王妃の帰還 (実業之日本社文庫)

著者 :
  • 実業之日本社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784408552279

作品紹介・あらすじ

私立女子校中等部二年生の範子は、地味ながらも気の合う仲間と平和に過ごしていた。ところが、公開裁判の末にクラスのトップから陥落した滝沢さん(=王妃)を迎え入れると、グループの調和は崩壊!範子たちは穏やかな日常を取り戻すために、ある計画を企てるが…。傷つきやすくてわがままで-。みんながプリンセスだった時代を鮮烈に描き出すガールズ小説!

感想・レビュー・書評

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  • 『マリー・アントワネットが処刑される前に述べた言葉をふと思い出す。
    ー不幸になって初めて、人は本当の自分が何者であるかを知るものです。』

    『ルイ十四世の代から続いた贅沢のせいで、深刻な財政難に陥った1780年代のフランス』、特権階級に属する人々が贅を尽くした生活を謳歌する一方で、民衆の不満は年を追うごとに募っていったというその時代。身分によって分けられるアンシャン・レジームに苦しめられていた革命前夜のフランスの人々。そんな人々は、やがて革命を成し遂げます。自由・平等・友愛の標語のもと、”1789年フランス革命起こる”。これにより、アンシャン・レジームは崩壊し、平等な市民社会が実現しました。しかし、革命から二百数十年後、そんな出来事を遥か東の果ての島国で、世界史の一コマとして学ぶ中学校には、厳然とした身分社会が今も途切れることなく続いていました。”スクールカースト”と呼ばれる階層社会。クラスを構成するそれぞれが、何らかの能力や容姿により格付けされていく。階層間では交流が分断されていく。そして、上位の者が下位の者を軽んじ、いじめにも発展していく。人が集まれば、そこには序列が必ず生まれます。どんな革命を経ても、どんなに血を流しても、人はそんな階層社会、格付社会から抜け出すことはできないのでしょうか。

    そんな”スクールカースト”をマリー・アントワネットが生きたあの時代、フランス革命前夜の人々が熱く燃えたそんな時代に重ね合わせるこの作品。そんな今の階層社会に生きる中学生の彼女たちが辿る現代の革命の物語をここにご紹介しましょう。

    『王妃を王妃たらしめるもの──。それは血統でも財産でも美貌でもない。どんな時でも背筋を伸ばし、凜とした佇まいを維持する気品とプライドである』と考えるのは主人公の前原範子。そんな範子はクラスメイトの滝沢を『わが2年B組、いやいや、聖鏡女学園中等部で最もクイーンにふさわしい』と思い、心の中で『王妃』と呼んでいました。そんな範子は『こんな時でも泣いたり取り乱したりせず、落ち着き払った顔で、公開裁判を受けて立つ』という状況にある滝沢を『さすがは王妃だ』と見つめます。『クラスメイト二十八人が息を殺して、たった一人だけ席を立たされている彼女を見つめている』という深刻な場面。一方で『いつもと変わらない青白いポーカーフェイスで、じっと王妃を睨みつけている』原告代表の黒崎。その状況を『まるで教室がコンコルド広場みたい』と思う範子。『つまり滝沢、君は安藤を罠にはめるために、自ら腕時計を彼女の鞄に入れ、紛失したフリをしたんだな』と問うのは担任の星崎卓巳。『彼女を犯人に仕立て上げ、村八分にしたっていうことか。黒崎の言うことに嘘はないんだな?』と続けます。『滝沢、どうなんだ』と詰め寄る星崎。範子は詰め寄られる滝沢の顔を見て『陶器みたいにすべすべした白い頬、少しだけ上を向いた鼻とぷっくりした桜色の唇』と感じます。『彼女を狙うスカウトマンや盗撮マニアが通学路をうろうろしている』という王妃・滝沢。『王妃はずば抜けて美しい』と見惚れる範子は『こんなに可愛いんだから、多少の傲慢や横暴は許してもいいのではないか』と考えます。『彼女のような誇り高い女の子が、人を罠にはめたり卑怯な真似をするわけがない』とも思う範子。『今回の「首飾り事件」、いや「腕時計事件」は、きっと黒崎沙織さんの勘違いだろう』と考えます。そんな時でした。『安藤さんの鞄に腕時計を入れたのは…、私です』と泣き出した滝沢。『ご、ごめんなさい。ごめんなさい。皆、許して…』と立ち尽くす滝沢に『安藤と滝沢は後で職員室に来なさい。ゆっくり話し合おう。皆、滝沢を許してやれ。この件はこれで終了だ』と幕引きをはかる星崎。しかし『莫迦だなあ。先生は何もわかっていない。王妃にとって本当に大変なのはこれからだ』と思う範子。『王妃がしゃくりあげる声』の続く教室。そして、範子の思った通り、滝沢が王妃の座を追われた2年B組に、新しい序列をめぐる激しい抗争が巻き起こっていきます。

    “スクールカースト”を取り上げたこの作品。その言葉だけだと激しいいじめが描かれる陰惨な世界を想像されるかもしれませんが、この作品はそんな心配とは全く無縁です。確かにいじめのシーンがないわけではありませんが、それよりも圧倒的に印象強く差し込まれるのが、フランス革命に重ね合わせられる名前、台詞、そして出来事の数々です。全5話から構成されているこの作品は、その副題からして〈ギロチン〉〈マカロン〉〈ディアマン〉〈ハンカチ〉〈王政復古〉と、もう女子校を舞台にした小説の副題とはとても思えない内容です。そして、各シーンでも、
    ・ヴァレンヌ事件でマリー・アントワネットが民衆に囲まれた時のような罵詈雑言が飛び交う。
    ・人間が人間をそんなに簡単に操れたら苦労はないのだ。マリー・アントワネットのような美女ですら、ルイ十六世の本当の愛を得るには時間がかかった。
    ・フランスの財政破綻は、本当にマリー・アントワネットだけが悪かったのか
    ・あのさ、マカロンばっかりじゃなくて、パンも食べなきゃだめなんだよ。マリー・アントワネットみたいに遊んでばかりじゃ、いくら綺麗でも民衆の信頼は得られない
    …ともう、これでもか、これでもか、とフランス革命の情景にシーンが重ねられていきます。そして、それらが使われる場面、情景が、あまりに的を得ていて、これはその言葉を使うためにその場面を描いたのか、それともその場面に相応しい言葉を探して選んだのか、いったいどちらなんだろう、と柚木さんに聞いてみたくなるくらいです。私はフランス革命に詳しいわけではないので、是非詳しい方にこの作品の各描写をどう感じるか意見を伺ってみたくなる、これ凄いよぉ!というそんな描写がとにかく最初から最後まで連続する圧巻の構成だと思いました。

    そんなフランス革命に関連付された描写が印象的なこの作品は、大学付属の中高一貫の女子校という、構成員に大きな変化がなく、またヒエラルキーが生まれやすい環境を舞台にしています。そんな女子校の生徒が六年間を生き抜いていかなければならない厳しい階層社会の生々しい描写、そして階層の頂点に君臨していた王妃がその地位から転げ落ちるという力のバランスの変化によって揺れ動く生徒たちの動揺が生々しく描写されていきます。この次に何が起こるのか、それによって次に誰が頂点に君臨することになるのか、そして、頂点を退いた王妃がどのような末路を辿るのか。これはもう学校の中というよりは一つの演劇、舞台作品として見た方が楽しめるようにさえ感じました。例えば王妃が頂点から落ちていく場面などもその舞台の場面が目に浮かぶかのようにドラマティックです。

    『腕時計事件』によって『これでもう、滝沢さんの時代は終わったよ。もう今のグループにはいられないんじゃないの?お城を追われたお姫様は森に逃げ込むのでした…』という大激震が走るクラス内。王妃・滝沢が属していたヒエラルキーの頂点である『姫グループ』のメンバーに話しかけられると、範子は『な、なんでしょう?』と声が裏返り、『つい敬語』になってしまうというクラスを完全に支配する最上位の階層から追放された滝沢。そんな頂点の世界から降りてきた滝沢に『もう勝ち組グループのトップじゃないんだよ。私達と一緒にこの場所でやっていかなきゃいけないんだよ』と諭す底辺グループに属する範子たち。『ここのルールを覚えてもらわないと。なんなら、今から一人でどうぞ?』という言葉を悔しくても受け止めざるを得ない滝沢。『ウチみたいな女子校であと五年間ひとりぼっちでいられる根性』がない限り、自分たちの階層社会のルールに従ってもらう必要があると説かれ現実を見据えざるを得ない堕ちた滝沢。

    私は女子校の内部の状況は全く知りませんが、皆さんの感想を見せていただいてもこれが決して突飛な描写ではないことがよくわかります。『お城を追われたお姫様が森で生きる術を獲得』していく様、そして〈王政復古〉という副題が予感させる結末へと進む物語は、王妃・滝沢、そして主人公・範子を含む28名のクラスメイト全員を巻き込む空前のエンタメ・ドタバタ劇でした。でもこれをドタバタ劇と見るのはあくまで大人な読者の視点であって、彼女たち自身は、あくまで〈ギロチン〉から〈王政復古〉へと展開するクラスの中で当事者としてその日々に向き合っていかねばなりません。そんな中で範子は『自分がいかに無神経で傲慢な人間なのか』という自分自身を垣間見る時間を持つことができました。革命に参加する民衆の一人に過ぎなかったはずの範子。そんな範子は『地味で目立たない自分に、残酷な側面があるだなんて、全く気付かずに生きてきた』と、まさかの感情が自分の内面に潜んでいたことに気づきます。『他人のしくじりを笑うと、自分が安全な場所にいることが確認出来て、心が穏やかになる』というその黒い感情。『一緒になって悪口を言う時が、もっともクラスメイトとの絆を感じる』という闇の感情。人間のそういった側面は決して範子だけのものでもないと思います。”スクールカースト”を構成するそれぞれの階層で生きる生徒たち。『一人一人が個性を認め合って、グループの垣根をなくして付き合う』ことが大切と説く星崎の指摘を理想論と片付けていた範子。そんな範子が『色んな相手と心を開いて話し合う勇気とチャンスさえ持つことが出来れば』と考えていく物語。理想論を理想論と片付けないその結末へ向かって圧倒的な爽快さを感じさせながら物語は幕を降ろしました。

    『不幸になって初めて、人は本当の自分が何者であるかを知るものです』と語ったというマリー・アントワネット。その死からどれだけ時を経ても事の大小はあれど同じことは繰り返されていく。悲しいかな、それが人間社会。階層が決してなくなることのない社会。そして、そんな社会の縮図でもある子供たちの階層社会を独特な切り口で描いたこの作品。圧倒的な爽やかさを感じるその結末に、これをドタバタ劇と誰もが笑える未来がいつか現実のものとなって欲しい、読後そんな風に思った柚木さんの傑作中の傑作でした!これ本当に面白いっ!です!

  • ある事件がきっかけで、勝ち組グループから外された、王妃こと滝沢さん。
    なぜか範子たち地味組が、彼女を拾うはめになり……。

    最初は、滝沢さんの傲慢さと非常識さが、嫌われるのもやむなしと感じるレベル。
    次第に、それぞれの性格や、背景が見えてくる。

    お嬢様学校の2年B組という閉鎖的な空間に、14歳という多感な少女たち。

    目まぐるしく変わる勢力図と対立構造。
    個性的な中学生たちのにぎやかで、精いっぱいの戦い。

    最後はさわやか。

  • 面白かった〜!
    中学生女子あるあると言うか笑
    実際はこんなうまくいったり、綺麗に片付かない方が多いだろうけど、1人1人が段々大人になってく感じが見れて良かった。
    自分の中学生時代を思い返して、私もあの時こういう風にしてたらまた違った今があったのかなーなんて思った。

    柚木麻子さんでのオススメとしてこちらの1冊を教えてくださったブクトモ様に感謝☆
    とても良かったです!

  • 女の人は、誰もが経験したことがあるのではないだろうか。学生時代の無言のカースト制度と絶対グループ主義。

    主人公は私立女学校の中学2年の範子。地味なグループに属しているが、とても楽しく過ごしている。ある日、クラス最高カーストである姫グループのトップ、滝沢さんが公開裁判にかけられ、ハブられてしまう。色々あって、範子たちのグループに入るのだが…

    ストーリーの着地点が予想していた所から二転三転と、転がっていき、最後は、えっ、そうなるの!?という感じ。色んな女の子たちの、色んな感情と立場を描いていて、流石だなぁと思いました。

    それにしても、何か中学生なのに大人過ぎる。いや、大人になった私は忘れてしまったのだろうか。私自身の学生時代の色々なグループを思い出しながら、社会に出ても平等じゃないんだよなーとか思ってみる。
    生きるのに夢中で、一日は長くて、未完成だからこその残酷さがあって。あの頃は小さな社会が世界のすべてに見えてたなー。
    まぁ、けれど。女の子は面倒くさいけど、悪くはない。

  • 先日読んだ「女の子ってどうして傷つけあうの?」の小説版だ!と思った。そして、作者がフランス文学科卒業だからか、フランス革命に女子のヒエラルキーをなぞらえているのも隠し味だな。なかなか小説のように解決はしないものだが、こんな風になれたら不登校も別室登校も減るのだろう。
    自分が中2の頃といえば相当な昔であるが、当時人気のいとうまい子の髪型を真似、夏休みにおばあちゃんから小遣いをもらい、ドキドキしながら部分パーマをかけたな〜…とかどうでもいいことを思い出した。2019.6.15

  • 読んだつもりでいたけど 読んでなかった本 笑。
    柚木麻子は こういう話たくさん書いてるけど ほんと上手いな。女性なら 多かれ少なかれ経験してるだろうこと。
    学生時代だけじゃなく 職場だってないわけじゃないし。
    ほんと疲れます 笑。

  • 名門女子中学のあるクラスで一番地味なグループである範子のグループが、クラス一の華やかなグループの中でも際立って綺麗な女の子(王妃)を、あるトラブルを発端に迎えることに。

    美しいけれどめちゃくちゃワガママな王妃に振り回されてグループ崩壊の危機に陥った範子たちは、王妃を元いたグループに帰還させる作戦を練り始めて…というお話。

    ※※※

    率直に面白かったです!
    辻村深月さんの「オーダーメイド殺人クラブ」を読んだときにも感じましたが、中学生女子特有の空気感の描写がとてもお上手。

    まずグループごとのあだ名のつけ方が的確だなぁと感心しました。派手グループはただ下の名前を呼び捨てにしているのに対し、範子たちは範子→ノリスケ、千代子→チヨジなどなど。
    そうそう、グループごとにあだ名の付け方って個性が出るんだよね〜と、ありし日を懐かしく思い返したりして。

    ストーリーはひとつのクラスと主人公たちの保護者のみのとても狭い世界で展開されるものの、二転三転するクラス内の人間関係と柚木さん独特のどこかコミカルな読みやすいタッチで、ぐいぐい読ませます。

    この年代の子どもたちはおしなべて自分は「人とは違う」と思っていたくて、それはクラスメイトから「地味子ちゃん」だなんて悪気なく残酷に扱われる範子たちも同じ。

    私たちは地味だから華やかなグループの子たちみたいになれない、というどこか卑屈な感情。
    でも周りをよく観察して人に嫌われずうまく生きており、グループ内の人間関係もすごく良好だから、人間関係が大変そうな派手グループとは違うんだ、という自負。
    でもやっぱりこっそり憧れていた王妃と仲良くできて、嬉しく誇らしく思う気持ち。

    この繊細かつ自意識過剰な中学生特有の空気感。
    かつては女子中学生だった身として、あぁ〜わかるわかる!といろいろ刺さる要素てんこ盛りでした。

    ラストは収まるところに収まったし、ひと回り成長した範子たちの姿に読後感もすごく良い!

    オススメです。

  • 10代女子、しかも女子校の女子の世界を描かせたら柚木さんの右に出る者はない。苦さや黒さと結末の爽やかさの絶妙なブレンド加減。女子校育ちの自分としては、この女子の社会を身をもって体験しているだけにうなづけます。




  • 私立女子中学で、ある事件をきっかけに、いつもは動くことのないグループ分けに連鎖的に変化がおき…というお話。主人公の範子の感情の移り変わりがめまぐるしい。おそらくみんな同じように感情が刻々とかわってて、その偶然のぶつかり合いで出来事がおきていくんだよなと感じた。

  • 読み進めてしばらく、
    「なるほど、それで『王妃の帰還』なのかー」
    と、納得。

    予想していたよりもドロドロで、女子の心理がたくさんつまっていて面白かった。
    コロコロと標的が変わり、女の子の奥深くに潜めていた感情が爆発して、まるで人が変わったようになる。

    最後に主人公があだ名をつけてからかわれるくだりは、ちょっとひどいけれど、友達としてはとても楽しい。
    今風な仲良しだな、と思えた。

    これ、現役女子中高生が読んだらどんな反応をするだろうか?

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著者プロフィール

1981年生まれ。大学を卒業したあと、お菓子をつくる会社で働きながら、小説を書きはじめる。2008年に「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。以後、女性同士の友情や関係性をテーマにした作品を書きつづける。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞と、高校生が選ぶ高校生直木賞を受賞。ほかの小説に、「ランチのアッコちゃん」シリーズ(双葉文庫)、『本屋さんのダイアナ』『BUTTER』(どちらも新潮文庫)、『らんたん』(小学館)など。エッセイに『とりあえずお湯わかせ』(NHK出版)など。本書がはじめての児童小説。

「2023年 『マリはすてきじゃない魔女』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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