月を見つけたチャウラ: ピランデッロ短篇集 (光文社古典新訳文庫 Aヒ 2-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752583

作品紹介・あらすじ

硫黄鉱山での重労働の果てに暗い坑道を抜け出ると…静かで深い感動に包まれる表題作。作家が作中の人物たちの愚痴や悩みを聞く「登場人物の悲劇」など15篇を収録。シチリア出身のノーベル賞作家が、突然訪れる人生の真実の瞬間を、時に苦々しく時にユーモラスに描く短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • ルイジ・ピランデッロ(1867~1936)は、イタリアのシチリア島出身の作家。シチリアといえば、もう少し後の世代になるイタロ・カルヴィーノやパヴェーゼらとともに活躍したヴィットリーニ(『シチリアでの会話』)くらいしか知らなかったのでとても興味をそそられた。しかも1934年のノーベル賞作家のようで、まったく知らなかった。

    結論からいうと、この人は文章がうまいなぁ! さらさら~と軽やかに、流れるように書いている――ように感じさせ、堅苦しさはないし、ぐいぐい読ませるあたりはジャック・ロンドンみたいな力強い巧みさだ。
    でもこの人の短編はほんとに短編なの? 中長編の途中でいきなり切れた感じがして、あれ? お~い、もっと続けてくれ~と思わせる不思議な作品ばかりだ。

    ピランデッロは有名な劇作家でもあり、短編の名手のようで、230余りの作品があるらしい。
    先に『カオス・シチリア物語』を読んでみると、シチリアの人々の愉快な気質や貧しい生活をベースに描いた、どこか郷愁をさそう作品が多い印象だった。

    ところがこの『月を見つけたチャウラ』は、もうすこし思弁的な作品が多い。笑いの危うさ、狂気、自身を他者のようにみつめる透徹した感性や幻想性が感じられる。奥深い作品が多くて格段におもしろい。翻訳者の作品選択も一貫性が感じられて素晴らしいと思う。

    「……喜劇作家の場合、それをただ笑い飛ばし、無意識のうちに生まれた幻影から築きあげられた自分のメタファーをしぼませることで満足する。風刺作家はそのような行為を侮べつする。ところがウモリズモ作家はちがう。虚構が暴かれることによって生じる笑いをとおして、深刻で痛ましい側面に目を向けさせる。……それは単に笑うためでも、侮べつの対象とするためでもない。笑いながらも、おそらくそこに同情や共感を見いだそうとするのだ」(ピランデッロ)

    訳者の解説では、「ウモリズモ」とは、ユーモアより奥深い語感で、日本語では「諧ぎゃく」に近く、「物事の滑稽さを浮き彫りにし、表現する能力……思慮にみちた鋭い知性と、深く、ときに寛容な人間に対する共感にもとづくもの」らしい。

    こうしたものをながめていると、古代ギリシャの喜劇や風刺からはじまり、『ドン・キホーテ』のユーモア、そしてわたしの好きな中欧(東欧)作品の悲哀ただよう笑い(諧ぎゃく)といい、連綿と続く文学作品の繋がりと深遠さに驚くばかりだ。

    貧困に喘ぐシチリアの人々、痛ましい二つの世界大戦、ファシズムの狂気……まるで道化のような世界と自身をひたすら魂の奥底に沈めながら、その軽妙な筆致の行間から這い上がってくる笑いの、なんとあはれなこと(2023/11.6)。

  • ヤマザキマリさんが好きな作家とのことで、気になっていた。シチリアの作家ということしか知らないまま読んだ。(有名な劇作家で、しかもノーベル賞作家です。)おもしろかった。シニカル、ときにブラックユーモア的な。だが嫌な気持ちにはならない。
    「ひと吹き」が一番印象に残った。「甕」はおもわず笑ってしまった。「手押し車」は、一瞬、悲惨なものじゃなくてよかったと安心しそうになったが、いやいや、狂気だよなと思い直したり。

    解説を読んで、困難な人生だったことを知った。ウモリズモという考え方があり、喜劇や風刺とは違うという。不条理な人生を生きる人間の滑稽さを浮き彫りにしつつも、そこには共感や同情心があり、だからこそ読後は不思議とからりとした明るさのようなものを感じられたのかと。全然明るい話ではないのだが。

    イタリア文学もまだまだ知らないものが多い。おもしろい作品が山ほどあるのだろうな。もっと読みたい。

  • イタリア人ノーベル賞作家の短編集。
    薄めの本だけど、全部は読み切れず。

    読んだ中では、「笑う男」が印象深い。
    寝てる間ゲラゲラ笑っているらしいが、なんの夢を見てるのかは本人は分かっていない。妻からは「さぞいい思いをしてるのね」と蔑まれ、自分では、過酷な現実を忘れさせ心の錘を取り除く高尚な夢を見ているのだろうと思うことにした。
    だが、ある時、夢の内容を思い出す瞬間がきた。
    その内容のあまりのくだらなさ、下衆さに、うんざりする、というお話。(ここで書くのも憚られるくだらなさ。)

    「手押し車」も、真面目で権威ある立場のひとが、くだらないことにハマっている、という点では、似たテイストだった。

  • 青森っぽい喩えで言うなら、スルメのような本です。よく読まないと(何度か読み返したりしないと)、その奥深さがわからない…

  • 『紙の世界』が一番ドキドキした。
    「それが彼の世界なのだ。紙の世界。彼の世界のすべて。」
    滑稽だと描かれてるのは分かるのだけど、本の世界に閉じこもる幸せを知ってるから笑えない。

    喜劇だし、皮肉なんだけど、何か悲しい。全部そんな感じ。生きてるのって喜劇で狂気なんだけど、自分の見える場所だけに自分の幸せがあるって背中押してもらった。
    以下、いくつか気に入ってるの。


    『月を見つけたチャウラ』
    誰に必要とされて生きてるのか分かんない。だけど月を急に”見付ける”瞬間の幸せがくっきり描かれてる。幸せ。

    『手押し車』
    本物の狂気ってこういうものだな、ってゾッとした。だけどそれが幸せなのも伝わる。気持ち悪さの上に、抑圧の中の幸せを感じ取れて好き。

  • 「手押し車」が一番お気に入り。 アテクシ(男)自宅で仕事してるのインテリだから。いわゆる書斎ってやつね。子供達(四人いる)には、入っちゃ駄目だし自分がここにいる時にはうるさくするなって言ってあるの。  だから快適よ! 。。。なんだけどさ、実はうちには犬がいてね、当然のようにアテクシの仕事場で、さも自分の犬小屋のようにぬくぬく昼寝してる訳よ。理由はないんだけど何かムカつくの。さあ、歩いてみなさいー、それえー!(犬の前足を手に取り無理矢理二足歩行させる=手押し車)おほほう!これがアタシの復讐の仕方よ!

  • 光文社古典新訳文庫は他で見かけないものを翻訳してくれて好きなんだけど(新訳より初訳ものを評価したい)、ちょっと値段が上がってきましたよね。文庫でこのページ数で1000円オーバーは厳しい。とか言いつつ読みたいから買っちゃうんだけど。

    さて閑話休題。ピランデッロはイタリアの劇作家でノーベル文学賞受賞者だそうです。毎日1話読めるという365作の短編集を書こうとしたけれど志半ば(それでも確か200数十編)でお亡くなりになったそうで。これはその中から選ばれた15作の短編集。劇作家でもあり、演劇用に脚色された作品の元ネタ短編とかも多く、なるほど、演劇っぽい不条理やブラックユーモア系の作品が多いのも納得。

    個人的に好きだったのは、幻想色の強い「ひと吹き」、民話というか土着の伝説的な匂いのする「すりかえられた赤ん坊」(日本の妖怪だと姑獲鳥とかに近いノリ)、ある日突然自分が自分であるという確信を失ってしまった男の狂気「手押し車」、誰が狂っているのかわからなくなる「フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏」、人が死ぬ前に見るという走馬灯のような「ある一日」なんかが面白かったです。本を愛するあまり現実の人生をほとんど生きなかった男の「紙の世界」や、作家のところへ様々なキャラクターが押し掛けてきて愚痴るという「登場人物の悲劇」なんかは、作者自身の内的体験がちりばめられているようで別の面白さがありました。

  • 適当に借りた本で、短編一つ一つが理不尽や独特の個性を持っており、伝えたい事よりも、物語の不思議さと、人間の複雑さを描いていたように思える。
    面白いとは思わなかった。

  • 友達に「ルシア・ベルリンにちょっと似ている」と教えてもらった作家で読んでみたんだけど、確かに後半の狂気と死、悲惨な運命をからからしたユーモアで書いていくあたりはちょっと似ているかも。面白かった。好きなのは「使徒書簡朗誦係」「フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏」あたり。何が狂っているのか、おかしいのは何なのか、分からない。でも、悲惨を滑稽にすり替え、何が正しいのかとか、正しくあることに意味なんてないだろう?と言わんばかりの堂々とした書きぶりは好感を持ってしまう。
    最後の解説によると作者自身の人生も恵まれた生まれながら相当残酷な目にあっており、そこからこの作品群の凄みが生まれてくるのだなあと思った。悲惨だから、なんだというのか。現実がそのようにあるとして、笑うしかないじゃないか、と。他の作品も読んでみたくなる。

  • 奇妙な物語、奇妙な人たちがたくさん。

    先日読んだ『作者を探す六人の登場人物』の作者・ピランデッロ(ピランデルロ)の短編小説を集めた本。
    戯曲のモチーフになったであろう短編も色々あり、面白い。
    出てくる人たちが結構、妙な追い詰められ方をした妙な人たちが多くて、変人列伝みたいな趣がある。

    お気に入りは

    どちらかが狂人である、という二人が、町の人々に「あの人が狂人です」と主張し合う
    『フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏』

    急に女性に向かって「バカヤロー!」と怒鳴りつけた男が決闘をする羽目になる、その繊細な動機を描いた優しい短篇
    『使徒書簡朗誦係』

    どっちも設定が攻めてる。

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著者プロフィール



「2021年 『ピランデッロ戯曲集Ⅰ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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