池澤夏樹の旅地図

著者 :
  • 世界文化社
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感想 : 18
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784418075041

感想・レビュー・書評

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  • スタンダールが自分で選んで刻ませた墓碑銘が「アッリゴ・ベール、ミラノ人。生きた、書いた、愛した」であったことは広く知られている。(略)ぼくならば「生きた、書いた、愛した」の他にどうしても「読んだ、旅した」が加わる。(245p)

    そういう池澤夏樹だから、本書を紐解いた。結局私の人生も、大学4年間のほかは岡山を離れたことはないけど、魂は池澤夏樹に近い。ギリシャにしろ、沖縄にしろ、フランスにしろ、行ってみないとわからないことは多い。でも基本として移住者にはなれない。池澤夏樹は徹底しているから5年ほどは住んでみるけど、やがて気がついたら他に移っている。

    そうやって池澤夏樹は旅人として生きてきた。それが、一冊の中に縦横に語られている。

    自分の本領は自分語りではなく、旅で得たことを語り広げることだと、池澤夏樹は若い時に規定した。だから材料を集める必要がある。山の頂点にある作品をモノにするためには、その基底部の広い土地を自分のものにしなくてはならない。それは物凄く理解できる。池澤夏樹に5年間の旅が必要だとしたら、凡人たる私には時々の旅含めて20-30年間の「世界」の見聞が必要だということだろう。

    豊富な写真と自らの旅体験を解説したインタビューとエッセイ、他者の批評、好きな旅本、旅映画、旅音楽の短評、著作ガイドを載せる。また、自分語りはしないが、唯一の例外として幸せだった6歳までの帯広体験を新聞連載としてまとめた文章も載せている。

    以下は、インタビューの一部を抜粋して、以上に書いたこともう少し具体化する。

    ⚫︎僕の場合は、最初から飛行機の旅。シベリア鉄道ではないんです。安くてもホテルに泊まる旅でしたから、前にも言ったように、旅を目的にしない。旅先で見たものが大切なんであって、旅はその手段でしかないんです。(略)行かなければ見えないものはあるし、それを見なければ仕事にならない‥‥だから行くんです。(略)取材の旅でも、必ず見つかるものを取ってくることを取材とは言わないんです。もう少し越えていかないとわからない。駄目かもしれない範囲が普通のジャーナリストや作家の取材よりももう少し広くて、ダメでもともともある程度見込んでおかないと、予定したものしか見ないで帰ってくることになる。(75p)

    ⚫︎「池澤さんは還暦の前に新たなステージに移られた。そのエネルギーは、やはり作家としての挑戦として受け止めていいのでしょうか」
    ‥‥全然違います。この商売は仕込みに時間がかかるんです。ここまでくるのに、どうやったって50年はかかるんです。天才は別ですよ。ぼくはたたき上げですから(笑)。何かの素質はあったと思いますが、ぼく程度の素質だけでは何もできない。人にとって意味あることを言うためには、土台を作らなければならない。それには時間がかかるんです。ピラミッドの斜面の角度が変えられないとしたら、高くするには底の幅を広げないといけない。ですから、まだ三合目。(78p)

    ⚫︎「『パレオマニア』の取材の旅はどうだったんでしょうか」
    ‥‥時間と労力が大変でした。一回の取材で2ヶ月分書くわけです。一回の取材は2週間かかります。年の四分の1は旅の空という暮らしが実質3年から4年かかりました。新聞連載と重なったときは、休載していました。(略)(知識は)走りながら勉強するの。みんな一夜漬け。ロンドンに行って博物館を見る。これを何度もしました。基本的には毎回ロンドン発の旅の形をとっています。まさか韓国に行くのにロンドン発にはしなかったけど。大英博物館を見て回って、気に入ったものを見つけて、それをデジタルカメラで撮影する。博物館の中は三脚さえ使わなければ、撮影は自由で、ストロボも大丈夫なんです。だから、ちょっと気になったものは全部撮る。物を撮ったらその説明プレートも撮る。そうしないと、後で何が何かわからなくなるから。それをその日のうちにコンピュータに取り込んで、タイトルをつけながらぼくなりのカタログをつくるわけです。その中から気に入ったものを一点選び、それが、どこでできたかを調べる。大英博物館のブックショップが非常に役立ちました。あれだけ本が揃っていますから。トランクいっぱいの資料を買って帰る。という旅の繰り返しでした。(略)僕の旅は、移動の体験が三分の一、遺跡を見るのが三分の一、後は考えること。印象より一歩踏み込んだ、今まで誰もやってこなかった旅だったと思います。実際には、行く先々の大半は観光地で、旅としては楽なんですが、その割に普通の人が見過ごしているところまで踏み込んで見ていけば、意味のある旅になる。(90p)

    ←『パレオマニア 大英博物館からの13の旅』は買って読むことに決めた。パレオマニアとは、古代狂の意。

    • bookkeeper2012さん
      『パレオマニア』よかったですよ。言われてみれば当たり前ですが、取材にたいへんな元手がかかった本だったのですね。
      『パレオマニア』よかったですよ。言われてみれば当たり前ですが、取材にたいへんな元手がかかった本だったのですね。
      2022/01/17
    • kuma0504さん
      bookkeeperさん、コメントありがとうございます♪
      この取材方法、私のいつもの旅とよく似ているんです。でも、とても参考になりました。
      bookkeeperさん、コメントありがとうございます♪
      この取材方法、私のいつもの旅とよく似ているんです。でも、とても参考になりました。
      2022/01/18
  • 池澤夏樹といえば、辺境をテーマに歩く人というイメージだったので、フランスに移住した時はちょっと意外だった。ただ、沖縄にいることがつらくなったのかもしれないな、と薄々感じてはいた。沖縄は魅力的だけど、深く知れば知るほどつらくなる。本書の新城和博との対談でここ数年の沖縄ブームは、「商品化された沖縄」の「消費」だ、という。沖縄にはヤマトにないもの、ヤマトが失ったものがある、それを見つけたい、伝えたいと思っても、ヤマトンチュの手に渡ってしまうとそれは商品化され消費されてしまう。池澤さんは、政治、文化、さまざまな面から、沖縄とヤマトをコミットさせようとしてきたけれど、どこか限界と虚しさを感じてしまったのではないだろうか。浮かれたように沖縄への移住を夢見るたくさんのナイチャーたち(私も含めて)は、「沖縄イメージ」を食べてお腹がふくらめば、それでいいのだろうか。ところで私は、どこかに出かけると、いつも「この土地に住んだらどうなるだろう」と考える。寒い土地、暑い土地、海の近く、山の中、ビルの谷間、街外れの郊外…そこで暮らすとはどういうことか、を考える。どこに住んで、どんな仕事をして、どんなものを食べて、どんなふうに遊ぶか、けっこう具体的かつ本気で考える。池澤直樹にとっての「旅」も、同じものだと本書で知って、腑に落ちるものがあった。

  • 著者の小説の向こう側にある、旅や移住に焦点を当てた一冊。帯広に自らのルーツを持ち、東京に住み、沖縄やギリシャに移住し、そしてあちこち旅しながら著者が考えたことは、多少長い海外暮らしをした者にとっては腑に落ちるところが多い。「よその国にいる」時の無責任な解放感とか、知らない土地は知っている土地よりよく見える、自分の楽園幻想を仮託した異郷だ、という感覚、そしてそこはかとない後ろめたさとか、これを表現する時の罪悪感とか。
    国内外を問わず、国境、県境がある限り、移動した先には別の文化や別の行政の囲みの中で生まれた別の空気があり、それに育まれた人々がいるから、移動すれば一定の「侵入」が結果としてあるのは仕方ない。でもこの侵入という概念は、人間が後から地図上に引いた線を前提にしているわけで、現状、ボーダーがあるからこれを規制する法に従って移動するわけだけれど、本来は地球上のヒトの移動に過ぎない。知らないところを知りたい、見たい、と行動する時にこれに罪悪感が伴うのは、やはり移動先の土地や人々に対する敬意よりもこちら側の好奇心が勝ってしまう時。ノマドとしては、著者の言葉をかみしめ、自戒しながら”移動”したいと思う。

  • 旅というものを今一度考えさせられる本。

    昔の日本人は土地を放棄することは犯罪であり、その中で放浪を許されている者は、芸人と、ある種の職人、そして聖職者のみだった。彼らは旅を生業とし、生きていた人たちだった。

    趣味で旅行をすることに対しての違和感と、
    観光開発においてその土地が失う大きなもの、
    お金の使い方 旅のスタイル 人生のスタイル
    「いるべきでない場所にいる」という彼の矛盾

    「酸素と窒素と神様でできている土地」
    個人的にこの言葉にやられました。

  • 各地に居住する作家。

    著者の移動癖は周知の事実であり、本書は各地での随筆・インタビュー集である。
    私は彼の随筆にはとても感じ入るところがある。
    それは人目につかないところで、ひっそりと水が流れているような情景だ。
    廃墟、苔むした遺跡、感謝のための祈り。

    一個人の体験に普遍はない。けれど、一個人の見たものには普遍があるかもしれない。
    だから、旅することが目的ではなく、旅で何を見るかが目的となる。



    水の中のアジア

  • 池澤さんの作品を手に取る時、今度はどんな美しい言葉や世界に出会えるのか、期待と緊張で背筋が伸びる。それは読み終えた時に、しばらく余韻から抜け出せない事が予想出来てしまうから。この作品も「旅」が題材ではあるけれど、一般的な旅行記ではない。旅を通して見つめる自分や社会が主題になっている。旅経験の少ない私にとって、池澤さんの作品に登場する場所は未知である分、とても魅力的だ。特に本作は写真も多數掲載されているので、文章とともにより想像力をかきたてられる。私が一番好きな作品の舞台に一度は行ってみたいと、改めて思わせられる。

  • 作家の池澤夏樹が、旅、自身の人生観、果ては人類の文化についての考察までを語ったエッセイやインタビュー、書評などが静謐な印象の写真と共に収められた、池澤夏樹のエスプリに満ちた贅沢な一冊だ。
    私は彼のイラク旅行記「イラクの小さな橋を渡って」しか読んだことがないので(その一冊で、彼の感性や考え方に俄然興味を覚えたのでこの本を手にとった。巻末の著者のブックガイドを読んで、他の小説も読んでみたいと思う)わからない部分も多いのだけど、インテリな感じや、繊細さ、深く深く潜るように考える姿勢が伝わってきた。
    すべての考えに賛同するわけではないけど、旅や土地に対するスタンス、「日本人」「日本」に対する考え方は、共感する。
    こういう人が父親だったら、どんな気分になるんだろう。

  • あまりにもお値段が高い、と思いつつ、ファンなので購入。ファンブックです、完全に。でもいい、好きだから。

  • 札幌のゲストハウスに置いてあって、手に取る。その後、図書館で借りて読む。
    池澤さんの旅や移住に関する文章を集めていて、その来し方をたどることができる。
    最近、旅に出る機会を貴重に思うようになったからか、今になって彼の言葉の意味を考える事が多いと思った。写真も多く、手元に置いておいてもよいかと思った一冊。

  • 2007-00-00

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著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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