- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784326550777
作品紹介・あらすじ
ビッグデータが活用されるようになり、企業や政府は商品やサービスのデフォルト(初期設定)を容易に設定できるようになった。だがそれだと、私たちの「選択する自由」はなくなってしまうのではないか? いま注目のリバタリアン・パターナリズム進化させ、サンスティーンは「個別化したデフォルト」という回答を鮮やかに示す。
感想・レビュー・書評
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最大限の自由を実現しようとするリバタリアニズムと、相手の利益のための干渉というパターナリズムとを両立させる”リバタリアン・パターナリズム”という概念。
現代社会では、ひとは常に複雑多様な選択肢にさらされているので、自分にとってそれほど重要ではなかったり、十分な判断能力を備えていない問題については、”自分の利益が相当程度に守られることを前提として他者に委ねられる”ことを”選択できる”=”選択しないという選択ができる”=、ほうが個々人にとって幸福なのではという考え方である。安全な空気や水があらかじめ選ばれているように。
個々の利益が保護されよりよく実現するために公的主体やサービス提供者が、強制するのでなくさりげなく”ナッジする”というイメージ。
デフォルト設定と人間の行動の関係、オプトインとオプトアウト、制御アーキテクチャとセレンディピティアーキテクチャ、興味深い話が様々論じられている。
しかし・・・訳がちょっときつい。もしかすると巻末の解説を先に読むほうがわかりやすいかもしれない・・
P39 法律上のデフォルトルールに追加休暇が含まれない場合、人は休暇を買うためにあまりカネを払おうとしない。法律上のデフォルトルールに追加の休暇が含まれる場合、休暇を放棄するためにはかなりの金額を要求する。具体的には、進んで支払う金額の中央値は6000ドル、快く受け取る金額の中央値は13000ドルだった。既に所有しているものを売りたいかどうか尋ねると、所有していない場合に進んで払おうとする金額の約2倍を提示することが多い。
P53 損失回避が人類に(そしてほかの種にも同様に)どうやら生まれつき備わっているらしい
P64 低所得層は自分の判断に自信がなく、そのためにデフォルトの割り当てが固着するままにしておくのかもしれない。経験が豊富で自分の欲しいものが分かっている人は、デフォルトルールに影響されにくいという例をこれまでに見てきた。その理由の一つは、こういう人にとって努力税は払う価値があるからである。貧困層は自信がないために、努力税を負担したくないのかもしれない。
P96 能動的選択を支持するためにまずは3つの複雑な重要事項に注目してほしい。第一に、人が選択することを拒んだ時にどうなるかを明らかにしなければならない。その答えがデフォルトルールだというかもしれないが、選択を表明しない限り本当に欲しいものや必要なものを失ったり、手に入れられなくなることもありうるという意味で能動的選択を要求されるのだ。事情の2つ目はひとによっては選択しないことを好むというものだ。3つ目に、能動的選択は、人の選考を中立的な方法で引き出すことを目的にしているが、能動的選択を要求するという判断そのものが「シグナル」を含む可能性があり、そのシグナルが選択者に影響を及ぼすかもしれない。
P135 授かり効果=財貨を購入しなければならない場合よりも、それが最初から割り当てられている場合のほうが、人はその財貨を高く評価する傾向がある。【中略】授かり効果があるために、最初にだれが権利を手にするかを人や組織が判断する限りにおいて、人の選考および価値観が影響されないようにするのは困難もしくは不可能かもしれないということである。
P155 まともに機能している社会では、安全な飲み水や安全な空気をどうやって確保するか、あるいはそれらを確保するべきかどうかについて、人は判断する必要がない。【中略】我々は多くの場合、選択が他社によってなされるという事実に頼ることができ、そのような選択に煩わされずに自分の仕事に取り組める。これは、災いではなくありがたいことである。
P173 (制御アーキテクチャが行き過ぎた)自分がすでに賛同した意見や考えとだけ出会う、個別化した「共鳴室(エコーチェンバー)」は、個人と社会の両方に害を及ぼす恐れがある。【中略】個人及び社会的な観点から、セレンディピティ・アーキテクチャは制御アーキテクチャよりもかなり有利である。というのは、セレンディピティ・アーキテクチャでは、明確に選択していないあらゆる種類の物事と確実に出会えるからである。
P236(解説) 選ばないことを能動的に選択することと、単に何も選択しないこととは異なるのだ。 -
C3033
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メディア
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いまという時代は、歴史上どの時代にも増して「あなたは何が欲しいのか?」と問いかけることが容易になった。一方でどの時代にも増して、個々人の状況にあわせてデフォルトをカスタマイズできるようになった。それが著者の時代認識である。
言い換えれば、多くの領域で能動的選択が可能になる一方で、選択しないことを選択することが可能になってきた。
著者は選択しないという選択が恩恵をもたらすと主張する。ただしそのためには、能動的選択とデフォルトルールが我々の社会にうまく結びつく必要がある。そのための細かい検討がなされる。
著者は概ね楽観的。デフォルトルールによって人間は多くの時間を無駄にせずに済み、時間があればあるほど自由になると考えているからだ。
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文章ばっかで、グラフとか表とか、具体的なデータが殆どなくて、何が言いたいのか、よく分からなかった。
途中、ハイエクのことが引き合いにだされているとこを注意深く読んだんだけど、ここでハイエクの言葉を引用する意味があるの?自分の言葉で語れよ、って思った。 -
人はデフォルトに依存しやすい。
デフォルトルールは人の学習と能力開発を妨げる。
快適さと快楽の追求は行為主体性を損なう。
能動的選択を主張するのは、パターナリズムの代案ではなく、パターナリズムの一種である。なぜなら、選択しないことを選択できなくなるから。
選択したくない場合でも、選択を奨励するのは、パターナリズム的。
個別化したデフォルトルールは視野狭窄を生む。デフォルトに留まる傾向があり、個別化していてもいなくても同じ。
選択が間違ったと感じた場合、受動的にデフォルトにとどまる場合、能動的選択よりも後悔することが多い。 -
ナッジ
P22 個別化したデフォルト・ルールは学習を促さない。選択とは筋肉を動かすことであり、その筋肉を鍛えて動かすことはよいことだとみなすことができる。個別化したデフォルトは、過去の選択と矛盾しない結果となるように促すことによって、視野を広げるというよりはむしろ、狭める可能性がある。
このようなデフォルトルールは潜在的選択者の利益よりも自己の利益に動かされる人々によって、都合よく利用されるかもしれない。
P61 低学歴もしくは教養の低い人のほうがデフォルトにとどまる傾向が強かった。
P92 有害なデフォルトは多大な負担とコストを課す。それは惰性を克服するのがそれほど容易ではないかもしれないという理由だけでなく、デフォルトは正当でもっともな理由で選ばれたのだと多くの消費者が考えているかもしれないからである。少なくともある種の状況で、低所得者はことのほかオプト・アウトする可能性が低いという事例をとくに思い出してほしい。この結果は、損害をこうむっている余裕が誰よりもない人にとって、デフォルト・ルールがとりわけ有害となるかもしれないことを示唆している。