考えるヒト (ちくま文庫 よ 6-8)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480433008

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  • 脳科学者ならではの、ヒトの行動分析。
    その行動とは一体何であるか、の定義付けが巧い。

    ヒトの脳内には各々の現実があり、その重みづけが異なることが価値観の違いになるという考え方は興味深い。

  •  著者は東京大学名誉教授.著者紹介によると解剖学者.

     本書は,1996年7月10日に,ちくまプリマ―ブックスの一冊として筑摩書房から刊行された単行本を,文庫化した(ちくま文庫 2015年10月)ものである.


     人間(が意識して行っているこ)とは,要するにほとんど脳のはたらきなのである.それならば,脳が脳を理解し,わかるかどうか,を検討する.

     検討して得られた答えは,「完全に全て理解することはできない.正解があるという保証もない.しかし,答えに近づくことはできる.どんどん近づいていけば,より深く理解することができる」.というものだ.

     第1章 脳は何をしているのか

     脳はなにをしているのか.呼吸や瞳孔反射をコントロールしているのは,延髄という脳の一部分である.よって,脳が完全に死ねば延髄も死に,呼吸や瞳孔反射も止まる.そのほかに,意識・言語・思考・記憶・情緒・感情・性格.

     第2章 脳と心の関係

     「心は脳のはたらきである.」このことは,私にとっては当然のことと思われるが,「そうでない」と言う人もいるらしい.なぜか.①心には毎日触れているが,脳については触れていないので実感がない.②私の意識は唯一であり,主観的である.よって,他の意識との比較ができないので,(自然科学的な)説明ができない.というのが理由である.本書の著者は,まだあまりにも脳が複雑すぎるので,心が脳のはたらきであることに,簡単には納得できないと考えている.それでも,PETにを使って脳の活動を解析したり,コンピューターで脳のはたらきをシミュレートすることによって,手順を踏んで脳を理解していけば,心は脳のはたらきであることが,納得しやすくなるだろうとしている.

     第3章 脳と遺伝子

     脳を情報をコントロールする臓器(情報系)と考える.ヒトの情報系には二つあって,遺伝子系と神経系に分かれる.細胞の性質はほとんど遺伝子で決まる.よって細胞の性質で説明できるヒトの性質(免疫系とか内分泌系)は遺伝子情報系に依存している.脳は遺伝子系と神経系の両方に依存しているから,両方とも考えねばならない.

     数学・論理学・哲学は,脳の法則性を,脳が調べている.つまり,神経系についての科学である.心理学・文学・教育学などの人文科学は主として個人の脳のはたらきを調べている,そして社会科学も脳の法則性によって成立する社会現象を調べている.

     古典力学であつかう事象(自由落下や力のつり合い)は,体と脳を使って実行できている.しかし,すべての人が古典力学として,意識的に言語や記号を使って説明できるとは限らない.つまり,脳によって実行できていることは,言語や記号で説明できる事象より広い.脳の中で成り立つ規則は,脳の外の世界において成り立つ規則より広い.脳の外の世界で成り立つ規則のみが,物理学や化学を代表とする自然科学になる.

     第4章 知覚と運動

     生物学は遺伝子系と神経系の両方の情報系を調べることになる.

     情報系である脳は,入力として感覚(五感)をもち,出力として筋肉の収縮を行う.筋肉の収縮は,神経末端からの化学物質の放出によりコントロールされる.よって脳からの出力は,化学物質の放出といってよい.前のニューロンと後ろのニューロンは間隙によってつながっており,その間隙を抑制物質/興奮物質が流れる.前のニューロンの出す物質はどちらかに決まっている.

     脳による記憶.短期記憶,長期記憶,エピソード記憶,水泳など体で覚えたこと.

     遺伝子による記憶.(発生が完了できて成人となれた場合)体のつくり方.

     知覚入力と運動出力の間に,大きな脳が挟まっているのが人間である.行動すれば知覚入力は変化する.この入力変化を意識せずにできるのが,日常的な定型行動(摂食・歩行・会話など)である.

     第5章 脳の中の現実

     知覚の役割は2つある.当面の周りの状況の把握,と,世界像の構築.

     脳による,感覚入力に対する重みづけから,好き嫌いが生まれる.その好き嫌いの集積が,「現実」である.現実には,価値観・倫理観・正義をしばしば伴う.

     アクチュアリティ:五感からの入力あるいは,その近くに現実を設定している.
     リアリティ:もう少し脳の内部(真実・信仰)に現実を設定している.

     感覚入力の重みづけの両極端として,個物とイデアがある.
     著者は,モノ(物体)を五感のすべてに入力(の可能性)がある対象.と定義する.

     第6章 意識と行動

     運動系が本来備えている,基本的な法則として,試行錯誤と合目的性があげられる.そして,試行錯誤により,合目的性が獲得される.試行錯誤と合目的性は,ダーウィンの自然選択説により,機械的な機構として説明できた.むしろ,脳の法則として試行錯誤と合目的性があったから,ダーウィンの自然選択説が思いつかれ,生物学の法則の一つとして成り立っている可能性もある.とすれば,自然選択説が成り立つのは,運動系,すなわち行動についてのみかもしれない.脳に関する法則の一つである意識は,まだ機械的な機構として説明できていない.

     われわれの意識は,ある運動系の出力が合目的的であるかどうかを,こうすればああなる,という思考によって常に検証している.

     意識は常に合目的的に動こうとする.しかし,脳は試行錯誤も行うので,意識だけですべてを解決できない.現代の都市は合目的性のみを追求した結果としてできたものである.そこで,無意識の反乱とでも言うべきことが多発する.

     現在は,予定された未来を含んでイメージされる.ゆえに,われわれにとっての未来とは,意識に拘束されない未確定の未来だけになる.意識は未確定を好まないので,そのような(生老病死で代表される)自然を見ないようにする.

     第7章 意識とことば

     意識があるとは,ことばが使える状態にあること.臨死体験が人類に共通しているのは,脳の「丈夫な」部分でみる夢だから.

     言語は,聴覚言語と視覚言語にわかれる.これから考えて,聴覚と視覚の共通処理規則が言語ではないか.視覚から聴覚への変化とともに,絵画・言語・音楽があらわれる.

     視覚と言語の間にあるのが,象形文字とマンガ.
     聴覚と言語の間にあるのが,詩歌.

     脳を上から見て目を前にして左側が左脳.

     左脳は五感の入力をより総合的に処理して言語、計算、理論など論理的、概念的,総合的な思考を行い,右脳は,視覚聴覚(をはじめとする五感)が比較的別々に処理されて音楽、幾何学、発想など芸術的な分野に関連したはたらきをする脳.

     きわめて異質である視覚と聴覚を結合できるヒトの脳は,ある程度,他人の脳との間をつなぐことができる.ここで,ヒトのコミュニケーション能力が発生する.

     生得的機能としての(個人の脳の中の)言語→音声や文字としての表出→他の脳の中での理解.

     言語は,視覚的・聴覚的特質をそぎ落とすことで進化した.

     日本語の漢字と仮名では,脳での処理される部位が違う.日本語使いは,その他の言語と比較して,視覚の重要度が高い.よって,日本語使いは,他の言語も「目で読む」傾向が強い.

     第8章 意識の見方

     科学は「当面は正しい」ことを決めるだけなので,科学に「永遠の正解」は存在しない.しかし,日本人は「正しい」意見を聞きたがるので,日本では議論が成立しにくい.

     意識が意識を考えるうえで,どれだけの見方があるか.を集めるのが自然史派であり,著者はそこに属すると自認している.

     生き残った説が,「とりあえず正しい・適応した」説である.

     脳を操作し,意識を操作することは,全人類に関わる危険な手段である.よって意識の問題に多様な人が関わる必要がある.研究の禁止では止めることはできない.

     意識自体に関して,表現された意識をつくり,それを用いてコミュニケーションしていく.そこに分化・伝統・学問・科学が成立する.

     終章 意識と無意識

     コッホが言うように,意識は多数の豆電球の発光パターンのようなものかもしれない.我々は自分が理解できる範囲でしか,物事を理解できない.これを称して,バカの壁という.

     脳は遺伝子系に規定されて,身体の一部として特定の形をとり,特定のはたらきを表す.しかし,脳はしばしば,自分がその一部である身体を否定する.自殺であり,裸体がそうである.

     意識による表現・意識的な身体的表現・無意識的な身体的表現がある.

     意識(脳)と都市,無意識と自然(生老病死).

     身体(自然)の統御を完成させることを求めて,道の修行をする.そこで,意識と無意識を含んだ身体の型が完成する.型は,万人が理解できる,身体の普遍的表現である.

     「どうすればいいか,自分の身体にきいてみな」

     文庫版へのあとがき

     ヒトの意識のはたらきは,「同じにするというはたらき」である.感覚は常に違っている,それを同じにするから概念が生まれる.意識は「済んでしまったこと」しか扱えない,よって,何も決まっていない本当の未来については無力である.


    2021.12

  • 「人間とは、要するにほとんど脳の働きなのである。日本で人が死ぬふつうの場合、1心臓が止まって、2瞳孔の反射がなくなって、3自発呼吸がなくなれば、医者にご臨終ですといわれる。呼吸は延髄にある呼吸中枢のはたらきで生じる、脳が完全に死ぬということは、延髄も死ぬということで、それなら呼吸も止まるのである。」

     2017年末、父の容体が悪くなってから亡くなるまでの期間に読んでいたので、「われわれの脳の働きである意識が主観であるということ、社会はじつは脳によって作り出された世界であるということ」を深く考える機会になった。

     「意識は、脳の大切なはたらきの一つである。」私は、このような話を聞くまで、世界を認識しているのが、一人ひとりの意識であり、その認識は、人それぞれ違うということを、それこそ意識したことがありませんでした。まさに目から鱗が落ちた瞬間でした。

     そして、人それぞれが異なる意識で認識している世界を、私たちは現実だと思い込んでいます。現実は人それぞれ違うことに気がつかずに…

  • 難しいけど、あとがきや解説を読むとやっぱり面白そうだから、あとでもう一度読もう。

  • 脳の行為のごく一部を,疑問とそれに対する考えを繰っていく.決して答えなどある訳でもなく,でもそれが本来の生命という機関なのではないのか,常に考え続け考えをアップデートしていく行為こそが生きるということであり,それ以上でもそれ以下でもない(それ以下の人達は沢山いるのかも知れないが),と説く.真っ当.

  • 痛快な語り口は、横にいた夫が次に読ませて、、というほど。脳と心と意識の関係を養老孟司風にバッサリ。
    と言っても、『絶対はない』とも。科学の本の中で誰が読んでも、読みやすい作者。

  • 利き腕など利き○がある生物は進化ということが印象に残っている。言語と脳の関係は外国語学習に役立ちそう。意識無意識の話しでは現代人の問題点やこれから大人になり失われていくであろうことが書いてあった。答えのない問題もこれから多く起こってくるであろう。この時期に読んでよかった。

  • 意識っておもしろいなぁーと。

    でも、書き方に少し人格を疑う部分がある。

  • 読了

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著者プロフィール

養老 孟司(ようろう・たけし):1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士(解剖学)。『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。『バカの壁』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。同書は450万部を超えるベストセラー。対談、共著、講演録を含め、著書は200冊近い。近著に『養老先生、病院へ行く』『養老先生、再び病院へ行く』(中川恵一共著、エクスナレッジ)『〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁』(毎日新聞出版)、『ものがわかるということ』(祥伝社)など。

「2023年 『ヒトの幸福とはなにか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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