平成怪奇小説傑作集3 (創元推理文庫)

制作 : 東 雅夫 
  • 東京創元社
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感想 : 22
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  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488564087

作品紹介・あらすじ

2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災は、東北地方の太平洋岸を中心に未曾有の被害をもたらした。理不尽な死に見舞われた無辜の人々と、残された者たちと──彼岸と此岸、死者と生者の幽暗なあわいに思いを凝らす作家たちの手で、新時代の怪談文芸が澎湃と生み出されてゆく……。平成の三十余年間に誕生した極めつきの名作佳品を、全三巻に精選収録する至高の怪奇小説アンソロジー。最終巻となる三巻には十五作を収録。

感想・レビュー・書評

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  • シリーズ1冊目から3冊目まで続けて読んで、読み終わりました。日頃から積読がなかなか減らないのが悩みですが、積読にはシリーズ物を一気通貫で読めるってメリットもあって、なかなかやめられません。

    自分にとってはこのシリーズの中では3冊目が一番楽しめました。1冊目から3冊目に向かうにつけ、起承転結がはっきりしている作品が増え、中でもさりげなくたくさん入っているラブストーリーが全部よかったです。

    あと、「実話系」は…怪談の王道かなあ。一人称視点の怖い話って、誰かその話を書いた人が別にいるはずだって思っちゃうとちょっと醒めるところがあるのですが、聞き書きの実話系だと、体験した人と書いた人は別、なので、語った人が語った後どうなっちゃったかわからないってストーリーだと怖さの演出が盛り上がります。

    以下、収録作品別一言コメント。
    ネタバレあります。


    「成人」京極夏彦
    誰かからの聞き書きをまとめた形式になっている「実話系(って言うんだそうです)」。
    なりそこない、って言葉は出てきませんが、そういう人に成れなかったものをめぐるお話。成人式の前後のできごとが要になっているので、「成人」はダブルミーニングです。
    色気づいたなりそこないと一夜を共にして憎からず思ってしまったB君、この先どうなっちゃうのでしょうか…。
    解説に雰囲気を評して「不穏」という言葉がありますが、まさにそんな感じ。上手に言葉を探してくるなあ。

    「グレー・グレー」高原英理
    全3冊通して初めてのゾンビもの。
    …なんですが、それでラブストーリーをやっちゃうのがすごいと思います。
    匂いやら見た目やらエンバーミングやらをきちんと描きこみながら、でもこの不自然なカップルの恋の成就を最後まで願わざるを得ません。
    独特な文体で事態に戸惑いつつ和花を大切に思うアキの気持ちを伝えてきます。
    ただ、ラストはちょっと予定調和すぎ。でも、ラブストーリーだから予定調和でもいいのかも。

    「盂蘭盆会」大濱普美子
    両親を、義兄を、姉を、そして姪を送って空っぽになっちゃった秋子さんと、送る側になることを拒否して送られた朝子さん。
    とてつもなく寂しくなってしまいました。

    朝子さんを迎えるまでしか描かれていませんが、帰ってきた朝子さんはどうなるのか、秋子さんにそれがどう見えるのか、それが語られないところが寂しさを増幅しているようです。

    「 蛼(こおろぎ)橋」木内昇
    実は自分は死んでいた系。
    「系」ってまとめたくなるくらい見かけます。
    母の言動でラストまで引っ張るのは一種のトリックでお見事です。残されたものの心痛を和らげる薬とそれを渡す那智。仕事のはずが佐吉に心を寄せてしまう様子をお国訛りの柔らかい言葉がふわりと包みます。

    「天神坂」有栖川有栖
    連作集の一編だそうです。
    何よりもまず作中の食べ物が美味しそうです。ああ、取材名目でいいもの食べてやがるなあってやっかみたくなるほど。
    美味しいもの食べて、愚痴るだけ愚痴ったら、気持ちを切り替えて…。

    「さるの湯」高橋克彦
    やっぱり実は自分は死んでいた系。
    震災の被災地では不思議なできごとがたくさん起きている、って見かけたことはこれまでもあります。
    不思議で、怖い話のはずなのに、残された人たちにとって全然怖くない、むしろ会いたい、帰ってきてほしい人たちを身近に感じられるできごとだ、というのが切ないです。

    「風天孔参り」恒川光太郎
    なんだろう、失われてしまったものに手を伸ばし続けて世捨て人みたいになっちゃうさまが、変な話ですが村上春樹っぽさを感じてしまいました。
    安藤にすら置いて行かれた岩さんは自分が<風天孔>に入る前に案内人を誰かに引き継ぐのかどうかが気になります。

    「雨の鈴」小野不由美
    小野不由美のホラーと言えばすぐに「屍鬼」が思い浮かびます。その屍鬼を読んだ時も思ったのですが、意外に理屈っぽく設定を作りこんでくる人ですね。
    怪異の不気味さと、一定の法則を見つけてそれに対応する手段とのギャップがなんかうまく消化できませんでいた。

    「アイデンティティ」藤野可織
    笑いました。
    まず単純に面白い。何だろう…ちょっと落語っぽいのかも。
    そしてシニカルに面白い。ポンと叩かれて「さて、人魚だ」と声をかけられただけでアイデンティティを刷り込まれ、過去の記憶まで獲得してしまう仲間たちの中で、どうしても
    「猿です」
    「鮭です」
    「いいえ、人魚です」
    と繰り返さざるを得ない「それ」が哀れに見えますが…、本当に哀れなのは人に与えられたアイデンティティに安住している大勢、のはずです。
    はずです、って書かざるを得ないあたりがこの作品の面白さです、きっと。

    「江の島心中」小島水青
    純情な魚屋さんが玄人の次郎吉さんに恋する話。
    どうしたってハッピーエンドにはなりそうにない「ほろ苦い青春の思い出」ですよねえ。
    魚屋さんから見れば、どうやっても手が届きそうにない玄人も、幽霊も、同じようなものかもしれません。

    「深夜百太郎」より「十四太郎 夜のダム」「十六太郎 山の小屋」「三十六太郎 横内さん」舞城王太郎
    初舞城王太郎。
    初めてなのにいきなりとんでもないものを読まされてしまったような気がします。
    「横内さん」の良さを伝える言葉が浮かばないのですが、無理にこじつけると、高校生っぽい文体で高校生っぽい恋愛を語っている舞台がものすごく不気味、だけどなぜだかハッピーエンド(なのか?)って感じです。

    「修那羅」諏訪哲史
    濃厚なゲイのかほり。
    ごめんなさい、ちょっと、趣味では、ないので、アッー!

    「みどりの吐息」宇佐美まこと
    サンカの話かと思ったらちょっと違いました。
    太郎はどうしてこのタイミングで山に帰ってしまったのか…。最後に自分たちのことを誰かに語りたかったのでしょうか。

    「海にまつわるもの」黒史郎
    実話系。
    あれやこれやと盛り上げて、「蛹」と「桶」でプツッと放り出してくれます。
    こういう終わらせ方が一番尾を引いて、嫌らしい…。「成人」で不穏と表現されていますが、このお話にも「不穏」の言葉がしっかり当てはまりそうです。

    「鬼のうみたりければ」澤村伊智
    希代子さんの語っていることは事実なのか、それとも均衡を失った精神が見せている幻なのか。
    どちらにしても取り返しのつかなさは計り知れません。野崎君は一緒に家まで行き、警察へ付き添ったあとでこれを書いたのでしょうか。

    平成怪奇小説傑作集3(創元推理文庫)収録作品一覧
    「作品名」 (作者名『収録書名』)

    「成人」(京極夏彦『幽談』角川文庫 2013)
    「グレー・グレー」(高原英理『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』ちくま文庫 2014)
    「盂蘭盆会」(大濱普美子『たけこのぞう』国書刊行会 2013)
    「 蛼(こおろぎ)橋」(木内昇『化物蝋燭』朝日新聞社出版 2019)
    「天神坂」(有栖川有栖『幻坂』角川文庫 2016)
    「さるの湯」(高橋克彦『非写真』新潮文庫 2018)
    「風天孔参り」(恒川光太郎『異神千夜』角川文庫 2018)
    「雨の鈴」(小野不由美『営繕かるかや怪異譚』角川文庫 2018)
    「アイデンティティ」(藤野可織『おはなしして子ちゃん』講談社文庫 2017)
    「江の島心中」(小島水青『そっと、抱き寄せて 競作集<怪談実話系>』角川文庫 2014)
    「深夜百太郎」より「十四太郎 夜のダム」「十六太郎 山の小屋」「三十六太郎 横内さん」(舞城王太郎『深夜百太郎 入口』ナナロク社 2015)
    「修那羅」(諏訪哲史『岩塩の女王』新潮社 2017)
    「みどりの吐息」(宇佐美まこと『角の生えた帽子』KADOKAWA)
    「海にまつわるもの」(黒史郎『幽 第28号』KADOKAWA 2017年)
    「鬼のうみたりければ」(澤村伊智『幽第30号』KADOKAWA 2018年)

  • 平成を振り返る怪奇小説アンソロジーの最終巻は平成20~30年の作品を収録。個人的にこの巻には入るだろうなと思っていた恒川光太郎と藤野可織がやっぱり入っていたので嬉しい。そして収録作品の発表年度順なので、平成後半にも関わらず昭和からご活躍の大御所の作品が結構収録されているのが意外でした。死んだ自覚のない人がふらふらしている系の話がとても好きなのだけど、その系列が多く収録されてるのは嬉しい(どれかはネタバレになるので言わずにおく)

    京極夏彦「成人」、舞城王太郎「深夜百太郎」、黒史郎「海にまつわるもの」あたりの実話系(もしくは実話のテイのフィクション)は、ちゃんと解決しない(理由も正体もわからない)のが怖い。

    小野不由美「雨の鈴」は正統派(?)の幽霊(地縛霊系かしら)もので「営繕かるかや怪異譚」というシリーズの1作、有栖川有栖「天神坂」は濱地健三郎という心霊探偵が活躍する連作の1作で、どちらも一種の「霊の専門家」が最終的には始末をつけてくれて安心。小島水青「江の島心中」もわりと王道の幽霊もの。

    木内昇「こおろぎ橋」は意外とレアな時代もの。大濱普美子「盂蘭盆会」は、お盆に死んだ人が帰ってくる話だけど、女性作家特有の、霊云々より生前からの細かい日常描写や心理描写がいいんですよね、そして本当に怖いのは霊よりも生きてる人間の情念のほう。

    高橋克彦「さるの湯」は震災後ならではの切なさ。諏訪哲史「修那羅」は泉鏡花風で好みだけどちょっと読点が多くて逆に読み辛い。宇佐美まこと「みどりの吐息」は謎めいた山の民を妻にした男の末路。澤村伊智「鬼のうみたりければ」は30年前に神隠しにあった双子の兄が突然帰ってくるという民俗学的不可思議と現代社会の問題がうまく融合されている。

    高原英理「グレー・グレー」はゾンビだけどロマンス。藤野可織「アイデンティティ」は、一種の人魚ものですけど、何度読んでもまあぶっとんでる。現代的なホラーセンスだと思う。恒川光太郎は「風天孔参り」が収録されてたけど個人的にはもっと連作じゃないので良い短編あるのに、と思う。

    これで全3巻完結。とても有意義なアンソロジーだったと思います。ただ巻末の著者リストを眺めるにつけ、若手の作家が少ないのがちょっと気になりました(今回収録者でもいちばん若くて藤野可織の1980年生まれ)なんかもっと20代くらいの作家が出てきてもよさそうなのに、と。いまどきの若者は怪奇小説書かないのかしら? あと小川洋子や川上弘美が怪奇小説として収録されていたくらいなので小山田浩子もアリだったんじゃないかとふと思いました。

    ※収録
    京極夏彦「成人」/高原英理「グレー・グレー」/大濱普美子「盂蘭盆会」/木内昇「こおろぎ橋」/有栖川有栖「天神坂」/高橋克彦「さるの湯」/恒川光太郎「風天孔参り」/小野不由美「雨の鈴」/藤野可織「アイデンティティ」/小島水青「江の島心中」/舞城王太郎「深夜百太郎(十四太郎、十六太郎、三十六太郎)」/諏訪哲史「修那羅」/宇佐美まこと「みどりの吐息」/黒史郎「海にまつわるもの」/澤村伊智「鬼のうみたりければ」

  • 平成怪奇小説傑作選第3巻。平成20~30年の作品を収録。最終巻です。
    既読は有栖川有栖「天神坂」小野不由美「雨の鈴」だけでした。2の方が既読作品が多かったな。「天神坂」がシリーズものの一環だとは知らなかった。濱地健三郎の短編集も読んでみたい。(こうして読みたいリストが増えてゆく……)
    今回は、怪奇よりも幻想的な作品が多かった印象です。雨とか海とか、水にまつわる話が多かったような?
    初読のものでは、木内昇「こおろぎ橋」小島水青「江ノ島心中」がお気に入りです。
    宇佐美まこと「みどりの吐息」も好き。Coccoの「幸わせの小道」という曲を思い出しました。
    舞城王太郎「深夜百太郎」作者の名前は知ってたけど、初めて読みました。うわああああとかバアアアッとかギイイイイイとか、ラノベっぽい?ので、収録作品の中で異色な感じがしました。ラノベも平成小説史には欠かせない要素ですね。Twitterに投稿されたものというのもまた異色。「横内さん」が怖かった。
    怪奇小説と共に平成30年を振り返ることができる、良いアンソロでした。

  • 怪談実話のブーム。
    編者がその渦(真っ最)中の人だからその色が濃くなるのは必然なのだが。
    面白いのはピックアップされたその系列の作品群が、意外やジャンルに甘んじることなくジャンル自体を脱構築しようとする……内側から破ろうとする力(内破)に満ちていることだ。
    たとえば京極夏彦「成人」舞城王太郎「深夜百太郎」黒史郎「海にまつわるもの」澤村伊智「鬼のうみたりければ」。
    しかし個人的に好きなのは、もっと「まっとうな作り物」(という言い方がどうか知らんが)の高原英理「グレー・グレー」大濱普美子「盂蘭盆会」恒川光太郎「風天孔参り」藤野可織「アイデンティティ」諏訪哲史「修那羅(しょなら)」あたり。
    特に文体の力。端正であったりねちゃっとしていたりからっと乾いていたり。
    私小説のしがらみから純文学を飛躍させるには、文体、あるいは幻想小説というスタイル、が必要なのか。歴史的には。
    このへん、スタイリストを自称する澁澤龍彦や中井英夫に考えを聞いてみたいところだが。
    また数年前ならジェントル・ゴースト・ストーリーに属するだけで涙腺がゆるんでいた自分が、そうではなくなった、という個人史にもいずれ光を当てて内省していきたい。
    いずれにせよ東雅夫さんの労作に今回もまたお世話になった。

    ■京極夏彦「成人」 ※複数の文章が引用されるうちに、怪談実話ものの脱構築が行われ、最終的には本編自体が作者自身の怪談実話である、という高等テクニック。
    ■高原英理「グレー・グレー」★ ※作中でその単語は出ないが、ゾンビもの。ゾンビ化した恋人が腐らないよう心を配る男性の語り。あらすじに起こすと単純だが、文体の機微。そして抒情。津原泰水に匹敵する文章力だ。
    ■大濱普美子「盂蘭盆会」★ ※これは恐い。部屋にでんと腰を据えて、姉夫婦と姪の死を見送り、死後をも見ている、視点人物の怖さ。物言わぬ女の怖さ。あらすじに起こしてみるとそうでもないが、文章の細部に、冷静な加虐心といったものが宿っていて、文章そのものが冷え冷えと恐い。
    ■木内昇「こおろぎ橋」(※「こおろぎ」は「虫」偏に「車」) ※視点人物が実は……という王道。
    ■有栖川有栖「天神坂」 ※これはずいぶんと調子のいい話(男性にとって)で、とりたててフェミニストならずとも鼻白んでしまう。
    ■高橋克彦「さるの湯」 ※東日本大震災を経て。これもまたしかし、話のための話という程度にとどまる。
    ■恒川光太郎「風天孔参り」★ ※ある人物が「人間は、弱いね」と呟くのだが、その一文に至る積み重ねが凄まじい。樹海=自殺志願という公式を、少しずらした視点で見(続け)る、傑作。
    ■小野不由美「雨の鈴」 ※話のために作った設定、という感は否めない。が、「恐ろしいものなのに、やはり悲しげに見えるのはなぜだろう」という一文はよい。
    ■藤野可織「アイデンティティ」★ ※ひとつのオブジェから奇想を紡ぐ。まさに最高の現代作家!
    ■小島水青「江の島心中」 ※好みとしてはいまひとつかな。それにしても子持ち石というのは、いいな。
    ■舞城王太郎「深夜百太郎(十四太郎、十六太郎、三十六太郎)」★ ※【三十六太郎 横内さん】の畳みかけるような抒情よ!これぞ舞城の持つモノローグの魔力。「ごめんだけど、本当に嬉しい」には怖さと愛おしさが宿って。
    ■諏訪哲史「修那羅(しょなら)」★ ※古めかしい言葉遣いだが、県道、プロデューサー、メールなどで現代だと示されている。流浪と性。
    ■宇佐美まこと「みどりの吐息」 ※サンカ的な話かと思いきや、ファンタジックへ。それにしても、伝聞に伝聞を重ねる形式は、怪談実話を経たジャンルの特性なのだろうか。
    ■黒史郎「海にまつわるもの」 ※怪談実話をスルーしてきた身としての感想。これでもかというほど実話的怪談が収集・披露される。ここに至っては収集後いかにコンセプチュアルに開陳するか、という手腕が評価の対象になるのだろうか。テーマと、断片の関連性に、その空隙こそにうすら怖さを感じるという、けっこう高等な遊戯。あるいは平成の徒花、しぶとく残り文化になるのかもしれない。
    ■澤村伊智「鬼のうみたりければ」 ※新聞記事→ファナティックかつユーモラスな語り→新聞記事、という見本のような短編。
    ■東雅夫 編者解説 ※やはり3・11。現実世界を凌駕しかけた恐怖を物語の中に追い込むこと。

  • 素晴らしいホラーアンソロジー。ホラージャンルの入門にうってつけ。3巻だけ長いこと積んでしまっていたのがもったいなかった。読むべし読むべし。

  • このシリーズはひとまず全部読了。既読のはなしもあったが、何れもなかなか読みごたえがある。実話でも有りそうな気がしてくる。幽霊よりも怖いのはそれを作り出してしまう人の心と脳ミソか。

  • 平成三十年の間に発表されたホラー小説を、東雅夫氏が精選収録したアンソロジーの全三巻。第三巻の今巻は平成二十年の京極夏彦「成人」から平成三十年の澤村伊智「鬼のうみたりければ」までの十五作。

    京極夏彦「成人」小野不由美「雨の鈴」は、読んだことがある作品。それでも、背筋に走るゾクゾクは変わらず。いいものは、何時でも何度でも物語へと入り込ませてくれる。恐怖がじわじわと侵食してくるのが、ジャパニーズホラーだと思っているのだが、かつて読んだ記憶があっても、初読のように感じることができたのは、深みにはまってゆくことが認知できているからだろう。

    高原英里「グレー・グレー」。なぜか死人がゾンビ化してしまうようになってしまった世界を過ごす恋人たち。終末を迎えつつある世界と、恋人二人の関係。
    非日常へと変化してしまった日常の中で、異常であると理解しながら、かつての日常を、それに少しでも近づけるように過ごそうとする恋人が、脆さの中の綺麗さを感じさせるか。破滅へと進むことを拒絶するでなく、少しでもその瞬間を遠ざけようとする。逃避とも感じるのだけども、それが綺麗だった。

    大濱普美子「盂蘭盆会」。人が抱える精神の多面性が恐ろしく思う。
    最後の場面は拍子抜けしたのだが、それはホラーということで復讐や慚愧の場面で終わるのか、と予想していたから。心の中に何を抱えていても、どんな形のものを抱えていても、一日一日を繰り返してゆくだけ。見てはいけないものを見た、という恐怖はあるが、それ以上にこれは誰にでもあり得る心象風景なのだ、という感覚が恐ろしい。

    澤村伊智「鬼のうみたりければ」。怪異に侵食されて崩壊してゆく日常。この状況、現象は異常な事態だと感じていながらも、そこに対応し順応して、縋ってしまいなくてはならないものになってしまっていったのが、恐怖を感じる。
    物語の語り手が平常を保とうとしているが、既に崩壊していたと気づいた時が、一番の山場。聞き手の人物と、読み手の自分との感情が共振するあの場面はいかん。

    心に残った作品の感想を思いつくままに。

  • 【収録作品】「成人」 京極 夏彦/「グレー・グレー」 高原 英理/「盂蘭盆会」 大濱 普美子/「 【コオロギ】橋」 木内 昇/「天神坂」 有栖川 有栖/「さるの湯」 高橋 克彦/「風天孔参り」 恒川 光太郎/「雨の鈴」 小野 不由美/「アイデンティティ」 藤野 可織/「江の島心中」 小島 水青/「深夜百太郎-十四太郎、十六太郎、三十六太郎-」 舞城 王太郎/「修那羅」  諏訪 哲史/「みどりの吐息」 宇佐美 まこと/「海にまつわるもの」 黒 史郎/「鬼のうみたりければ」 澤村 伊智

  • ホラーアンソロジー。再読の作品も多いけれど、どれをとってもたしかに傑作。怖いばかりではなく、切なかったり、少し温かな雰囲気を感じさせられるものもあります。
    小野不由美「雨の鈴」が一番好きな話。何度読んでも恐ろしくて仕方がないのだけれど、この物語の主人公と同じく、どうしようもない悲しさ切なさもおぼえてしまいます。どういう由来のあるものだったのか、いろいろ考えたくなってしまいますし。
    藤野可織「アイデンティティ」はなんだか愉快な一作。「猿です」「鮭です」でもう笑いがこみ上げました。実際にあるあれがどれだけアイデンティティに揺らいで悩んでいたのかだなんて、思いもよりません(笑)。シュールでコミカルな読み心地がたまらない一作です。
    舞城王太郎「深夜百太郎」がこれぞホラー、という感じなのだけれど。これ、本の存在もチェックから漏れていたので。買って読まなければ、という気になりました。

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