現代ロシアの軍事戦略 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480073952

作品紹介・あらすじ

弱小国となったロシアはなぜ世界に覇権を誇示し続けられるのか。異能の研究者が戦争の最前線を読み解き、未来の世界情勢を占う。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    2022年2月24日、ロシアがウクライナに宣戦布告し、侵攻を始めた。この報道を目にしたとき、私は本当に驚いてしまった。それは、21世紀の時代に「真正面から堂々と殴る」という戦術がここまで通用すると思っていなかったからだ。

    本書はウクライナ戦争に先立つ2021年5月に書かれたものだ。ロシアの地政学的・政治的目標やそれを成就するための構想、またテロリストや大国との戦いに備えた軍事的・非軍事的戦略などを幅広く解説している。プーチン政権下でのイデオロギーはもちろんのこと、ロシアが有している具体的な兵器や、過去十数年に渡って行われてきた大演習からロシアの「戦争観」そのものを読み解こうとする広大な内容であり、かなりマニアックな部分まで踏み込んだ密度の濃い一冊となっている。

    本書で頻繁に取り上げられているのが「ハイブリッド戦争」という概念である。簡単に言うと、軍隊による物理的破壊といった古典的な侵略方法ではなく、ネットでのサイバー攻撃、現地住民を抱き込んでの独立運動の扇動、ハッキングとスパムによる通信中枢の掌握といった「非軍事的」な要素を交えながら戦うことである。

    もともとハイブリッド戦争はロシアが最初に始めたものではなかった。というよりもむしろ、「ロシア国内が敵からのサイバー攻撃に常に晒され続けている」という認識のもと、それに対するカウンター戦術としてロシアが導入しはじめたものだ。
    ロシア政府は、非軍事的手段による戦争(情報戦争)が国内で現実に起きていると考えていた。実際にプーチンは、野党指導者たちを、「アメリカの息がかかった体制転覆者」とみなしている。自国政府を批判するものは何であれ西側から送り込まれた反動勢力に違いなく、アメリカが自国を正当化し世界の覇権を握るためにロシアを内部から崩壊させようとしている……。もちろんそれは被害妄想に近いのだが、この心理がロシアの政治思想の土台を決定している。その結果、政府が国民を徹底的に監視し、不満分子を抑え込み、若者に愛国教育を施しておくという強権政治が国内に浸透し、西側諸国との認識に差が開いていった。たとえ仮想敵が国内の反体制派であっても、その背後には彼らを操る大国が存在する、というのが現在のロシアの「戦争観」である。

    その結果としてだが、クリミア、ドンバスで起きた紛争は、まさに軍事的手段と非軍事的手段を駆使して体制の混乱を生み出す「ハイブリッド戦争」の様相を呈していた。指揮通信統制への妨害などにより行政機関やインフラが占拠され、ある地域のコントロールが謎の勢力に奪われる。いつの間にかそこで「独立のための住民投票」が始まり、ロシアへの併合が決まっていく。これを軍事力で奪回しようにも、前線ではロシア軍の強力な電磁波作戦能力で軍事作戦が麻痺・混乱させられ、後方地域はドローン攻撃やサイバー攻撃に晒されていく。まさに身動きが取れない状態である。

    戦争の法則そのものが、よりスマートに変化している、と言えるのかもしれない。政治的・戦略的な目標を達成するために非軍事的手段が果たす役割が増大し、これが住民の抗議ポテンシャルと相互作用することで、敵国内部からの独立・反乱という形で紛争が具現化するようになった。
    ――――――――――――――――――――――――――――
    私が本書を手に取ったのは、ロシアが引き起こしたウクライナとの全面戦争の裏にある戦略を知ろうと思ったからだ。しかし、本書を読めば読むほどそれが徐々に分からなくなっていった。
    最初に言った通り、この戦争は「真正面から堂々と殴る」という古典的なものだ。ロシアが20年近くをかけて生み出した「情報戦」で人心を掌握する、またウクライナの裏にいる大国と相対しながら、圧倒的不利な状況の中でも「損害限定戦略」や「エスカレーション抑止」を駆使して目標を成就する、といった要素が、この戦争には全くない。ウクライナの中立化と南部クリミア・ウクライナ東部の主権を握ることがプーチンの狙いであるが、その合意がなされるまではあくまで物理的攻撃によってウクライナを締めつけ続けるだけであり、ゼレンスキー体制を内側から崩壊させるといった非軍事的戦略は今のところ見られないままである。

    筆者は本書のおわりで、今後のロシアのスタンスに対して見通しを立てている。
    ――権威主義体制の下にあるロシアと、これを受け入れない西側という構図――すなわち「永続戦争」は今後とも続いていく公算が非常に高い。しかもこの間にロシアが2000年代のように飛躍的な経済成長を遂げるとか、技術革新の最先端に立つことは見通しがたいとすると、質量ともに劣勢なロシアが西側との軍事的対時を続けるという状況にもおそらく変化はないだろう。つまり、本書で見たような「ロシア流の戦争方法」は少なくとも2020年代から2030年代くらいまでは中心的な軍事戦略に留まるのではないかというのが筆者の見立てである。

    この「ロシア流の戦争方法」は、このウクライナ戦争で砕け散ってしまった。
    何故ロシアが宣戦布告という思い切った手段を取ったのか、そして何故プーチンの戦略が古典的なものに逆戻りしてしまったのか。拡大し続けるNATOを止めるための時間と手段が残されていなかったのかもしれないが、真相は謎のままである。
    ―――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    0 ロシアが企てる「ハイブリッド戦争」
    軍事バランスでは米国に劣るはずのロシアがクリミア半島占拠のような振る舞いに及び、実際に成果を収めることができたのは何故か。
    ウクライナで実際にロシアが用いたのは、国家・非国家を問わずに幅広い主体を巻き込み、現実の戦場に加えてサイバー空間や情報空間でも戦うという方法であった。これは西側諸国で「ハイブリッド戦争」と呼ばれるものである。古典的な軍事的手段だけでなく、非軍事的手段を併用して戦争を進める傾向が現れてきた。


    1 NATO拡大 
    東欧諸国とバルト三国がNATOに加盟したことによって、ロシアの戦略縦深(敵の侵略に対して余裕を持てるだけの広大な空間)が失われた。加えて、NATOに対する兵力の数的優位も喪失している。
    そうした軍事的脅威はもちろんだが、ロシアにとってより受け入れ難かったのは、NATO拡大の政治的側面、すなわち東欧や旧ソ連諸国に対するロシアの影響力が大きく損なわれることであった。

    NATOの拡大をロシアが苦々しく思っていたのは、それが「大国」としてのロシアの地位を損なうものとみなされたからである。「大国」はロシア語で「デルジャ一ヴァ」というが、この言葉は単に「規模の大きな国」という意味ではない。一言でいえば、外国の作った秩序に従うのではなく自らが秩序を作り出す側の国であるということだ。
    本来は欧州の集団防衛を意図して結成されたNATOが、今や世界中のあらゆる紛争に介入すること、しかもこれらの軍事行動が安保理の承認を経ずに行われてきたことが、NATOを脅威とみなす理由となる。
    したがって、ロシアから見ると、まだNATOに加盟していない国々――アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、モルドヴァ、ウクライナ――の中立をいかに維持するか、そしてロシアの勢力圏を脱出しようとする国があれば、軍事力行使に訴えてまでもこれを阻止するというのが、グルジア戦以降のロシアの基本方針だった。

    2013-14のクリミア、ドンバスで起きた紛争は、情報戦による人心掌握、ドローンによる遠隔攻撃、電磁波スペクトラム(EMS)を活用した指揮通信統制への妨害、電力網のハッキング、偽のネットワークへの接続といったサイバー戦争の様相を呈していた。多数の死者が出るわけでもなく、行政機関やインフラが占拠され、ある領域が国家のコントロールを離れるが、ロシア軍の姿ははっきり見えない。そのうちに法的整合性のない「住民投票」が始まり、勝手にウクライナから「独立」したり、ロシアへの「併合」が決まっていく。これを軍事力で奪回しようにも、前線ではロシア軍の強力な電磁波作戦能力で軍事作戦が麻痺・混乱させられ、後方地域はドローン攻撃やサイバー攻撃に晒される。
    こうした事態に面した西側諸国の間では、国家が暴力を用いて戦う「古い戦争」に対して、多様な主体と方法を混在させた戦いをロシアが行使し始めたのではないかという考えが生まれた。「ハイブリッド戦争」論の登場である。


    2 ハイブリッド戦争
    戦争の法則そのものが実質的に変化している。政治的・戦略的な目標を達成するために非軍事的手段が果たす役割が増大し、これが住民の抗議ポテンシャルと相互作用することで、敵国内部からの独立・反乱という形で紛争が具現化する。敵対手段を使用する際の重点が変化してきたのだ。

    これはロシア内部においても例外ではない。ロシア政府の中では、非軍事的手段による戦争(情報戦争)が国内で現実に起きているという認識が存在していた。実際にプーチンは、野党指導者たちを、「アメリカの息がかかった体制転覆者」とみなしていた。もちろん多くは妄想的であるが、今やロシアはそうした「外国政府による非線形戦争」に晒され続けている、いわば「永続戦争」の戦時下にあるといえる。
    これは一種の強迫観念だ。社会を徹底的に監視し、不満分子を抑え込み、若者に愛国教育を施しておかなければ、ロシア社会は西側の「非線形戦争」にあっさりと屈し、政権が転覆せられてしまうに違いないー―そうした強烈な精疑心がその背景には透けて見える。


    3 ロシア軍の軍事戦略
    非軍事的手段が古典的な軍事的手段と併用される場面は増えているが、戦争の中心を成すのはあくまでも軍隊である。非軍事的手段はその活動を支援する重要な要素の一つだ。ICTのような新テクノロジーは戦争の性質を変えつつあるが、軍事的な局面と非軍事的な局面の間には、暴力の行使という決定的な溝が存在する。

    ロシアのシリア介入を成功に導いた要因の一つとして、「限定行動戦略」がある。これはどういうものか。
    限定行動戦略の出発点となるのは、ロシアが遠隔地への軍事介入の際に抱えている制約である。
    ・国土が広いあまりに防衛線が長く、遠隔地に大兵力を送り込む余裕がない
    ・兵站能力に大きな制約がある
    ・地政上兵站線が伸びすぎて、大量の人員や整備を安定して送り込めない

    そこでロシアが採用したのが「限定行動戦略」だった。これは空軍力や偵察・指揮能力といった、大国でなければ持ち得ない能力だけを現地国に提供し、これに現地の紛争参加勢力を糾合することにより、ロシアから遠く離れた地域でも大規模な軍事作戦を遂行する、というものであった。

    今後の地域紛争では、大国による介入をいかにして阻止・回避しながら「新しい」手段による低烈度紛争を戦うかが焦点となってくる。


    4 ロシアが備える未来の戦争
    2007-2008年のロシア軍大演習で想定されていた対テロ戦争とは、領域支配をめぐる非国家主体との組織的戦闘であったと言えるだろう。より具体的には、イスラム過激派思想をイデオロギー的な支柱とし、旧ソ連域内の一部を世俗政権から奪還してシャリーアの導入を目指すゲリラ組織との戦いがこの時期の対テロ戦争であったことになる。

    一方、2008-2009の演習では、NATOとの大規模戦争を想定し、空爆への対処、防空戦指揮システムを破壊しようとする敵特殊部隊の撃退訓練が行われた。また、数的にも技術的にも優勢なNATOに対して戦術核兵器を使用することで通常戦力の劣勢を補ったり、核の力で戦闘の停止を強要するという構想が練られている。

    軍事演習は2010年代前半には対テロ組織、中盤には対大規模国家の様相を呈し、ウクライナ危機後の2010年代終盤では非国家主体とその後ろ盾となる大国との戦争を想定している。
    2000年代末から2020年代までのロシア軍大演習で想定されていた戦争は、①「カフカス」や「ツェントル」に見られるイスラム過激派との対テロ戦争、②PGMを駆使するハイテク化軍隊との「第6世代戦争」、③より古典的な大規模戦争を想定した総力戦、④大国に操られたプロキシとの「新しい戦争」である。


    5 弱いロシアの大規模戦争戦略
    米CNAコーポレーションのマイケル・コフマンは、欧州正面におけるロシアの対NATO軍事戦略は、A2 / ADをその構成要素の一部に含むものの、より広範で複雑な「損害限定戦略」であると評した。この「損害限定戦略」とはいったい何なのか。

    第一に、損害限定戦略においては、米国の来援を阻止したり、欧州戦域内における米国の行動の自由を拒否することはできないと前提される。したがって、西側との大規模戦争勃発時におけるロシアの現実的な目標は、その初期段階において米国のPGM攻撃を吸収・拡散させることによる抗堪性を確保し、防勢及び攻勢を通じて高価値アセットを消耗させ、指揮統制通信に対する攻撃によって作戦を混乱させることに置かれる。こうした打撃を小規模または大規模に行って米国の組織的な軍事作戦遂行能力を一定期間麻庫させ、迅速な勝利の達成を不可能にさせることにより、戦争継続に関する政治的決意を鈍らせるというのが損害限定戦略の基本的な考え方である。
    第二に、以上の目標を達成するにあたっては、防勢と攻勢を組み合わせた「能動的防御」が不可欠となる。特に重要なのは主導権を握るために実施される予防的・デモンストレーション的・限定的攻撃である。
    第三に、損害限定戦略は特定の領域を前提としたものではない。ここで追求されているのは、敵が組織的な軍事作戦を遂行する能力の全体を妨害することであって、これに資するアセットはあらゆるものが動員される。

    こうした損害限定戦略が失敗に終わった場合には、戦術核兵器の使用によって通常戦力の劣勢を補ったり、戦闘の停止を強要したりする可能性が残されている、というわけだ。

    物理空間からサイバー空間に至るまで、あるいは核兵器からレーザー兵器までのあらゆる手段を用いて敗北を回避しながら戦う――これが「弱い」ロシアが2020年代初頭までにたどり着いた大規模戦争戦略である。

  • 現代ロシアの軍事戦略
    著:小泉 悠
    紙版
    ちくま新書 1572

    20世紀後半の古典的な国家間戦争はもはや存在しない
    ロシアによる現代戦とは、ハイブリッドな全面戦争を意味する

    戦略縦深とは、奇襲を受けた時に時間的余裕をもてる緩衝地帯のことをいう
    ソ連時代にあった東ドイツからソ連本土の距離は800Kmがウクライナが西側になった場合はわずか450Kmになる
    これは東京・京都間、大陸弾道弾であれば、数分で核ミサイルが到達する距離だ

    ハイブリット戦とはもともとアメリカ軍が生み出した概念だ
    ソビエト崩壊も、一種のハイブリット戦とも認識されている

    西側は軍事的手段だけでなく、政治・経済・情報などあらゆる手段を用いている

    ロシアのハイブリット戦争は中東でも展開されている、それは2016~2018のシリアだ
    PCM戦精密誘導兵器の使用、アメリカが湾岸戦争でつかった手法だ
    ロシアも2008年のグルジア戦で使用している
    ツペツナズが特別なのは任務の内容であって部隊を構成しているのは普通の兵士だ
    ロシアの民兵ワグネルは、作曲家ワーグナーのロシア語よみ、ワグネルのリーダ、ウトキン氏はネオナチの信奉者だ

    ドローンに対抗するには、電波妨害システム、ドローンはラジコンだからコントロール電波が遮断されると墜落するか基地に戻るしかない

    ロシアの戦闘の定義
     ①武力紛争 国内武力紛争
     ②局地戦争
     ③地域戦争
     ④大規模戦争 第二次世界大戦以来発生していない

    ロシア軍の演習
     ①作戦準備 軍の作戦機関、戦略、作戦レベル、連合部隊の錬成
     ②戦闘準備 戦闘環境下で訓練活動、戦場での活動に重点を置いた訓練

    ロシア軍の大演習プログラムは局地戦のシナリオ
     カフカス2009 動員兵力8500名、戦車200両、装甲先頭車両450、火砲250門
     オーセニ2008 ベラルーシとの合同演習
     ザーハド2009 防空戦 ネットワーク接続
     ラトガ2009 NATO軍との大規模戦争
     ヴォストーク2014 北方領土をめぐって日本との軍事衝突、米軍が介入
     ザーハド2017 北方連邦 防空戦、海上戦、対潜水艦、巡航ミサイル、ドローン、航空機攻撃、NATO軍との北方地域での戦闘

    接近阻止・領域拒否(A2/AD)
     米軍をできるだけ、本土と遠いエリアで迎え撃つ戦略、中国軍も同様な戦略をもつ

    エスカレーション抑止 限定核使用による同盟軍の参戦を防ぐ、失敗した場合の核戦争を合わせてシナリオをもっている⇒最悪のシナリオ
    通常戦争におけるエスカレーション抑止もあり、超音速機の攻撃を想定

    結論
    ロシアの軍事戦略は古典的な全面的な戦争をコアとして、非軍事的な手段を合わせて用いる、ハイブリット戦である

    目次
    はじめに―不確実性の時代におけるロシアの軍事戦略
    第1章 ウクライナ危機と「ハイブリッド戦争」
    第2章 現代ロシアの軍事思想―「ハイブリッド戦争」論を再検討する
    第3章 ロシアの介入と軍事力の役割
    第4章 ロシアが備える未来の戦争
    第5章 「弱い」ロシアの大規模戦争戦略
    おわりに―2020年代を見通す
    あとがき―オタクと研究者の間で
    参考文献

    ISBN:9784480073952
    。出版社:筑摩書房
    。判型:新書
    。ページ数:320ページ
    。定価:940円(本体)
    。発売日:2021年05月10日第1刷発行
    。発売日:2022年03月25日第4刷発行

  • メモ
    経済、科学技術、軍事でもはや米国と並ぶ超大国ではなくなったロシアが2014のウクライナ、2015のシリアなど攻勢をしかけ、成果を収めたのは何故なのか? そこには古典的な軍事力の指標「ミリタリーバランス」では測りきれない要素が働いているのではないか? それを様々な角度から検証した。出版が2021年5月。そこまでの時点でのロシアの「領土」への考え方が示される。

    2014のウクライナ介入では、劣勢にみえたロシアの軍事力が見直された。特殊部隊、民兵の動員、人々の認識を操作する情報戦、電磁波領域やサイバー空間での「戦闘」、これらでクリミアを瞬く間に併合した。

    ロシアが暴力の行使=軍事的闘争に訴えずに政治的目標を達成するという思想は1990年代に浮上し、2010年代は西側との「永続戦争」という文脈で大きな地位を占めるようになった。

    だが、実際の軍事戦略においては依然として軍事的手段は後退したとはいえない。・・ドンパチである。

    <「状況」を作りだすための軍事力>
    ○2014のクリミアやドンバスにおいて軍事力が作りだした「状況」はウクライナを紛争国家化することだった
    ○ウクライナを征服して完全に「勢力圏」に組み込むのではなく、同国が西側の一部となってしまわないように(NATOやEUに加盟できないように)しておけばよかった。
    ○「勝たないように戦う」ことがウクライナにおけるロシア軍の任務だといえる。

    ロシアの軍事演習からみると、ロシアの想定している様々な戦争の形態は、最終的には大国との軍事紛争である。イスラム過激派や非合法武装勢力の背後にはそれらを「手先」として操る大国が存在し、最終的には核兵器の使用にもつながりかねない、というのが現在のロシアの戦争観である。

    しかし正面戦力ではロシアは劣勢なのである。まずは「損害限定」戦略。これでも劣勢を補えないと「エスカレーション抑止」に訴える。限定的な核攻撃や「警告射撃」で戦闘停止を強要したり、第三者の参戦を思いとどまらせる。

    ●まとめると、ロシアの軍事戦略はクラウゼヴィッツ的な戦争をそのコアとしつつ、非クラウゼヴィッツ的なそれにも備えた「ハイブリッドな戦争」戦略である。

    ・クラウゼヴィッツ:プロイセンの軍事学者(1780-1831)「戦争とは他を以ってする政治の延長である」「戦争の本質は単なる『強制力』ではなく、物理的な破戒をもたらす『暴力』である」

    ・国に直属した軍隊が一番強い。上の命令が下まで届くし、それを守る。民兵や軍事会社はそれぞれ個人の思惑や思想があるので、まとまらない。

    ・ドローン兵器など新しい兵器が出てきて戦い方は変化するが、さらにそれを阻害する兵器や方法が考え出される。

    ・・テレビでは分かりやすい解説の小泉氏。兵器や軍事、ちょっと難しかった。

    2021.5.10第1刷 2022.3.30第5刷 購入

  • 現時点で、ウクライナ危機や第二次ナゴルノ紛争以降に出た、これら最近の国際紛争の分析を含む数少ない新書だ。仕事が早くて驚くばかりである。ロシア・ウクライナ戦争が始まり、タイムリーということで手に取った。
    ウクライナ危機の当時、「ハイブリッド戦争」という用語が多く用いられたのを記憶しているが、筆者はこれを「ハイブリッドな戦争」と呼ぶ。
    ロシアでは非軍事手段の研究や実践化が盛んであるが、安全保障(非軍事的脅威に対するものを含む)の根底にあるものはクラウゼヴィッツ的な古典的戦争(軍事手段)であり、非軍事手段はそれを補うものとして位置づけられるということである。ウクライナやシリアの「成功」事例では、端的に言えば「結局最も効果あった・不可欠だった要素は軍事力だった」ということだ。
    ※個人的には、筆者も述べているが、ウクライナ危機を説明する上でしばしば用いられる呼称「ハイブリッド戦争」の定義が多様であるように思われる。宣戦布告をせず体裁上戦争という形を取らず他国に隠密に浸透していく・・・という特徴をもつ国際紛争について、そのように呼称する場合もあるのかなと思う。
    筆者は、ロシアはNATO・中国に対し軍事劣勢であると述べる。特に、西側の非軍事的戦争手段(民主化運動など)に晒されており「永続戦争」状態であるという認識が強まっている。優勢な軍事力に対抗するために、軍事手段と非軍事手段を結び付けたうえ、防空、ミサイル、電子戦、情報戦、対宇宙、戦術核により敵戦力(非軍事含む)を妨害する構想であり、最終的にはエスカレーション抑止で戦闘停止・他国参戦停止を狙うという戦略であるという。

  • 2014年のウクライナ危機で、ロシアは情報操作やサイバー攻撃等、古典的な軍事力以外の手段を活用した。その背後にあるロシアの思考、実際に取られた手段等を考察した本。

    NATOは3・11以降、テロ=非国家主体との戦いの方に気を取られていたが、ウクライナ危機をきっかけに、再びロシアへの警戒感を強めることとなった。
    「ゲラシモフ・ドクトリン」(発表は2013年)では、情報操作等、古典的軍事力以外の手段の重要さに言及。ウクライナ危機でロシアが使った手法と合っているということで注目された。ただしこの文書は、実際はドクトリンと呼ぶほどまとまったものではない。またメッスネルは非線形戦争、情報による戦争という概念を提唱した。
    ただしロシアにとってこれらの概念は、西側から自国に対して仕掛けられているものであって、自分たちはそれに対抗しなければならないという認識。2010年代にアラブ諸国で起こった「カラー革命」により、情報操作による体制転覆への危機感を強めた。

    大規模軍事演習の内容からも、非国家主体によるテロへの対応から、その背後にある大国との総力戦への対応へと想定が変遷していることが分かる。

    ただし他の手段の重要性が論じられるからといって、従来の軍事力の重要性が減ずる訳ではない。他の手段で相手国の弱体化を図りつつも、軍事的にその地を制圧することは必ず必要。
    つまりロシアは、ソ連崩壊以後相対的に弱くなった軍事力を効率的に使って目的を達する方法を試行錯誤してきた。限定的な核使用や、宇宙空間における衛星のソフトな攻撃が手段として挙げられる。

    自分に予備知識がないのと、軍事用語がたくさん出てきてとっつきにくかったが、文章は切れがあって読みやすい。
    2022年ウクライナ侵攻の1年前に書かれた本。侵攻直後に行われた講演では、著者も「まさかこのような形で戦争を始めるとまでは思わなかった」という趣旨のことを言っていた。研究者にとってさえ想定外な動きだったのだろう。

  • 2021年5月発行なので、クリミア併合後、ウクライナ侵攻前ということになるが、この本を読む限り、ウクライナ侵攻は必然だったように思う。

  • シリアへのロシア関与などマスコミでほとんど報道されていない情報が時系列に沿ってまとめられている。
    表面に出てくるウクライナ以外のことを知るには、専門家の厚みのある情報収集力に頼るのが良いと感じた。

  • ユーゴスラヴィア、セルビアにはじまり、グルジア(バラ革命)、ウクライナ(オレンジ革命)、キルギス(チューリップ革命)、チェニジア(ジャスミン革命)からアラブの春に至るまでの民主化ドミノを、NATO およびアメリカによる謀略の結果であると捉え(事実、まんざら「陰謀論」でもないところがある)、これを非軍事手段による永続戦争であると定義した上で、ハイブリッド戦争(SNS を通じた人心操作から戦略核兵機使用まで、軍事・非軍事両面による目的遂行または状況作成のための行為)で応戦する現代ロシアの軍事戦略を描く。

    2022年2月末に始まったウクライナ戦争を予言するかのように、2021年5月に刊行された現代ロシア軍分析の最前線で、最新の政治思想・軍事思想を網羅して圧巻。ウクライナ戦争を理解する上で、必読の一冊。

  • わかりやすい分析、新書一冊に情報が盛りだくさん。ウクライナ戦争に至る背景を整理できた気がする。

  • 軍事情報の機密性はどの国でも高く、他国が正確な必要十分な量のそれを得ることは難しいだろう。
    しかし本書では、ロシアの公的な軍事関連の発表や実際の演習•紛争行動や、それらに関連する米国含めNATOの分析を幅広く集め、さらにそれを分析し考察されている。
    ロシアの軍事専門家である著者。ロシアのウクライナ侵攻を契機にメディアに引っ張りだこである。
    著者が自身でロシア軍事の「オタク」と評するように、本書はその「オタク」的知識が、テレビとは異なり十分に発揮されているように思われる。あまりの筆のノり具合に、多少の軍事知識を持っていないとその疾走感に振り落とされそうになってしまうので注意が必要です。

    ロシアは虚実織り交ぜ冷静に戦略的に行動している程度が他国に比べて強いと思われ、また何を考えているのよくわからないという漠然とした恐ろしさを感じさせる。
    本書のような(高度な)分析をしている人間やその分析を理解して戦略を立てている国家、組織が存在している一方で、それすらも承知の上でロシアは軍事戦略を立てているのではないかと思わずにはいられない。

    ロシアの軍事戦略に関して、本書を通じて理解はかなり深まる。しかしその理解は不十分であり今後もそうであり続けるだろうという認識を持っておくのが無難そう。

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著者プロフィール

小泉 悠(こいずみ・ゆう):1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、2019年、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、2021年)、『ロシア点描』(PHP研究所、2022年)、『ウクライナ戦争の200日』(文春新書、2022年)等。

「2022年 『ウクライナ戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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