甘粕大尉 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (386ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480420398

作品紹介・あらすじ

関東大震災下に起きた大杉栄虐殺事件。その犯人として歴史に名を残す帝国陸軍憲兵大尉・甘粕正彦。その影響力は関東軍にもおよぶと恐れられた満洲での後半生は、敗戦後の自決によって終止符が打たれた。いまだ謎の多い大杉事件の真相とは?人間甘粕の心情とは?ぼう大な資料と証言をもとに、近代史の最暗部を生きた男の実像へとせまる。名著・増補改訂。

感想・レビュー・書評

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  • 関東大震災のドサクサ時に、社会主義者であった大杉栄と連れの子供を含めた3人を絞殺したとされる甘粕正彦が、刑期を全う後、フランスから満州へ渡って戦中を過ごした経緯。

    初出が昭和49年ということもあり、少々堅苦しくて読みづらいところもあるが、話をひっくり返したりすることもなく、必要位以上に自分の意見を入れることもなく、淡々と経緯を述べている。ドキュメンタリーというよりは、論文であろう。

    正直なところ、有名らしい甘粕事件についても知らなかったが、その後の甘粕の満州での活躍というか、暗躍の部分がメインであり、面白いところであろう。映画会社の理事長になってからのエピソードが面白い。

    しかし、柳条湖、盧溝橋事件に裏で関わっている部分や、動乱、クーデターを引き起こした部分がもっと読みたかったな。「帝都物語」との共通項などを比べてみると面白いだろう。

    「増補版」なる部分は、最初にチョロっと出てくる王希天斬殺事件のことを書いているらしいものの、結局ほとんど関係ないのではないかな。最後にあとがきが何度も出てくるが、言うほどの内容でもなかった。

    歴史が苦手な人にも読みやすいし、意外にエンターテインメントとして読める1冊である。

  • 人造国家 満州の影の支配者といわれた甘粕正彦についての大杉事件から自決するまでの話

    物語というよりは当時同じ時代を生きた著者が甘粕正彦という人物を検証した内容

    愛国君主を至上の目標にした典型的な日本人

  • 大杉事件で有名な甘粕正彦の伝記。

    彼が大杉事件について黙秘を貫き、不遇のフランス留学時代を経て、後半生は満州国建設に力を注ぐ姿が描かれている。
    彼の悲運な人生もあることながら、この時代の背景について描かれているので、興味ある方にはお勧め。

  • 時代の梟勇、満州の裏の帝王、謀略の士。
    満州の時代を彩る『甘粕正彦』のイメージは常に『闇』に充ち満ちている。

    満州モノを読み進める上で、甘粕は多かれ少なかれ必ず登場する。しかし、どれもこれも闇を動く甘粕の信条と心情を深く掘り起こすモノには遭遇できなかった。
    したがって、本書を読むまでのボクの甘粕に対するイメージはいかにもステレオタイプな闇の帝王のイメージでしかない。
    ビジュアル的にはラストエンペラーで坂本龍一が演じたあの無口で不気味な甘粕のイメージだ。

    さて、久々の高得点☆☆☆☆を付けた本書であるが、歴史書にはとどまらないノンフィクションであるが故に、作者の興味のままに一人の日本人としての『甘粕正彦』が十分に描かれている。
    ただし、本書のタイトルは『甘粕正彦』ではなく元帝国陸軍憲兵大尉であったころの『甘粕大尉』である。このタイトルからして、単に満州の甘粕ではないその前時代を含め、後の甘粕自身を形成する一大事件から話が始まるのである。

    そして、この表紙に使われている甘粕自身の写真。
    諦観と慮りの眼差しとともにその瞳は漆黒に満ちており、信念の人とも傍若無人な悪漢ともとれない、ある種不思議な人間性が感じられる。
    この『諦観』というキーワードは本書を読み進める上で、甘粕大尉から甘粕正彦そして満州の甘粕と時代を駆け上がる甘粕正彦の常に心の底辺にこびり付いた澱のように彼の人間性を支配することとなる。

    そのきっかけが関東大震災の混乱の中引き起こされた『大杉栄事件』であるという。
    本書では『主義者』と一括りにされているが、関東大震災当時未曾有の災害の帝都下では、社会主義者や無政府主義者の不穏な動きが必要以上に警戒され、妄想が妄想を呼び、朝鮮人暴動のような流言飛語が現実と区別が付かない状況にまで民衆の不安をかき立て、結果多数の朝鮮人が虐殺されるという現代では考えられないような事件が発生した。
    ここまでは日本史の授業でも語られるところであり、ボクも歴史認識に一つとして覚えているところである。

    しかし、無政府主義者の大杉栄事件とはついにボクの記憶の中には存在しない。
    なぜかと思い、山川の日本史の教科書をめくってみると『大杉栄』の記載は一箇所しか見当たらないのである。
    『第13章第一次世界大戦と日本』の中の『3 平民宰相』の中の一節、『高まる社会運動』の中の一文である。

    こうした状況のなかで、社会主義・共産主義の運動も活発になり、1920(大正9)年には各派の社会主義者たちを集めて日本社会主義同盟が発足した。大杉栄らの無政府主義(アナーキズム)と共産主義とが対立したが、1922(大正11)年にはひそかに結成された日本共産党が、革命をめざす非合法活動を開始した。


    日本史の教科書では大杉栄に関してこの程度の知識でしか教えられていないのである。これでは社会主義と無政府主義の違いすらもわからず、大杉栄という人物がどれほどまでに影響力のあった人物であったかすらボクらにはわからない。
    ましてや、関東大震災のどさくさに紛れて暗殺が謀られたなどとついぞ学舎のなかでは知るよしも無いのである。

    話を戻すと、本書は関東大震災から始まる。最初の舞台がなんと金沢。そして金沢憲兵分隊所属の中村久太郎上等兵の話から始まるというのもなんともはや、現在金沢で暮らすボクとしては入り込みやすい(笑)
    そして、この金沢憲兵分隊が関東大震災への応援で出動命令がくだり、東京憲兵隊本部に着任し、麹町分隊所属となったところで、麹町分隊長であった甘粕大尉と遭遇するのである。
    しかし、この日の夜、麹町分隊所管のところで大杉栄殺害事件が発生する。

    事件は俄に当時帝国陸軍憲兵大尉であった甘粕正彦を犯人として解決が図られるが、この『大杉栄殺害事件』に関する軍法会議の陳述や、当時の甘粕周辺のインタビューどれもこれも甘粕大尉は誰かの命によりすべてを飲み込んでいるがごとくであり、下手人に仕立て上げられた感が否めない。
    しかし、ここですべてを飲み込んで墓場まで持って行くという主義思想は甘粕自身の軍人として思想教育を重ねてきた当時の日本陸軍軍人としての矜持でもあったのかもしれない。

    第二次世界大戦に至る日本人、日本に関する論述で気をつけなければならないのは、現代であるかのようにまだ身近に感じられるかもしれない時代ではあるが、戦後民主主義教育を重ねて育ってきたボクらとは全く異なる主義、信条で生きていた時代である。
    従って、今の道理で判断をすれば間違ったとしかいいようがないことであると思うが、今の規範で当時の物事を図ってしまっては、ではなぜ当時の日本、軍、民衆はあのような行動を取ったのか?ということに理解が及ばなくなってしまう。
    『ダメなモノはダメ』だけでは歴史からはなにも学べないものだとボクは思っている。

    そんな、後の人間甘粕正彦を形成する『大杉栄殺害事件』から、出所後フランスでの一転した自己喪失状態までのルポは、歴史の教科書にはけして触れられない一帝国軍人の信条を理解する上で圧巻である。

    その後、満州建国から満州帝国崩壊にいたる甘粕の活躍ぶりは光と闇それぞれあるが、けして関東軍の威を借りた暴君でも無ければ、満映理事長時代に繰り広げられる文化人でもない。
    甘粕正彦という人物は、頭の先から足の指先まで徹頭徹尾軍人では無くなってからも、帝国陸軍の軍人として『忠君愛国』の士であったということが十分に感じられる内容であった。

    漆黒の闇に包まれた『諦観』は最後の満映理事室での自殺により、彼自身が自らの欺瞞の人生に幕を落とす、ある種の清々しさも感じられる人生の幕引きであったと感じた。

  • [ 内容 ]
    関東大震災下に起きた大杉栄虐殺事件。
    その犯人として歴史に名を残す帝国陸軍憲兵大尉・甘粕正彦。
    その影響力は関東軍にもおよぶと恐れられた満洲での後半生は、敗戦後の自決によって終止符が打たれた。
    いまだ謎の多い大杉事件の真相とは?
    人間甘粕の心情とは?ぼう大な資料と証言をもとに、近代史の最暗部を生きた男の実像へとせまる。
    名著・増補改訂。

    [ 目次 ]
    1 大杉栄殺害事件―大正十二年九月十六日(一九二三年)
    2 軍法会議―大正十二年十~十二月(一九二三年)
    3 獄中―大正十二年十二月~十五年十月(一九二三~二六年)
    5 フランス時代―昭和二年八月~四年一月(一九二七~二九年)
    6 満洲へ渡る―昭和四年七月(一九二九年)
    7 満洲建国―昭和七年三月(一九三二年)
    8 満映理事長となる―昭和十四年十一月(一九三九年)
    9 敗戦―昭和二十年八月(一九四五年)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • あくまで己が何を求められているかを常に考えていたのだろう。軍から求められる役割、満州の地で求められる役割、それぞれ様々な場所で応えてきた。だから人格がはっきりしない分恐ろしくも見えるし、生真面目にも見えるし、時に人間味のあるようにも見える。
    近代が求めて完成させた、ひとつの人間類型がある。人格と役割を切り離して行動できるという点で。

  • 結局真相はあの世へ…筋の通った純粋な人だったのかな… 謎が多すぎる人だよ。

  •  合理的思考を実践しながら、人情に厚い人間でもある甘粕大尉。大杉栄を殺害した人間として糾弾されつつ、満州では合理的かつ人間味ある甘粕大尉の魅力に魅せられた者も少なくない。こうした、人間甘粕を伝える本として秀逸であると思います。
     が、甘粕の満州における工作活動がほとんど触れられていなかったのはかなり残念。

  • もっとも帝国軍人らしく生きようとし、軍人でなくなってからも狂気にも似た気迫でそれを実践しようとした男、それが甘粕正彦と言える。

    角田房子がこの本のタイトルを「甘粕正彦」でなく「甘粕大尉」とした理由もそこにあるのではないか?。

    大杉栄殺害の真相はどうであれ、この男なら実行も身代わりでも何でもしただろう。

    その男が夢をかけたのが満州であり、その崩壊とともに自らの命を絶ったのもむべなるかなという感じがした。

    およそ今の日本の状況では考えられない精神世界に身を置いた男の人生として、興味深く且つ空恐ろしくも読める本です。

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