柳田国男: 知と社会構想の全貌 ((ちくま新書 1218))

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  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (574ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480069283

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  • 柳田國男の思想の全体像をえがき出している本です。

    農政官僚であった柳田が、失脚を経験して民俗学への道へと方向転換することになったという見かたを著者はしりぞけ、柳田の農政論と後年の民俗学をつらぬく社会経済思想を明らかにしようとしています。自作農を創出することで、地域経済に根ざした社会的紐帯を生み出し発展させていくことをねらいとした柳田の立場が、大塚久雄の国民経済論に通じる発想を含んでいたと著者は考えており、その構想のひろがりを柳田のテクストから多くの引用をおこないながら示しています。

    つづいて柳田民俗学については、ヨーロッパ滞在中に彼が摂取した文化人類学のあたらしい展開からの影響を受けていることが指摘されています。従来のフォークロアは、ことさら珍奇な習俗の蒐集に明け暮れていたのに対して、マリノフスキーらの文化人類学者は、現地調査をおこない対象地域の住民の生活文化全体を包括的に把握することをめざしました。著者は、こうした文化人類学の方法を、自国の民俗の研究に取り入れることで、柳田民俗学が成立したと論じています。

    さらに著者は、柳田の氏神信仰にかんする研究をていねいに検討し、それが日本人の倫理的な心性の基礎を明らかにするというねらいをもっていたと主張します。ここで著者は、フレイザーとデュルケームの比較をおこない、呪術を倫理以前のものとみなしていたフレイザーではなく、トーテミズムなどの習俗のうちに倫理の基盤を見いだそうとしていたデュルケームに近い立場を柳田がとっていたとされています。さらに、そうした柳田の氏神信仰についての考察が、国家神道に対する根底からの批判としての意味をもっていたことが指摘されています。

    新書としてはややヴォリュームのある本ですが、柳田民俗学の全体像について明確に把握するという著者のもくろみはじゅうぶんに果たされており、優れた入門書といってよいのではないかと思います。

  • 【目次】
    目次 [003-011]
    凡例 [012]
    はじめに [013-016]

    序章 足跡と知の概観 017
    1 渡欧以前――国家官僚の時代 018
    帝大入学まで/『遠野物語』と雑誌『郷土研究』の刊行/書記官長辞任と渡欧という転機
    2 帰国後――柳田学の本格的形成 028
    民俗学研究の確立へ/柳田の問題意識/柳田の国家・社会構想/農民の自立と地域の共同関係/民俗学の本格的研究へ/民俗学の普及に努める/生活の共同的側面と信仰の問題/比較研究法/常民と女性
    3 敗戦前後 048
    戦時中の姿勢/氏神信仰の問題へ
    4 新生日本とともに――晩年の柳田学 052
    小中学生の社会科教育/国語教育/戦後の民俗学研究と晩年

    第一章 初期の農政論 059
    1 農民経営の自立 060
    農村問題への関心/柳田の主張と当時の論潮l商工立国論と農業国本論/農民の購買力上昇による国民経済の発展/農業生産力をいかに上げるか/農業構造改革案/地主制改革案/自作小農の創出
    2 産業組合と地域経済 078
    産業組合と地方的小市場の必要性/地域内市場の発展に向けて/戦前は実現しなかった農政論

    第二章 日本的近代化の問題性――危機認識 087
    1 都市中心文化と農村の疲弊 
    農政学に挫折?/諸国家の激甚な競争/農村が「奴隷の境遇」に/都市中心の近代化による農村の疲弊/都市的な消費様式が農村を破滅させる
    2 新たな地方文化の形成 
    農村の伝統的生活文化への着目/地方文化の再生と地域改革

    第三章 構想I――地域論と社会経済構想 103
    1 日本社会認識 
    農工分離と都市資本への従属化/不自然なる純農化/奢侈的消費財の過剰生産/生産制限と寡占/大規模商工業の都市への集中は必要/外部資本による地方の経済自治の解体/地方の経済的自立性と独自性の喪失
    2 地域改革と社会経済構造の改編 
    地域改革構想①――自主的な消費の整理/地域改革構想②――独自の生産計画策定/地域改革構想③――自立的小隻の農業改革/地域改革による国民経済の再編成/地主制をどう見るか/中小地主の自作農化勧奨
    3 地方文化形成と柳田民俗学 
    文化的自治/新しい生活文化形成のための民俗学/個人の内面的問題の重視/普遍的な問題提

    第四章 構想II――政治構想 145
    1 政党政治期の日本政治 
    原敬時代の内外政策/浜口内閣と世界恐慌
    2 外交論 
    対華二一ヵ条要求への批判/日中の対等な協力関係を主張/対外膨張圧力の少ない国民経済への志向
    3 内政論 
    普通選挙実施へ/議院内閣制への志向/貴族院・枢密院の是非/国民による軍部のコントロール/軍事教練への批判/天皇観と国家神道批判/無産政党への期待/勤労者を結集した社会改革/無産政党発展による政界再編
    4 柳田における政治構想の特質とその位相 
    地方政治の現実問題/個人の政治的自立の重視

    第五章 自立と共同性の問題 187
    1 共同関係・個の自立・親密圏 
    自立には共同性が不可欠/農家の孤立/大家族制の解体/農民の自主的な共同団結が必要/個人意識の発達/自主と協力の喜び/親密圏について/ワロンの自我形成理論/内なる他者としての下位自我/個の自立には様々なレペルでの共同性が必要/地域的な農民的共同
    2 自然村への着目 
    産業組合・農民組合の問題点/自然村の共同性/共同性の崩壊/本格的な民俗学形成へ/村の排他的閉鎖性と上下関係/強い共同体規制/共同体の旧式な制裁/新しい共同性の可能性/郷党教育と若者組/労働組合への期待/地域的共同性と地方自治

    第六章 初期の民間伝承研究から柳田民俗学へ 243
    1 初期民間伝承論 
    山人の問題/山の神の信仰/民間信仰の問題/氏神信仰への着目/氏神信仰と国民意識/国家神道批判/前提としての国民的自覚
    2 知的視野の拡大と「民俗学」の方法的形成 
    「郷土研究」の目的/生活文化全体の把握/欧米のエスノロジーの援用/マリノフスキーの「民族誌」/エスノロジーからフォークロアヘ/デュルケームとフレイザー/フレイザー『金枝篇』の影響/フレイザーの枠組の限界/呪術と宗教の違い/氏神信仰は宗教か/デュルケームの規定/柳田民俗学の国際的視野

    第七章 知的世界の核心1――日本的心性の原像を求めて 287
    1 氏神信仰の神観念 
    日本人の精神文化を構成するもの/なぜ氏神信仰研究を重視したか/氏神とは何か/氏神と氏人の保護・被保護関係/死後すぐ氏神に融合しないのはなぜか/けがれと埋葬場所/三つの霊魂/魂はどこに行くのか/山の神と氏神/氏神の依代/生まれかわりの思想/家の永続の重視
    2 神観念の展開 319
    他の氏神との融合/他の有力な神々の勧請/悪霊を統御する神々/八幡と天神/大神の勧請、合祀/大家族制の解体と訪問婚/「村の氏神」の成立/有力な神々、そして仏教の影響/「固有信仰」の意味
    3 氏神と信仰儀礼 
    祭日――春祭/秋祭/祭の移行と変化/盆踊りと夏祭/神地と御旅所/依代と依座/様々な神木/神供と相饗/稲の特殊な意味/畑作文化圏の問題/神屋と巫女/女性への神の侭依/ハレとケ、ケガレ/非日常的なハレとケガレ、日常的なケ/職業的な巫女集団/頭屋制の形成/村の外部からの専門の神職/神態と余興/神の託宣/「湯立て」もしくは「問湯」/神語りと懸依
    4 氏神信仰の神話的世界 
    氏神信仰の神話と記紀神話/語り物の世界/全国の伝説・昔話の内容の一致/伝説――神が人々の安寧と繁栄を守護する/昔話――大事業をなし家を興す主人公/昔話と神話的世界のつながり/氏神信仰の神話の骨格/巫女と水のイメージ/水の神の信仰/日本の神観の原像は雷神、火雷神
    5 国家神道批判 
    氏神信仰論が評価されてこなかった理由/国家神道と戦前の国家体制/天壌無窮の神勅/国家神道と氏神信仰を連続的に捉えた丸山真男/氏神は特定の名をもたず、名を呼ぶべきでもない/氏神信仰は宗教である/神社合祀政策の失敗/国家神道の儀礼への疑問/記紀は皇室の神話にすぎず、日本民族全体の神話ではない/天皇を政治権力の源泉とする考え方への批判/皇室自体の象徴性は認める/学問的遺産としての天皇制批判/君主制のイギリスモデルとドイツモデル/明治憲法下の立憲制的君主制/柳田は氏神信仰を押しつけようとしていたのか

    第八章 知的世界の核心2――生活文化の構造 463
    1 生活文化と民俗資料分類 
    変化しながら続いてきた氏神信仰/氏神信仰論への批判/共同性を内面から支える氏神信仰/民俗資料分類/なぜ心意現象が重要なのか
    2 形に現れる文化――有形文化 
    3 言語表現による文化――言語芸術・生活解説 
    4 心意現象 
    柳田民俗学の最終目的/推論的知識/批評的・批判的知識/生活技術/生活目的/中心的なねらいは信仰の問題

    終章 宗教と倫理505
    1 日本人の倫理意識と信仰 
    内面的倫理規範の形成/倫理規範をつちかってきた信仰/倫理的価値判断と信仰/子孫の永続こそが生のモチーフ/子孫のみにとどまらない倫理的価値づけ/社会的知識の必要性/価値判断のためにも知識が必要/丸山真男・大塚久雄らと柳田の学問的方法論上の相違/フレイザー、ウェーバーと丸山の視点――呪術から宗教へ/氏神信仰への批判と柳田自身の限界の認識/伝統を活かす人々の意識的営みと学問的認識/日本人の内面的倫理形成の可能性
    2 社会・倫理・宗教――柳田とデュルケーム 
    柳田とデュルケームの比較検討/利害関係は持続的なものではない/あらゆる社会は道徳的である/人間は原初において宗教的である/宗教が生に意味を与える/現実判断と価値判断の峻別/文明はそれ自体価値たりえない/柳田の悲観的な状況認識/社会それ自体が価値や意味を提示する/社会の象徴的存在としての神/デュルケームとウェーバーの類似点/デュルケームとウェーバーの相違点/氏神信仰は柳田自身の信仰ではなかった/倫理的なものの根拠を考える材料としての柳田学体系/時代をこえた子孫への思いが倫理をつくる

    おわりに(二〇一六年初秋 川田稔) [568-569]
    年譜 [570-572]
    人名索引 [i-ii]

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著者プロフィール

1947年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。現在、日本福祉大学教授、名古屋大学名誉教授。法学博士。専門は政治外交史、政治思想史。『原敬 転換期の構造』(未来社)、『浜口雄幸』(ミネルヴァ書房)、『浜口雄幸と永田鉄山』、『満州事変と政党政治』(ともに講談社選書メチエ)、『昭和陸軍全史1~3』(講談社現代新書)、『石原莞爾の世界戦略構想』(祥伝社新書)など著書多数。

「2017年 『永田鉄山軍事戦略論集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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