教養の書 (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
4.38
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本棚登録 : 1096
感想 : 79
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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480843203

作品紹介・あらすじ

全国のごく少数の幸福な読者のみなさん、ついに書いてしまいました。教養とは何か。どう身につけるか。おまけにお勉強の実践スキルまで。すべて詰まった一冊です。

感想・レビュー・書評

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  • 高校の勉強が始まる前に読んでおきたかった本。
    自分はもうアラサーですが。
    今まで勉強することは苦痛に感じることが多かったですが、この本を読み始めてから勉強に対する視点が180度変わりました。
    知識を得ることの楽しさ、知識があることによって見える世界がいく通りにも変化することを知りました。
    聖書を読む前に見る鋼の錬金術師と、読んだ後の鋼の錬金術師はきっと楽しみ方が違うだろうな。この本を読んで思ったことです。

    共感した部分は実行しながら読み進めたので、この本から得られたものはとても多いです。
    読み終わった時には自分は、クイズを楽しむようになり、あらゆる分野の歴史を学ぶようになり、調べた単語でオリジナルの単語帳を作るようになり、Youtubeのレコメンドは科学史で溢れるようになりました。

    これを1ヶ月、1年、10年と続けた時に自分が今まで好きでみていたアニメや小説、がどう写るのか楽しみです。

    学生向けとのことですが、社会人にも是非おすすめの本です。

  • 2021年1月に読み終わった

    この本とインターン先の先輩のおかげで、この1年は教養を広げる1年となった気がします。感謝。

  • とある講座きっかけで拝読
    読むのが楽しかった

    中世の大学
    野生の研究者
    自ら学べる自由
    学生の時に出会えたら、とも思うけど
    いま大人になっても学び、学ぶ仲間もいて
    学び続ける人生って良いなと楽しくなる本

    下記、メモ

    -相対化とは何か。当たり前と思い込むことによって思考を縛っていることがらを、視点をずらして当たり前でなくしてしまう手続き

    -「違いを保持した連帯」の紐帯として必要なのは認知的共感ではないか

    -「キミもボクも、少し言葉を知らなすぎるね」「その通りだね」
     (『ちびまる子ちゃん』スピンオフ、『永沢君』より。永沢君と藤木くんの会話)

    -われわれは誰かがつくってくれた言葉を借りることで、ようやくまともにものを考えられるようになる

    -ニュースピーク第三の特徴を、「微妙に異なるものをひとくくりにすることによる差異の消去」

    -win-winはもしかしたらいるかもしれない敗者について思いを巡らすことを邪魔するイドラかもしれない

  • 『感想』
    〇教養の下地は知識であるから、勉強しないといけない。知識があることが楽しみに繋がることを知ることが勉強を楽しむことにつながるんだな。

    〇今は知りたいことを簡単に調べられるから脳に記憶しておかなくてもよいという考えもあるが、それは違うと著者は指摘する。確かに楽しみは即時的な体験であり、その場で知識と知識を結ぶことができることで、刺激が生まれるし他人からも一目置かれる。ちょっと待ってねと答えを出すまで待たされると、興味の波は小さくなってしまう。

    〇思いを言葉で話すことは大事。そうしないと相手に伝わらないからだ。その時に意味を相手に理解してもらえる言葉を知っていることが重要だ。そこから思考に深みが生まれてくる。そんな言葉が日本語にはたくさんある。素晴らしい。

    〇結局教養って、その人の人間性を表すのではないか。相手の伝えたい気持ちを理解することができる。自分が知らないことがたくさんあるとわかっているから、相手のよい思考を受け入れ自分を変えていくことを恐れない。相手を変える可能性のある言葉を必要とされるその場で伝えることができる。全ての場合にできるわけではないにせよ、他からあの人は違うと感じられるから一目置かれる。

    〇最後に、難しいことが書いてあるから親しみやすいように砕けた文体で書くのはいいとして、簡単な単語をひらがなで書くのはやめてほしい。これって心が豊かでない教養がない人間だから思うのだろうか。

    『フレーズ』
    ・教養は「知識プラスアルファ」であるらしい。(p.37)

    ・知識は楽しみをより大きくしてくれる。そればかりか、知ることそのものが楽しみでもある。知ることにより、これまでバラバラだったことがらがきれいにつながって「世界が晴れ上がる」感じがする。あるいは、日常の当たり前だと思っていたことがらの根底に、深い秘密が潜んでいることを知って、世界がまるっきり違う仕方で見えてくる。この楽しみ(アカデミック・ハイ)は捨てがたい。(p.62)

    ・楽しみと結びついた知識の働きは検索で代替できない。というのも、楽しみは即時的な体験だからだ。(p.63)

    ・教養ある人は違う。自分が特別だとは思っていないし、自分を超えた人類の知的遺産によって自分の幸せと生存が可能になっているということを知っている。何より、この世には自分を超えた価値の尺度があるということが分かっている。(p.72)

    ・教養は、自分を超えた価値に照らして必要とあらば自分を変えていこうという心のゆとりを含む。こういう心のゆとりを「闊逹さ」とも言う。(略)ディベートでは考えを変えると負けだ。でも、ダイアローグでは、やる前と後とで自分の考えが変わらなかったら、やった意味がない。変われなかったら「負け」なのである。(p.74)

    ・教養は情報ではない。教養とはかたちのある情報単位の集積のことではなく、カテゴリーもクラスも重要度もまったくことにする情報単位のあいだの関係性を発見する力である。雑学は「すでに知っていること」を取り出すことしかできない。教養とは「まだ知らないこと」へフライングする能力のことである。(p.76)

    ・周りの「いまここ」にいる人々と同化するのではなく、過去や非現実と直接つながることによって、自分をかけがえのない存在、つまり周りの誰とも取り替えのきかない存在へと自己形成する。そのための手段が読書なのである。(p.91)

    ・わかったつもりは心地よい。これに対し、正解がわからないままに探求するのはつらい。心細い。わかったつもりを脱して、ちょっとはマシなわかり方を目指そうとすると、いったんは今より「わかっていない」状態を経由しなければならない。(p.194)

    ・英語で自分の意見が語れないのは不便だが、母語で自分の意見が語れないのは悲劇的だ。(p.221)

    ・語彙は社会層と結びついている。どういう言葉を使うかで、そいつが属する社会階層がばれてしまう。もう一つ。こっちの方が重要だと思うけど、語彙は思考と結びついている。語彙が貧弱だと思考も貧弱になる。複雑なことをうまく考えられなくなる。(p.256)

  • 背ラベル:002-ト

  • 「暗記パン」で詰め込むようなものは、日々の仕事や人付き合いの中で、役に立ったり、自己肯定感の充填の足しになるとは思うものの、それだけでは豊かで楽しい人生を送れるとは言えない。世界を、宇宙を、人類を、より高い視座から、より広く、より詳しく、知りたいと思い、そのための習慣と行動の積み重ねこそが、幸せを呼ぶのだ。若者たちよ。目先のことに要領よく立ち回ることだけに血道をあげるのではないぞよ。志を高く持って、世界をよりよくするための取組みに飛び込んでいきたまえ・・というようなことを、卑近な言葉で語っておられる。
    いまさら倉田百三や阿部次郎に親しむ大学生は0.1%以下であろうから、啓蒙のために戸田山先生にはますますのご活躍を期待したい。

  • 読了
    全体的に教養の重要性や、いかに勉強の大切さを理解して現実社会で落とし込んで生きていくか
    生きていく上での多くの術がのっており大変為になった。
    時間ある時に2回目を読みたいと思う。

  • 教養って単なる知識ではないわな、それではなんなのだ?という疑問への回答から始まって、その軽妙な語り口から内容まで全体に面白かった。哲学から映画から、いろんなものを題材にしている。
    知ることの楽しみ、アカデミックハイ。教養には自分を大きな価値の尺度に照らして相対化できることと闊達な生き方のスタンスが含まれる。読書は単なる情報収集ではなく、少しだけ新しい自分へ生まれ変わるためのダイアログ。ベーコンの考えたイドラ論とその現代版ともいえる認知心理学。わかったつもりは快適だがイドラになるし、学問ですらイドラになりうる。
    自らを教養するにあたって、語彙の増強、歴史の学び方、リサーチリテラシー、論理的思考、ライティング、偶然の出会いとかの重要性についても述べている。

  • 煽られました。揺さぶられました。脳内体温(そんなものあるかどうか、わからないけど…)上がりました。いや、頭というより心がざわつきました。軽い語り口…じゃなくて書き口に乗せられてページを次々めくっていきますが、作者が伝えようとしていることはヘビーです。甘くて飲みやすいカクテルだと思ったらアルコール度数がメチャ高い感じ。そう、「教養」という領域は、大学で専門に入る前の食前酒的な位置づけが共通イメージでしたが、どうしてどうして学問というもののど真ん中なのかもしれない、が読後の変化です。世界のさまざまな問題が専門家の狭くて深くてマニアックな研究に任しておくだけじゃ…、という時代にリベラルアーツに光が当たっているのだと思います。「知識」じゃなくて「知恵」みたいな言い方がありますが、その「知恵」のメソッドが満載されています。なんだかまた大学に行きたくなりました。大学に行かなくても学びたくなりました。学べるかわからないけど読みたくなりました。本書に登場して興味を持った本、ちびちび積み重ねていこうと思うような、熱い気持ちに今、入っています。本書が、自分にとってのリカレント大学かも。

  • 昔から好きな戸田山先生。
    語り口がぶっ飛んでいる。
    自分は、科学哲学を入り口にして(科学哲学とか言ってる時点で、既に嫌らしさを自分に感じる

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著者プロフィール

1958年生まれ
1989年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学
現 在 名古屋大学大学院情報学研究科教授
著 書 『論理学をつくる』(名古屋大学出版会、2000年)
    『誇り高い技術者になろう』(共編、名古屋大学出版会、2004、第2版2012)
    『科学哲学の冒険』(日本放送出版協会、2005)
    『「科学的思考」のレッスン』(NHK出版、2011)
    『科学技術をよく考える』(共編、名古屋大学出版会、2013)
    『哲学入門』(筑摩書房、2014)
    『科学的実在論を擁護する』(名古屋大学出版会、2015)
    『〈概念工学〉宣言!』(共編、名古屋大学出版会、2019)
    『教養の書』(筑摩書房、2020)他

「2020年 『自由の余地』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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