魔群の通過―天狗党叙事詩山田風太郎幕末小説集2 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
4.14
  • (8)
  • (16)
  • (4)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 82
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (391ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480428127

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 水戸の天狗党が、水戸での逃走に敗れて京都を目指すその過酷な旅とその結果の終焉。
    水戸天狗党のことは「強烈な藩主斉昭の元、水戸は佐幕、攘夷、勤王、倒幕…に分かれて内乱となり、尊王攘夷派だった”天狗党”は敗戦の末処刑」などといった程度の知識しかなく、悲惨な話の展開になるだろうから読んだことも見たことも無し。
    しかしどうせ読むなら、ただでさえ容赦ない山田風太郎のほうがむしろ読みやすいかと手に取った。

    小説としては、全てが終わってから三十年後に、天狗党総大将武田耕雲斎の四男、武田源五郎が、当時の話を語る、というもの。
    日本においてまさに隣近所親族が互いに敵となって殺し合った”内乱”は幕末の水戸のみだったのではないだろうかとして、水戸の藩主を巡る争いや、家老たちの争い、そしてなぜ水戸ではあのような悲惨な闘いが起きたのか、という勘案から語りが始まります。
    天狗党は水戸での騒乱に敗れた後、このまま戦って死ぬか降伏するか(しかし降伏すると人質となった家族ともども全員処刑されることは予測できた)の会議の結果、それなら一層の事天子様に自分たちの尊王の志を認めていただこうと、京都を目指すことにします。
    水戸の天狗党の悪名は日本中に知れ渡ってはいたけれど、ただただ京都を目指すという目的のため、旅の途中での乱暴狼藉を禁じたため積極的に攻めてくる藩もあまりなく、天狗党を見た者たちにとっては「魔群が通過して行く」という様相だったのでしょう。
    日本全国敵だらけであり、初冬の険しい山道をゆき、もし京都に辿り着いてもどうなるという保証もなく、それでも生きるよすがとして天子様に逢う、という希望に縋った険しい行程が小説の大半を占めます。

    巻末には天狗党がたどった道を地図で示しているのですが、まさに山山々、進んだと思ったら敵を避けるために戻ってさらに険しい山に入ったり、
    さらに作者の山田風太郎が、実際に車を使って天狗党の道のりをたどったということで、ところどころで「作者が実際に行ってみたが、まさに道なき道であり車では通行不可能だった。この道を千人弱の大群がどのようにして渡ったのだろうと思われる」などの論文が挟まれていたり。
    さらに作者としては悲惨さを描きつつも、人が真剣に行ったことがむしろ笑える要素が出てしまったり、皮肉的結果になるということを書いています。好意で助けてくれようとした人の行動がむしろ相手を殺すことになった、天狗党に対して卑怯な振る舞いをした武士が評価されたり反対に人道的に接した武士が苦しんだりした、そして天狗党から逃亡した者たちはむしろ生き延びた…など。

    歴史として天狗党は幕府に降伏し、酷い捕囚扱いの上処刑や遠島となり、水戸に囚われていた家族たちも刑死したりほぼ廃人となったり、牢から出されても悲惨な生活を送ることになったりという結果に。
    しかし人の因果はそこでは終わらず、天狗党生き残りが力を復活させ、自分たちを苦しめた水戸の家老たちにさらに悲惨な復讐劇を繰り広げたり…

    山田風太郎にしては割と普通の歴史小説というか、語り口も淡々と進めることにより、人の皮肉さを表現していったような内容となっておりました。


    wikiによると行程はこんな感じでした。
    本の巻末に乗っている地図で見ると「山山山。行ったり戻ったり」で本当にすごい道のりです。

    元治元年11月1日大子発 -2日 川原 -3日 越堀 -4日 高久 -5日 矢板 -6日 小林 -7日 鹿沼 -8日 大柿 -9日 葛生 -10日 梁田 -11、12日 太田 -13日 本庄 -14日 吉井 -15日 下仁田 -16日 本宿 -17日 平賀 -18日 望月 -19日 和田 -20日 下諏訪 -21日 松島 -22日 上穂 -23日 片桐 -24日 駒場 -25日 清内路 -26日 馬籠 -27日 大井 -28日 御嵩 -29日 鵜沼 -30日 天王 -12月1日 揖斐 -2日 日当 -3日 長嶺 -4日 大川原 -5日 秋生 -6日 中島 -7日 法慶寺 -8日 薮田 -9、10日 今庄 -11日 新保

  • 天狗党の名前だけは幕末に興味を持った段階ですぐ知った。どういういきさつで生まれ、どう無くなっていったか、この小説でやっと流れを知った。天狗党という存在は、幕末でも特に切ない集団だと思った。

  • 水戸から敦賀。天狗党が行軍する途中途中の地名のいちいちに聞き覚えがあり、ひどく臨場感があった。
    初めて知る天狗党の出来事は歴史の1エピソードでしかなく、これに類したことはおそらくたくさんあったのだろう。歴史とは結局人間の所業が織りなす文様に過ぎない。
    人間の所業は人の心が作り出す。
    心とはいったい何なのだろうか。

  • 「--それはまさに流血の大交響楽でござりました」ひたすら絶望の行軍を続ける天狗党が迎える慶応元年。これより人間世界にあらず、佐幕派による獣類の如き大殺戮始まる。時は過ぎ、慶応四年、ついに回天の時来り、天狗党復活して魔の眷属と化して復讐に燃えあがる。最後の2章はショスタコーヴィチの「1905年」がガンガン鳴り響くような凄まじさ。何で三島由紀夫の作品と同名なのかと思ったら、風太郎が先行作のタイトルを採ったそうで。この作品、伊藤彦造画伯に挿絵描いてもらいたかったなあ。

  • 天狗党の名前を知ったのは、たしか芹沢鴨がきっかけ。新撰組がらみの本を読んでた頃だから、もうずいぶんと前だなあ。で、最近ふと「勤王と尊皇ってどう違うんだっけ?」と思ってググッたら、天狗党の乱が引っかかったわけです。wiki読んで、山田風太郎が書いてるのを知って、読んでみました。

    もともと風太郎は好きなんだけど、珍しく伝奇風味の少ない、史実に基づいた小説でした。回想で語られる趣向がいいなあ。雪中行軍のシーンで八甲田山を思い出し、落ちのびて行く姿に新撰組の最後を重ねる…。・゜・(ノД`)・゜・。敦賀以降は、日本史とは思えない凄惨な大量処刑と復讐譚で、このあたりは風太郎の面目躍如!ノンストップ読破。横浜で、逃がした敵を偶然見つけるシーンは背筋がゾクゾクした(( ̄- ̄;)))。

    まさに内戦というに等しい、水戸藩内での殺し合い、憎み合い。どちらも、日本を守ろう良くしよう、と思っていたはずなのに、政治主義が違うということは、剣を取り、血を流さないといけないほどのことだったのか?最後はお互いの一族まで殺し尽くして、明治政府の要職につける人材が残らなかった…というのが、ほんとに凄まじい。

    維新という時代の転換期は、本当に異常な熱をはらんでいて、どの本を読んでも思うのが、ほんのささいな出来事で流れが変わる可能性があったんだろうな、ということ。血なまぐさい時代なのに惹かれるのは、そのへんが理由なのかもしれない。

    そして創作だろうけど、哀切なラストもいい。ところどころに風太郎さんの注釈が入るけど、もともと回想譚という設定だから、司馬さんの小説よりは気にならなかった。でも、行軍地図は巻末でなく、冒頭につけてください( ̄◇ ̄;)。見ながら読みたかったよ…。

  • こんなに恐ろしい歴史の一幕があったとは…と哀しい気持ちで読んだ。
    しかし物語の最後の一文にホロリとさせられ、改めて歴史は血の通った人間によって紡がれていることを感じた。
    恐るべし、山風。

  • いろんなジャンルの作品を書いている作者だが特に歴史小説が優れているように感じる。これは幕末最大の悲劇と言われる天狗党事件をそれに同行した子供の視点で、大人になった後年振り返るというもの。これにより当事者ながら客観的な視点で史実を語ることが出来ている。にしてもこの歴史はあまりに残酷なのだが、こんな史実があることは知らなかった。

  • ネタバレ!!!/下有劇情
    【9/10】

    水戶天狗黨的故事。1864.3藤田小四郎舉兵呼應攘夷,後來又加入武田耕雲斎等人,在那珂湊等地與討伐軍激戰。主人公為當時15歲的武田源五郎(耕雲斎四男),其與17歲武田金次郎(耕雲斎長孫)、12歳の野村丑之助因為擔心水戶被諸生黨囚禁的家人,想潛入見一面,沒想到遇到田中愿蔵反而要求他們幫忙騙出幕府招討大將田沼義尊的愛妾おゆん跟諸生黨領袖市川三左衛門的女兒登世來做人質。後來天狗黨決定,要上洛向慶喜嘆願攘夷一事,兩位人質也被帶上出發。

    故事把重點放在天狗黨的史詩般的長征天狗黨為了避開攻擊,入冬穿過上野、下野、信濃等地,而田沼的軍勢則一路觀察保持距離,各地的小大名希望可以避開戰鬥多半獻金。故事透過少年源五郎的角度來描寫,源五郎等人負責保衛兩個人質,過程中也見到おゆん讓年輕男子開始崩壞的過程,金次郎也開始變得很怪異(喜歡登世,但是又跟おゆん有一腿)。進入美濃好不容易離京很近了,結果為了繞開軍勢決定北上敦賀,又開始一段悲慘的山路縱走,最後在敦賀投降,一行人被扔進鰊蔵,田沼、市川主張嚴罰,352人遭斬首,實乃一世慘劇,連水戶的家人都慘遭殺害、投獄。然而,之後發生的事更可怕。明治之後變成復仇鬼的天狗黨倖存者,以金次郎為首在水戶大行殺戮,市川甚至從會津大返率軍偷襲水戶城還差點成功,市川本人最終在橫濱被源五郎認出,在逃亡佛國之前被押回在水戶磔刑,田沼則是被發現病態懨懨,身旁竟是おゆん曉以大義,最終金次郎等人放棄了復仇。金次郎的殘酷殺戮引起眾人的不滿,他也就此失勢乃至失意。二十年後法官源五郎所裁判的流浪漢被殺事件,是否是殉情呢。

    **
    坦白說讀了這本書之後,真正大為驚嘆的是山田風太郎的天才性。

    其實這個主題很久以前讀過吉村昭的天狗爭亂(現在一查剛好已經是十年前),很多細節都已經忘光了,印象中就是那驚人的冬日長途移動,與最後的慘狀。不過由於地名不熟悉,其實當時也不太有概念。作者實際走了一趟路線,因此卷末附上了整個路線的地圖,不只平面山脈也畫出山脈的圖案,對我來說有地圖相當相當受用,讀起來也更有實感。然而相較於吉村那令人掩面的慘狀描寫,風太郎版則是加入兩位女性(實際上有女性參加,只是身分眾說紛紜),再由少年源五郎角色來看這件事,帶著一種少年的清純感,おゆん挑逗男人們本身也帶著一種滑稽感(源五郎還不到可以理解的年紀)和性感的感覺,一路看著某些年輕男子崩壞、逃亡(逃亡感覺很可恥也很危險,但最後回頭看逃亡的田中平八等人才是幸運)。因此雖然是很苦難的移動,然而在風太郎筆下卻是帶著一種輕快感(相較於吉村實際描寫的泥沼感),也可以慢慢觀察少年的成長。

    最後在美濃,耕雲齋的一句無法與慶喜公刀兵相見的純情,大家轉往北陸開始另一段苦難,此時好心來參加的五位女郎也遭羞辱,最後人質也被金次郎放走。在敦賀,得知慶喜公帶著征討軍前來,又是耕雲齋等人那個無法與烈公愛子兵戎相見的赤誠,睿智而用兵如神的山國兵部也只能就此放棄,一行人之後決定投降並發生慘劇。很諷刺的,在敦賀真心關心天狗黨加賀藩士永原,一開始對天狗黨的歡待反而加深了天狗黨誤以為慶喜會罩他們的幻想,慶喜直接把燙手山芋丟給田沼,田沼斷然做出殘酷的判決。永原在見證幕府翻臉殺人的慘劇之後反而發瘋(田沼就好得很),風太郎在這裡用相當諷刺的語氣來說,令人感嘆。然而故事裡風太郎另外創出的主線則是女性的思考與矜持,おゆん一開始是為了賭氣藤田小四郎自願成為人質想從內部破壞天狗黨,但到最後她也對天狗黨感到尊敬。然而最後的最後她居然還是守在田沼的病塌前,她知道田沼也是為了履行自己的職責才能如此,在幕府已經風燭殘年之際,也只有這樣才能樹立權威....。最後的與流浪漢的殉死也是她吧,這個角色雖然是遊女屋的女兒,帶著妖豔有點毒性的性感,讓人想起妖異金瓶梅的金蓮,卻又有獨立思想,而實際上最後她尊敬天狗黨、袒護田沼甚至保護他的發言,也讓人覺得這其實也是一個令人尊敬的角色。

    吉村本的故事在天狗黨處刑後結束,所以我其實完全不知道還有後續這段可怕的腥風血雨,風太郎本則可以看到日漸豹變成殺人鬼的金次郎,進入水戶後開始更加令人掩面的殘酷復仇,到最後已經沒有人同情他,這段讀起來更加不忍。血腥、妖異、殘酷、妖豔,是風太郎作品的要素之一,然而居然在被史實所綑綁的歷史小說,居然也可以發揮地如此淋漓盡致,但是又保持一個不讓歷史淪為鬧劇嘲諷的一種尊敬,對人性的洞察與嘆息,這也是故事中很重要的一個要素,讓這部作品成為一部非常非常出色的歷史小說。所謂的善有善報的幻想,風太郎更藉由永原發瘋這件事情,讓人知道其實有良心的人才會發瘋。然而風太郎並沒有因此就一味指責田沼或者幕府方的惡質,透過おゆん的口中,至少田沼還是最後試圖溫存軍力、盡自己職責的。在這場諸生、天狗黨長期以來的互相屠戮,作者並沒有要高舉道德觀譴責哪一方,而是「これほど徹底して見当違いのエネルギーの浪費、これほど虚しい人間群の血と涙の労費の例が、これまでの歴史にあったろうか」。最後的殉情,其實還是代表,在這場可怕的悲劇後,有些情份還是存在,這個令人沉吟的結尾也畫下很好的句點。因此,這是令我驚嘆的作品,風太郎充分發揮自己的拿手本領,然而又讓歷史本身保持一種娛樂性、可讀性,與讀者讀後能抱持著對歷史和過往,以及對捐軀者的尊敬。而透過おゆん這個角色的穿針引線,做得相當成功。歷史並不單純是幕府的邪惡對照天狗黨的赤心,或者是天狗黨暴徒撕裂幕府政權這樣的單向....年紀越大越覺得,每個人各有立場,各有其爬到今天地位(或者失去地位)的背景,所要保護、珍視的東西也不一樣,井伊大老就是一個很好的例子,絕對無法單純以正邪等等角度一言蔽之。然而,無法正邪一刀切,這正是生命的困難之處,要理解這就是這個世上的構造,又得花上多少生命的時間才能體悟呢?而宣傳正邪可以一刀切來欺騙清純的人們,則絕對是毫無疑問的邪惡,居心叵測。可嘆地是,到今天,我們依然無法擺脫這樣的騙術集團動搖國本。

    P.S剛買來的三田村鳶魚全集正好有提到齊昭搶慶篤妻妾的事情,也提到水戶的黨爭之所以會這麼激烈,除了之前圍繞是否讓烈公(前藩主之弟)即位就已經開始分裂成兩派,後來越來越激化,其實也跟烈公派vs同情慶篤派這個源頭有關。

  • 幕末の水戸で起きた攘夷派の天狗党と佐幕派の諸生党の内乱を題材にした歴史小説。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1922年兵庫県生まれ。47年「達磨峠の事件」で作家デビュー。49年「眼中の悪魔」「虚像淫楽」で探偵作家クラブ賞、97年に第45回菊池寛賞、2001年に第四回日本ミステリー文学大賞を受賞。2001年没。

「2011年 『誰にも出来る殺人/棺の中の悦楽 山田風太郎ベストコレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山田風太郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×