白土三平論 (ちくま文庫 よ 28-2)

著者 :
  • 筑摩書房
4.25
  • (1)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 47
感想 : 4
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (509ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480430991

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 祝文庫化

    筑摩書房のPR
    「60年代に社会構造を描き出した『カムイ伝』、蜂起の歴史哲学を描いた『忍者武芸帳』等代表作、そして「食物誌」まで。文庫版への書き下ろしを収録。」

    作品社のPR(単行本)
    「白土三平――。1932年生まれ。大長編漫画「カムイ伝」や「忍者武芸帳」の作者、まさに巨匠と呼ぶにふさわしい存在である。だが、1960年代に熱狂的なブームをもって迎えられた白土作品は、その後、漫画文化の一線から退かなくてはならなかった。なぜこうしたことが起こったのか。
    本書は、10歳の著者が「微塵隠れの術」を本気で再現しようとしたエピソードからはじまっている。微塵隠れとは、白土の少年忍者漫画「サスケ」に出てくる忍法のひとつ。洞窟の奥に仕掛けた火薬で敵を倒す、という技である。もちろんこの試みは失敗するのだが、ことほどさように著者は白土作品を愛し、40年にわたって読みつづけてきた。批評家として、みずからの核に白土漫画があるとさえいう。その著者が750枚というボリュームで本格的な白土論を書き下ろした。いわば、「本気中の本気」が結実した仕事だ。このような書物に出あえることこそ、読書の醍醐味といっていい。
    とはいえ、本書は単純な白土賛歌ではない。父・岡本唐貴(1903-86)が画家、それも左翼美術史上の重要人物であったこと、信州での孤独な疎開生活、さまざまな表現技法を身につけた紙芝居制作など、後年の白土漫画に影響を及ぼしたと思われる伝記的事実を次々と掘り起こす一方、作品そのものに対しては冷静な批評者の目を保ちつづけている。なにしろ、戦時中の強制連行をあつかった初期の少女漫画を重視する一方、みずから熱中した「サスケ」に対しては、「作品としての質は、かならずしも高いとはいえない」と言い切っているぐらいだ。
    「忍者武芸帳」(1959-62)で重要なモチーフとなった階級闘争史観は、「カムイ伝 第一部」(1964-71)にいたって差別問題への考察や民俗学的要素を盛り込み、大きく花開く。農民、抜け忍、侍といった登場人物が、それぞれのユートピアを求めてさまよう姿は、学生運動の闘士たちを熱く駆り立てることになった。だが、バイブルと仰がれた白土漫画も、左翼運動の崩壊にともない、急速にかえりみられなくなっていく。「革命」や「闘争」に疲れた人々は、かつての聖典を封印してしまったのだ。この過程を描き出す著者の筆は、歴史叙述と呼ぶべきほどの重みをもっている。
    だが、白土はけっして過去の作家ではない。その後も、民俗学的・神話的なイメージに彩られた作品を発表しつづけ、「カムイ伝」そのものも、いまだ描きつがれている。ことによると、真に重要なのはこれからなのかもしれない。巨人の筆がふたたび時代と重なることがあるのか、もしあるとすれば、それはどんなかたちをとるのか、著者とともに見据えたい。読後、そうした思いに強く貫かれるのである。(大滝浩太郎) 」

  • ふむ

  •  実はわたくし、新書版の全21冊の第一部『カムイ伝』を多分持っています。
     多分というのは、現物を長く見ていないからで、多分押し入れの奥にあるだろうと思っているからであります。

     私が白土漫画に初めて触れたのは、これも多分ですが、月刊漫画雑誌『少年』の「サスケ」じゃなかったかなと推理します。
     だってあの頃は「アトム」と「鉄人」の2大連載漫画を誇る『少年』は、漫画大好き少年たちにとっては憧れの雑誌でしたから。(「憧れ」と書いたように、我が家にはそんな漫画雑誌を月刊とはいえ定期購読する経済的余裕はなく、『少年』は、様々な友人から月遅れ年遅れで見せてもらうのが基本でした。)

     その次は、と思い出すと、少し変わった思い出があります。
     中学生の時、社会科担当の女の先生が、『忍者武芸長』を全巻私に貸してくれたことであります。
     どんな「文脈」でそんなことになったのか、今となっては記憶がありません。
     今ぼんやり思い出すと、そういえばちょっと「斜」に構えたような(これが正確な表現かどうかわかりませんが)先生だったような気がします。

     そんな経験ののち私は、今考えれば、「多分」読みたくって仕方がなかったとも思えませんが、中学校高学年時に、『カムイ伝』を出るたびに一冊ずつ買っていったのでした。
     そしてさらに大人になり、それを捨てるわけにもいかず「多分」押し入れの奥に眠らせたままでいます。

     実は本書を読みながら、何度か押し入れの『カムイ伝』を取り出そうかなと思ったんですね。
     でも、本書に描かれている『カムイ伝』のあらすじを読んだだけでも、あらすじ自体が膨大で、かつ予想通り重く暗く、陰鬱そのもののストーリーでありました。
     もはや馬齢を重ね、いろいろなものに事なかれ主義になった私には、手に取るさえ怯まずにはいられませんでした。

     ところで、先日来私は白土氏の忍者漫画をまとめて読みました。そして、私なりの結論を出したのが、白土忍者漫画は『忍法秘話』シリーズが最も面白いということでありました。(『忍者武芸長』をどう考えるかは少しペンディング、『カムイ伝』は忍者漫画から外して考えます。)

     さて、ここから冒頭の『白土三平論』の読書報告になりますが、そんなわけで、以下に、『忍法秘話』シリーズの作品分析に絞って、ざっくり報告したいと思います。(なんせ、長い長い長編評論ですから。)

     まず筆者は、前書きで、白土三平はほとんど誰からも論じられなかったと述べています。本当かなという気は少しするのですが、そうだとすると、本書における作品分析がどの程度優れたものであるのか、比較検討ができません。
     ただ私としては、私にとってなかなか説得力ある作品の魅力分析だなと思うところを取り上げてみたいと思います。

     実は本書には「60年代前半の短編」という章立てがあって、『忍法秘話』シリーズの分析は主にここに描かれています。
     その中で私が一番なるほどと思ったのは、まとめるとこの二つの指摘です。

      「階級的懐疑」・「生物主義的想像力」

     なるほど、この二つの指摘は確かに白土短編忍者漫画の魅力の本質かなーと思いますね。

     まず「階級的懐疑」が、作品に人間的洞察の深さを与えたことは間違いありません。
     『カムイ伝』の象徴的人物「カムイ」を改めて挙げるまでもなく、漫画の読みごたえを格段に深めるこの視点は、白土忍者漫画群に、全くのオリジナルな「抜け忍」というジャンルを確立までしました。

     二つ目の「生物主義的想像力」とは、忍術の技の独創的な発想並びに成り立ちのことですね。
     それは極限的な鍛錬によって発揮される肉体能力の描写に止まらず、その先に「想像力的」に手に入れることのできる「肉体改造」(例えば何時間も水中に潜れる肉体とか)、さらには自然界のルール(例えば食物連鎖とか、寄生虫とか)を人為的に誘導する巧みな「忍術」として描かれるもので、特に後者の二つは、作品展開に驚くべきどんでん返しをもたらせます。

     ……と、この長い評論のほんの一部だけを、わたくしなりに報告いたしました。
     筆者四方田氏の評論は、私にとってはほとんど初めて読むものでしたが(確か村上春樹について書いた文章を読んだことがあるくらいです)、なんといいますか、わりとクセのない評論だなと感じました。(もっとも、漫画評論が筆者のテーマの中でどのような位置づけにあるのかはまるで存じませんが……。)

  • 四方田犬彦 「 白土三平 論 」

    白土作品の共通テーマ、各作品の関連性から 主要作品を網羅的に体系化した本。多様な人物設定から 著者の人間観を抽出している

    人間観
    *人間は ひとたび 共同体を作ると 他者を差別し 排除する
    *権力は どこまでも 人間を搾取し 収奪する
    *自然の前では 人間は非力
    *人間が生き延びるには 自分が一介の生物であることを認識する

    中心主題
    *分身〜個人を超えた集合的存在としての人間
    *復讐〜理不尽な集合
    *階級闘争

全4件中 1 - 4件を表示

著者プロフィール

四方田 犬彦(よもた・いぬひこ):1953年生れ。批評家・エッセイスト・詩人。著作に『見ることの塩』(河出文庫)、翻訳に『パゾリーニ詩集』(みすず書房)がある。

「2024年 『パレスチナ詩集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

四方田犬彦の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×