陰獣 (江戸川乱歩文庫)

著者 :
  • 春陽堂書店
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本棚登録 : 190
感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784394301462

作品紹介・あらすじ

探偵小説作家の「私」は、愛読者である美貌の人妻・小山田静子から奇妙な相談を受ける。文壇を騒がす謎の探偵小説作家・大江春泥の正体が静子の元恋人・平田一郎であり、かつて静子に恋破れた彼が復讐のため小山田家の周囲を徘徊しているというのだ…その真相をさぐる主人公の前に展開していった驚嘆すべき真相とは?昭和3年発表の傑作中篇『陰獣』、しゃれた味わいの短編『盗難』、不気味なミステリー『踊る一寸法師』『覆面の舞踏者』、初期の名作4編を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 探偵小説家の寒川は、美術館で偶然出会い、親しくなった若く美貌の人妻・小山田静子から相談を受ける。静子がかつて振った元カレ・平田一郎が、今は探偵小説家の大江春泥となっており、静子に復讐するためにストーカー化、脅迫状を送りつけてきたというのだ。同業者としてライバルでもある寒川と春泥だが会ったことはなく、現在執筆を中止して行方をくらましているという春泥の情報を寒川は調べ始めるも、静子の夫である六郎の遺体が発見され・・・。

    陰獣たるところの犯人・大江春泥の正体をめぐって、推理は二転三転、一度は正解と思われた結果がまた覆され、なかなかにスリリング。それでいて、犯人がわかってすっきり謎が解けるというわけではなく、なんとも文学的な余韻を残すあたり、かなり完成度の高い中編でした。春泥の作品というのが、乱歩自身の作品のパロディになっているのも楽しい。語り手である寒川と、春泥、どちらも乱歩自身の分身のようでもある。(乱歩本人は、春泥は自分だが寒川のモデルは甲賀三郎だと言っていたらしい)

    そして「陰獣」というとなんだかエロティックな響きに感じるが「淫獣」ではなく「陰獣」なので、陰険、陰湿などのほうの意味だとのこと。いまどきの若い子がいう「陰キャラ」に近い意味ですね。

    同時収録の短編いくつかの中では「踊る一寸法師」が不気味さでは圧巻。ポーの跳び蛙っぽいなーと思いながら読んでいたのだけど、解説によるとやっぱり乱歩自身もあれをイメージして書いたらしい。

    ※収録
    陰獣/盗難/踊る一寸法師/覆面の舞踏者

  • 寒川が静子に惹かれていく過程の心理描写が生々しく湿った熱があって引き込まれた。解決するかと思いきやどんでん返しの繰り返しで最後まで目が離せなかった。
    屋根裏の遊戯など乱歩のセルフパロディが度々あって面白かった。
    静子の死で真相がわからなくなり、絶妙な後味の悪さがあった。

  • この作品は推理作家の江戸川乱歩が初期の頃に発表した長編推理小説である。
    この作品の簡単なあらすじは、主人公である寒川は探偵小説家であった。その私がある日帝室博物館に行ったときに大層な美人であった、大山田静子と出会う。寒川のファンであるという彼女とはすぐに親しくなり、手紙を出し合うようになった。ある時静子から元恋人である平田一郎から復讐をほのめかすような手紙が来るという相談を受け寒川は自ら平田探しを始め、後に平田は自分と真反対の作風で知られる探偵小説家の大江春泥であることが発覚。 寒川の捜査は難航し静子の夫である大山田六郎に殺害予告が来てしまう。これをおかしいと思った寒川は知人の本田の力も借りながら捜査を進めた。
     捜査を進めるうちに様々な物証や静子の異常なまでの性癖などの不可解な点から静子自身が主犯であり全て自作自演だったと寒川は気づいた。 静子に問い詰めたが彼女の口から自白の言葉を聞くことはなく彼女は自殺してしまった。寒川は自分が問い詰めた事で静子を死へ追いやったのではないか、本当の犯人は別にいるのではないかなど考え、自責の念に駆られているのであった。というものである。
    「陰獣」という作品には二つ注目してほしい点がある。一つ目はこの作品には乱歩自身の作品名がオマージュされて多く登場するという点である。。例えば、P221に出てくる【小説「屋根裏の遊戯」】は自身の作品の「屋根裏の散歩者」をオマージュしており、またP571 には【「B坂の殺人」】は自身の作品の「D坂の殺人事件」をオマージュしていると考えられる。また、この作品の注目すべきポイントは文中の表現だけでなく、「陰獣」という者の対象が移り行く様にあると考える。この陰獣という者の対象は初めは平田(大江)に向けられたものだった。だが物語が進んでいくうちに大山田六郎の変質者のような気質が明らかになると六郎にその対象が向き、物語のクライマックスに近づくにつれて静子の異様さをフォーカスを充てるかのように陰獣の対象の静子へと変わっていった。このような移り変わっていく様子がとても面白く飽きずに読むことが出来る。
    この陰獣という作品は寒川が自身の自責の念に押しつぶされそうになっていたり、本当の犯人を明らかにしていなかったり、作者をモヤモヤさせる終わり方をしている。これは陰獣にのみ言えることではなく、他の作品においての多く見られる書き方である。 乱歩は私たち読者に対して決して答えを与えようとしない。この技法が様々な解釈を生み長年愛読される作品を数多く残せたのではないかと考えられる。
    また陰獣の中にも出てきたように人間の異様さ、異常さを生々しく書くことで読者にも「わからなくもない…」というような感覚を残すことでより鮮烈な印象を与え、魅力的に魅せられるのではないだろうか。

  • 陰獣楽しすぎた。

    陰獣
    盗難
    踊る一寸法師
    覆面の舞踏者

  • 『陰獣』『盗難』『踊る一寸法師』『覆面の舞踏者』収録。

    『陰獣』-読み進めると、人間関係がドンドン変わる(SとMの関係が特に)。以前存在していたAmazon.co.jpのレビューのカスタマーさんの言葉を借りると、本当に《「論理的には全て謎が解けるが、それは推理の上の話であって実態は結局断定できない」という不安が最後に描かれているのが興味深く思います。》。SM関係は勿論、不倫やストーカーなども妖美に描かれている。
    『盗難』-ユーモア短編小説の佳作。エログロのイメージが強い江戸川乱歩だが、こういうお笑い路線ももっと評価されても良いのではないだろうか?
    『踊る一寸法師』-読み終えると吐き気や悪寒がしそう。
    『覆面の舞踏者』-耽美的な世界が印象的。

     多賀新氏の装画による不気味でレトロなカバーは、江戸川乱歩の世界を一番表現していると思えるので、一見の価値有り。

  • 江戸川乱歩の作品の魅力は、社会からの逸脱を遊戯性を持って描いた点にある。
    自動車や手紙と言った古典的な連絡手段が、デジタルが主流になった現代では却って生々しく感じられる。

    ・「陰獣」
    作家復帰後の第一作らしい。
    探偵作家が主人公なだけあって、乱歩自身の厭世的な性格がかなり窺える。
    サド・マゾの変態趣味が出てくる。
    小山田夫妻の関係が妖しい。
    川の便所の真下に漂流する死体は禍々しい。
    「屋根裏の遊戯者」「B坂の殺人」「一銭銅貨」等、自作を彷彿とさせる手法にユーモアを感じた。
    何が真実なのか不明なままで終わらせたのは不気味さが増して良かった。
    だが不満な読者もいるだろう。
    大江春泥が謎の人物として存在感が強い。

    ・「盗難」
    「陰獣」の後で読み易くなったと感じた。
    作者本人の言う通り成程落語的である。
    宗教団体での出来事なので自業自得に思える。

    ・「踊る一寸法師」
    全編の中で最も気に入った。
    差別的であるし録を揶揄う描写がとにかく苛烈だ。
    語り手の「私」が何者か気になった。
    ひたすら悲しいと感じた。

    ・「覆面の舞踏者」
    秘密結社と言うものが分からず怪訝に感じた。
    仮面の舞踏会が洋風で一種の異世界のようだった。
    暗闇の演出が効果的で乱歩らしさがある。
    番号の間違いが単純で戦慄した。
    これを婦人向けの雑誌に掲載したと知ると笑いそうになった。
    どう考えても女性には受けないだろう。

    全集なので欲を言えば発表順に読みたかった。
    解説は各作品ではなく主に作者についてである。
    横溝正史等他の探偵作家との交流に言及されているのが嬉しい。

  • 江戸川乱歩はまだ数作しか読んでないとはいえ…男男同士の後ろ暗いどっちつかずの怪しい感情のジョイントとして女を使うのがうますぎる……

  • 「陰獣」はトリックが何重にもなっていて、
    途中で「なるほど、一本取られた!」と思うのだけど、
    まさか更に全てをひっくり返す展開が待っているとは…。
    私生活を覗かれている…という不気味さ、
    徐々に忍び寄る魔の手…精神的に消耗させられる…という展開が、ジメジメしていてとても乱歩っぽいです。
    仕事も期末でただでさえ忙しいのに、この本のせいで(面白くて)眠れなくなって大変でした(褒めてる)。

  • 陰獣…当時の社会常識やモラルからするとかなり踏み込んだストーリー展開であることはわかるのだが、主人公の女性の心理状態から何故そのような行動に至るのか、という必然性の観点で、どうしても納得がいかなかった。

  • ものすごい迫力

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著者プロフィール

1894(明治27)—1965(昭和40)。三重県名張町出身。本名は平井太郎。
大正から昭和にかけて活躍。主に推理小説を得意とし、日本の探偵小説界に多大な影響を与えた。
あの有名な怪人二十面相や明智小五郎も乱歩が生みだしたキャラクターである。
主な小説に『陰獣』『押絵と旅する男』、評論に『幻影城』などがある。

「2023年 『江戸川乱歩 大活字本シリーズ 全巻セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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