- Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334768706
感想・レビュー・書評
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あなたは次の五人のうち、どの人に自分を重ね合わせますか?
① 『何においても、上から三番目の人生を送ってきた』
②『私はずっと一番目の人生を送ってきた』
③ 『ずっと下から三番目の人生を送ってきた』
④ 『特に自分の意思を持たない凡庸な女』
⑤ 『物心ついたころからデブでブス』
さて、いかがでしょうか?自分のことを、”⑤”とはなかなかに言い難いような気もしますが、かと言って、”②”のように言い切るのもそれはそれで勇気がいることだと思います。しかし、人の人生は多種多様です。頂点に立つ人がいれば、それを仰ぎ眺める人もいる、そしてその間に無数の人の存在があり、それらの人たちの無数の人生があるのです。誰の人生にもドラマがあり、誰の人生もドラマになるのだと思います。
さてここに、立ち位置の異なる五人の女性たちが主人公を務める物語があります。五人それぞれの人生の中にそれぞれの人生の喜怒哀楽を見るこの作品。そんな女性たちが男性アイドルユニットを愛するが故に繋がっていくのを見るこの作品。そしてそれは、『今ここにいる五人はすべて違う社会の層に生きている』という現実の一方で、それでも繋がりを持っていく五人の思いを感じる物語です。
『五年前に買ったマンションは、そのマンションの中で三番目に広い部屋だ』、『私は一番広い部屋に住みたかったのだが』『結婚した男にはそこまでの収入がなかった』というのは主人公の桜井美佐代。それは、『男の提示した予算では〇・七カラットのダイヤしか買えなかった』『結婚指輪』でも同じことでした。『何もかもが微妙に足りない』と思う桜井は『何においても、上から三番目の人生を送ってきた』今までを思います。『いつでもどこでも必ず、私の上にはふたりの女がいる』と思う桜井。そんな桜井は『今日も遅くなるから』と出かける『九歳年上』の夫のことを思います。『夫が家に帰ってきた日は欠かさずセックスしつづけてきたのに私は妊娠しなかった』という桜井に『業を煮やした姑』は離婚を迫るも、逆に『子宮にも卵巣にもなんら問題がないことを証明する診断書』を突き付けます。『美佐代さんが拒んでるんじゃないの!?』と言う姑に『四着ばかりの』制服を見せる桜井は、『KGB64の衣装のレプリカです』と言うと、夫はこの『高校生アイドルグループ』の追っかけをしており、『求められるままにこれ着てます』と説明すると、夫の『精子のしみ』を見せます。『姑の顔を見て』『勝った』と思うも可哀想にも思えてきた桜井。『旧帝大』を卒業し、『テレビ局に就職し、順風満帆な遊び人人生を』送った先が『インディーズアイドルのコスプレ』であるという現実に、『それ以来姑は何も言わなく』なりました。『専業主婦でいさせてくれること、毎月きちんと百五十万円を稼ぎ出してくれること。それ以外を私は夫に求めない』という桜井は、『週に二日くらいは愛人の家に泊まっている』と思われる夫のことを思います。『三番目の女は愛されない』と思う桜井。そして、ある日『渋谷の、ディセンバーズストア』へと出かけた桜井。『ディセンバーズの、デビュー前アイドルグループであるスノーホワイツに夢中』という桜井は店内へと入ると『スノーホワイツの神田みらい君の新しい写真ぜんぶください』と大人買いします。そして、『部屋へ戻り、購入した十八枚の写真をアルバムに収め、眺める』桜井は、『神田みらい君の三年間の軌跡がここにある』と思います。そんな『十八枚の写真を飽きず眺めていた深夜二時ごろ、夫が二日ぶりに帰宅し』ました。『ごはんは?』、『食べてきた』、『そう、お風呂は?』、『入ってきた、…っ!』というやりとりになんとも『迂闊な人だ』と夫のことを思う桜井は、『私、先に寝てるから』とその場を後にしようとします。そんな桜井に『待って、話がある』と言う夫は『この家から出て行ってくれないか?』、『さなちゃんが、さなちゃんがどうしても東京のオシャレなタワーマンションで暮らしたいって言うんだ。叶えてやりたいんだ』と続けます。『KGB64のBグループで、今度うちで冠番組をやることになったレギュラーの子』と説明する夫に、桜井は『あなた、枕されたの?』と訊きます。沈黙を守る夫に『されたのね?あなたがプロデューサーやる番組なのね?』と詰め寄る桜井は、『ずるいよ!仕事の立場利用して好きなアイドルと寝れるんでしょ、だったら私もみらきゅんと寝たいよ!一度で良いから寝てみたいよ!』と言うと『夫の鞄を、力いっぱい床に向いて投げ付け』ます。そんな鞄からは『バカみたいにカラフルなコンドームの箱が床に、滑るようにして転が』りました。そんな夫婦の修羅場の先にまさかの物語が描かれていきます…という最初の短編〈アヒルは見た目が10割〉。順番に五人の女性が登場する物語のトップバッターとして強烈な印象を残す桜井を見る好編でした。
“容姿も境遇もまったく異なる5人の女性。共通項は人妻、35歳、そして男性アイドルユニット「スノーホワイツ」の熱狂的ファンであること。ステージ上の「恋人」に注ぐのは、歪だけれど、狂おしいほどにひたむきな愛。たとえ手が届かなくとも、たとえ現実が悲惨でも、「彼」さえいれば、人生は美しい ー。女の本音を余すことなく描いた“‘最凶恋愛小説’”と内容紹介にうたわれるこの作品。「婚外恋愛に似たもの」という怪しい書名と、独特な魅力を醸し出す一人の女性が描かれた妖しい表紙が読者を誘います。そんな誘惑にスルスルと手に取った私ですが(笑)、そこには宮木ワールド炸裂な物語が描かれていました。
そんな物語でまず注目したいのは、強烈な断定口調で飛び出す宮木節が炸裂するところです。いずれも本文中に当たり前のことを言っているかのごとく飛び出すものです。三つほどご紹介しましょう。
・『生涯収入の大半と引き換えに東京03の電話番号を手に入れるか、今後家計が少しでも楽になるようにと千葉の04Xの電話番号を甘んじて受け入れるか、既婚者の人生の大半はそこで決まる』。
→ 首都圏にお住まいでない方には意味不明かもしれません。この断定口調は、『江戸川を越えると、そこは千葉である』という一文に続いて登場します。さあ、この一文、どうなんでしょうか?
・『男と女で、アイドルに対しての意識は違う。男にとってのアイドルはオナニーのお供かもしれないけれど、女にとってのアイドルはデトックスだ。コンサートから帰ってきたあと、思い出してオナニーするなんてことは絶対にないので、男女が判り合えないのは当たり前だ』。
→ この作品では主人公となる五人の女性たちがアイドルグループにハマっている様が描かれています。そんな『アイドル』に対する男と女の意識の違いを宮木さんはこんな風に切って捨てます。『オナニー』といった言葉を一才の躊躇なく登場させるのが如何にも宮木さんです。清々しいまでの説明ですね!
・『日本に差別はないと国は言い張っているけれど、庶民の属する「世間」にはヒエラルキー制度、すなわち「似たもの同士がくっつく制度」が絶対にある。声の大きな人が誰も口に出さないだけだ』。
→ これは高い視点からのひと言です。『差別』という言葉の先に、『ヒエラルキー』を登場させる宮木さん。確かに、世の中、『似たもの同士がくっつく制度』で回っている気がしますね。この作品ではこの点について最後の短編で一つの興味深い世界を見せていただけます。
ということで三者三様の断定口調で語られる一文を抜き出してみましたがいかがでしょうか?中には反発を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、ここまで切れ味鋭く断定口調が飛び出すのはある意味で爽快だと思います。
そんな物語は六つの短編が連作短編を構成しながら展開していきます。最初から五番目までの短編には、それぞれ一人ずつ主人公が登場し、最後の短編はそんな五人が大団円を見せて幕を下ろすという構成になっているのですが、とにかく、なんじゃこりゃという短編タイトルがつけられているのが特徴です。是非、そんな短編タイトルとともにそれぞれの短編の主人公の位置づけをご紹介しましょう。大前提として全員が35歳であり、そして男性アイドルユニット「スノーホワイツ」の熱狂的ファンであることが共通しています。
・〈アヒルは見た目が10割〉
→ 桜井美佐代が主人公、専業主婦、夫は『テレビ局の職員』、『何においても、上から三番目の人生を送ってきた』、『神田みらい』のファン
・〈何故若者は35年生きると死にたくなるのか〉
→ 益子昌子(ましこ まさこ)が主人公、『スーパーマーケット』のパート、夫は『カラオケ屋と夜間工事のバイト』、『ずっと下から三番目の人生を送ってきた』、『八王子(はち おうじ)』のファン
・〈ぬかみそっ!〉
→ 隅谷雅(すみたに みやび)が主人公、『財務投資顧問』、『私はずっと一番目の人生を送ってきた』、『高柳主税(たかやなぎ ちから)』のファン
※クレジットカードは『センチュリオン』!
・〈小料理屋の盛り塩を片付けない〉
→ 山田真美が主人公、専業主婦、夫は『エッセイスト』、『特に自分の意思を持たない凡庸な女』、『皐月(さつき)ジルベール』のファン
・〈その辺のフカフカ〉
→ 片岡真弓(ペンネーム 乙部しろまる)が主人公、BL小説家、夫は『ごくつぶし』、『物心ついたころからデブでブス』、『星』のファン
※BL小説「俺と過去とみらい」および続編が読めます!
・〈茄子のグリエ~愛して野良ルーム2〉
→ 全員登場!
五人の主人公はそれぞれに持って生まれた個性の元に生きています。それが上記もした『何においても、上から三番目の人生を送ってきた』、『ずっと下から三番目の人生を送ってきた』、そして『私はずっと一番目の人生を送ってきた』というそれぞれの自分に対する認識です。『特に自分の意思を持たない凡庸な女』、『物心ついたころからデブでブス』も含め、私たちは生きれば生きるほどに集団の中での自分のポジションというものを認識していきます。そして、自然とそのポジションに応じた生き方を選んでいくようなところがあるようにも思います。この作品では、五人の主人公それぞれが、仕事に、恋に、日々の生活に邁進する姿が描かれています。宮木さんなりの誇張の先に描かれる主人公たちの人生はどこかコミカルではありますが、コミカルに見えれば見えるほどにその実際のところは厳しい現実と向き合うところもあるのだと思います。例えば自分のことを『何においても、上から三番目の人生を送ってきた』と思う桜井はその人生をこんな風にも見ています。
・『三番目の女は常に何かが足りなくて、孤独である』。
・『三番目の女は愛されない。愛されたとしてもそれは非常に短期間である』。
それは、『いつでもどこでも必ず、私の上にはふたりの女がいる』という思いがそんな思いを抱かせもします。では、上に誰もいなかったらどうなるのか。それは、『私はずっと一番目の人生を送ってきた』という隅谷雅の人生です。しかし、そんな隅谷はこんな風に自身の人生を思います。
『ただひとつ、今でも一番になれないことがある。私はチカちゃんおっかけの頂点に立てない』。
何事にも一番である人にとっての悩みは贅沢だなあという気もしますが、そんな隅谷は『おっかけ』の相手である高柳主税に特別な思いを抱いてもいます。
『チカちゃんを一番好きなのは、この私なのに』。
そんな鬱屈とした思いの中に生きる隅谷は、『自らの手で稼ぎ出した財力に頼』る中にやはり一番の座を獲得すべく行動に移していきます。それぞれのポジションにある人がそれぞれのポジションの中で思い悩む様を見せる五つの短編は、どれをとっても等分に面白い内容です。そして、そんな五つの物語が繋がりを見せるのが男性アイドルユニット『スノーホワイツ』のそれぞれのメンバーを思う主人公たちの姿です。『庶民の属する「世間」にはヒエラルキー制度』があると解く宮木さん。しかし、そんなヒエラルキーを超えるのがアイドルのおっかけです。物語では、本来繋がることなどなかったはずの五人の女性たちが『スノーホワイツ』の面々を追っかける中に繋がりをもっていく様が描かれます。それぞれが普段生きる生活圏は大きく異なります。同じ焼き肉を食べても『この先こんな冥土の土産レベルの肉は二度と食べられない』と思う益子に対して、『平然とした顔で』肉を次々と注文する隅谷と桜井。しかし、そんな場の話題は『スノーホワイツ』という共通点。そこには仲間と言える関係が生まれ、確かに人と人の繋がりが生まれてもいきます。『社会のヒエラルキー』の存在を描きつつ、その融和を鮮やかに描く宮木さんの筆致。爽やかに終わる結末の先に宮木さんらしい物語作りの上手さを感じる物語がここにはありました。
『社会のヒエラルキーの天井は透明で上階層の人の足の裏は見えるが、ものすごく分厚くて破れない。そして上へのぼるための階段は存在しない』。
35歳の女性五人が短編ごとに主人公を務めるこの作品では、『社会のヒエラルキー』の中でそれぞれの今を必死で生きる彼女たちの姿が描かれていました。男性アイドルユニット『スノーホワイツ』のファンであることを共通に主人公たちが繋がっていく様を見るこの作品。宮木さんならではの強い断定口調の切れ味の鋭さに酔うこの作品。
憧れの存在がどんな時でも人生を明るく照らしていくことの貴さを見た、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
美醜のさが激しい熱狂的アイドルオタの短編集。
それぞれの視点で語られ、アイドルグループがデビューして歓喜で終わる。
社会の層の、関わることのない層がアイドルによって関わるのが面白い。
色んな生き方があるんだなぁ -
読書メーターより。2021.11.17読了。
容姿も育った環境もまるで違う女性5人の連続短編集。共通点は、アイドルグループ「スノーホワイツ」のファンであることと、35歳であるということ。
がっつりアイドルオタクに寄った話ではなく、アイドルの存在を生きる糧にしているというだけで、5人全員がいろんな悩みやどうしようもできない現実を抱えて生きているところに共感しました。
恵まれているように見える人にもそりゃ悩みや生きづらさを感じることはあるよなあ、と自分の視野の狭さに気付き反省。
「アイドルはデトックス」には共感10000000000%でした! -
また読み返してしまった。女性ってそれぞれの立場があるんだよなあ、結局そこに甘んじるというか、、いろんな人生があるけど、他人にはなれないんだよなあ。それでも桜井さんか山田さんになりたい。。
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容姿も境遇も、所属するヒエラルキーが全く異なる5人の女性ー
共通点は三十五歳という年齢と男性アイドルユニット「スノーホワイツ」の熱狂的ファンであることのみ。
ステージ上の彼らへ注ぐのは「完璧な存在への崇拝」「理想の息子像」等、歪だけれど狂おしいほどにひたむきな愛。
たとえ現実が悲惨でも「彼」さえいれば、満たされるー
“最凶恋愛小説”
特殊な世界…だけどアイドルおたくの生態(うちわとかテープとか)も知ることができて面白かった-
結婚相手は割れ鍋に綴じ蓋的に各々釣り合ってる感が、また、現実的。
作中作のBLには…もう…何と言っていいか…
完全には満たされない現実からの逃避先、だけど、これほど熱中できるものがあるって羨ましくもあるな-
美佐代は姑なんか無視して、本当に欲しいなら確実な手段を取ればいいのにー
片岡さんと益子さんのこと現状満足状態が不思議に思ってるようだが、あなたも同じだろうに。と。
先に読んだ『憧憬☆カトマンズ』の方が清々しくて好みかな- -
ドルオタと腐女子ネタ…すっげえな…
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1番上、上から3番目、真ん中、下から3番目、1番下。私は女としてどこに所属してるんだろう。とゲスなことを考えてしまった。
女の世界は狭い。とにかく狭い。
自分を主張できる場所は男に比べてかなり少ないということは私も日々感じていることだけど、〇〇さんの奥さんとか〇〇ちゃんのお母さんとか、そんなくだらないことでしか自分を表現できないなんてなんか違う!私は私!だからアイドルにハマっちゃう!っていうその単純明快感がすごく面白かったです。
各章のタイトルもセンスありで登場人物も魅力的。
今年最後に面白い作家さんを見つけてしまった。 -
立ち寄った書店でたまたま見かけて購入。作者についても作品についても予備知識はゼロの状態。連作短編集。
登場する女性達は年齢と同じアイドルグループに夢中なことが共通点。
逆に言うとそれ以外は生活レベルも容姿もまるで違う。
ドロドロしたところはあまりなく、登場人物それぞれがアイドルから日々のエネルギーをもらっているんだな、と感じさせる話だった。
「オタク趣味でしか繋がりがない」という点で、「りさ子のガチ恋v俳優沼」のような儚い関係を想像していたけど、いい意味で距離をとった関係でよかった。
モデルとなったアイドルグループについて、私は全く分からなかったが、ジャニーズファンならすぐに思い至るんだとか。
それにしても、十代の頃からファンから一方的な情熱をぶつけられて、勝手にその存在を支えとされているなんて、改めてアイドルってすごい職業だな。 -
面白かったです。デビュー前のアイドルグループにはまる5人の主婦35歳の話!!ちょうど同年代だからか、共感できる部分も。同じ35歳で同じアイドルがすきでも、こうまで生活レベルの差があると…なんとも言いがたい気持ちにはなりますが、上を見ても不幸、下を見ても幸せにはなれない、ことがよくわかります。それでも、ハマれるものがあるって人生素晴らしいのでは。