探偵小説の黄金時代

  • 国書刊行会
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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336063007

作品紹介・あらすじ

1930年、チェスタトンを会長とし、セイヤーズ、クリス
ティー、バークリーら錚々たる顔ぶれが集まり、探偵
作家の親睦団体〈ディテクション・クラブ〉が発足した。
英国探偵小説黄金時代そのものと言っていい同クラブの
歴史と作家たちの交流、フェアプレイの遵守を誓う入会
儀式の詳細、リレー長篇出版などの活動、興味津々のゴ
シップまで、豊富なエピソードによって生き生きと描き出し、
MWA賞(研究・評伝部門)を受賞した話題作。図版多数の
一大人物図鑑。

感想・レビュー・書評

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  • 「1926年、クリスティーは夫を失い、セイヤーズは夫を見つけ、バークリーは妻を替えることを考えていた」- こんな痺れる書き出しから始まる本書は、自身もミステリ作家で会長として籍を置くディテクション・クラブにまつわる謎を、黄金時代を代表する作家を中心に、読み解いていく。多いに期待して読みはじめたが、正直言えば物足りなさが残った。確かに作家個人のゴシップに近い秘められた事実や関係は明らかにされるが、大きな謎は未解決のままだ。それは、黄金時代の探偵小説がイートン校の運動場で生まれたとする謎に関係している。

    そもそもの謎は、なぜ探偵小説はもっと早く発展しなかったのだろうかというものだ。それと関係して、なぜイギリスなのかという謎と、古典的な探偵小説が2つの世界大戦に挟まれた時代に生まれたのはなぜかという謎もある。確かに、「戦場であれだけの殺戮があった後、生き残った人々が必死に気晴らしを求め」、すでに一生分の流血を見てきた読者は、血の流れないゲーム的な戦後探偵小説を欲したのだという解説は一面的で深みに欠ける。

    ケイト・サマースケイルは『最初の刑事』で、イギリス人の「家」に対する考え方の変化について重要な指摘を行なっていて、家族の安全や家庭の聖域化が、有能な刑事を必要としていたという分析だった。本書でも、たびたび実在の事件の謎に対する熱狂が取り上げられ、バークリーは「小説をのぞけば、殺人事件の裁判ほど、家の正面の壁を取りはらい、住人たちの異常な生活を効果的に暴いてくれるものはない」とコメントしている。

    もう一つの大いなる謎は、もしディテクション・クラブが組織されなかったら、その後の歴史はどう変わっただろうかというイフにまつわる疑問で、本編を通じて何らかの指摘がなされるかと期待したが、最後までなかった。本書で指摘されているのは、現実逃避の場として側面だ。確かに会員になることで、出版社に悩まされた時にも作家は孤独ではなくなり、セイヤーズなどはコリンズ社への抗議活動を組織したし、会員の知恵や助言を得て自身の作品につなげるなどの恩恵はあったが、クラブの意義をもう少し多面的に描き出してほしかった。

    文中に出て来る話が、作者の周辺で起こった話なのか、当時騒がせた実際の出来事なのか、小説のあらすじなのか、しはしば区別がつかず、混乱した。翻訳も拙く、"彼"や"彼女"が誰を指しているのか分からない使われ方をしている。例えば、「その事件の犯人のパトリック・マーンは、騙した愛人のエミリー・ケイを前の晩に殺害したバンガローにある女性を誘っただけでなく、被害者の遺体が隣の部屋に横たわっている状態で、彼女と性交した」という文章も、よく読めばへんてこな文章で意味がわからない。

    「映画の力はそれより曖昧だった。数えきれないほどのテレビドラマや映画化作品が、彼の心配が杞憂だったことを示しているが、アルフレッド・ヒッチコックは黄金時代の小説に感情が欠けていると感じ、『どれもこれも、結末だけに興味が集中している』と不満を漏らした」という文章を読んで、この"彼"が誰を指しているのか分からなかった。この前文に"彼"に相当する人がいないので、ヒッチコックのことだと思うが、こういうスタイルの翻訳はこれまで目にしたことがなかったので慣れるのに時間がかかった。

    ダニエル・デイ=ルイスの父(ニコラス・ブレイク)が、クラブの会員で有名な探偵小説を書いていたなんて知らなかったが、セイヤーズとバークリーの2人についても詳しくなった。セイヤーズは新しい角度から本を宣伝する才能に恵まれた根っからの広報担当で、猛烈なバイタリティと高圧的な態度は自身の壊れやすい感情の裏返しだ。バークリーは、機知と魅力と天賦の才が、冷酷さと混ざりあった人物で、驚くほどの厚かましさと、救いようのない女たらしが同居し、女性に対しては愛と憎しみが交錯する倒錯した感情を併せ持つ。

  • 1930年に発足した英国の探偵小説作家の団体である「ディテクション・クラブ」。作家の親睦団体であるが、頭蓋骨を使った独特の入会儀式などがあり、秘密結社的な感じも受ける。そんなクラブの設立から、戦中戦後を通したサロンの行動を紹介する。ゴシップなども多いが、当時の時代背景と作品との関連が解説されており、貴重な資料となっているし、当時の作品をこれから読むときの理解の助けにもなる。

    本書を読むきっかけは、その時代の作品が好きだから。本書を読んで気が付いたのは、アガサ・クリスティ以外の作品をほとんど読んでいないこと。好きだと思っていたのは、その時代のミステリではなくクリスティ作品だったという落ちだった。これをきっかけに他の作家の作品を読んでみようと思う。

  • ドロシー・L・セイヤーズ、アントニー・バークリー、アガサ・クリスティーを中心に、英国の<探偵小説の黄金時代>を彩った探偵作家の親睦団体「ディテクション・クラブ」の歴史と謎を描いた本作は、その情報量もさることながら、読み物として大変面白かったので、読み終わるのが名残惜しいほどでした。
    それぞれの作家の作品が、実は実際に起こった事件や、「ディテクション・クラブ」を介した作家同士の綿密なつながりなどから生まれた作品であったという発見は大変興味深く、過去に読んでいた作品もその視点から改めて読み返したくなりました。また、現在まで未読である作家の作品も読みたくなり、早速、ヘンリー・ウェイドとリチャード・ハルの既訳作品を集めてみたところです。

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著者プロフィール

Martin Edwards (1955~ )イギリスのミステリ作家・評論家。約20冊の長編、50編以上の短編を発表、英国推理作家協会(CWA)の最優秀短編賞を受賞した。多数のアンソロジーを編纂し、英国国立図書館の〈古典ミステリ〉シリーズの監修など、精力的に活動している。現在、ディテクション・クラブ会長および英国推理作家協会会長。

「2018年 『探偵小説の黄金時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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