「うつ」の効用 生まれ直しの哲学 (幻冬舎新書)

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  • 幻冬舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344986268

感想・レビュー・書評

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  •  従来の西洋医学的アプローチでは、「うつ」の症状をいわば「悪」とみて、それを抑え込み駆逐することを治療としていたが、このアプローチだけではうまく「うつ病」を治癒することはできないと筆者はいう。西洋医学的アプローチでは切り捨てられてきた「病が示すメッセージを読み解き、対応する」という視点からうつ病に取り組んでいくことが必要と説く。  すなわち、うつ病とは「脳内セロトニンのアンバランス」が原因とされるのを、それは中間要因として捉え、そもそもその「アンバランス」が何故生じたのかという主因をうつ病から読み解き、対応していくことが必要としている。
     本書ではうつ病の主因を、一般的に使われる「頭」「心」「身体」という概念を使って説明している。
     「頭」はシミュレーション機能を持ち、過去の分析や未来の予測を担い、「すべき思考」に基づき、外界だけでなく「心」「身体」もコントロールしたがるもの。
     「心」は過去や未来ではなく「いま・ここ」に焦点を合わせ、「~したい」「好き」「嫌い」という概念に基づき、直感的に結論を出す。
    「身体」は「心」とともに、生きものとして人間の中心にあり、一心同体の関係にある。
    これらの「頭」「心」「身体」の関係の中で、有意義・効率的に働くべきとか、本当のモチベーションがないにも関わらず努力すべき、体調が悪くても頑張るべきといった、「頭(理性)」による「身体」「心」に対する強権的な支配が肥大しているのが現代社会である。そして「頭」の支配に対して、「身体」「心」が悲鳴を上げてストライキを起こす、または「頭」の支配によって「身体」「心」が消耗してしまった状態がうつ病であると説明している。うつ病の初期に生じる身体症状なども、「心」が「身体」を通じてSOSを上げている状況と捉えられる。このため、「頭」の支配から脱却して「心」や「身体」のメッセージを読み解き、「心」や「身体」をいたわり、主権を戻すことが必要であると説明している。
    この考え方をベースに本書では、うつ病の療養のポイントや周囲の人たちに必要な認識、予防的観点や、うつが治るとはどういうことかといったことが解説されている。特に、自分にとって参考となった点は次のとおり。
    ・うつ病になる人は、「心」や「身体」が悲鳴を上げていても、「頭」でコントロールを続ける結果生じるので、ある意味では辛抱強い、精神力が強い人がなりがち
    ・うつ病の人を励ますことは、頑張るべき、自己コントロールすべき、死んではならないという道徳に基づき「頭」の支配をより強化せよというメッセージになるので、逆効果
    ・病前性格としては、メランコリー親和型の性格があり、その基盤として作業手順や社会的秩序を重んじる傾向がある。また、他者からの評価を気にし、自分自身を無条件に愛せないという自己愛に問題がある傾向がある。性格は、先天的な「資質」と後天的な要素としての「自己愛」の傷や心の歴史から成り立つ。この後天的な要素を見直す、即ち未消化な感情を整理し、認知のゆがみを取り、「資質」がプラスに働く様に仕向けていくことが重要。
    ・「心」に湧く怒りも、無理に押さえつけずに受容すること。外に出すのはコミュニケーションの方法の問題と、課題を区分することが必要。
    ・うつ症状で、外出できない、電話一本かけられないというのは、「心」が弱っていて心理的バリアが弱体化しているために外界との接触ができないということ。体力の低下ではなく、心理的バリアの問題のために、普通の人には何でもない様なことができなくなる。
    ・努力は自分の資質にあっていないことを我慢して頑張ることで、熱中は自分の資質にあったことに夢中になってやること。熱中して成功した人を見て、努力が大事と考える倒錯が生じ、努力信仰が形成されている。性悪説に基づき、「頭」主導の自己コントロールにより、努力することで、あるべき姿に到達すべきという人間発達モデルがあるが、この自己コントロールが支配的になっていることが問題。自己コントロールによる偽りのモチベーションを排しても人間は堕落しきらず、本当の興味により熱中できるものは必ずある。
    ・従来の発達心理学における人間の発達モデルでは、小児(ありのまま)→反抗期→適応的社会人という段階までの説明で止まっている。しかし、その先に一見逆行ともいえる適応的社会人→反抗(こうしたいという心の解放)→小児(ありのまま)という成熟のプロセスがあるのではないか。社会的に適応するとは、生物的自然から乖離した現代社会のゆがみに麻痺するということでもある。夏目漱石はそうしたゆがみに適応できないことを神経症といい、神経症のある人間でなければ信頼できないと言った。また、漱石は適応的社会人を他人本位といい、成熟の果ての小児を自己本位として自己本位に生きるべしと言っている。
    ・「頭」は「~すべき」というのを、「~したい」と言い換えてモチベーションを偽造することがある。「心・身体」がまだ疲弊しているのに復帰したいということや、うつを直したいと闘おうと考えることは、「頭」と「心・身体」が拮抗している状態で、真の休息を得られない焦った状態といえる。このため、病という「心・身体」が発するメッセージに従い、しっかり「うつ」をやってみて、しっかり休むというアプローチが治療の一歩となる。
    ・「何もしたくない」というのも、うつ病での「心・身体」の拒絶反応の現れ。これもしっかり「うつ」をやって休みをとれば、徐々に拒絶の対象が絞り込まれてくる。人間のマイナスイメージは、本当に拒絶しているものの周辺まで拡大していくものなので、治療の過程でこの肥大した拒絶のイメージを絞り込んでいく必要がある。拒絶の対象「~したくない」を絞り込まないまま転職などの判断をすると問題の本質を見誤るので、うつ状態では大きな判断はしない方が望ましい。絞り込まれた拒絶は、自分がこうありたいという中心的なこだわりに反することなので、そのこだわりを見極めて、社会復帰の方向性を検討することが必要。
    ・「頭」は過去や未来に捉われて、結果「いま・ここ」が疎かになり「心・身体」が阻害されてしまう。未来や過去に捉われて「いま・ここ」という生きることがおざなりになるという本末転倒な事態が生じているので、「心・身体」に寄り添い、いまを生きることが重要
     
    (感想)
    「頭」主導の自己コントロールにのみ傾倒せず、「身体・心」の声を聴き、内なる自然との調和をとることが必要と理解した。「心」では、今の仕事・都会での生活・一人での生活に限界を感じているので、それをどう調和させていくかが自分にとって必要だと感じた。仕事を中心として今のライフスタイルに対して、心のレベルでは強く限界を感じて拒否反応が生じているので、その拒否反応が生じる原因を慎重に分析して、何が拒否反応の元になっているかを明らかにし、それに応じて今後の取りうるキャリアを検討したい。その際、書籍にあった、拒否反応の中心に本当にやりたいことがあるということを参考に、やりたいことを探し出したい。また、自分の性格を分析して、自分の本来の資質と、後天的に得た心の傷や認知のゆがみについても振り返り、自分の資質を活かす道を探し出したい。
    加えて、自身の白黒思考の裏側には、本書で指摘されていた「自分には価値がない」という自己愛の不全があるのかもしれない。子供のころに、「やり始めたことは最後までやる」「努力信仰」を強くしつけられた自分がいて、努力・鍛錬の結果で成功体験も重ねてきたのだが、良い子的な従順さに依存する傾向が強いと自覚している。このため、自己愛不全についても関連書籍を読むとともに、自分が心から熱中できるモチベーションを改めて確認して人間的にさらに成熟したいと思う。

  • 「うつ」を悪とし、抑え込もうとする西洋医学的な常識に疑問を呈し、「病とは何らかのメッセージを自分自身に伝えるべく内側から発されるサインである」という視点から「うつ」を捉え直す一冊である。同時に、「うつ」の背景にある現代社会の歪みを指摘し、「自分らしい在り方」「幸せな生き方」への示唆を与えている。

    (きっかけ)
    Reapraという会社のCEOが「自我喪失」について語ったインタビュー記事の中で、推薦していたので手に取った。

    (感想)
    本書を読む以前は「うつ=異常な状態」という認識があり、自分の実存的存在に悩み軽い鬱状態になったときも、その意識から自己否定、自己嫌悪に陥っていた。しかし、うつが引き起こされる背景を心理面、社会面から深く考察された本書を読み、社会的に植え付けられた「有意義に時間を使うべき」という自分の価値観に気づけ、その意識が180度変った。「頭」による自己コントロールの独裁に注意を払いながら、「心」が発する「〜したい」の声に耳を傾けて生きていこうと希望が湧いた。

    (概要)
    本書ではうつを「頭」の独裁に対して、「心=身体」がストライキを起こしている状態であると定義している。

    筆者は、現代人が日常的に「頭」の自己コントロールのもとで、「心=身体」の発する「〜したい」や「〜したくない」といった声を抑え込み無視してしまっていることが多いと指摘する。それが蓄積されある閾値に達した時、「うつ」状態になるという。

    そして「うつ」を通して、自分の生き方や自分を縛っている「〜すべき」という価値観に向き合うことで、真に自分らしいあり方や幸せな生き方を獲得できる「reborn」するのである。

  • 「うつ」の本質・根本と向き合う本。感覚的であったり、なかなか表現し難い部分を、非常にわかりやすい例えで表現しており、樺沢紫苑先生等、他の精神科医の先生が仰るような主張とも方向性は同じなのも安心した。

    【以下、重要部分のメモ】
    ・「頭」が「心=身体」に強権的に命令するような、意志力があり、我慢強い人間がうつになるリスクが高い。「頭」の支配からの脱却が重要。
    ・「病は、何らかのメッセージを自分自身に伝えるべく内側から沸き起こってくる」、「病は、その中核的な症状によって、自分自身をより自然で望ましい状態に導こうとしている。」という見方。
    ・「うつ」からの脱出は、repair(修理)ではなく、reborn(生まれ直した)やnewborn(新生)といった深い次元での変化が不可欠。
    ・クスリは「頼る」のではなく「活用する」。
    ・脳内物質のアンバランスが「うつ」ではあるが、それは「中間現象」である。薬物治療でアンバランスを整えることは、「うつ」への対症療法ではあるが、「うつ」を引き起こした何らかの根源に対する根治療法ではない。その次元へのアプローチは、精神療法である。
    ・重荷に耐える精神である〈駱駝〉→怒り、苛立ち、攻撃性の〈獅子〉→物事をあるがままに捉えることができる〈小児〉の「三様の変化」(ニーチェの『ツァラストラはかく語りき』より)は、人間の変化成熟のプロセスを理解するうえで非常に有用な記述。そして、臨床場面でのクライアント(患者)の変化に合致する。
    ・漱石が『私の個人主義ほか』に記したように、主体性や主張がなく「他人本位」の傾向であることは、現代においても「うつ」を引き起こしている大きな原因の一つである。外から鵜呑みで受け入れた知識や価値観で生きるのではなく、丁寧に吟味し咀嚼し「わが血や肉」を自分の中に養成し、それに基づいて生きる「自己本位」に覚醒することで主体的な生を回復し、「うつ」状態から脱していくことができる。

  • うつになったら絶対読むべし

  • 自分の持つ能力資源とエネルギーを、自分で納得できる幸福な生活を実現するためのエネルギーに転換することである。

    「ベストなんて望まない。グッドで十分、ベターなら最高」

    意志とは感情によって措定された方向に自らを導く精神的な力である

  • 頭と心と身体の関係がわかりやすい。意義と意味の違いも納得。わたしは多少無理してでも頭の無理な命令に心と身体が従っているときがいちばん生きる意義を感じる。まずは意義を求めないことから始めたい。

  • タイトル通りの内容。うつになったばかりの人が読むのに良いかと。

  • “有意義”に生きることが賞賛され強いられる現代社会において、“意味”を感じることの重要さを知った。

    うつ病だけでなく、パニック障害や不眠症などそれぞれの精神疾患における考察がなされており、また各症状に潜む問題の本質は一体なんであるかに対しての持論が説得力をもって語られている。

    それは、薬で症状を抑え込むといった、ある種のその場しのぎ的な解決法とは違った奥行きのあるアプローチが故にリスクもあるが一読の価値はある。

  • うつがよくわかる。復活まで時間を要する、再発する人としない人。差はなんだ。

  • 効用ね。こんなに前向きにとらえているのも珍しい。たしかになるべくしてなるんだし、無理にならんようにするもの効用が失われるよなと。

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著者プロフィール

泉谷 閑示(いずみや・かんじ)
精神科医、思想家、作曲家、演出家。
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。パリ・エコールノルマル音楽院留学。同時にパリ日本人学校教育相談員を務めた。現在、精神療法を専門とする泉谷クリニック(東京/広尾)院長。
大学・企業・学会・地方自治体・カルチャーセンター等での講義、講演のほか、国内外のTV・ラジオやインターネットメディアにも多数出演。また、舞台演出や作曲家としての活動も行ない、CD「忘れられし歌 Ariettes Oubliées」(KING RECORDS)、横手市民歌等の作品がある。
著著としては、『「普通」がいいという病』『反教育論 ~猿の思考から超猿の思考へ』(講談社現代新書)、『あなたの人生が変わる対話術』(講談社+α文庫)、『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』『「うつ」の効用 ~生まれ直しの哲学』(幻冬舎新書)、『「私」を生きるための言葉 ~日本語と個人主義』(研究社)、『「心=身体」の声を聴く』(青灯社)、『思考力を磨くための音楽学』(yamaha music media)などがある。

「2022年 『なぜ生きる意味が感じられないのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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