カブラの冬: 第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆 (レクチャー第一次世界大戦を考える)

著者 :
  • 人文書院
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感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (154ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784409511121

作品紹介・あらすじ

イギリスのドイツに対する経済封鎖は、女性と子どもを中心に76万人の餓死者を生む。二度と飢えたくないという民衆の願いは、やがてナチスの社会政策や農業政策にも巧みに取り込まれていく。ナチスを生んだ飢餓の記憶。銃後の食糧戦争。

感想・レビュー・書評

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  • メモ:
    著者の藤原辰史先生とお話する機会をたまたま得たので、本書を読んで評者が気になったことを聞いてみた。
    「カロリー計算を用いた似非科学的な豚殺しと優生学などこれまた似非科学を用いたナチスのユダヤ人虐殺は似ていないか」ということである。漠然とした質問とも言えない、ただの感想であるが。
    藤原先生曰く、「ナチスは科学(Wissenschaft)に対しては強いシンパシーを抱いていたが、科学技術(Technologie)については反感を抱いていた」という。ナチスの考えからすると、私が「カロリー計算を用いた似非科学的」と考えた「豚殺し」は社会工学的なアプローチであり、これは科学技術であったらしい。
    また、第一次世界大戦において「豚殺し」に際してカロリー計算などを推し進めた人間にはユダヤ人が多かったという言説が広められたとのことであったし、「ドイツ人は本当に豚が大好きで、それに対しユダヤ人は宗教的禁忌から豚を避けた」ことが、この言説を補強したともおっしゃっていた。

  • ドイツが第一次大戦に突入するにあたって速戦を企図していたためなおざりにされた戦時食料補給体制。敵国イギリスの海上封鎖があったとはいえ、当局の食糧行政のひどい杜撰さによって豚殺し・カブラ(ルタバガ)の冬という残酷な状況に陥っていった様が詳細に解説される。この時の民衆の憎悪がヴァイマルを経てナチズムに利用され、いまだに世界全体を覆う大量虐殺戦略へとつながっているという。

  • WW1でのドイツの飢饉というあまり知られていない歴史だが,これはかなりの世界史的意義をもつ事象だったようだ。150ページ程度と薄めの本で,一般向けに分かりやすく,またよく整理されて書かれていて非常に良かった。
    特に1917-18年の冬を中心に,ドイツ全土で70万人を超える餓死者が出た。食糧自給率が低かったドイツには,海上封鎖が緩慢な大量破壊兵器として作用したのだ。短期で決着がつくと考えていた国は無策で,代用品,大衆食堂,豚殺しなど,いきあたりばったりの対応が悲劇へとつながっていく。この銃後の戦争を戦ったのは女子供と年寄りだった。最終的に人々の不満・憎悪は革命へとつながり,ドイツ帝国は崩壊する。国民を食わせられなくなった国の当然の末路…。この飢餓の恐怖は,生存権を保障したワイマール憲法でも払拭できず,人々は「子供たちを飢えさせない」という大義名分を掲げ,具体的な政策を実行してゆくナチスに希望を見いだした。そして大量餓死の破壊力という前例と,食糧問題の解決圧力,ユダヤ人等のスケープゴートの存在は,ホロコーストへと直結する。
    飢えた民衆は,歴史を動かす大きな力になる。その一例であるこのドイツの事例も,もっと広く知られてよいように思う。

    • たるみさん
      ナチス・ドイツの有機農業を書いた方なんですね。この方非常に面白い視点で(昔の)ドイツを切り取ってらっしゃるようで、俄然興味を持ちました。
      ナチス・ドイツの有機農業を書いた方なんですね。この方非常に面白い視点で(昔の)ドイツを切り取ってらっしゃるようで、俄然興味を持ちました。
      2013/07/15
    • polyhedronさん
      これ,おおやにきの人が評価してた本なので読んでみたんです。他の著作も良さそうですね。ちょっと物色してみます。
      これ,おおやにきの人が評価してた本なので読んでみたんです。他の著作も良さそうですね。ちょっと物色してみます。
      2013/07/16
  • 第一次世界大戦期ドイツに絞った、薄めの本(ブックレット)。

    第一次世界大戦下における、イギリスのドイツに対する経済封鎖によって引き起こされた、ドイツの飢饉(女性と子どもを中心に76万人の餓死者)を描く。

    海上封鎖→飢饉→70万人を超える餓死者→生存権を保障したワイマール憲法、ナチスの台頭

    という皮肉な歴史の流れがある。

    このころ、ハーバー・ボッシュ法による窒素固定化は開発済みだった(1906年開発)のだから、その成果を「肥料」(窒素は、リン酸・カリウムと合わせて肥料の三要素)に用いていれば、もっと違う結果だったのだろう。戦争中なので窒素は「火薬」として用いられてしまった。

  • 第一次大戦中にドイツでは6780万人の人口に対して70万人以上の餓死者が出たとされる。前線での戦死者の4割以上に及ぶ。直接の引き金はイギリスの海上封鎖およびロシアが交戦国になったことによる輸入途絶。戦前は食料のおよそ三分の一を輸入に頼っていたが、短期決戦で終わらせるつもりだったので有効な備えがなかった。徴発による畜力および人力不足(機械化も進んでいなかった)、これまた輸入途絶による肥料不足で国内生産も伸びなかった。また、穀物価格統制策のまずさで穀物やジャガイモなどが飼料用にまわってしまったかと思えば、その反動か「豚殺し」と呼ばれる豚の大量処分に走るドタバタも生じた。気候が寒かった1916-17年の冬は、カブラ(ルタバガ、日本のカブラとは別もの)くらいしか食べられなかったという意で「カブラの冬」と呼ぶ。日本で言えばサツマイモにあたるか。やっぱりドイツでも戦後になってルタバガの消費量が落ちたそう。もう顔も見たくないってやつ。

    この飢餓はドイツ国民の記憶に刻み込まれ、ナチス台頭の素地になったというのが著者の見立て。ナチスは子供や女性を飢餓から救う「パンのための闘争」をアピールし、さらには「背後からの一突き伝説」として、責任の所在をイギリスの海上封鎖からユダヤ人の裏切りにすり替えた。責任を求めやすいところに求めてしまう人間心理、無理が通れば道理が引っ込む。

    第二次大戦ではドイツの食料政策はまあまあ機能したようだ。しかし何が差だったのかはいまひとつ明らかにならない。事前準備に加え、統制がよくとれていたということになるのだろうか。日本も本格的な食糧難は終戦後の混乱期であったと聞く。

    簡明で読みやすい本だが、いまひとつ物足りない感じが残る。特に食糧安全保障面をもう少し掘り下げて知りたかった。この薄さ(割りに高いけれど。。。)なので仕方がないですが。

    ひとつ興味深かったのが、対応策としての自家農園−クラインガルテンに関する記述。
    ベルリンのクラインガルテン
     1914 44,000箇所 1,540ha(0.035ha/1箇所) → 1924 168,000箇所 6,239ha(0.037ha/1箇所)
    クラインガルテンの1haあたり収量 250kg 4人家族の需要の約半分
    →クラインガルテンを持っている家族は需要の1.8%=約1週間分をまかなっていた計算。そんなものかな?しかし0.036haで約100坪(追記:計算間違えてた。10坪でした)、相当広いが。
    ちなみに日本の耕地面積(≠作付面積と思われる)は460万ha。クラインガルテン並み収量だと920万人分の需要しか満たさない。食料自給率40%で5000万人を自前で養っている(漁業無視)とするとだいぶ差がある。プロの農業とは全然ちがうのだろうが、数字が少し怪しいかも。

  • w

  • 海上封鎖による輸入路破壊とグダグダの食糧管理政策がナチズムを生み出したというのは興味深い
    食糧政策失敗の反省を生かした政策を実行したのがナチスというのは微妙な気分になる
    ナチスは悪でもやったことすべてが悪とは限らないということか
    「食い物の恨みは恐ろしい」がここまで真に迫ってくることもない
    レクチャーというだけあって短いので読みやすい

  • 第一次世界大戦、連合国はドイツの食糧輸入ルートを封鎖。
    ドイツは元々食糧、肥料、飼料を自給できなかったのに、短期決戦を想定し、食料供給の手立てを用意していなかったドイツ政府は狼狽。国民は飢えに苦しんだ。
    政策のミスもかさなってドイツ人は60万もの命を失い、暴動や反乱が発生した。
    やるせないのは、この飢えの苦しみを記憶に刻みこんだドイツが、食糧を始めとする物資時給のために次の戦争を起こし、さらにスラブ人やポーランド人の食糧を収奪したこと。
    僕は、第二次世界大戦で、ドイツ人が「不要な民族を飢餓で大量に殺す」政策を選択し、ユダヤ人やスラブ人を飢餓状態に置いた、びっくりするほど野蛮な発想がどこから来たのか不思議だったのだけれど、自分が苦しんだが故に有効さをよくわかっている手段をとったのだと。

  • 確認先:川崎市立宮前図書館(DT13)

    ドイツの近代史、とりわけ第一次大戦下の1917年の冬に起きた大規模な飢饉(イギリスによる食料の海上封鎖に加え、自国内でのジャガイモ凶作が重なった)のことを「カブラの冬」と呼ぶ。評者は本書を読むまではまったく知らなかったが、さらに言えば、ここで言う「カブラ」というのは食用のカブのことではなく、家畜飼育のエサであるルパダガだ(北海道の農家の方なら「ビートの青菜の部分をおかずにする」とお考えいただくと、スムーズにご理解できるのではないか、と評者は考える)。

    と同時に、この時代に噴出した餓死という形態の変化と、「死ななくてもよかった生命」から生じるルサンチマン(恨みつらみ)と、その恐怖がどのような民衆心理の醸成へとつながっていったのかについての仔細な検討を試みるための「前提条件の提示」(この問題は、藤原一人が答えるにはあまりにも大きな問題である)を少ないページでコンパクトにまとめてあることにも留意する必要があるだろう。

    なお、死亡者数76万人は大げさであるというどっかで聞いたようなたわ言もネット上では散見するが、その数値の真偽性の如何ではなく、「腹が減っては戦はできぬ」という諺ともつながりを持ちかねないこの現象から何を学ぶことができるのかという問いのほうが大きいのではないだろうか。

  • 第一次大戦下のドイツ人の生活を知る目的で、関連章のみを読んだ。

    本書は、第一次大戦中と戦後のドイツ国民の生活苦について、当時の資料を多く紹介しながら解説しており、当時を生きた人々が残した文章から、当時の生活をなまなましく知る事ができる。

     著者の視点は政府の政策がその生活にどのような影響をあたえたか、という点と、当時の飢餓の記憶がヒトラーの独裁政治にどのような影響をあたえたかという視点だ。
     前者については、「豚殺し」という事件が一つの例にあがっていた。政府おかかえの科学者たちが豚を殺せば豚に食べられていたジャガイモを人間の食料に確保でき、より高い栄養が得られるという考えのもと、豚の大殺害が行われた。そのためタンパク源が奪われ、より人々の食卓が貧しくなったという。
     後者については、著者は、人々の間に飢餓の記憶が生々しくのこっていたため、ヒトラーがその記憶をたくみに利用して、自己の政策の実現を目指したと主張していた。これらを読んで、飢餓の記憶が強い分、ヒトラーの政策によって生活が豊かになった人々がヒトラーを歓迎したのだろうと想像できた。

     本書における、ドイツ人の生活の記述面は高く評価するが、論理構成がはっきりとしないことに不満を覚えた。特に、ドイツ人の戦時中の生活への不満が、どのように「背後からの一突き」論に代表されるユダヤ人への嫌疑や被害者意識に到ったのかの考察が不十分に感じた。戦時中の生活苦がヒトラーの独裁政治に与えた影響を考えるにあたって、ヒトラーの対ユダヤ人政策が一般の国民にどのように受容されるに到ったか、という問題を考えることは、究極状態におかれると人間がどのように行動するかという「人間の本質」をとらえるためにも意味があると考えるからである。

     末文に、本書で紹介されていた戦後すぐのある男の子の話をのせておこう。その子はやせ細り栄養失調のためお腹がふくれており、医者は彼に多くのパンを与えたが栄養状態はいっこうに改善しなかった。男の子は与えられたパンを食べることなく隠していた。彼は今ひもじくて苦しい事よりも、この先餓えるかもしれないという恐怖から、食料を溜め込んでいたのだった―。この話はとても悲しかった。飢餓の記憶とは、これほどまでに強く人々を恐怖に陥れる。この先餓えるかもしれない、という恐れから解放されたい、という当時の人々の願いが、ヒトラーの独裁体制を陰で支えたのかもしれない。
     

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著者プロフィール

1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史、食の思想史。2006年、『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)で日本ドイツ学会奨励賞、2013年、『ナチスのキッチン』(水声社/決定版:共和国)で河合隼雄学芸賞、2019年、日本学術振興会賞、『給食の歴史』(岩波新書)で辻静雄食文化賞、『分解の哲学』(青土社)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、『カブラの冬』(人文書院)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館)、『食べること考えること』(共和国)、『トラクターの世界史』(中公新書)、『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会)、『縁食論』(ミシマ社)、『農の原理の史的研究』(創元社)、『歴史の屑拾い』(講談社)ほか。共著に『農学と戦争』、『言葉をもみほぐす』(共に岩波書店)、『中学生から知りたいウクライナのこと』(ミシマ社)などがある。

「2022年 『植物考』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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