ゴッホのあしあと 日本に憧れ続けた画家の生涯 (幻冬舎新書)

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  • 幻冬舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (157ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344985032

感想・レビュー・書評

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  • パリ市の標語から拝借されたという「たゆたえども沈まず」という小説のタイトル。パリが持っている強い運命。フランス革命以降、ヒトラーの脅威に至るまで何度も瀕した危機にも屈せず、苦難を乗り越えてきたそんな想いをゴッホの画家として苦難と被せて表現している。本作はそんな作者の想いが伝わってくる執筆にまつわる軌跡である。

    生前一枚しか絵が売れず、日本に憧れ続け、浮世絵の技法が取り入れられた作品を生み出す。孤独との戦いに苦労の絶えなかったその人生の中で本当に伝えたかったことは…
    「心を病んで耳を切って自殺した人」という私たちの印象を超えて、フィンセット・ウィレム・ファン・ゴッホがその生前に伝えたかった想いを作者は「たゆたえども沈まず」にて、ゴッホに変わって伝えているように感じるゴッホという画家を知るための解説本のような感じで読み終えた。

    寂しさを味わいに転化するテクニック。それ故にゴッホはミレーのような暗さ、寂しさを感じる画家に傾倒したのでないだろうか。
    ゴッホを含め当時のジャポニズムブームに影響をうけた人たち。その中には、その技法に影響をうけた画家、ブームに乗って浮世絵を集めるコレクター。
    ゴッホの目から見た浮世絵と、当時のジャパニズブームに乗って浮世絵集めるような人の目に写る浮世絵は違っていた。だから、ゴッホの描く絵は、コレクターにとっても、一般の人にとっても、そしてアカデミーの会員たちにとっても、浮世絵でもなく、アカデミーの会員の描く神話の絵画でもなく、印象派と言われる絵画とも違った作品としてしか捉えることができなかったのではないかと思う。

    「パリ大改造」の結果、新しい家がたくさん増え、その家に窓から見える風景に変わる明るい窓のような絵が求められたが、ゴッホの絵はゴッホ自身の目から見た景色であり、彼らが欲する風景ではない。
    明るい色で描かれているのでもなく、描かれた作品のモデルに影すらもない。そこにあるのは飲み込まれそうにる迫力と寂しさだけである。それは彼らが求めている絵画と、ゴッホの描く絵が違うということを意味するだけであるように感じる。

    ゴッホがようやく自分が憧れている土地に行くが、その土地に受け入れてもらえない。さらに「切り裂きジャック」などとそこに住む人に横を向かれる。そんな寂しさの中でそれでも画家として絵を残し続けるのは、執念という以外、他に言葉が見つからない。

    レイ医師にサン=レミの近くの町の修道院の付属の療養所に行くことを勧められた時、作者はゴッホが新しい希望を見出そうという一歩であると説明をしているが、私はこの提案に自分の居場所がもうアルルにはないと言われたように感じたのではないかと思ってしまう。さらにアルルに住む人たちにもアルルに住むべき人間ではないと思われているかもしれないと感じたのではないかと思った。

    だから、ゴッホがアイリスを見たとき、「ようこそ」と迎い入れられたと感じたというより、懸命に咲きほこるアイリスに命の力強さを感じ、それを自分の境遇と夢に置き換えたのではないかという思いがしてならない。素人の私の目には、群生するアイリスに力強さと群生しなければならない寂しさを自分に重ね、懸命に生きようとする生命の力に希望の光を見出したのかと思ってしまう。

    「たゆたえども沈まず」の登場人物で林忠正という日本美術をヨーロッパで輸入販売していた人物がいる。「たゆたえども沈まず」を読んでいる時に、林忠正について少し調べた。調べたのは、林忠正という人物が実在していたか、そしてどんな経歴か、ゴッホと関係があったのかである。「明治時代に活躍した日本の美術商。越中国高岡出身。 1878年に渡仏。多くの芸術的天才を生んだ19世紀末のパリに本拠を置き、オランダ、ベルギー、ドイツ、イギリス、アメリカ合衆国、中国などを巡って、日本美術品を売り捌いた。 (Wikipedia より)」
    西洋で日本美術品を商った初めての日本人で明治という時代にフランス語を習得し、1878(明治10)年のパリ万国博覧会を機に通訳として渡仏している。ヨーロッパでのジャポニズムに貢献した人物として、とても関心をもった。また、この同年代で「美しきおろかものたちのタブロー」の松方幸次郎と同時代で西洋美術品を集めている。さらに本作で林忠正が、「パリで一定の成功をおさめた後、1890年ごろにから自らのコレクションをスタート。自分で印象派やモダンアートの作品を購入し、40代で500点もの作品を持ち帰り、日本に美術館を、作ろうと考えていました。」とあり、日本に美術館を作るという夢も松方幸次郎と同じであったことを知り、松方幸次郎と林忠正の縁を感じずにはいられない。

    「たゆたえども沈まず」の読後に勧めしたい作品であった。

  • この本を読んでみて、浮世絵ってすごいと改めて思った。印象派の画家達の心をわしづかみしてる。私は西洋画の方が世界的に影響があると思ってたけど、それは違って逆だ。浮世絵を観て影響を受けた画家達が描いた絵画が、名画として後世に残っている。これは凄い事だ。日本人として誇らしい。私はたいして知ってる訳ではないけど。

    その浮世絵にかなり影響を受けたのがゴッホだ。ゴッホは日本に憧れ続けた。そして、日本を求め続けた。

    ゴッホは狂人、精神的に不安定というような印象なんだけど、実は強い人なんだと思う。どん底にいてもそれを力に変えて描く。だから、あんなに力強い絵が描けたのかなと素人ながらに思った。でも、弟のテオの存在が強くなれたというのもあると思う。二人が実際どういう関係だったのかは想像するしかないけど、あの世で仲良く暮していてほしい。

    読み終わり、ゴッホのあしあとを巡ってみたいと思った。でも、まずは日本にあるゴッホの絵画を制覇したいな。

  • マハさんの作品がどれも好きで、小説の中ではなく、マハさん自身の核心に触れているような書物はないかと思っていた時にこの本に出会う。

    まず驚いたのは序盤、
    〈ルソーについては25年考え続けて「楽園のカンヴァス」を書き、ピカソも30年考え続けて「暗幕のゲルニカ」を書いた〉という箇所。そりゃそうだ、あれだけの傑作をのこすのにはそれだけの年月が必要ということ。それがたった数百円の文庫本で読めるなんて…本当に有難い時代だと思う。

    また「そこまで大枚叩いてまで、自分のものにしたい気持ちって何だろう?」というセリフ。
    マハさんがゴッホを避けていたとはいえ、これだけの美術史に長けた方なら、大枚はたいてでも傑作画を自分のものにしたいという人の気持ちがわかる側なのだと思っていたから驚き。

    ゴッホと浮世絵、ゴッホと林忠正。

    全くと言っていいほど美術の知識がない自分でも、マハさんの本を読むたび虜になる。興味がないと思えていても惹き込まれる。

    「極限まで自分を追い込んで描いた作品には、隅々まで冴えわたるような明るさと透明感がある」
    どんな心の動きなんだろう。常軌を逸すると明るくなるんだろうか。宇宙のもっと先は白なんだろうか?


    「彼は星月夜で、自分が「孤高」になることを選んだのではないでしょうか」

    「蔦で覆われた二つの墓。木蔦の花言葉は〈分かちがたい魂〉」

  • 小説『たゆたえども沈まず』を読んだ後に読むと、よりゴッホのこと林忠正のこと、小説との違いがわかってよかったです。

  • SOMPO美術館で2023年10月〜2024年1月に開催された
    ゴッホと静物画 伝統と革新へ
    展示会のために読んで行きました

    ゴッホ、〈 鍛錬の人 〉というイメージをくれました

       ゴッホは本当は人物画を描きたかったらしい
       絵が売れないことが静物画を選択するに至る
       ゴッホにとっては全て無駄にせず鍛錬であると(展示会より)

    “ゴッホは自分を鼓舞する努力もしているし、描き書き続ける努力もしている。努力家なのです。”と。展示会と本書が繋がってストンときました。


    ゴッホとモネ、ゴッホとゴーギャンについても記載があり興味深かったです

    モネが描く風景画の多幸感
    対して
    ゴッホ どこか寂しさや孤独感が漂う
    寂しさを味わいに

    ゴッホ、「見えたように描くべきだ」とリアリズム的な主張
    ゴーギャン、「アートは想像のもので、空想こそがアートをつくるんだ」
    ゴーギャンと別れたあと創造的では?ゴーギャンの主張にも一理あると学習したゴッホがまた新たな段階へ進んでいく


    サン=レミの修道院にあるアイリスの群生
    “彼がたった1人でこの修道院に到着したときに、彼を迎えてくれたのはこのアイリスだったのだと。”
    ゴッホがアイリスにどれだけ心救われたのか
    《アイリス》J・ポール・ゲティ美術館蔵
    “明るい光を感じる絵”


    パリにいてもパリの象徴であるセーヌ川を描かないゴッホについて前半でも触れていましたが、《星月夜》に対する作者の思入れが胸にじんときました
    “この空、私にはセーヌ川に見えます”(編集者の言葉)
    “《星月夜》の空は、セーヌ川に見立てて描かれた。”
    『たゆえとも沈まず』でテオが《星月夜》と対面した瞬間の感動を思い出した


    後半は『たゆたえとも沈まず』について。胸熱でした
    ピストルはテオの持ち物だったというフィクションを作者自身が“残酷な仮説”といっていた。涙。そう。。。残酷でしたよね。

    遺作と言われる《木の根と幹》
    「―こんなものまで·····描いていたのか」は作者自身の思いだったのですね




    個人的には甥っ子へ描いた
    《花咲くアーモンドの木の枝》が好み
    実物を見てみたい

  • 「狂気と情熱の画家」というフレーズ。

    「心を病んで耳を切って自殺した人」という評価。

    ゴッホに対するこの短絡的なイメージを払拭したいとの強い思いから、小説「たゆたえども沈まず」は生まれたという。

    ゴッホは、オランダ人でありながら、正確で美しいフランス語で膨大な数の書簡を残している。

    ラテン語にも精通し、聖書も隅々まで知り尽くしていた彼は、インテリであり知性の人でもあった。


    そしてもう一人。

    歴史の中に埋もれてしまった日本人画商。

    フランスで活躍した林忠正の復権もこの小説のテーマだ。

    ゴッホや、彼の弟テオがその死後、世界中に名を轟かせているのに対して、林の功績は全く知られていない。国賊との評価まであるという。

    19世紀後半、パリにジャポニズム旋風を巻き起こした中心人物の一人に、作者は温かな光を当てていく。


    小説の中では作者と共に我々読者は、「星月夜」が描かれる瞬間に立ち会うことが出来る。

    「たゆたえども沈まず」を読まれた方は、是非とも必読。

  • ゴッホの厚塗で最初にぐっときたのは「アルルの寝室(3rd)」です。
    そこから、ゴッホ展をいくつも行くようになり、「アイリス」「星月夜」「夜のカフェテラス」「花咲くアーモンドの木の枝」など、好きな作品がたくさんできました。
    その中で、サン・レミの修道院での作品群に静謐さを感じていました。体調が悪かったはずなのに、何故こんなに多くの作品を?と非常に謎だったのですが、本作で原田さんから一つの解をいただき、非常に腹落ちしました。

  • たゆたえども沈まず、をまた読みたくなった

    ゴッホは生きている間はさほど評価されず、死後に弟テオらの活躍で著名になった。晩年の奇行なども記されている。

    原田マハさんがどんな思いでゴッホと接してきたかを一緒に旅をしながら感じることができ、人間理解とバーチャルフランス旅行のふたつを体験できた。

  • 本書は『たゆたえども沈まず』より後の発刊であるが、私が『たゆたえども沈まず』を読んだのはつい最近なので、本書はその前に読んでおきたかった。

    原田マハさんは《夜のカフェテラス》は「寂しさ」「孤独」とおっしゃっているが、私は難しいことは考えずにただただ単純に綺麗だなぁと、これと《星月夜》が好き。

    価格的に無理だったのかもしれないが、本書に出てくる、せめてゴッホの絵だけは写真を載せて欲しいところ。
    何故なら、《種を蒔く人》の構図は歌川広重の浮世絵から来ていて「手前に木を大きく描いています」と書かれており、私の頭の中にあるゴッホの《種を蒔く人》には「木なんて有ったかな?しかも手前に大きく?」とハテナマークが浮かんだからだ。
    調べたら、手前に木がある《種を蒔く人》も確かに有ったが、本書に写真欲しかったな〜。

    パリ万博が、やたらと沢山開催されていたということが本書でやっと知れたことは良かった。

    弟のテオの奥さんのことをゴッホの義「姉」という誤植あり。(初版本)

  • 浮世絵が西洋美術に与えた影響、ゴッホと日本の関係。もしかすると、同じときにパリで美術商として活躍した林忠正は、ゴッホと親交があったのではないか。ゴッホは本当に孤独な最期だったのか。

    原田マハさんの頭の中を覗いているようで面白い。

    アートの入り口。面白すぎる。オススメ。

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著者プロフィール

1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立。フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で、「日本ラブストーリー大賞」を受賞し、小説家デビュー。12年『楽園のカンヴァス』で、「山本周五郎賞」を受賞。17年『リーチ先生』で、「新田次郎文学賞」を受賞する。その他著書に、『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『常設展示室』『リボルバー』『黒い絵』等がある。

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