戦場体験者 沈黙の記録 (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480818423

感想・レビュー・書評

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  • 正史とか報道とか研究とかってのがいかに脆弱であやふやなものなのかを痛烈に教えてくれる一冊。記憶を記録にして次世代へってその基本的なのに斬新で強烈な姿勢が凄い。丹念に拾い集めたエピソードには今までどこでも知ることの出来なかったものも多い。戦後70年が経過しもはや直接戦闘体験を聞くことができない中貴重な一冊。

  •  太平洋戦争従軍者の証言というものは、公的に残っているものは司令官クラスが多く、これらは正当化、責任転嫁の意味合いが強かったり、また現場の悲惨さをまるで知らない「軍官僚」の話だったりして、あまり正確な記録とはいいがたい。
     軍隊の中の上下関係というのは戦後軍が解体されてからも残り、下士官が「隊長の証言は私の記憶と違う」などと言おうものならすぐさま口を封じされてしまう。それに命の奪い合いの経験を話したがらない人も多い。
     とはいえ戦後70年をすぎて、そもそも従軍経験者の数が減り、また記憶も遠くなり、正確な記録を残さなければならないと考えた筆者のルポである。

     「相手の話したがらない話を聞いて回る」という意味では性風俗の研究に近いものもある。筆者もかなり根気強くインタビューをしてきたという。
     戦死、戦記の歴史を分類するとおおむね以下の通りとなる。

    1.GHQ占領期:GHQの許可する戦史、戦記しか出版できなかった。
    2.独立から昭和50年頃:主に参謀達による大本営主導型戦記。
    3.昭和50年代から昭和末期:戦友会、従軍ジャーナリスト、尉官クラスの戦記と、戦後世代のノンフィクションが登場。
    4.平成一桁:戦争体験世代の手記が増えるが、民間ものが多く、兵士の手記は少ない。
    5.平成12年以後:やっと一般兵士の証言が増えてくる。本人ではなくジャーナリストなどによる聞き書きが主。

     先述の通り、大本営に逆らう証言をすると睨まれるので口をつぐんでいたが、その世代がおおむね鬼籍に入ったということで、ようやく重い口が開かれ始めた、ということかもしれない。

     戦場の体験部分(南京含む中国での狼藉であるとか)も非常に興味深いが、全部拾っていてはキリがないので「軍隊と性」について。
     従軍慰安婦の話になるとどうも国際問題、政治問題の意味合いが強くなってしまうところ、本書では極力純粋に医学的、現場的観点から証言を整理している。
     この意味での従軍慰安婦、慰安所を考えるうえでの要点をわかりやすく挙げているので、引用する。
    1.軍隊にとって最大の敵は「性病」である。
    2.兵士達の性は部隊によって管理されている。
    3.性の処理は公認の慰安施設を利用する。
    4.駐屯地の周辺には現地の売春婦が必ずあらわれる。
    5.前線で戦う兵士には慰安施設はない。
    6.売春婦の性病検査は毎週一回行われる。
    7.兵士、将校、司令官の性の相手は異なっていた。
     まず1についてだが、これは陸軍大学校でも教育されるという。「大体百人の兵士がいたとして、このうち十五人が性病にかかったら、部隊は全滅したのと同じだ」という証言がある。日常生活の中で共有する物が多いため、そこまで広がると、残りにも瞬く間に蔓延するからである。性病は時に激痛を伴い、戦闘どころではなくなる。
     性の管理をほとんどしていなかった第一次大戦末期からシベリア出兵の大正期で、出征兵士7万人の内1万人が罹患していたという統計もある。この教訓から、太平洋戦争時にはことさら徹底して性の管理を行ったというのが2である。
     軍隊の駐屯地には食料などがあるため、それを目当てに現地女性が売春を持ちかけてくることがあるというのが4。うっかりそれに応じてしまうと、いつの間にやら性病に感染するわけである。真偽は定かでないが、敵部隊から性病をもった女性がスパイ的に送り込まれてくることもあるという。
     2と4から3が導かれるわけであるが、6とあわせて性病を持たない女性に限定して性処理を行うことで、性病の蔓延を防ぐわけである。
     5に関しては従軍慰安婦にまつわる話でよく出てくる、銃弾飛び交う最前線で兵士が女性を連れ回したということであるが、少なくとも戦闘地帯に公認の慰安施設は存在しなかっただろうということである(管理ができないので)。
     最後の7は階級社会ということで、上位の将校クラスになると、相手はオランダ人など白人になることもあったという。

     以上から考えると、「(太古の昔から繰り返されてきたように)占領地で現地の女性に性的暴行をはたらく」ということは否定できないとしても、それを組織的に、また無差別に行ったということは考えにくい、ということになる(民族浄化的な思想は、たぶん日本軍にはなかったと思う)。
     近年、紛争地帯で「占領地の女性を性的暴行して構わないという許可を兵士に与えた」などという報道があったけれども、少なくとも太平洋戦争時の日本軍ではそれはなかった、とも言える。
     もちろん個人レベルで、あるいは部隊長の勝手な判断でそれを行った可能性は十分にあるし、事実であればそれについての責任は免れない(戦時中だから仕方ない、の理屈は通らない)。
     またいくら日本軍が正当な対価を支払ったとしても、受け取ったのが人買いや親族だったりして、実際に慰安婦になった本人には何の補償も届いていない可能性はある。
     ここまで話がこじれたのは、この「従軍慰安婦」が話題になった当初に、政府が「公認の慰安施設」自体を否定してしまったことにある、とする見方がある。だから「従軍慰安婦はいた/いない」という話になるし、そうなれば「いた」の方が勝つに決まっている(事実いたのだから)。「公認の慰安施設はあったが、そこに従事する慰安婦の雇用経緯、環境に問題があった(いわゆる強制性など)」というところに焦点を絞るべきであった、という見方もできる。

     時に武勇伝にすらなる常時の性風俗とは異なり、戦時中の性となるとなおさら体験談は貴重になる。
     本書内で戦史全般に言えることとして指摘されているが、「本人の体験談がない/少ないことにより事実がよくわからなくなる」ということは、わからないからこそ過大になることも、逆に過小になることもある。過大でも過小でも事実を歪めてしまうと、伝わるものも伝わらなくなってしまう。
     「語り部」という存在はいつも注目を集め、「次世代の語り部を養成」などというニュースを聞くこともあるが、むしろ語り部が話しやすい環境を整備し、真摯に耳を傾け、正確に記録を残す「聞き部」の方が重要なのではないか、と改めて思う。

  • 興味本位ではなく、実際に日本の軍人はどんな残虐な行為をなしたのかを私たち後世の者は知っておく必要があるのではないかと思う。一部の為政者はどうしても残虐行為があったことを認めたがらないので、なおさら戦場体験者の証言や記録・手記は貴重である。著者が指摘しているのだが、様々な戦友会の実態を知ると、いまだに軍事行為の正当性を主張する者がいることに、信じられない思いをした。彼らが本当に反省しない限り、いつまでたっても真のアジア諸国との友好関係は築かれないと思う。

  • これまで書かれた太平洋戦争についての多くの記録は、そのほとんどが戦争遂行者であった士官、もしくは中立的立場であった従軍記者等の手によるものであり、実際の戦場の主役であった兵が語るものは少ない。
    そういった、問題意識から現場の兵を中心とする戦場体験者に取材し、現実の戦場とは何かを明らかにしようとする試み。

    確かに、その視点は必要だと思う。しかし、現場の記録であるからこそ、自身が身を置いた現場と情報が不十分な伝聞が混ざり合って記録されているようにも思える。

    兵の証言は国によって事実上統制されているといった指摘もあるが、例えば数万人の中国人が国内に強制徴用され、厳しい労働現場に送り込まれたうえ、生きて帰ることができなかったという指摘が事実であれば、その間一切他の民間人の目に触れることなく、しかも、その遺体等も秘匿され続けることができるのだろうか?といった疑問もある。

    数千の証言をとったのであれば、書籍としてまとめられている証言はそのごく一部であろう。
    原発事故の記録、報道でもみられるとおり、政府等の公式発表だけを信じることなく、また、それに反対する立場の情報だけを信じるのでもなく、様々な情報を入手し、自分で判断することが大事だと改めて思わせてくれた。

  • 戦争についての本はたくさんありますが。
    語り継いでいく難しさを伝える一冊です。
    だから、知りたくても歴史を知ることができなかったのかと納得できました。
    作者さんがこういう理由で、またはこういう定義で話しますと前置きがあるので、理解しやすかったです。
    作者さんの気持ちにのめり込んで、同じ体験をしている気持ちになれました。
    これはなかなかないことです。
    文章の書き方が上手いなぁと思います。
    他にもたくさんの著書があるので、少しずつ読んでいきたいです。

  • 1 占領期 GHQの許可する戦史、戦記以外の刊行は許可されず
    2 独立回復からS50 主に参謀たちによる大本営主導型の戦記通史
    3 S50-S末 戦友会が刊行する戦史、従軍体験のあるジャーナリストや尉官の戦史、直接戦争を知らない取材によるノンフィクション
    4 H7(戦後50年) 戦争体験世代の手記や回顧録
    5 H12 一般兵士の証言

    残虐行為体験者の苦悩

  • 展示期間終了後の配架場所は、開架図書(3階) 請求記号 210.74//H91

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著者プロフィール

1939年生まれ。同志社大学卒業。ノンフィクション作家。とくに昭和期の軍事主導体制についての論考が多い。

「2022年 『時代の反逆者たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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