心臓外科医がキャリアを捨ててCEOになった理由

著者 :
  • 東洋経済新報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492045725

作品紹介・あらすじ

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で大反響!
京都大学医学部卒業後、女性心臓外科医のトップランナーとしてキャリアを歩み、39歳でメーカーの人工心臓開発のチームリーダーに転身。
そして米国でCEOとして世界へ。
「未来は、何歳からでも変えられる」。そのことを、自身の人生をもって証明してきた著者が送る、熱いメッセージ。

【目次】
introduction 私の“本当のキャリア”は39歳から始まった
第1章 世界で通用する「仕事力」を磨く
第2章 「働く」理由とその原点
第3章 男のような女にはなるな
第4章 成功者の資質
afterword 死ぬまでわくわくしながら、働き続ける

【著者紹介】
野尻知里(のじり・ちさと)
京都大学理学部に入学。卒業後の進路が「学校の先生」か、「お茶汲み」しかないという現実にぶつかり、京都大学医学部を受験し直し、再入学。その後、小倉記念病院、熊本赤十字病院、東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所などで、心臓外科医としてのキャリアを歩む。
1986年に医学博士号取得、同年から1989年まで米国ユタ大学に留学。
臨床の現場で救えない命を救いたい、という思いから1991年よりテルモ株式会社で人工心臓の開発に従事。
2003年に同社米国法人テルモハート社長兼CEOに就任。プロジェクトは4人のメンバーからスタートし、数年後には12カ国約150人の部下を束ねるまでになる。
日本イノベーター大賞(2007年)受賞、日経ウーマン「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008」で総合ランキング1位、リーダー部門1位。
現在は東京大学COI(センター・オブ・イノベーション)研究推進機構で、国民の健康増進を目指す国家プロジェクトの副機構長を務める。
プライベートでは42歳で出産を経験し、一女の母。本書が初の著書。

感想・レビュー・書評

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  • 心臓外科医から医療系企業のCEOになった方のお話し。
    女性の働き方についても書かれていて、久しぶりに女性マネージメントについて想いを巡らせてみた。笑

  • 「硬直的で直線的なレールの上を進んでいくよりも、自分の信じるところに従って、ここぞという時に古いキャリアを捨て、軽やかに、そしてしなやかに転身していく。これこそが女性のキャリアアップに大切な生き方だと思うのです」ーp.168

    まさに自分が理想としていた働き方、考え方を表している言葉に出会えました。

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著者プロフィール

野尻 知里(ノジリ チサト)
東京大学COI研究推進機構 副機構長/医学博士
1952年生まれ。大阪府立北野高等学校を卒業したのち、京都大学理学部に入学。卒業後の進路が「学校の先生」か、「お茶汲み」しかないという現実にぶつかり、京都大学医学部を受験し直し、再入学。その後、小倉記念病院、熊本赤十字病院、東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所などで、心臓外科医としてのキャリアを歩む。
1986年に医学博士号取得、同年から1989年まで米国ユタ大学に留学。
1991年よりテルモ株式会社で人工心臓の開発に従事。2003年に同社米国法人テルモハート社長兼CEOに就任。プロジェクトは4人のメンバーからスタートし、数年後には12カ国約150人の部下を束ねるまでになる。
日本イノベータ大賞(2007年)受賞、日経ウーマン「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008」で総合ランキング1位。
現在は東京大学COI(センター・オブ・イノベーション)研究推進機構で、国民の健康増進を目指す国家プロジェクトの副機構長を務める。
プライベートでは42歳で出産を経験し、一女の母。

「2015年 『心臓外科医がキャリアを捨ててCEOになった理由』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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