- Amazon.co.jp ・本 (468ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488749033
作品紹介・あらすじ
もしあのとき、別の選択をしていたら? パトリシアの人生は、若き日の決断を境にふたつに分岐した。並行して語られるふたつの世界で、彼女はまったく異なる道を歩んでゆく。それぞれの世界で出逢う、まったく別の喜び、悲しみ、そして子どもたち……どちらの世界が”真実”なのだろうか? 『図書室の魔法』《ファージング》の著者が贈る感動の幻想小説。世界幻想文学大賞候補、ティプトリー賞・全米図書館協会RUSA賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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一つの選択で、人生が全く変わったとしたら‥?
パラレルワールドのような2つの人生を振り返る女性。
2015年、パトリシアは老人ホームにいて、混乱していました。
子どもが3人だったのか4人だったのか、自分の人生のいろいろなことが二通り思い浮かぶのです。
医者には認知症と思われるだけですが。
1926年生まれのパトリシア。
大学のときにマークと付き合い始めたことで、人生の岐路ができます。
パトリシアの愛称はいくつもあり、こちらの世界ではトリッシュのほうが素敵だとそう呼ばれるようになっていました。
熱烈なラブレターを信じて結婚したトリッシュですが、牧師の息子で堅物のマークは、子どもを作るのは義務と考える古めかしい?男。
流産を含めた妊娠6回、苦労するトリッシュでしたが~4人の子どもはそれぞれ個性的に育ちます。
結婚を断った方は、パットと呼ばれています。
イタリア旅行に行ってガイド本を書いたのをきっかけに評価され、順調に仕事をしていきます。
植物学者の女性ビイと愛し合い、カメラマンの友人マイケルに精子提供してもらって子どもをもうけます。
世界の出来事は、どちらも史実とは少し違っています。
そして、どちらも、良いことばかりではない。
そのあたり、決して単純ではないけれど、密かに文明批評の針が仕込まれているような。
一つの選択で道はわかれるが、どちらが正しい、というわけでもない? そこに深みが感じられます。
きめ細かな描写でどちらもリアリティがあり、2倍楽しめるというか、これほど複雑な話でもパトリシアの気持ちはわかりやすく、切ないものがあります。
作者は「ドラゴンがいっぱい!」、「ファージング」三部作、「図書館の魔法」で知られるSF作家。
この作品も評価が高いですね。
しみじみとした味わいと余韻に、感動しました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
男のプロポーズに対する返事が波動関数を収束させ、運命が分岐した女の人生を描いた物語。認知症により波動関数が再び発散するところや、描かれる世界史が史実通りではなく、偽史が含まれるのが面白い。また、セクシュアリティが生来固定のものではなく、人生の途中で変わっていくという描写も良かったと思う。
それにしても、プロポーズ断った方の人生の方が楽しそう。一方プロポーズ受けた方の人生(の特に前半)は、繰り返す妊娠と流産、家庭内で軽んじられる、働くこともできないという地獄。BCならぬ、Before feminism時代の暗黒。 -
一つの決定がかくも人の未来を変えるのか……と。
ヒロインの結婚という決断を起点に、それぞれ二つの世界が並行して描かれるパラレル小説。
秀逸だなあと思ったのは、どこまでも人間ドラマを描きながら、私たちが知り得る「現実」とは少しずつ違うこと。
それは「ちょっとした決断で、世界は大きく変わり得る」と思わせる静かな迫力に満ちている。
また、どちらの世界にも「性」の曖昧さが書かれていることも興味深かった。
そして当然のことながら、選ぶ相手が違えば、「生まれてくる子ども」は違うという事実……!
そこからさらに生まれてくる子どもたちも変わる。関わる周囲の人間たちの運命も変わる。
なんという運命という名の模様の数々。
大聖堂やモスクの美しい天井画を思い浮かべてしまった。あらゆる形、色がはめ込まれている。
無数にある世界線の、それぞれの模様が違う。
なんとも恐ろしくて、そしてじんわりと静かな気持ちになった。 -
一気読み。ジャンルとしては、歴史改変ものとか幻想ものに入るんだろうけど、そうと意識させないジョー・ウォルトン独特の雰囲気がある。「図書室の魔法」のモリと同様、ここでもパトリシアに肩入れしながら読まずにいられない。
ある決断を境に、パトリシアの人生は二つに分岐する。二つの世界で彼女自身の人生は大きく異なるが、世界のありようもまたかなり違っている。それは私たちの「現実」と重なる所もあり、違うところもあり、そこに見え隠れする痛烈な文明批判も読みどころの一つだろう。
しかし、何と言っても読ませるのが、二人のパトリシアの歩みだ。どちらの世界でも、彼女は必死に生きる。過ちを犯したり、悩んだりしながら、子どもを育て、身近な人の幸福や不運、成長や死を経験し、大きな動き(特に戦争)に翻弄されつつ、ままならない人生を生きていく。それは決して特別なものではないが、彼女自身にとってはのっぴきならない、たった一度の人生だ。その感慨が胸に迫ってくる描き方だ。
二つに分岐していたパトリシアの人生は、ある残酷な形で重なり合うことになる。これは冒頭で暗示されているので、そういうことになるのだろうと思いながら読み進めてはいたものの、実に切なく、つらい。確かにあったはずの人生が、夢まぼろしのようにかすんでいくのを感じるとき、どういう思いが胸に去来するものなのか。想像すると苦しくなる。
解説で、本書は、個人の選択と世界の運命の関係についての物語でもあるという意味のことが書かれていたが、私はそれは深読みに過ぎるような気がした。バタフライ効果についての言及もあるが、それは物語の骨格となるものではないと思う。そういうことも含め、複雑な感慨を抱かせる、優れた一冊だと思う。 -
パラレルワールドもの。最初の章で認知症の老婦人の日常が語られて此処が並列世界の終点であることを匂わせる。
そこから過去に遡り同一人物の二つの人生が平行して語られていく。どちらかが劇的な人生と言うわけでもないのだが、明らかに世界観は異なる。
パットが生きる世界では限定的に核戦争が有り各地で死の灰が降る。それがパットの人生に大きく影響する。
一方トリッシュの生きる世界では横暴な夫のもと、不幸せな結婚生活を送り5人を死産し4人を育て上げる。その代わり世界は比較的平和である。
主人公であるパトリシア(パット、またはトリッシュ)の認知症が進み施設に入ったその時、二つの人生は混濁した意識の中で融合し始める。
3人の子供がいたり4人の子供がいたりするパトリシアの記憶を医者達は認知症で片付けようとするが、パトリシアは二つの人生がどちらもリアルに感じられる。
物語は劇的なオチも無しに唐突に終わる。ストーリーにSFらしさは全く無い、ただ物語の切り口がSFなのだ。これだけ読ませるのだから筆力も有る。
こんなSFってあるんだと感心することしきり。オススメです。 -
これが、遅れてきた、2017の私的ベスト1だと思う。
人生には選択があり、どちらも命をかけて守りたい愛しい人と、吐くような痛みをともなうのだ。時は過ぎていく。 -
久しぶりに店頭で読みたい本を物色していて出会った一冊。ジョー・ウォルトンの作品は読んだことがなかったけど、とても好みな作品世界で、後から世界幻想文学大賞や英国幻想文学大賞受賞作家と知り、なるほど…と納得。
1926年生まれのパトリシアは、2015年現在、認知症を患い、老人ホームで暮らしている。冒頭の章で綴られる混乱する彼女の記憶は、しかし、混乱と言うより混線という表現が当てはまる不思議な様相を呈していて…日によって異なる部屋のインテリア、入居している施設の作り、更には彼女の元を訪れる子供たちさえ別々の人生で得た別々の家族が混在している様子。そうした混線した記憶の背景には、世界や政治にまつわる共存するはずのない二つの歴史の流れもあって——。
そして語られ始める第二次世界大戦前夜から始まる彼女の人生の物語は、戦後、ある男性からの一つの問いによって二つに分岐する。学生時代に結婚の約束を交わした彼と本当に結婚するか、それとも望む職に就く当てがなくなった彼との婚約を破棄するか。「あなたと結婚する」と答えたパトリシア=トリッシュが送る、家に縛られ多くの苦労を強いられる人生。「あなたとは結婚しない」と答えたパトリシア=パティが送る、自由で文化的な人生。交互に綴られていく分岐した二つの人生は、けれど、分岐直後の明らかな明暗のギャップにも関わらず、どちらの世界でも長い時間をかけて彼女が彼女らしく生きていく中で、色合いは違えどいずれにも愛と幸福が訪れ、また苦しみや悲しみもいずれの人生でも避けようがなく舞い込み…全く違う二つの人生が、やがて一つの施設でのゴールへと自然に収斂していく。
まさに「糾える縄のごとく」二人のパトリシアの人生と彼女を囲む世界を彩る幸福と苦難。二人分の人生、二つの世界が歩んだ時代を同時に読み進めていく読書体験は本当に濃厚で、一気に読んでしまった。幸せな人生とか、不幸な人生とか。幸福な時代とか、悲惨な時代とか。何か一つの要素がすべてを決めるのではなく、人生とは、時代とは、いつでもどこでも、何かしらが欠け、あるいは奪われ、けれども何かしらを得て、あるいは守り通して、生き抜く「日々」の積み重ねでしかない。その「日々」の積み重ねが生み出す道筋は、たった一つの選択によって大きく分岐したように思えても、実際は小さな選択が生む小さな分岐が数知れず積み重なって生まれたものなのだと思う。選択する度に分岐が生まれるなら、いま私が生きている人生には、どれくらいの並行世界がありえたのだろう。パトリシアの二つの人生に正誤がないように、きっと、選んだ人生、選ばなかった人生、どちらかが正しくてどちらかが間違ったということはない。常に、いまいる世界、いま生きている人生を、自分が選んだ世界であり人生として、ひたむきに生きるしかないのだ。トリッシュとパティ、青春時代から老境までのそれぞれのとてもリアルな重みのある人生を同時に経験することで、自分の来し方行く末にも思いを馳せずにはいられない一冊。 -
2015年、認知症の介護施設にいるパトリシアはだいたい90才くらい、記憶は日々混乱しているが、奇妙なのは自分の子供たちが、四人だったか三人だったかわからなくなること。単に人数の問題ではなく、五人死産して二男二女だけが残った四人だったのか、自分で産んだ二人の他に同性のパートナーの産んだ一人を加えた三人だったのか、まったく別の子供たちが同時に存在していること。二つの記憶のいったい、どちらが本当なのか?
偶然だけれど最近読んだ川上弘美『森へ行きましょう』とものすごく構成が似ていて驚いた。とはいえあちらはSF的要素は少なく、はっきりした分岐点があるわけでもなくて、単にパラレル世界の別々の人生を歩む同一人物の人生を交互に描いた物語だったけれど。こちらはラストに一応SF的なオチ(というか投げかけ)があり、分岐点がはっきりしている。しかし交互に描かれる同じ女性の二つの人生、SFというよりは「女の一生」的物語性のほうが強く残るあたり、両者は日英双子のようだ。これも一種のパラレルかしら、なんて。(ちなみに書かれたのはこちらのほうが先)
閑話休題。パトリシアは1926年生まれ、第二次大戦で兄と父を失うが、女性ながらオックスフォードを出て教師となり、大学時代に知り合ったマークに23才のときにプロポーズされる。幼い頃はパッツィ、友人たちからはパティと呼ばれていたパトシリアだが、マークのプロポーズを受けたほうはトリシア(→トリッシュ)と呼ばれ、プロポーズを断ったほうはパット、と呼ばれその後の人生を分岐させていく。
このマークという男が本当に胸糞悪いモラハラくそ男で、マークと結婚したトリシアは不幸な結婚生活を送るはめになる。愛も欲望もないのに子作りは義務と考えているマークは何度もトリシアを妊娠させ、四人を産み育てる合間に五度の死産を経てもトリシアを思いやろうともしない。しかし子供たちは母思いに育ち、それぞれ孫も生まれたりしてトリシアも自立してゆく。
一方マークと結婚しなかったパットは、友人と出かけた旅行でイタリアの魅力に魅せられ執筆したガイドブックが成功、幅広い人脈を持ちさまざまな友人とつきあう中、同性のパートナーと出逢い、彼女と生きる道を選ぶ。精子提供者の男性をみつけ子供をそれぞれ出産、パートナーがテロに巻き込まれ負傷するなど事件はありつつも、愛情にも仕事にも恵まれ充実した人生を送る。
どちらのパトリシアの人生も、読者はともに悩み、涙し、喜び、シンプルに彼女の人生の物語としても読みごたえは十分、個人的にはもうそれだけで胸いっぱい、良い本だった!と絶賛したい。
一応SFとしては歴史改変ものの要素があり、トリシアは結婚生活は不幸ながらも世界情勢は安定しているのに対し、パットは充実した人生を送れるけれど核戦争が何度か起こり世界は放射能で汚染されている。マークのプロポーズを受けるか受けないかという些細な判断がバタフライエフェクトの起点となり異なる二つの人生だけでなく世界の有り方まで変えてしまうとしたら、自分の人生と世界平和とどちらを優先すべきか、という問いかけが最終的に残るわけだけれど、個人的には、子供たちはどちらも「本当の子どもたち」であることに変わりはない、すべての子どもたちが愛おしい、という結論しか残らなかった。 -
二通りの女性のそれぞれに過酷な人生が描かれているが、波乱万丈とはいえ普通にありえる人生。それを読ませるリーダビリティは翻訳の良さもあるんだろうな。
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パトリシアという女性の一生を描いた物語。ただし2人分。
パットとトリッシュで分けられた彼女の人生は、世界ごと全く違う道を歩んでいく。
ひとつの名前に愛称が複数ある海外の名前の特徴をうまく使っていておもしろい。やはり名前は人生を決定するほどの力を持つのだ…。
と思っていたが、どちらにしてもパトリシアはパトリシアだった。それは本人もそう言っていたし、最終的に2つの人生が彼女ひとりに収束していったことからもそうなのだろう。薔薇という花はその名前でなくても同じ香りがするのだから。
パトリシアはどちらの人生においても意志が強く、活動的で、聡明な女性である。確かにパットの方が一見幸せに見えるけれど、トリッシュも幸せには違いなかったと思う。どちらの人生が彼女にとって良かったのか、読み終わって未だに答えが出せない。
パットとトリッシュと共に人生を追いかけていくうちに、彼女たちの子ども全員がかわいく思えてきてしまう。どちらかを選んでどちらかに会えなくなってしまうのは悲しい。いずれにしろパトリシアの子どもは音楽の才能を開花させるのが興味深いところ。
そんな風に考えながら読んでいたのだが、解説を読むと全く違った視点での考察があり非常に勉強になった。こういう、自分に足りない視点や知識で物語を読み解けるのも翻訳本の良いところだ。