風は西から

著者 :
  • 幻冬舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (407ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344032682

感想・レビュー・書評

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  • コンプライアンスが浸透してきたにもかかわらず、従業員の過労死が、未だ後を絶たない。

    長時間労働を強いられた結果、「脳疾患」や「心不全」などによる急激な体調の悪化に伴う突然死や、労働による精神障害を原因とする自殺もある。

    36協定で、残業時間の制限があるものの、強いられる仕事は、こなしていかなければならないのがサラリーマンの性である。
    『過労死ライン』といわれる月80時間の時間外労働時間を超えて、何も自覚症状がなくとも、体はきっと悲鳴をあげていて、その叫びを無視しているのか、麻痺して聞こえなくなっているのか、症状がない場合は軽視してしまいがちである。そして、症状に気がついた時はすでに手遅れであることもある。

    19年夏に大手電機で発生した社員の自殺が、大きく報じられたことが記憶に新しい。上司から「お前が飛び降りるのにちょうどいい窓あるで、死んどいた方がいいんちゃう?」「自殺しろ」などといったパワーハラスメントを受けたと新聞、ニュースで報じられていた。
    さらには大手自動車や大手宅配便会社の過労死も記憶に残っている。
    本作巻末の参考文献で「ワタミ」をみて、やっぱり参考文献だったんだと納得する。
    ワタミでの過労死・裁判をモデルにして書かれた小説であることを今更ながら納得した。


    本作の藤井健介と伊東千秋は大学時代からの恋人同士。ともに食品関係で働いていた。
     
    健介は大手居酒屋「山背」のカリスマ経営者・山岡誠一郎に陶酔し入社するが、次第に「山背」の働き方に感化され、5年目に繁盛店の店長となり、さらに追い込まれていく。

    山岡は、押し出しの良い外見で頭の回転は速く、声はよく通り、弁が立つ。苦労人の努力家で、若い頃は、何日も寝ずにふらふらになるまで働いた、何かを得ようと思うのであれば、それくらいしないとダメだという持論を持ち、一代で会社を築き上げてきた。そのために、お客様のために社員が少々の我慢を強いられることは、美しき自己犠牲の精神であると思っている。
    それ故にひたすら会社の利益を従業員に求め、「社員は生かさず殺さず使えるだけ使え」とまで言う。

    「会社は大きな船であり、家族であり、社員一人ひとりが、その一員です」という山岡の口癖がある。その「船」という言葉になぞらえて、『テンプク』、『ドック』入りなどという言葉が使われる。店舗ごとに定められている収益ラインを下回ることを『テンプク』といい、『テンプク』した店舗店長は、その週の土曜日の午前中に本部に呼びつけられる。これを『ドック』入りと呼び、『ドック』入りした店長は、役員たちから執拗な追及、叱責うける。実際の暴力こそはないものの、1対多数で、人格も何もかも否定されて、弁明の機会も与えられず、まさに言葉のリンチをうける。ドッグでの過酷な追及は、実際の事件・裁判資料をもとにしているとのことであるが、読んでいるだけで、心が閉鎖してくる。本当にこんなことをしたのかと、役員たちの人間性、会社としての社会性を疑う。

    最終的に追い詰められた健介は、恋人・伊東千秋に「疲れた」のLINEを最後に自殺する。
    残された千秋と健介は両親が「山背」社長の山岡への謝罪を求めるが、これも読んでいて苛立つ。
    これが実話に近いのであれば、より多くの人が、本作を読んでこの企業に対する評価をすべきだと感じる。ただ、こんな企業は、この評価を真摯に受け止めることができるのかは、疑わしいところではある。

    最後まで、信じられない事実が、この世の中に平然としであることに、苦しくなる。

  • 過労自死を題材に、企業との戦いを描いた長編小説。読み応えのある一冊でした。

    健介が正常な判断ができなくなる程、追い詰められる姿に苦しくなりました。自分だったらと考えると、責任感で八方塞がりになるのも分かるし、亡くなった後の両親や千秋の悔しさ、後悔もよく分かります。

    小説としては思いテーマですが、協力者が温かい言葉をかけたり、千秋や両親が悲しみを乗り越えていく姿に救われ、爽やかさがあるのがよかったです。

    単に小説の話ではなく、モデルがある事実に胸が痛みます。無理を美徳としがちな企業はまだまだ多く、被害者がSNS等で誹謗中傷を受けるのも目にします。企業が責任を果たし、成熟した社会になることを願います。

  • ◯奥田民生を愛してやまない。この小説と同名の曲も、PVから曲自体から全て好きなので、良きお話なのだろうと思い手に取る。
    ◯PVや曲とはかけ離れた内容でかなり驚く。しかし、どこか今の自分の境遇とは離れていない気がして、一気に読む。

    ◯個人のやりがいによって、利益をあげたり、組織を維持していくことは、日本で当たり前の構造となっている気がする。多少の自己犠牲は美徳だ、という個人の献身に頼っている。
    ◯最近はようやくおかしいと、気がつくようになったし、言えるようになった。しかし、霞が関の体質は変わっていないと、よく報道される。
    ◯政府と民間企業は別物だが、やはり政府からしっかり範を示す必要があると思う。

    ◯小説自体の感想としては、この業界最大手の企業が良くなればいいが、これをきっかけに倒産し、社長はこの際考えないにしても、やりがいを捧げてきた社員たちが露頭に迷うことになる新しい物語が生まれそうだな、と思った。
    ◯やはりPVそれ自体を小説にした方がいいような気もするし、なぜ奥田民生のこの曲や広島を舞台にする必要があったのかはよく分からなかったが、、、この小説は小説で面白かった。

  • 憤り。
    会社を信じて必死に頑張る社員に罵声を浴びせ、死ぬまで追い込んで私達何も悪くありませーんってどういうこと?監督署の人に読んで欲しい。
    某大手居酒屋チェーンがモデル。将来のある若者達の命をなんだと思っているのかと当時の酷さを想像した。今だったら捕まってるでしょ。店の名前変えても、同じ事やったら絶対許さない!

  • 新聞の書評かなにかで、ブラック企業、過労死を題材にし、ひと昔前に隆盛を極めた居酒屋チェーン「和民」がモデルであるという事を読み、手に取った。
    学生時代、和民に行った記憶があるが、この激安メニューは何なのだ!と思った節があった。
    その陰にこのような陰惨な過酷労働があったとは当時は全く知らなかった。

    貪欲な大人が、ひた向きな若者を使い棄てにするようなことがあってはならないと、また強く思った。若者はいまやマイノリティ。様々な労働を巡る問題が是正されていかなければ、誰も子どもを産み育てることを前向きに考えられなくなるだろう。今の国のトップに立つ人たちは、自分が死んだ後のことなど何も考えていないのかもしれないが…。2019.4.1

  • 客観的に外から見ればわかる事も、傾倒した状態で中に入ってしまうとその異常さに気付かない、疲れきった心と体では正常な判断が出来ず自分を責めてしまう事に怖さを感じ、またとても悔やまれる。真面目で責任感の強い人ほど陥りやすいのかも。
    また会社側の人間には従業員に無理を強いているという意識がなく、本気で出来ると思っているところがなおさら怖い。NOと言える人間がいなかった事も大きな原因。

    同じような環境で働いている社員は複数いると言っても、健介が特に弱い人間だと言う事ではない。社長を始め本社の人間の対応は酷く、あれではやる気のある若い芽を摘み取るだけだ。
    健介がもし少しでも仕事にずるさを覚えていたら死なずに済んだのかもしれないが、それはきっと違う苦しみになるだけなのだろうな。

    彼がなぜ死ななければならなかったのかを知りたい、山背の社長、山岡誠一郎に謝って欲しいという願いで闘かった千秋と健介の両親は、それだけを支えにして立っていたのだろうな。
    亡くなった人は帰って来なくても、時間が経ちやがて悲しみが少しずつ癒える事、結果として思っていたような対応がされた事で、遺された者の心を少しでも軽くしてくれればと願う。
    生きている者は今日という日を生き、明日を迎えなければならないのだから。

  • 読んでいて辛くなるんだけど引き込まれた。
    これ、あの会社の話だよね。
    ひどすぎる。

  • 死ぬくらいなら辞めたらいいという判断ができなくなる
    なんと恐ろしいことだろう。
    人は、追い詰められるのはあっという間だ。
    大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせているうちに、大丈夫じゃなくなっていることに気づかない、気づいていてももう辞めるは逃げることになる気がして、自分以外を守らなきゃいけない気がして、
    判断出来なくて、ふっと
    本当にふっと消えることを選ぶともなく選んでしまうのだろう。
    ついさっき、明日の朝の目覚まし時計を買ったとしても。
    夜ご飯をコンビニで温めてもらったとしても。

    最初からあぁ、何かよくないことが起こりそうだとザワザワしながら読んだ。
    読み進めるのが辛かった。
    現実に今、ブラックで働いてる人、悩んでる人、どうか、逃げる道で闘って。

  • ジャケ買いしたから、内容知らずに読み始めちゃって随分気持ちが重くなった。
    でも実際の過労自殺問題をもとに進められてく話の中で、随分といろいろ考えさせられたものです。
    人との出会いって大切で、大切だ、ってわかっているからこそ、慎重に、必要なことは言葉に出して、大事に大事にしていかなきゃいけない。

  • 恋愛小説かと思って手に取ったけど、読んだらそうじゃなかった。
    健介が追い詰められて行く様が痛々しかった。

    ブラック企業ってこんなにも悪どいのか。
    何回も腹が立ったけど、あまりに極端過ぎて、次の出方が想定出来てしまうほど。遺族側が、大企業相手に最後まで折れなかったことがすごいと思った。

    読後に皆さんの感想読んで気付いたけど、実話なんですか。知らなかった。

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著者プロフィール

村山由佳
1964年、東京都生まれ。立教大学卒。93年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞をトリプル受賞。『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞受賞。著書多数。近著に『雪のなまえ』『星屑』がある。Twitter公式アカウント @yukamurayama710

「2022年 『ロマンチック・ポルノグラフィー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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