその通りで、老化のメカニズムの解説の後、老化を運命として受け入れるのではなく、今できることも含めて対策を提案するものである。

    『LIFE SHIFT』でリンダ・グラットンは、日本で今日生まれた子供の半数は107歳以上生きると推計されると言った。その根拠のいくばくかがこの本にあると言っていい。著者がハーバード大学教授であると言われないと本当かいなと思うところもあるが、懇切丁寧に説明されると、いやここまで来たのだというのが正しいのだろうなと思えるのだ。

    「老化は1個の病気である。私はそう確信している。その病気は治療可能であり、私たちが生きているあいだに治せるようになると信じている。そうなれば、人間の健康に対する私たちの見方は根底からくつがえるだろう」

    「地球上で最も致死性が高く、最もコストのかかる病気が目の前にあるのに、それについて研究している者はわずかしかいない。まるで、この惑星全体が思考停止に陥っているかのようだ」

    というのが著者の思いである。それでは、どういうことが書かれているのか、まずは「老化」とは何なのか、そして老化を防止するためにはどうすればよいのかを見ていきたい。

    【老化とは】
    著者は、「老化は病気である」という。つまり、老化には原因(病因)があり、その原因は取り除く(治療する)ことができるということを意味する。しかも、この「老化」という病気は、非常に高い罹患率(ほぼ100%)を誇り、他の多くの疾病を引き起こす万病のもとともなる病気なのである。

    老化の原因は、細胞分裂で繰り返される遺伝子のコピーの劣化が原因ではないかと長らく思われていた。テロメアの数が減っていくことが明らかになり、細胞分裂の回数(当然歳を取ると累積回数は増える)が深く関連していることからコピーの劣化という推測は腹落ちしやすいものであった。また、進化の過程で老化による個体の新陳代謝が有利となるために、老化を進める遺伝子があるのではないかとも想定されてきた。また、フリーラジカルが細胞を傷つけることによって老化するという説も根強くサポートされてきた。
    しかし、著者が主張する理論はデジタル情報であるDNAの劣化ではなく、細胞の分化に関わり、アナログ情報でもあるエピジェネティックの劣化が原因だと指摘する。エピジェネティックは、DNAメチル化やヒストンの化学的修飾などによって各細胞の中でどのゲノムがどの程度発現するのかを調整するための仕組みだが、繰り返すが遺伝子のようにデジタルではなく、アナログな情報である。このアナログであるがゆえに時間の経過にともなって劣化し、細胞の分化が緩み、その場で働くべき機能を徐々に果たさなくなるというのである。

    そのエピジェネティクスを維持するための機構がサーチュインと呼ばれるものである。古代の生物の頃より、DNAのエピジェネティックの修復をできるようになった遺伝子群があり、それを今もなおサーチュイン遺伝子として人間を含む多くの生物が保持しているという。また、この仕組みはDNAの傷を修復するためにも活用されている。著者はこの仕組みを原初のサバイバル回路と呼ぶが、この仕組みが皮肉にも細胞の劣化を起こす老化の原因となっていると指摘する。さらに、これが生物が老化する唯一の原因だとするのだ。

    およそ、細胞老化の仕組みがわかってきた、として著者は次のように宣言する。

    「今現在の老化研究は、1960年代のがん研究と似たような段階にある。老化がどのようなもので、私たちにどんな影響を及ぼすものなのかについては、すでに十分な理解がある。しかも、老化の原因は何か、どうすればそれを食い止められるのかについても、研究者のあいだで意見の一致を見つつある。この様子で行くと、老化を治療するのはそれほど難しくなさそうだ。少なくとも、がんを治療させるよりはるかに簡単なはずである」

    「若さ→DNAの損傷→ゲノムの不安定化→エピゲノムの混乱→細胞のアイデンティティの喪失→細胞の老化→病気→死」
    というステップが老化を説明するものであり、このステップのどこかに介入することが老化を抑えることにつながるのだ。幹細胞が分化して特定の体細胞になるイメージを理解するには著者が紹介する「ウォディントンの地形」が分かりやすい。この地形の中でビー玉の安定性が失われるのが老化だという。したがって、この安定性を維持することが老化に抗う秘訣なのである。

    著者は、この細胞劣化による老化の統合理論を「老化の情報理論(Information Theory of Aging)」と呼んでいる。つまり「老化とは情報(=エピジェネティック)の喪失にほかならない」というのである。それにしても「エントロピー」は、様々な分野において”統合理論”を作ろうとする学者の中ではすこぶる評判がよい。意識についてもジュリオ・トノーニが統合情報理論(Integrated information theory of consciousness, 略: IIT)を確立し、エーデルマンがTNGS理論(神経細胞群選択説(Theory of Neuronal Group Selection))を提唱しているが、ここでもエントロピー含む情報理論が原理として採用されている。もちろん生命自体についても、スチュアート・カウフマンがまとめる自己組織の理論・複雑系の理論が柱となっており、ここでもベースはエントロピー・情報理論なのである。話はそれるが、エントロピーを含む情報理論こそがより根源的なものなのかもしれない。

    【老化を防止する方法】
    生体にストレスがかかると活性化するということから、著者は今すぐにできる対策として、カロリー制限(断食など)、動物性タンパク摂取量低減、特に加工肉を避ける、適度な運動、サウナや冷水につかるなどの健康法の説明が列挙される。カロリー制限などは最近かなり知れ渡っている印象がある。また、タバコは絶対にやめることだ。

    これらを聞くと、結局当たり前の話に毛が生えた程度かと思うかもしれないが、ここからがおそらくはポイントとなる話だ。つまり、「老化治療薬」の可能性だ。

    まず効果があるのではと見つかったのが、まず、糖尿病治療薬のメトホルミンである。日本では糖尿病の診断がないと処方されないが、国によっては入手可能な薬である。
    ワインにも含まれるレスベラトロールも老化を抑える働きがあるとして注目されている。ブドウにストレスを与えたときに抽出し凝縮されたこの物質がSir2酵素を活性化する形で働くという。この効果はもしかしたらワイン好きのフランス人のパラドクスを説明してくれるかもしれない。何より重要なのはサーチュインが化学物質で活性化できるという事実である。この事実から科学者の目標が、より効率よくサーチュインを活性化する物質を探すという具体的な目標に翻訳することができるのである。

    そして見つけられたのがNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)である。この物質がサーチュインの働きに必須な物質であることを発見したのは日本人研究者の今井眞一郎である。今井氏は今もその道の第一人者としてワシントン大学で研究を続けており、かつてサーチュイン遺伝子のSIRT1遺伝子やSIRT6遺伝子のコピーを増やすと健康状態が伸びるということも著者のシンクレア氏との共同研究で発見している。

    このNADを増やすための前駆体が、知っている人は知っている比較的高価なサプリとしても販売されもしているNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)である。マウスへのNMNの注射の実験では、ミトコンドリアの働きが回復したり、糖尿病が治癒したり、持久力を向上させることが分かっている。ちなみに人間でもNMNを摂取したことによって閉経後の女性が生理が復活したという例も報告されている。加齢とともに細胞内のNAD濃度が下がることがわかっているだけに、この濃度を人為的に上げることでエピゲノムの雑音を除去して細胞の活性化を促すことが可能となるかもしれないと大いに期待されている。

    老化のメカニズムに狙いを付けられたおかげで、NAD以外にもAMPK活性化分子、TOR阻害分子も期待されている。今もなお多くの分子が抗老化薬のターゲットとして検討されていて、初期臨床試験でも高い効果を発揮しているものもあるという。

    また、これらの化学物質の他にも、老化を踏み止まらせるためのいくつかの研究が進んでいる。まずは老化細胞の除去が挙げられる。テロメアの短縮が老化を引き起こすのは、ヒストンの巻きつきが緩んで、そこからエピジェネティックの情報が失われるからだとされている。このとき、DNAが損傷したときと同じ反応が生じ、エピゲノム調節酵素が本来の持ち場から駆り出されてしまう。また、老化細胞(ゾンビ細胞)は、サイトカインを放出し続けて、炎症を起こし免疫細胞のマクロファージを引き寄せて組織を攻撃させることになる。そして、ゾンビ細胞はまわりの細胞もゾンビ化させる。こういった機構も、老化が始まり、放置するとどんどん進んでいってしまう原因のひとつでもある。この厄介もののゾンビ細胞を除去する薬として期待されているのが2018年から臨床試験が始まったセノリティックスである。こちらの薬に関しても数多くの研究が進んでいる。同じように、がん細胞を死滅させるために開発された免疫チェックポイント阻害剤を同じように老化細胞に対して選択的に免疫が効くようにすることができないかというのも新しい研究の方向になっている。

    最後に挙げられるのが「細胞のリプログラミング」だ。細胞において、ウォディントンの地形を再読み込みさせる方法があれば、老化をもとに戻すことができる。著者はこれをDVDの表面に付いた傷を修復することに譬える。古い体細胞でも遺伝子情報が保持されていることは、体細胞からクローン生物を作ることができることから示されている。リプログラミングの鍵となるものとして著者が挙げるのが、山中教授が発見したiPS細胞と山中因子である。著者の研究室ではマウスでエピゲノムを若返らせる研究を日々行っており、多くの成果が上がっているという。その事例としてマウスの視神経を、ウイルスを使って山中因子を導入することで回復させた事例が報告されている。著者は老化の情報理論に基づくエピゲノムの劣化に直接働きかけるこの細胞のリプログラミングを老化治療の本命と見ているようでもある。もし細胞のリプログラミングが実現すれば、今世紀末までに150歳が手の届く年齢になっている可能性があるという。

    【所感】
    非常に分厚い本だが(kindleなので実際に厚くはないのだが)、その長さがあまり苦にならない本であった。老化という遅かれ早かれ世のほとんどの人が自分事化せざるを得ない内容であるからだ。

    『ホモ・デウス』でユヴァル・ノア・ハラリが預言をしたように飢餓、疫病、戦争を克服した人類の欲望は、いまや人類が手にした科学技術の力で不老不死を目指すのは必然の帰結である。技術が加速度的に進歩する時代、方向性さえ一度示されればおそらくは想像よりも早くそこに達することができるのではないか。

    リチャード・ファインマンは次のように語ったという。
    「生体のふるまいを調べても、死が避けがたいことを示すものはまだ何一つ見つかっていない。だとすれば死とは少しも必然ではなく、この厄介事の原因を生物学者が発見するのも時間の問題と思われる」

    そして今、死が避けがたいことを示すものを見つける代わりに、人類は老化のメカニズムとそこにブレーキを掛ける方法を手に入れつつある。そして、そのメカニズムに対応を行うことが期待されているのである。すでに研究者の間の国際会議では、人間の寿命が10年長くなるとどうなるのかが議論され、そういう未来が来るかどうかはもはや議論には上がらない。そうなったときに何をすべきなのかが話合われているという。

    現実にそうなると、多くのことが変わる。例えば、健康寿命が大幅に増えたことがわかると、より死にたくない気持ちが高まることでバイオデータをリアルタイムで測定するセンサーを身につけることがより一般的になるかもしれない。取得されるデータでより多くのことができることがわかるとすれば、喜んでセンサーを身につけて情報を提供してくれることだろう。また、社会的システムへの影響もおそらく甚大だ。90歳で人が働くことは、今の世の中では想定外だが、いずれは当たり前の光景になるだろう。現在もうすでに中年となってしまったわれわれはそれに慣れないといけない。

    著者の研究室では、経済学者とも手を組んで、長寿の未来の社会の予測モデルづくりを進めているという。変数は非常に多く、その予測は難しい。老化防止を受けることができるかどうかにも格差も題が広がり、さらに大きな問題になり続けるかもしれない。労働や教育にも影響を与える話である。未来学者はリアルに企業戦略上も必要な職種にさえなるかもしれない。

    なお、ここで気を付けるべきは平均寿命が伸びるのと、健康寿命が伸びることは本質的に異なることだということだ。健康寿命を延ばすことは、社会の投資は何倍にもなって戻ってくる。寿命を長くするのと、健康寿命を長くするのとでは社会や経済に与える影響では全く異なるものとなるのだ。

    タバコはがんになるリスクを5倍に引き上げるという。もちろんだからこそタバコは健康に害をなしていると言えるのだが、一方で人間は50歳になるだけでがんのリスクは100倍になり、70歳になると1000倍になるという。老化はこれだけ忌み嫌われているタバコと比べても相当に分が悪い。これは運命として受け入れるのではなく、抗うことができるし、また抗うべきなのだということが書かれた本。その運命に人類はもはや従わなくてもよい時代がやってくるのだ。

    扱っているスケールが非常に大きな本。また射程が広いものの、足元の事実にはしっかりと軸を置いている。長くて読めそうにないという人は中田敦彦のYouTube大学をぜひ見られたし。現代人必須の情報。

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    『自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則』(スチュアート・カウフマン)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4480091246
    『脳は空より広いか―「私」という現象を考える』(ジェラルド・M・エーデルマン)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4794215452
    『意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論』(ジュリオ・トノーニ)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4750514500
    『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4492533877

    中田敦彦のYouTube大学
    https://www.youtube.com/watch?v=Nw1r2G5HgEA
    https://www.youtube.com/watch?v=N6ZBIbrJ5Qg

  • 【自由研究】人はなぜ老いるのか?①

    本書はおそらく壮大な【プレゼンテーション+プロモーション】なんだと思います。研究資金を得るための。
    ■本書の主張は明快です
    ・老化は病である
    ・ゆえに細胞を入れ換えれば長生きできる
    ・結果、人生130年時代になる
    ・人生の終わらせ方は選択制になる
    ■今後予想されること
    ・NMNというサプリが爆売れするでしょう!

    **
    本書が正しいかどうかは別としても、今後健康寿命を延ばすことはますます盛んになるでしょう。
    我々は寿命をいじることへ本能的に「違和感」を覚えます。著者はこうした批判や「諸問題」に対し、反論や解決索を提示します。
    ただ、どの説明もどこか〈詭弁〉感が否めません…。この問題は倫理の問題なのできっと答えは出ないでしょう。
    著者が唯一反論できなかった批判は、皮肉なことに著者の息子さんからのものでした。

    「パパの世代もその前もみんな、地球が破壊されていくのを黙って見ていたよね。そのうえ、何?今度は人がもっと長生きできるようにしたい?世界をもっと傷つけられるように?」

  • 〝老いは一種の病気であり、遠くない将来に「治療」できるようになる〟と主張する衝撃のサイエンス・ノンフィクションである。

    そんなことを並の医者やライターが主張したら、「なんだ、トンデモ本かよ」と一笑に付されるところ。
    だが、本書の著者はハーバード大学医学大学院で遺伝学の教授を務め、老化の原因と若返りの研究で世界的に知られる第一級の研究者なのである。

    後半で明かされる、研究の最前線の様子は衝撃的だ。
    老化の治療薬――つまり、老いのプロセスを止め(少なくとも鈍化させ)、人を若返らせる奇跡の薬の誕生まで、あと一歩のところらしいのだから。

    前半で詳述される老いのメカニズムや老化の研究史など、やや専門的で難しい部分もある。
    しかし、著者は巧みな比喩を多用し、上品なユーモアをちりばめた語り口で筆を進めているため、全体としては平明で楽しい科学読み物になっている。

    〝遠からず「人生100年時代」がやってくる〟と主張してベストセラーになったリンダ・グラットンらの『LIFE SHIFT』や、〝人類はこれから不老不死を目指す〟としたユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』と併読すると、いっそうワクワクさせられる本だ。

    「将来できるかもしれない若返り薬の話より、問題は目の前にある自分の老いだよ」と思う人もいるだろう。
    そういう人のために、著者は自らの研究をふまえた〝いまできる老化対策〟に一章を割いている(第4章「あなたの長寿遺伝子を今すぐ働かせる方法」)。

    この章だけは〝老化防止のための実用書〟ともいうべき内容になっている。

    ポイントだけ挙げると、間欠的断食をすること、寒さに身をさらすこと、激しい運動(高強度インターバルトレーニング)をすること……などになる。それらがなぜ長寿遺伝子を働かせ、老化防止になるかが、詳述されている。

    以前読んだ『選択の科学』(シーナ・アイエンガー著)に出てきた、〝動物園の動物は、じつは野生動物よりも寿命が短い〟という話を思い出した。
    その理由について、シーナ・アイエンガーは〝動物園の動物には選択の自由がないから〟だと説明していたが、本書の内容をふまえれば、〝野生動物が置かれた過酷な環境こそが長寿遺伝子を働かせるから〟という説明も可能だろう。

    人間も動物も、ぬくぬくとした環境では生命力が鈍る。時には命の危険を感じることによってこそ、生命力は湧き上がり、長寿にもつながるのだろう。

    • 澤田拓也さん
      前原政之さん、こんにちは。
      『LIFE SHIFT』や『ホモ・デウス』との併読はまったくその通りで同感です。『ホモ・デウス』の方もまた違った...
      前原政之さん、こんにちは。
      『LIFE SHIFT』や『ホモ・デウス』との併読はまったくその通りで同感です。『ホモ・デウス』の方もまた違ったふうに読めそうな気がしました。
      2021/02/23
    • 前原政之さん
      澤田さん、こんにちは。
      いつもレビュー楽しく拝見しています。
      この本の内容を裏づけるようなニュースも最近ちらほら報じられていて、ホントに「老...
      澤田さん、こんにちは。
      いつもレビュー楽しく拝見しています。
      この本の内容を裏づけるようなニュースも最近ちらほら報じられていて、ホントに「老いなき世界」「人生100年時代」が近いのだなァと感じますね。
      2021/02/23
  • 【非老人】
    虫歯を思い出しました。
    昔、虫歯はしっかりと歯を磨かないことにより虫歯になるという認識で、ほとんどの人が虫歯になり虫歯がない人は朝、昼、晩としっかり歯を磨いている人だと思っていました。
    しかし、虫歯は伝染病でした。親から子へ伝染させていたのです。親が持つ虫歯菌を親が使用したスプーンなどを介して子供へ伝染させていたのです。

    わたしも妻も虫歯はありますが、娘には虫歯がありません。
    親が使用したスプーン、箸で子供に直接食事を与えることはせず、鍋なども直箸をせず別にお箸を用意するなどして親の持つ菌に触れないようにしました。おかげで娘はたいして歯を磨いていないにも関わらず虫歯がありません。(歯そのものは損傷しなくても歯周病の心配はありますが・・・)

    老化も病気の一つとされるでしょう。
    では、永遠に健康で長生きするのでしょうか。分子レベルでみると食物により新しい分子が体に取り込まれて古い分子と入れ替わっているだけです。見た目は変わらず中身は新しくなっている状態です。こう考えると永遠に生きることができることになります。
    よくわからなかったのが120歳という区切りです。なぜ、120歳までは健康でいられるのかということです。細胞が劣化しないのであれば、何によって人は死を迎えるのでしょうか。老衰がなくなると病気や事故しかないということになります。
    老化という病気にかからないようになると他の病気にかかることも減るため病死も減りますが、長生きすればするほど、事故に遭遇する可能性は高くなります。事故死が増えるのでしょうか。まだ、よくわかりません。

  • とにかくすごい本です
    仕事に関係していることで読みました
    老化=病気と捉える
    食べ過ぎないこと
    運動すること
    NMNの摂取
    とにかく70代のお父さんが活動的に若々しくなる所がすごいと思った

    サプリメントや点滴が一般の人にも受け入れられる金額になったら良いのにと心から思います

  • 老化は避けて通れない自然な現象などではなく、病気だという大前提で、ではどうして筆者がそう言い切るのかを科学的に説明し、どのようにすれば健康寿命を延ばせるのか、いつまでも若々しくいられるのかについて10年以上を費やして書かれた本。

    遺伝子研究における専門用語が多く、初めは挫けそうになったが巻末のイラスト付き用語集を何度も参照しながら根気よく、しかし一日○ページと決めて集中して読み進めたが、読み進めるうちに専門用語も何度も出てくるので後半は素直に面白く読むことが出来、10日で読み終えた。
    生涯をかけて老化の研究をし、老化は全ての病気の根源である故にこれを遅らせることに全てを注ぐその熱意は強烈なものがあった。
    遺伝子組み換えなど大胆に思える発想も、そうなのかもしれないと思わせられる。
    また、平均寿命が伸びた場合の食糧不足への不安についても見解が述べられている。

    まずは食事のカロリーを減らし、小さなことにくよくよせず、運動をして暑さ寒さに耐え、健康寿命を延ばしこの人の言うように本当の意味で溌剌と幸せに生きられたらと希望がもてた。

  • ある程度理解するまでに三回ほど読まなくてはならなかった。恐ろしく長い時間がかかった。

    ・食事回数、量を減らす
    ・必須アミノ酸の摂取量を極力減らす
    ・野菜、豆類を沢山摂る
    ・運動する 

    実践すべきことを簡単に書いてしまうとこれだけだが、この本の良きところは実践法などではなく、老化や人生に対する考え方や見つめ方を変化させられるところだろうと思う。
    読む前は老化が病気などと眉唾だとしか思えない。
    だが、読んでしまえばその考え方が誤っていたと気付く。専門的な用語や解説がこれでもかと登場し、難解な部分もあるが、本書を読む、読まないとでは家族や自分の健康寿命に間違いなく差が出るといっても過言ではない。

  • 「老化は病気である」ということを様々な研究の観点からそれが克服できると述べるとともに、単なる寿命ではなく、健康寿命が延びることの利点・欠点も描かれています。第2部の研究側面はとても面白かった。

    エビデンスはさておき、長寿遺伝子を作動させるために著者が実践している方法として
    ・NMN 1g、レスベラトロール 1g(自家製ヨーグルトに振り入れて混ぜる)、およびメトホルミン 1gを毎朝服用
    ・VDおよびK2の1日推奨量を摂取し、83 mgのアスピリンを服用
    ・砂糖、パン、パスタの摂取量をできるだけ少なくする。
    ・1日どれか1食を抜くか、少なくともごく少量に抑えるようにする。
    ・数か月に一度、専門家が自宅にやってきて採血し、数十個のバイオマーカーが分析され、マーカーが最適値を外れていたら、食物や運動を通じて修正する。
    ・毎週のジム通い。バーベルを挙げ、少しジョギング、サウナでしばらく過ごしてから氷のように冷たい水風呂に浸かる。
    ・植物(野菜の意味か)をたくさん摂取し、ほかの哺乳類(肉の意味か)を口にするのはなるべく避ける。運動したときは肉を食べる。
    ・タバコは吸わない。電子レンジにかけたプラスチックや過度な紫外線、X線・CT
    CT検査はなるべく受けない
    ・日中と就寝時はなるべく涼しい場所にいるようにする。
    ・健康寿命を延ばすのに最適な範囲内にBMIを保つ(23~25くらい)

    いわゆる定年を迎える年齢から、40~50年も生きるのが普通になる時代の経済的な問題など誰もわからない、ゆえに今からそれも議論しておくべき、というのはそうかもしれない。
    私たちの遺伝子は、ぬくぬくと快適に過ごすような進化は遂げていないので、多少のストレス・刺激を与え、快適な人生、健康的な長寿命であれば、それはいいに気に待っていますよね。
    46歳以上の場合、腕立て伏せが20回超えられたら大したものである、という箇所を読み、まずは筋トレしようと思います。

  • 【本書の概要】
    老化とは避けて通れぬ自然現象ではなく治すことのできる病だ。そして、老化はがんや脳卒中、心筋梗塞といった各種病気の発症確率を上げる「病の大本」である。
    したがって、我々は老化を病気と見なし、これを克服するためのアプローチをしたほうがよい。各種病気への意識を少しでも老化に振り分け、身体を蝕む敵への根本的な治療を行えば、健康寿命が延びるだけでなく、老化を遅らせたり細胞のリセットを行うことができる。


    【詳細】
    1 何故生物は老いて死ぬのか
    我々の遺伝子には、遺伝子Aと遺伝子Bから成る「サバイバル回路」なるものが備わっている。この回路は、細胞が自らの複製を、生き延びる確率の高い時だけに作れるようにする働きを持つ。言い換えれば、環境が厳しい時(DNAの損傷が見られるとき)に細胞の増殖を遅らせることで、損傷が治るまで自身の修復にエネルギーを振り向ける仕組みである。

    今までの生命科学では、DNAの損傷、恒常性の消失、ミトコンドリアの機能の低下などの様々な要因により老化が起こると考えられてきた。それは間違いではないが、「そもそもどうしてそうした特徴が表れるのか」は解明できていなかった。
    筆者は、これら諸要因に共通する「唯一の」原因を探し出した。それは「エピゲノム情報の喪失」である。

    老化とは情報の喪失だ。
    体内には2種類の情報がある。1つはデジタル情報であり、A、G、C、Tで表されるDNAがこれに該当する。もう1つはアナログ情報であり、これは「エピゲノム」と呼ばれる。
    エピゲノムの役割は、分裂したばかりの細胞に対して、「どんな種類の細胞になればいいか」を教え続けることである。それぞれの細胞は原初から何百種類もの異なる細胞へと分化していくが、そのプロセス全体を調整しているのがエピゲノムだ。
    エピゲノムは「クロマチン」という構造にしまわれ、いくつかに分割された上で「ヒストン」というごく小さな珠状のタンパク質に、ヨーヨーのように巻きついている。親から子へと受け継がれる特徴のうち、DNAの文字配列が関わっていない遺伝の仕組みを「エピジェネティクス」という。

    この「DNAによらないアナログな仕組み」が、老化を止めるための重要な要素である。
    何故ならば、老化は昔からDNAの変質によって引き起こされる不可逆的な現象だと捉えられてきたが、実は老化の原因となるDNAは見つかっていないからだ。
    であるならば、エピゲノムという可逆的なアナログ情報に生じたエラーを取り除くことができれば、若いころのDNAを復活させることができるはずなのだ。


    2 老化遺伝子は見つかっていない
    老化の症状に影響する遺伝子はすでに見つかっているが、老化の原因となる単一の遺伝子は見つかっていない。それは何故かと言えば、私達の遺伝子が老化を引き起こすために進化したわけではないからである。
    ゲノムをピアノだとすればエピゲノムはピアニストのような関係である。ピアノの大きさや形によってできることは限られる。芋虫は人間になれないが、その代わり、変態の過程でエピゲノムが変化することにより、ゲノムの配列自体は何も変わらないのに蝶へと変身すする。一卵性双生児は生まれ持ったゲノム配列は同一なのに、エピゲノムの力でまったく別の方向に成長していく場合がある。エピゲノムの力によって、DNA情報を保持し続けたまま身体が変化していく。

    では、老化という身体の変化はどのように起こるのだろうか。
    エピゲノムはDNAの損傷など、細胞が大きく傷つけられたとき、機能不全が生じる。ピアニストで言えば、「レ」の音を必ず間違えて演奏しつづけるようなものだ。たった一度のミスなら気にならないが、これがずっと続くと協奏曲全体が崩壊していく。この情報変換のミスが老化である。


    3 老化の情報理論
    老化の典型的特徴の1つ1つがなぜ起きるのかは、老化は情報ミスであるという「老化の情報理論」で説明できる。この理論は、一見ばらばらに思える老化の要因を、普遍的な生死のモデルへと統合させることができる。それは大まかに表すと次の通りだ。

    若さ→DNAの損傷→ゲノムの不安定化→DNAの巻きつきとエピゲノムの混乱→細胞のアイデンティティの喪失→細胞の老化→病気→死

    このモデルの「DNAの巻きつきとエピゲノムの混乱」「アイデンティティの喪失」は、「サーチュイン」という酵素がカギを握っている。
    筆者は酵母の研究をしていく中で、サーチュインという寿命を調整する酵素を発見した。サーチュイン遺伝子の中で酵母の寿命を延ばすのはSIR2遺伝子だ。同様の寿命を延ばす遺伝子が哺乳類にも、SIRT1~SIRT7までの遺伝子として備わっている、サーチュイン遺伝子の働きは災害対応部隊の指揮官のようなものであり、DNAが損傷したとき、普段の仕事(遺伝子の制御を通して、細胞がアイデンティティを失わないようにすること)を手放し、損傷個所に修復にかけつける。
    ここでサーチュインが酷使される(DNAの損傷が頻発する)と、普段の仕事――とりわけ生殖――に手が回らなくなり、生命に深刻なダメージが及ぶ。深刻なダメージの原因は、サーチュインや仲間が修復箇所から元いた場所に帰れなくなることだ。すると、自宅と出張先にあった遺伝子のスイッチが、オンになるべきなのにオフになったり、その逆が起こったりする。これが「ゲノムのアイデンティティが失われる」ということだ。このゲノムの混乱状態が「老化」である。老化は遺伝子変異ではく、DNAの損傷を引き金とするエピゲノムの変化によってもたらされているのだ。
    しかしそれは、裏を返せば老化が不可逆的でないということに他ならない。エピゲノムの混乱を収束してやれば、若いころのDNAがまた動き出す。
    例えば、寿命を延ばす酵素の量を増やす。細胞が作り出せるsir2酵素の量には限りがあるものの、sir2が増加して細胞内に十分な量ができれば、いつもの仕事とDNAの修復を並行して行える。
    マウスの実験で、NADというサーチュインを活発化させる物質を混ぜた餌を与えたら、マウスが延々と走り続けるようになった。ある方面での若返りが不可能ではないことを間違いなく物語っている。


    4 老化を病気だと認識し、死と寿命の概念を変えるべき
    ここまで見てきて分かるとおり、老化は避けられないものではない。老化とは病気である。
    人間はかつてから、年をとる=老化という認識のもと、避けられない自然現象として受け入れてきた。しかし、老化が病気であるとすれば、人間にとって老化する以上に危険なことなどない。にもかかわらず、私達はそれが猛威を振るうに任せて、もっと健康になろうと別の方向を見て闘っている。
    別の方向とは、個々の病気を治療することだ。一つの病気を治したからといって、別の病気で死ぬ確率が低くなるわけではない。私達に必要なのは、病気の全てを取り払うこと、つまり身体の衰えをもたらし、病的異常を伴う「老化という病気」を撲滅することである。
    生体のふるまいを調べても、死が避けがたいことを示すものは何一つ見つかっていない。老化はエントロピーの増大と言えなくもないが、エントロピーが増大するのは、外部の環境と切り離された「閉じた系」の場合だ。生物は閉じた系ではない。


    5 長寿遺伝子をいますぐ働かせる方法
    食べる量を減らすこと。カロリー制限が長寿につながることは周知の事実だ。1978年には、長寿県で知られている沖縄の成人の摂取する総カロリー量が、本土の成人より20%も低かったことが明らかになった。
    とは言っても、現代において長期的にカロリー摂取を制限するのはとてもつらいものだ。そこで効果的なのは、「間欠的断食」である。朝食を抜いて遅い昼食をとったり、週に2日はカロリーを75%に減らしたりする方法だ。アミノ酸を少し制限するのもよい。
    これらは、原初のサバイバル回路を始動させること――細胞の防御機能を高め、環境が厳しい時にも生命を維持できるよう病気や体の劣化を防ぐこと――である。
    サバイバル回路を作動させることが有効ならば、それは食事以外の活動、例えば運動でも構わない。運動が遺伝子のスイッチを入れ、私達を細胞レベルで若返らせてくれる。
    他にも、寒さに身を曝せばサバイバル回路が動作することが分かっている。(暑さに身をさらすのがプラスに働くかははっきりしていない。)


    6 薬
    食事、運動以上にエピゲノム系を変えるツールは「薬」である。以下が長寿に効果のあると言われている薬だ。(はっきりと科学的に証明されているわけではないので、注意すること)
    ラパマイシン:ToRを阻害し、NADの生産を促して寿命を延ばす働きを持つ。
    メトホルミン:糖尿病治療薬。ミトコンドリアの働きを活性化し、アンチエイジング効果を持つ。
    レスベラストロース:sir2酵素を活性化して寿命を延ばす。赤ワインに含まれ、カロリー制限と同様の効果が得られると期待されている。
    NMN:NAD増強分子のひとつ。これを摂取した女性や馬が、生殖能力が回復した事例が報告されている。


    7 未来において、我々が老化を防ぐために取り得る選択肢
    ①老化細胞を除去する
    老化細胞はサイトカインという小さなタンパク質を放出し続けて炎症を起こし、免疫細胞のマクロファージを引き寄せて組織を攻撃させる。サイトカインは周囲の細胞をゾンビ化させ、さらに多くの老化細胞を生み出す。
    →セノリティクスと呼ばれる老化細胞除去薬が開発されている。これは老化細胞内で細胞死のプログラムを誘導するもの。

    ②細胞をリセットする
    老いたDNAであっても、再び若くなるための情報を保持している。つまり、老化はリセットできる。
    しかしながら、リセットの方法をDNAに伝えるための「訂正装置」が必要なのは言うまでもない。この「訂正装置」になり得るのが、2006年に発見された「ips細胞」だ。
    ips細胞は未成熟な細胞であり、誘導すればどんな種類の細胞にも変身できる。このリセットスイッチは、人の細胞を培養皿で初期化できるだけでなく、全身のエピゲノムを「初期化」できるはずだと筆者は信じている。
    人は将来、山中因子(数種類のips細胞の因子)を身体に注射し、老けてきたと思ったら山中因子を活性化させる錠剤を服用して、40歳の身体を「その都度」20歳まで若返らせることが可能になるかもしれない。

    若返りのために活躍していると考えられるのは、「TET」と呼ばれる酵素である。DNAの損傷が頻発し、サーチェインがあちらこちらに移動して元の場所が分からなくなり、間違った場所に接続して更にDNAの損傷を誘発するのが老化のメカニズムであるが、TET酵素は、DNAについたメチル基という傷を取り除き、若々しいメチル基だけを残す働きを持つ。

    細胞のリプログラミングは間違いなく次のフロンティアになるだろう。


    8 一人ひとりに合った医療
    世界中の数々の病院は、「ここに腫瘍があるならこういう病気だ」「こういう症状ならばこれだ」というようなアナログ式の、言い換えればだいたいの人にだいたい適用できる治療法を行っている。それが見当違いの治療ミスを呼ぶ。これからはDNA解析によって、実際にできたがんや病気をピンポイントで除去すると言った、患者一人ひとり違う精密医療を行うべきだ。
    そもそも、人間は一人ひとり薬物への反応が違う。いずれはゲノム薬理学的な巨大なデータベースを前提として、患者のDNAをまず解析してからの治療になるだろう。
    未来では、バイオマーカー、バイオトラッキング技術により、バイタルサインをリアルタイムでモニタリングし、身体の異常を常に感知して健康体へと導くことができるようになるだろう。

    また、ゲノム解析の真価はそれだけでなく、ワクチン開発によるかかりうる病気の予防、パンデミックの阻止などにも役立つに違いない。


    9 人々は寿命の延伸に恐怖を抱く
    筆者は、DNAモニター、サバイバル回路の活性化、エピゲノムのリセットを通じて得られる寿命の延伸を「33年」と見積もっている。現在の寿命を80歳とすると、未来の寿命は113歳だ。老化の情報理論が正しく、このままのスピードでライフサイエンス研究が進めば、それは決して無茶な話ではないばかりか、エピゲノムを永遠にリセットし生き続けることも夢ではない。
    しかし、この予測に対して人々は少なからず恐怖を覚える。それは次のような恐怖だ。

    1 人口が増えすぎるせいで地球の資源が逼迫する
    2 世代交代が無くなり、価値観が固定化される(社会動態が止まる)
    3 社会保障の危機が起きる(その分長く働いてもらおうにも、過酷な労働環境にいる人にそれを強いるには道義的に無理がある)
    4 かつてないほど格差が広がる(金が長生きを呼び、長生きが金を呼ぶため、長寿を謳歌し続けるのは富裕層だけになる)

    とは言っても、地球の環境収容能力などを推測するモデルは、人間の発明とテクノロジーの影響を勘案していない。これら4つの不安要素が障害にならないことも往々にしてありうる。人口増加のペースは確実に落ち、人々は自分達に与えられた土地でうまく暮らせるよう環境を作り変えている。世界全体は豊かで幸福になり、高齢者の経験とスキルは向上し、老化を遅らせることによる経済効果は計り知れないのだから。


    10 未来に対してわれわれがなすべきこと
    「老化を病気と位置づけ、研究資金と人材を確保すること」。これが我々が今すぐするべきことだ。老化は人間のうち100%が感染する病気であり、これを改善できれば市民全体の幸福につながる。また、個々の病気を治療するコストよりも老化を治療するコストのほうが、トータルで見ると圧倒的に安い。
    そのためには誰もが等しく医療を受けられるようにし、死に方をしっかりと考える(尊厳死をみとめる)ことも必要になってくる。

    われわれは創意工夫で困難を乗り越えられる。寿命が長くなり続ければ未来は他人事でなくなり、先送りにしている問題と否応なく向き合わざるを得なくなる。今現在だけでなく、100年後、200年後の人類と地球の生態系と気候を心配するのだ。健康寿命が伸びることは世界を変える責任を持つことに他ならない。友よ、私たちはもっと人間らしくならねばならないのだ。


    【感想】
    生命科学の最先端に携わる筆者が、「老化は治せる」と論じる書。500ページにわたって酵素や細胞の働きから見た老化現象とその解決策を網羅的に論じており、それに付随するデータも相当に膨大である。余りに濃い内容であるため専門的な要素をかなり省いて要約したが、それでも5,500字ものボリュームになってしまった。

    この本が面白いのは、不老を科学的説明だけで終わらせず、それに対する社会的・倫理的観点での反発を取り上げているところである。筆者自身が、不老にまつわる倫理的問題をメディアで恣意的に報道され、あらぬ被害を受けたこともあり、我々素人が考えるような懸念を大きくページを割いて考察している。

    筆者はこの書で我々の目を覚まさせようとしている。老化なんてただの病であり、それは骨折した人がギブスを巻いたり、インフルエンザを心配する人がワクチンを打ったり、目が悪くなった人が眼鏡をかけたりするぐらい当然のことである。それにもかかわらず、老化に対する認識のアップデートがなされないのは、「老化は避けられないものだ」とする我々の思い込みのせいであり、「人間性」「自然主義」という、不確かであやふやな観念に囚われているからである。
    読者に目を覚まさせるための語り方は実にバリエーションに富んでおり、実験を通して得られたデータだけでなく、実際に筆者の家族が体験したこともありありと記載されている。これが何とも巧みで、自分も「老い」に対する認識を見事に改めさせられてしまった。


    本書の中で紹介され、筆者と筆者の家族も服用しているNMN、レスベラトロールのサプリメントを買って、自分の身体で若返りの実験をしてみようかと思う。商品によって純度はまちまちだが、安いものならいずれもネットで3,000円ぐらいだ。

    ――騙されている?いいや、騙されてもいいと思わせてくれるぐらい、この本には魅力があるのだ。

  • 健康寿命を伸ばし、病気なく幸せに暮らすために普段から実践しておきたい食習慣は、以下のとおりです。

    ① 野菜、豆類、全粒穀物を多く摂る
    ② 肉、乳製品、砂糖を控える
    ③ 食べる量や回数を減らす

    3つめの「食べる量や回数を減らす」には抵抗がある人も多いかもしれません (私を含め) 。ですが食と健康に関する長年の世界の研究結果では、少食が健康のヒケツだということがすでに明らかになっています。

    いままで一日3食を毎日しっかり食べていた人は、これから少しでもいいので一度に食べる量や、一日の食事回数を減らすのを実践してみてください。

    ちなみに本書では、間欠的に食べる回数を減らすことが推奨されています。

    ex)
    ■2日おきに一日2食の日を設ける
    ■毎週日曜日だけは断食する

    など。

    とはいえ、いきなり食事を大幅に減らすのはさすがにしんどいと思います。なのでまずは週末だけ一日2食にするとか、茶碗に盛るご飯の量を今までよりちょっと少なめにするとか、ほんの小さく始めてみるのはいかがでしょうか?

    老化を防ぎ、病気の心配なく健やかに生きる食習慣を実践していきましょう!

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