精霊たちの家

  • 国書刊行会
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  • Amazon.co.jp ・本 (426ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336036124

感想・レビュー・書評

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  • 著者の自伝的な小説。語り手は孫娘のアルバで、冒頭は祖母のクラーラが少女だった時代に、ノートに日記をつけ始めたところから始まる。
    革命、農地解放などの香りはまだ感じられず、けれど議員だった父親のいざこざに巻き込まれて、姉のローサは毒を飲んで死んでしまう。クラーラはこの9年後、姉の婚約者であったエステーバン・トゥルエバと結婚し、ブランカという娘と双子の男の子を授かる。
    「精霊たち」とは祖母のクラーラが見えていたらしい精霊たちのこと。この精霊たちが家をうろうろしているときは、家庭はとりあえず平和が保たれている。けれど家が荒れ始めると精霊は逃げ出してしまう。
    語り手のアルバが恋をするような年齢になると、政治は激変し、一家もこれに翻弄される。
    決して絆の強い仲の良い家族ではない。エステーバンは民主主義者で他の家族は共産主義やら社会主義に傾倒していて、いつでも家の中にはいざこざが絶えないし、クラーラは娘を殴られてからエステーバンとは死ぬまで口を利かなくなる。けれど離別とかそういうことは一切彼らは考えない。愛に重きを置かないといえば冷たく打算的に聞こえるだろうけれど、生き延びることが人間最優先しなければならないことであり、愛なんていう不安定なものを家庭生活の基盤にしていたらこの家族は早々に離散していたことだろうと思う。別に愛情のない冷たい家庭というわけではない。それぞれがそれぞれの役割に熱心というか、そうであれば家族というものは成り立つんだな、きっと。愛の価値を過信すべきではないと思いました。でも美しい一途な恋の話も入ってたり。けれど恋はいつでも家庭と祖国を離れたところでしかかなっていなかったな。

  • 南米文学好きだけれど、女性作家を読むのはもしかして初めてだったかも。なんというか、ずっしり重量感のある、女三代記でした。

    三代記とはいえやはり祖母クラーラの存在感が圧倒的。予言をしたり、手を触れずに椅子を動かしたり、蓋をしたままのピアノでショパンを弾いたりできる彼女の言動は、マジックリアリズムというよりはわりとストレートに超能力者なのだけれど、かといって「エスパー」なんてSFちっくに呼ぶのはちょっと違う微妙なニュアンス。乳母のみならず本来なら面倒な小姑のはずの義姉フェルラにまで赤ん坊のように溺愛され、子供を産んでも主婦らしいことはほぼせず心霊術仲間とのサークル活動中心のクラーラの生活はふわふわと現実感がなく、横暴だけど彼女を熱愛してる夫エステーバンの農場再建、政界進出などの現実的な生き様とは対照的。

    クラーラの浮世離れしたキャラクターのせいもあり、波乱万丈ながらまだ牧歌的なこの時代のエピソードが、読んでいて一番楽しい時期だった。クラーラをびっくりさせようとして変装する乳母のエピソードなんかは微笑ましいし、クラーラのおかげで人間性を取り戻したフェルラの献身は涙ぐましく、なんやかんやで妻に構ってほしいエステーバンの理不尽な言動も可愛いと思えるレベル。

    クラーラの娘ブランカは、三代の中では一番印象が薄くて、身分違いの幼馴染との激しい恋を貫いたロマンティックな側面が強かったかも。「百年の孤独」より「嵐が丘」っぽい、と言われる所以は多分このブランカのエピソードの影響だと思う。

    ブランカの娘アルバの時代になると、不穏な国内情勢、政治的な陰謀など、個人レベルを超えた波乱が襲い掛かってくるので、読むのがちょっと辛かった。面白くないという意味ではなく単純にアルバの運命が過酷すぎて、目を背けたくなった。怒りっぽくて横暴な頑固爺だったエステーバンも、このころになるともう憎めない。恋愛相手として通り過ぎてゆくだけの他の男性キャラクターと違い、祖父エステーバンだけはしっかり大地に根を下ろして、女三代記のバックボーンを支えている。むしろ彼の因果応報が孫娘の身に降りかかったわけで、これは女三代記であると同時に男一代記だったのかもしれない。

    要所要所でエステーバンを助けることになる娼婦トランシト・ソトがカッコよくて好きでした。エステーバンに対する因果応報という意味では、トランシト・ソトとのエピソードは善い行いのほうが報いられた結果ともいえる。かつて彼が強姦した女の孫(彼自身の孫でもある)が彼の最愛の孫娘を強姦し、彼が助けた娼婦がその孫娘を救い出す。そこだけみるととてもシンプルな構造。とにかく最後までぐいぐい読ませる吸引力が凄かった。読めて良かった。

  • 歴史に翻弄される3世代家族の年代記。夜更かしして一気読み。うーんこれは途中でやめられない面白さだった。ところどころに「あとでひどいことになります」フラグがたっているんだけれど、からっと賑々しく、情熱的なシーンが連続なので、大河ものにありがちなげんなり感が全然なかった。読み終わってから、「ああそういう話だったんだ」って気がつくような本。アジェンデさんには処女作としてこれを書く、十分な動機があった。

    面白かったのは、キーパーソンが消えたあとの家族の解体のあっけなさ、女の人の愛情表現・人生に対するやる気が「人の面倒をかいがいしく見る」に集約されるところ(結局そうなんだろうなって思う)、家族みんなが状況に応じてその気質・ふるまいを変えていくところ(お母さんがいつまでもお母さんじゃないとか)。

    精霊に期待して本書を手に取ったけれど、魔術的エピソードより現実的な描写の積み重ねが印象に残った。だからこそ、終盤のとんでもない展開が史実と重なって伝わってきて、心臓をぎゅっとつかまれるような気持になった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「心臓をぎゅっとつかまれるような」」
      荘厳さと残酷さに彩られた、現実離れした世界でした。
      文学全集に入ったので、もっと人の目に触れるようにな...
      「心臓をぎゅっとつかまれるような」」
      荘厳さと残酷さに彩られた、現実離れした世界でした。
      文学全集に入ったので、もっと人の目に触れるようになるでしょうね。そうしたら、もっと色々訳されるかも。。。
      2012/09/07
    • なつめさん
      nyancomaruさん
      アジェンデはこんなにおもしろいのに、あまり知られていないですよね。とりあえず次は『エバ・ルーナ』が楽しみです。
      nyancomaruさん
      アジェンデはこんなにおもしろいのに、あまり知られていないですよね。とりあえず次は『エバ・ルーナ』が楽しみです。
      2012/09/07
  • 町ができ、賑わい、廃れていく。男が野心を持ち、富豪となり、死ぬ。女が生を授かり、生を授け、代を紡ぐ。国に革命が起き、若い政権が生まれる。

    神話を思わせるスケールの大きな筋立ての中で、上記のチリ現代史が語られていく。ただしその語りは、超能力を授かった女系主人公たちを通して、魔術的に進められていく。

    クーデター後の暗黒を語る、悲惨で救いの無い終盤。ルシュディの「真夜中の子供達」もそうであったが、夢あふれる物語が、次第に現代史の闇に塗りつぶされていく。その迫真の筆致は息をのむ。

    それでも何か、ほのあたたかい接触感がある。長編小説の醍醐味を最大限に味あわせてくれる一冊。

  • 作者自身の家族の歴史をモチーフにした、アジェンデのデビュー小説。親子三代にわたる大河ドラマが、個性的な人物や魔術的なエピソードを交えて描かれるという構成で、ちょっと「百年の孤独」を思わせます。1990年代に「愛と精霊の家」という題で映画にもなりました。

    初代の主人公である祖母クラーラは、精霊と語り合うことのできる神秘的な女性。そのほかにも次々に風変わりなエピソードや個性的にして愛すべき人たちが出てきて、ラブストーリーあり、革命あり、家族愛あり、面白さにどんどん読めてしまいます。
    正直「百年の孤独」ほどの迫力はないんですが、自分の家族をモデルにしたからなのか、独特の親密さがあって、また別の味わい。

    小説の終盤、孫娘が経験するピノチェトのクーデターは、教科書で見たことがあるとはいえ当事者に語られるとまた衝撃的。この孫娘は作者と同世代で、略歴を見ると決して厳密な意味で「自伝的」ではないんだと思いますが、こんなクーデターを経験し、その後亡命した作者が、自分の家族と祖国の物語を「書かずにはいられなかった」という言葉が身にしみました。実際、小説では「大統領」としか書かれませんが、クーデターで亡くなったアジェンデ大統領は作者の父親の従兄弟だそうです。

    「旧植民地で旧宗主国の言葉が通じる」ことよくあるけれど、スペイン語ほどそれが国語として根付いたものはないよなあ、ということをなんだか改めて感じもしました。
    ペルー生まれチリ育ちのアジェンデは、きっと当然のようにコロンビア人の書いた「百年の孤独」を原書で読み、亡命先のベネズエラで小説を書き始めたわけですからね。
    うーん、なんだかスペイン語を勉強したくなってきた(←思いつき)。

    池澤夏樹さんの世界文学全集が続々刊行中ですが、この本もこの訳で全集に入るようです。この全集、なかなか素敵なラインナップで、装丁もいいんですが、これに入ったらしばらく文庫にならないんだろうなー、と思うとちょっと複雑なものがあります。いくつかすごく読みたい作品がはいってるんですよ。まあそもそも世界文学って文庫に落ちにくいですけどね。

  • ある一族の100年弱にわたる年代記であり、19世紀末から1973年の軍事クーデターまでのチリの大河小説でもある。
    またいわゆるマジックリアリズムの手法をとっているという点もあいまって、マルケスの『百年の孤独』に比される力作。

    しかし、形式的には似ているとはいえ、読んでいてあまり相似は感じない。
    マルケスの場合、文章や登場人物が暑苦しく、読んでいて熱帯の熱気と汗と埃がこっちまで伝わってきそうな感じなのに対して、本作は語りも登場人物もエピソードも…何というか…スッキリした感じがする。登場人物の瑞々しい感情の発露など、やはりこの雰囲気は女性ならではのものなんじゃないかと思う。
    むしろ読んでいて思い出したのは、E.ブロンテの『嵐が丘』である。短気で執念深いエステーバンは狂気に満ちたヒースクリフを何となく彷彿とさせるし、魅力的な女性の登場人物が多数登場するあたりも雰囲気が似ている。ような気がした。

    人によっては「『百年の孤独』の二番煎じ」と酷評するらしいが、個人的にはそうは思わない。百歩譲って相似点がたくさんあるから二番煎じだということにしても、この大作を最後まで読みきっておいて駄作だと断ずることはまともな感覚の人間のできることじゃないと思う。少なくとも、すべての前提知識をほっぽり出してこの作品を単独で評価するなら、悪評をつけられるはずのない実に良い小説である。


    あと、訳者である木村榮一氏の解説がなかなか素晴らしい。

  • ものすごい大河ドラマ。読みごたえあります。彼女の存在がもっと日本に広まって欲しいとひたすら思う。

  • 精霊たちの家

  • 以前にテレビでこの本を原作とした映画を観て、強烈な印象をもって、いつかは読もうと思っていた。

    が、なかなか重そうな話だし、最近は小説をあまり読まないので、つかれそうだな〜、と思って、そのままになった。

    そういうなか、なぜか、長年読みたいと思っていたけど読んでいなかった重厚長大なトーマスマンの小説を読んだ勢いで、こっちも読んでみたという次第。

    マルケスの「100年の孤独」の女性版というイメージでの紹介もある。たしかに母娘3代にわたる話だが、年数としては70年くらいなのかな?物語の最初から、ほぼ最後までいるのは、一人の男性なので、たんに女性の物語とも言えない。

    もしかすると、これは、貧困のなかから財を築いた強情で、怒りっぽく、性欲のかたまりの男の一生かけた不器用で純粋な愛の物語なのかもしれない。

    時代としては、20世紀の初頭から70年台くらいまでの話。場所は南米のある国という設定だが、あきらかにチリ。ときどき、ヨーロッパで戦争があったり、大恐慌が起きたり、ナチスが政権をとったり、といった話が物語にゆるやかに伝わってくるが、それは遠い世界の話という感じ。

    そういう現代史から通そうな国でも、社会主義の動きがだんだん強まっていって、社会的な緊張が高まっていくさまが伝わってくる。

    物語のクライマックスでは、社会主義政権が登場し、社会改革を進めるとともに、数年後にクーデターがおきて軍事政権が誕生。そうしたなかで、この長い物語がじわじわつ紡いでいた緊張構造が、様々な形で、表出していく。

    作者は、チリの社会主義政権のアジェンデ大統領の親戚ですからね。リアリティがすごい。

    と書くと、かなり暗く、重い小説に聞こえるかもだが、書き振りはたんたんとしていて、ユーモアがあるな。

    そして、タイトルにあるように精霊やら超常現象満載なんだけど、オカルティックにはならず、たんたんと明るく、楽しく、そんなものという調子で書いてあるのも魅力。

  • マルケス『百年の孤独』の影響を強く受けた大河ドラマ。どちらに衝撃を受けたかと言われれば『百年…』だが、どちらが面白いかと問われれば『精霊たちの家』。小説として出来上がっている。

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著者プロフィール

1942年、ペルーのリマで生まれる。生後まもなく父親が出奔、母親とともに両親の祖国チリに戻り祖父母の家で育つ。19歳で結婚後、雑誌記者となるが、1976年、アジェンデ政権が軍部クーデターで倒れるとベネズエラに亡命。82年、一族の歴史に想を得た小説第一作『精霊たちの家』(河出文庫)が世界的ベストセラーとなり、『エバ・ルーナ』(87)、『エバ・ルーナのお話』(89。以上白水Uブックス)など、物語性豊かな作品で人気を博した。88年、再婚を機にアメリカへ移住。その他の邦訳に『パウラ、水泡なすもろき命』(国書刊行会)、『天使の運命』(PHP研究所)、『神と野獣の都』(扶桑社)、『日本人の恋びと』(河出書房新社)など。

「2022年 『エバ・ルーナのお話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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