ピアニストの脳を科学する: 超絶技巧のメカニズム

著者 :
  • 春秋社
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  • Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393935637

作品紹介・あらすじ

脳科学・身体運動学からひもとく音楽する脳と身体の神秘。

感想・レビュー・書評

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  • クラシックのプロのピアニストは、どのように演奏をしているのか。指の動き、身体の動き、楽譜の理解とそれに沿った進行、ミスへの対応、演奏表現の仕方などなど、その脳の仕組みは素人やアマチュアとどう違いどう優れているのか、また、身体に差はあるのかなどを、MRIやPETといった近年に発達した科学技術装置での観察や各種実験での結果から解き明かしていく内容です。一言でいうと、これらは「音楽演奏科学」という学問分野にあたるのですが、この分野からの一般に向けた研究報告でもあるでしょう。

    たとえば「音楽教育は幼少時からしたほうが伸びる」と俗に言われますよね。それは本当なのだろうか? という問いへの解答や(これは本当なのですが、大人になってからの音楽教育によっても音楽の能力は発達します)、「モーツァルトを聴くと頭がよくなる」のは本当か? への解答(モーツァルトに限らずクラシック音楽によって一時的にIQが上がるらしい)といったような世間でささやかれているような話題への言及もあるのです。しかし、本書で扱われるトピックはもうちょっと硬派です。そのなかでも、僕には脳の部位の発達の話よりも、身体的な部分での違いの話のほうがおもしろかった。

    ピアニストの個性によって違いはするんです。ですが、たとえばトレモロ(親指と小指で二つの音を交互に打鍵する)を奏でるとき、アマチュアでは手首や指などに力が入りがちなのに対して、上級者は肘をより回転させているという傾向の違いが出る。こういうような例が他にもいろいろ出ているのですが(たとえば、手首や指よりも肩の力を使うというように)、きびしい練習を重ねることで、身体の使い方が変わってくる。より省エネで演奏できるようになることもそうですが、効果的に音を出したり、速弾きしたりするとき、身体の使い方に要領があって、それを為すための工夫を身につけられるかどうかが大きいようです。人によっては意識的にはっきりと自覚して身につけるのか、無意識に身体が覚えていくのか、どうも後者の傾向のほうがどちらかといえば強いように感じました。そして、そんな無意識的な力の加減やテクニックを、現代の科学は解き明かせるようになってきたのです。昔ならば経験論で語られ伝えられた演奏技術が、こうして証左が得られるというか、科学の客観性で捉えられることで、理解が進むことになっていきます。そればかりか、今後はこの研究結果からさらにピアニストの現場へのフィードバックが起こるかもしれない。そうすると、より効率的に技術を習得できる人、つまり従来よりも短時間かつ習得レベルも高いピアニストが出てくるのではないでしょうか。

    また、ピアニストに多い故障や病気について書かれた章もあります。どこかが特化すると、別のどこかに無理がかかりもするでしょう。腱鞘炎、手根幹症候群、フォーカル・ジストニア(スポーツ選手のイップスに近い)の三つをとくに取り上げていました。これらについては、まだ発症のメカニズムや克服の処方箋がわからなかったりするところがあるようです。しかし、やはり「音楽演奏科学」の発達などで、こういった病気にあてる光が多角的になるぶん、解決への糸口へは近づいていっている、と言えると思うのです。

    そのように考えていくと、未来って明るいです。ピアニストになるためのノウハウが充実し、病気にならないための姿勢やケアの仕方などが明らかになり、さらに万が一病気になっても克服するすべが見つかる。そういった方向をはっきりと向いているなぁと思えた学問分野でした。

  • 左右10本の指を驚くほどのスピードで動かし、華麗な調べで観客を魅了する一流ピアニストたち。彼らと凡人を隔てるものは何か。

    ピアノは比較的身近な楽器であり、小さい頃、ピアノを習っていたという人はかなりの数に上るだろう。だがその中から一流のピアニストになるのはほんの一握り。多くの人は途中で脱落していく。
    本書では、その違いを「才能があるから」とか「努力をしたから」とか抽象的な話で片付けず、科学的に見たらどこが違うのかという視点で探っている。
    非常におもしろい本である。

    指を鍛えるとはどういうことか。脱力が大切なのはなぜか。音楽教育は本当に早いうちに始めたほうがよいのか。などなど、話題は多岐。
    MRIや指につける測定装置を駆使して、ピアニストとアマチュアの違いを探り、その理由に迫っていく。
    どのような仮説をたてて何を立証していくのかを見ていくだけでも楽しい。
    音楽家の脳について、意外と多くの研究がなされているのを知ったのも新鮮だった。巻末に参考文献一覧あり。
    研究のために高級ピアノのスタインウェイを一度分解してセンサーを埋め込んだなんてぶっ飛んだ話もある。ほか、ピアニストに多い疾患があるとか、同じ交響曲を聴いていても音楽家は自分の楽器の音によく反応している(=ピアニストとバイオリニストでは聴いている音楽が微妙に違う)とか、裏話も楽しい。

    ・・・但し、非常に残念なことに、本書が自分にとってどのように役に立つのか、結局よくわからず仕舞い。おもしろかったので、よいといえばよいのだが。ピアニストを本気で目指す人は読んで損はないのでは。

    この分野、まだまだ可能性があると思う。さらなる発展を遠巻きに応援したい。


    *自分も子どもの頃、ピアノを習っていた1人。脱力しろってよくいわれたけど、こういうことだったのかーと今更思う。あと、最後の発表会でドビュッシーの「月の光」を弾いて、それなりに弾けたじゃんと思ったけど、その頃来日したスタニスラフ・ブーニンが同じ曲を弾いているのを聴いて、ああとんでもなく違うわとがっくりきたことなんかを思い出しました・・・(^^;)。

  •  音楽の訓練を受けてない一般人から見て、ピアニストの特殊とも言えるあの能力は何なのか、脳の中で起こっていること、一般人の脳との違い、どうやって身につけたものなのか、手や腕の筋肉がどう動いているのか、というピアニストの身体や脳について解説した本。著者は医学の専門家らしいが、著者自身「ピアニストを夢見た時期があったほど」(p.ii)ピアノが弾ける人でリサイタルにも出たりする?人。ただ「大学生になり、ピアノの練習で手を傷めてしまった」(p.241)らしく、そこから「音楽演奏科学」という分野を開拓したらしい。
     ピアノの先生が、おれが持って行った楽譜を初見でスラスラ弾くのが驚愕で、おれなんか譜読みに時間かかって仕方ないし、その後もおんなじところをアホみたいに練習しまくって、それでも弾けるか弾けないか、という感じなのに、あれはどういう能力なんだろう、というのをずっと思っていたので読んでみた。
     これは子育てとかする人だったら読みたい本かなあ。例えば「指を素早く動かすための脳の発達」(p.16)という点では「11歳までの練習時間に比例」(p.17)するということで、12歳以降だと効果は激減するらしい。(「大人になってからの練習はムダではない」(p.19)という項目がその次にあって、希望を持たせられる内容かなと思ったら、「ムダではないけど難しいし、指が速く動くだけがピアノのうまさではないよね?」という話をはぐらかされる感じで、ちょっとガッカリしてしまう。)そして「音のピッチやタイミング、ハーモニーを聴き分ける能力」に関しては「7歳までにピアノを始めた人と、7歳以降にピアノを始めた人では、前者のほうが聴覚野の神経細胞の数が多いことが知られています。音感は9歳までにほとんど決まると言う意見もありますし」(p.70)ということだから、大人になってからこの本を読んで自分を振り返っても後の祭り、という感じ。というかおれはたぶん幼稚園から小3の途中までろくに練習もせずにダラダラ習ってたけど、もっとちゃんとやっておけば良かった、という話。とは言え、今度は加齢の影響という話で、「現在からさかのぼって過去10年間のピアノの総練習時間が多い人ほど、この加齢の影響が少なく、手指をより機敏に動かしたり、両手の動きを巧みに操作できる」(p.208)ということがあるらしい。…と言っても、そんなに手指や両手を巧みに動かす場面って日常であるんだろうか??モノを落としたりしなくなるのかな?
     あと、ピアニストの能力については、例えば「言語をつかさどる脳部位(言語野)は、音楽を処理するためにも働いています」(p.78)ということなので、言葉のニュアンスをよく聞き取れる?とか、「音楽のレッスンを長期間受けることで、IQが向上する」(p.86)とか、想像できそうな話が結構出てきた。「ちなみに、演劇のレッスンを受けていた子供たちはどうかというと、『他人との協調性が特に向上する』という結果が出たそう」(同)っていうのが面白い。じゃあ子供には音楽と演劇と両方レッスン受けさせようかな、とか思ってしまう。
     そして著者の主要な関心事でもある、ピアニストの故障について、おれはあんまりピンとこないけど、色々あるらしい。スポーツ選手のイップスとか、あるいは声で仕事する人が仕事の時だけ声が出なくなるとか、そういうのと似たような「フォーカル・ジストニア」というのがあるらしい。脳が指や腕に指令を送り続ける状態を過度に継続して「一線を超えて変化してしまった脳の状態」(p.131)ということらしい。パソコンとか打ちまくってもこういうことにはならないのだろうか??「1日の練習時間が4時間を超えると、手を傷めるリスクが増える」(p.143)とか。
     あと普段の練習に役立つ話としては、まずイメージトレーニングだけでも十分効果がある、という話。「たとえば4泊5日の旅行に出かけて、その間まったくピアノを弾けなかったとしましょう。しかし、旅先で毎日イメージ・トレーニングをし、帰宅してすぐにピアノを2時間練習すれば、指を動かす脳の働きに関しては、5日間毎日家でピアノを練習していたのと同じ程度まで向上する」(p.24)そうだ。へえ。おれみたいな初心者でも、効果のあるようなイメージトレーニングは可能なのだろうか?あと「大きい響かせる音を出す」時に、体重をかけてやれ、みたいなことを最近言われて、先生もやってくれるのだけれど、なんとなくしか出来ない。これで納得したのが、「ピアニストは大きな音を鳴らそうとするときほど、上腕の動きにより強くブレーキをかけ、肘から先をより強くしならせていました。一方、ピアノ初心者は、上腕や前腕の筋肉をより強く収縮させることで、より大きな音を鳴らそうと指先を加速させていました。」(p.167)という部分。確かに。結局指の力に頼っちゃうので、仕組みの違いは分かった。けどその肩の筋肉を使ってブレーキをかけるって、どんな感じ?と思っちゃうけど。
     あとは「学校教育には音楽が必要」(p.83)のところは付け足しみたいになっているが、『音大崩壊』という本でも書いてあったけど、この部分がもっと世間的に知られるべきだと思う。大学受験で音楽とか課せばいいんじゃない?みたいな。
     最後に「音楽を聴いて鳥肌が立つ?」(pp.232-3)の話が面白い。これはピアニストの話ではなく、一般的にみんな、ということだと思うが、「たとえば、ラフマニノフの《パガニーニの主題によるピアノ協奏曲》で、第18変奏の甘美なメロディに感動する人がいるとしましょう。この場合、この変奏に入る直前に『来るぞ来るぞ』と思って期待する脳の働きと、その後、『来た!』と感動する脳の働きのそれぞれで、脳がご褒美を得られるわけです。サビやクライマックスの直前で、少しテンポを遅くするピアニストがいますが、これは、聴き手が感動を予測することで得られるご褒美を増やそうとしていると言えるかもしれません。」(p.233)というのは、なるほど、という感じだった。そうか、やっぱり好きな音楽を聴いている時はドーパミンが出てるんだ、と思ったり、確かに好きな部分の前に「来るぞ来るぞ」は思っているよな、と思って、納得した。
     譜読みの話はあるにはあったが、譜読みの速さやそれを実現する能力がどういうものなのかという話はあんまりなかったような?
     いずれにせよ、『音大崩壊』もそうだけれど、ピアノを弾く人はこういう身体的なことや脳のことも知っとくべき知識なんじゃないかなと思った。結構すぐ読める本。(23/01/31)

  • 本屋さんで見かけて、面白そうだな〜と買ってみた書籍。

    面白かった。

    紙の本を買うなんてすごく珍しんだけど、表紙といい、音楽と「脳」という組み合わせが、面白いことが書いてありそうな予感がしたんですよね。

    著者は、自らもピアノを弾く医学系・工学系の方。手を痛めてピアノが弾けなくなったことから、ピアニストの故障や、故障しないためのメカニズムなどを研究することになったとのこと(間違っていたらごめんなさい)。


    超絶技巧を駆使するピアニストというものは、身体的に訓練した結果だ、と思っていたけれど、実は脳の使い方が一般人(ピアノをプレイしない人とか、アマチュアのピアニストとか)とは異なっている(異なるように変化している)ということが書かれていました。

    数々の論文を引用しての内容は、示唆に富んでいて面白かった。


    そして「フォーカル・ジストニア」という疾病を初めて知りました。腱鞘炎などの「身体の疾病」ではなくて、脳の回路がエラーを起こす疾病とのこと。
    訓練して、脳の回路の省エネが進んで行った結果、ちょっとやりすぎた進化をしてしまうらしい。

    これを読んで思い出したのは、NHK朝の連ドラの「カムカムエブリバディ」で、トランペットが吹けなくなってしまったジョーのこと。こういう疾病があることを知らなかったので、「きっと精神的なことなんだろうなぁ、この時代には対処できなかったのかなぁ」と勝手に思い込んでいたけれど、脳が関係する疾病だったかもしれなかったと。
    現在で確立した治療方法はないとのこと。そんな疾病があることを知ることができて勉強になりました。


    私は、ちょう初心者として音楽を習ったりしているんだけど、子供の頃から音楽をやっている人ってすごいんだなぁ〜と、再確認させていただきました。いいなぁー。子供の頃に戻ってピアノ習い始めたかったなぁ〜笑

  • ピアニストにしろスポーツ選手にしろ、何かを極めている人は脳のつくりも変わっていっている、という話。
    こういう話を読むと、自身が思って意識して行っていることって案外少なく、無意識に脳に支配されていることって多いんだなと再認識する。

  • ピアニストとそうでない人の、演奏しているとき、演奏を聴くときなどの脳から指までの構造?使い方?の違い、筋肉の使い方の違いなど。脳の構造が変わる。良いところだけでなく悪いところについても書いてある。
    ピアノに限らず基礎練の大事さ、イメージトレーニングの大事さがわかる。
    ピアノ習ってる時は、譜面通りにひくことしか考えてなかったから、この本に書いてあることを知ってたら、もっと効果的な練習ができたのかなーと思った。
    今後に生かしていこう。

  • 出来る人にとっては当たり前のこと、すなわちノウハウ、を言語化するということは実は非常に重要なこと。
    いかにも外国で研究されて日本ではお金がつかない研究に思えるが、こういったテーマにきちんと向き合う研究者が日本にもいて、わかりやすい一般書籍を出してくれることに有難みを感じる。
    是非続けて欲しいし最新の知見を加えて続編を出して欲しい。
    モーションキャプチャを使用して特殊技能を解析する技術は実は宝の山なのかもしれない。

  • 上手い人ほど省エネ、音の出し方のコツなどある程度ピアノをやったことがある身であれば自然と学んだり実感したりするであろうことが結構書いてあった。
    そのためか超絶技巧のメカニズムが云々というよりかは、多くの人が直感的に辿り着けることでも科学として証明するには高度な知識や技術と緻密な実験が必要な科学の地道さ?への感心のが勝ってしまった。研究って大変。ピアノと奏者ごとMRIにつっこむ実験とか凄すぎる。

  • ピアノを弾いているときの、脳が論理から解き放たれる感覚が心地よい私。
    ピアニストの脳の研究結果をまとめた内容。大体は予想できるが、ここまで細かく研究されていることに驚きを隠せない。脳の進化は鍛えた分だけというところか。

  • 私は音楽ゲームが好きです。
    音楽ゲームの上手い人は何故上手いんだろう?→音楽ゲームとピアノってなんか似ていそうだな→ピアノの上手さを知れば音楽ゲームの上手さを知れるんじゃないかと思いこの本を読みました。
    読んでいくとピアノの上手さの仕組みをを程度は違えど音楽ゲームの上手さの仕組みとしても良さそうだなと思いました。

    この本の中にピアニストの故障について書かれており、突き指など目に見える怪我の他に"フォーカルジストニア"というものが書かてていました。ある動作をすると体が思うように動かなくなる現象です。イップスとおなじ意味。この本では鍵盤を押す際に指を曲げすぎてしまい正しく押せなくなるという例が挙げられていました。

    フォーカルジストニアが起きやすくなる原因の1つにが"稽古のし過ぎ"と言うものが挙げられていました。

    人間の脳は同じ動作を稽古していると大脳基底核が小さくなっていくのですが更にハードな稽古を積んで行くと大脳基底核が肥大化しその動作を指示する脳が誤作動を起こすようになります。

    これを音楽ゲームに例えると、音楽ゲームは楽しめば楽しむほど指を使う難易度が上がっていくようになっています。楽しみすぎれば結果楽しめなくなるということです。

    試しに音楽ゲーム フォーカルジストニアと調べてみるとTwitterにフォーカルジストニアを発症して音楽ゲームを楽しめなくなった人が既に1人いらっしゃいました。

    フォーカルジストニアを知れただけでもこの本を読んだ価値はあると思いました。

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