こうしてイギリスから熊がいなくなりました

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (165ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488010829

作品紹介・あらすじ

昔々、森を徘徊する悪魔と言われた「熊精霊」。通夜で豪華な食事とともに故人の罪を食べる「罪喰い熊」。服を着て綱渡りをさせられた「サーカスの熊」。ロンドンの地下に閉じこめられ、汚物を川へ運ぶ労役につかされた「下水熊」。人間に紛れて潜水士として働く「市民熊」。皮肉とユーモアを交えて独特の世界観で描かれる8つの奇妙な熊の物語。『10の奇妙な話』の著者がイギリスで絶滅してしまった熊に捧げる大人のための寓話。イラスト=デイヴィッド・ロバーツ。

感想・レビュー・書評

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  • こうしてイギリスから熊がいなくなりました…正にこの邦題通りの短編集。
    この邦題が気になってこの作品を読み始めたのだけれど、読み進める内に古のイギリス人たちは何故こんなにも熊に辛く当たるのか、そのあまりの仕打ちに読んでいるこちらも辛くなる。
    イギリスで野生の熊が絶滅した、という「現実」があるけれど、この作品は熊たちへの贖罪なのか。はたまた人間に対する警告なのか。

    「イギリスの熊たちよ、こちらにおいで」
    力強い声に導かれ、しっかりと先を見据え大海原を進むイギリスの熊たち。
    イギリスで起こった数々の記憶を置き去りにし、自らの意思でイギリスを後にした熊たちの心中を察すると切ない。
    秋の夜長に深く考え込ませる作品だった。

    あのクリストファー・ロビンの「お友達」が主人公の、ほのぼのとした物語がイギリスのものだということもまた衝撃的。

  • 『真夜中は埋葬とどこか似ており、まるで重い岩のように、どの家にもゆっくりとのしかかっていった。そうして過去を覆い隠し、未来を遮ってしまうのだ。希望も目標も、すごすごと立ち去ってしまった。そして、そうしたものが消えている間、世界はぐるりと様変わりするのである』―『Ⅰ精霊能』

    唐突だが、ヒトの業[ごう]の深さ、ということを思う。もちろん他人事とは言い切れない後ろ暗さを感じながら。人が醜さに如何に惹かれていたかをこれでもかと証拠立てて示したエーコの文章を最近読んだこともあり、ミック・ジャクソンの「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」の中で書き連ねられるヒトの欲深さ、醜悪さ、残忍さのようなものを単純ににやりと笑って読み飛ばすことが出来ず、着地点を見失った気分になってしまう。呻吟した挙句、例えば「香水」の著者でもあるパトリック・ジュースキントの「ゾマーさんのこと」を思い起こさせる、と言ってみると、ようやく、何か腑に落ちるような気になる。

    とはいえ、この本の中で展開するのはどちらかと言えば寓話的な物語。短い九つの章からなる頁数も多くない本で語られるのは、如何に熊がイギリス人によって酷い目に遭わされてきたかを、熊を擬人的に扱うのみならず知性を持った存在として昔話風に(ただし文明批判めいた口調で)語る物語。デイヴィッド・ロバーツによる挿絵もブラックながらもユーモラスなタッチで、「絵本」という雰囲気さえ漂う本書だが、ジャクソンの筆致は文明人ぶっている我々が如何に酷いことをし続けてきたかをそこはかとなく皮肉っていて、一皮むけば今でもそういう本性は変わっていないのだということを意識させる。軽い気持ちで読むと後からしっぺ返しを喰らうかも知れない。

    こういう本を読むと、物語の正しい使われ方、とでも言うような妙なことを考えてしまうのだが、どことなくミヒャエル・エンデの「モモ」と通じる思想を感じもするジャクソンの文章に、倫理めいた調子はない。しかし、余程露悪的な性格の持ち主でない限り、イギリスから駆逐されてしまった熊に託された様々な差別の隠喩を読み取ってしまうのが自然なことだろう。ただ、それに気付いたからと言って、それを反証的に取り上げて多様性だの共存だのという言葉で自らの立場を守るべく語ってみても余り意味はない。ヒトにはそういう一面があるのだということを自覚する以外の教訓はないのだ。それは決して過去の非文明人がしたことではなくて、文明人を名乗る自分たちの未来における評価でもあるのだ、と心しておかねばならないこと。短いけれど響く人には響く本だと思う。

  • ・イギリスの作家ミック・ジャクソンの作品。薄い158pに8つの短編。
    ・短編集。表紙のくまとタイトルに惹かれる。装丁もうすいグレイッシュブルーでかなりすき。
    ・これはイギリスで絶滅してしまったクマに捧げる大人のための寓話。
    ・文章が素敵。イラストは、イギリスのデイビッド・ロバーツ。

    ・精霊熊
    ・罪食い熊
    ・鎖につながれた熊
    ・サーカスの熊

    ・下水熊
    ロンドンのもっとも恥ずべき秘密の一つは、19世紀のほぼ全般にわたり下水道に熊を閉じ込め、報酬も与えないまま下水道作業員および清掃員としてこき使っていたという事実。
    くまから宝石を奪ったジミーのそのご。
    ・市民熊
    1920年には熊のような見かけの男がイーストアングリア地方のホテルに雇われているという報告が二件、別々に上がった。
    潜水士にいったいなにがおきたんだろ。
    たれが熊やったのか?

    ・夜の熊
    人の世から追い出された熊。
    ・偉大なる熊

    なんか、神話みたいなはじまりの文。

    ・熊をベースに社会問題にも切り込んでる!?

  • ミック・ジャクソンの『10の奇妙な物語』で惹かれ、今回は熊を主題に取り上げた短編集を拝読。

    派手さは無いが、読後ににやりとしてしまう、シュールなファンタジー短編。テイストはビター系。
    個性の行き届いた一冊として、星5をつけた。

    ジャクソンの作風は、「グロテスクでないエドワード・ゴーリー」とでもいうべきか。残酷で搾取に満ちた世界を、そっけなく
    「……という状況でした。」
    と語ってのける。
    虐げられやすい職業や環境に置かれたキャラクター(本作では熊)へ向ける作者の視線は、どちらかといえば同情的なものではあるが、その表出は抑制されている。
    主人公たちが抑圧から脱出、あるいは開放される前に、必ずと言っていいほどの『小さなざまあみろ』が仕掛けられている。
    ……が、これもまた、派手さはない。
    ないのだが、情景描写といい、戯画化された人間たちへの皮肉っぽい表現といい、作家の感性が行き届いた物語は、印象をきちんと残してゆく。

    ルーシー・ワースリーの『イギリス風殺人事件の愉しみ方』には、UK(主にイングランド)の人々が如何に殺人と殺人犯を娯楽化していたかが判る。
    これとは別に動物虐待(現代では、という注釈が付く)もまた、ブラッド・スポーツとして娯楽化されていた。熊に犬の群れをけしかけるショウ『熊いじめ』などが作中に登場する。熊はまた、別の時代では聖性を帯びた生物とさえ見られていた。
    こうした往時の史実を織り交ぜながら、ファンタジーの体裁で語られるのは、先に述べたような虐げられやすい職業や環境に置かれた『熊』を、抑圧から脱出、あるいは開放される物語である。

    最後の一篇を読み終えた時、これは熊版『出イングランド記』ともいうべき、熊に捧げた聖書なのではないかという感慨すら抱いた。
    落ち着いた感じの文体を好む人には、ぜひお勧めしたい一冊である。

  • 「12世紀には絶滅させちゃったんだけどね。絶滅させちゃったんだけど、こうやってイギリスから熊がいなくなったって思いたいんだよ。ゴメン、勝手言っちゃって。」そうだよな。俺もそう思いたいよ。どっかで幸せに元気に暮らしてるハズって。

  • イギリスでは早くも11世紀に野生の熊が絶滅したそうで。
    その辺に触れている訳者あとがきも面白い。
    寓話っぽさ・神話っぽさ・民話っぽさが入り混じる、でも奇妙なリアリティもある一冊。

  • 熊たちが可愛くて怖くて哀しい。
    不思議な世界だけれど、すぐ隣にある世界のようでもある。
    挿画も、とてもとても魅力的。

  • 昔話や絵本の少しこわくて不思議なもの、絵が自分の好みに合うものを読んだ満足感があった
    わたしは外国の絵本が好きなのでこの世界観は読みやすい
    ばらばらかと思った短編が最後にオチがあったのですっきりした

  • 動物寓話というには、あまりにファンタジーすぎるというか、熊じゃなくてもいいよね?ってくらい、熊の生態からは遠くかけはなれているのが残念。

  • 『10の奇妙な物語』に続いて2つ目のミック作品
    相変わらず不思議でおかしいくてどこか切ないお話たちでした
    あとがきに書かれている英国と熊(も含めた野生動物)の関係を読むと
    また最初から読み返したくなります
    デイヴィッド・ロバーツによる挿絵も秀逸ですので
    物語とあわせて楽しめると思います

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