機械という名の詩神―メカニック・ミューズ (SUPモダン・クラシックス叢書)

  • 上智大学出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (198ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784324084052

作品紹介・あらすじ

モダニスト作家たちが、テクノロジーに対して見せた反応を鋭く考察!20世紀初頭のテクノロジーが人間に与えた影響という、現代にも通じる考察を明快な論調で示す。

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  • 社会
    サイエンス
    文学

  • 現代はポスト・モダニズムの時代と言われている。ところで、モダニズムというのはいったいどういうことを指していうのだろうか。高橋源一郎によると、「これはジョン・バースの定義ということになるのかもしれませんが、小説の技法的革新や実験を信じることがモダニズム。それが極限にまで至ったものがハイモダニズムです」ということになる。モダニズムの代表として挙げられているのが、ジョイスやベケット。それ以降の作家がやったことの中には大きな革新はないというのがバースの考えで、高橋もそれに同意する。つまり、革新的な技法や実験が極北にまで行き着いて最早誰もこれ以上の進歩を信じることができなくなってしまったのがポスト・モダンの時代ということになる。

    『機械という名の詩神』は、モダニズム文学を代表するエリオットやパウンドそれにジョイスやベケットの文学が、同時代のテクノロジーといった社会や文化の現象にいかに大きな影響を受けているかを論じたものである。これまで「意識の流れや」や「内的独白」といったモダニズム文学の手法は作家個人の内部から生みだされたものとして扱われてきた。それをテクノロジーの進化という外部と結びつけたのはケナーの着眼である。それ以前の時代とは比較にならないほど飛躍的な革新を遂げて登場してきた地下鉄や電話といった新進テクノロジーは人間をそれまでとはまるで異なった世界へと引き入れた。ライノタイプ鋳植機、タイプライターといった機械の登場は作家をして活字による印刷という表現を意識させずには置かなかった。

    一例を挙げると、ジョイスの『ユリシーズ』は、ある一日の出来事を描いたものだが、一日という時間のうちにあれだけの人々が登場する厖大な量の物語が生産されるためには、当時、世界でも最新式のトラム・システムがダブリン市にはすでにあったという事実を抜きにして語るわけにはいかない。スティーヴン・ディーダラスとレオポルド・ブルームが出会ったり、すれちがったりすることができたのは、彼らがトラムを利用することができたからである。

    ケナーは、この本をかつての新聞原稿のタイプミスから書きはじめている。ライノタイプ鋳植機によって新聞活字が組まれていた時代、"etaoin shrdlu" という謎の言葉が紙面の一部を飾ることがあった。当時の植字工はミスをすると、後に捨てるべき一行分を適当な文字で埋めていた。それが植字工や校正者の不注意で廃棄されないと上記の謎の文字が新聞に出ることになる。これら十二の文字は英語で最も頻繁に使われる文字で、理不尽にも左手小指が担当することになっていた。最も頻繁に使用される文字は最も高速の処理を必要とするわけで、溶解した鉛が鋳型を作るために母型の移動が最も速くできるよう、EやTはキーボードの左側に配置されているからである。

    じつは"eatondph"という文字列が『ユリシーズ』第16挿話の注にある。これはよくある新聞の打ちそこないの一行"etaoin"を思い出そうとしたジョイスが誤って書き記したもので、ジョイスの数少ない書き損ないの一例だそうである。というのも、ジョイスはわざと書き誤った綴りを文中に忍ばせておくという手をよく使うので、植字工や校正者によって勝手に「訂正」されてしまうことがよくあるからだ。それをまた、後の研究者が指摘し、新しい版でわざと「まちがえた綴り」に直すのである。印刷業という新しいテクノロジーに興味を抱いていたジョイスのこだわりを示す一例である。

    モダニズム文学は時代のテクノロジーの産物である機械が創り出したものであるというのがケナーの見解である。「機械」というメタファーがものものしければテクノロジーと言いかえてもいい。文学という個人の内部から発すると考えられていた技芸が、時代のテクノロジーという外部によって左右されているという視点は当時としては画期的な主張であったろう。ダブリンの町という空間とそこを往き来する人物たちの交錯を厳密な時間設定で描ききった『ユリシーズ』を読めば、世界という外部と文学テクストという内部の間に成り立つアナロジーが理解できるにちがいない。

    コンピュータによる植字が新聞を作っている今でも、キーボード上の文字配列は"qwerty"というタイプライター時代のものを踏襲している。タイプバーのもつれをふせぐため、タイプを打つスピードを落とそうという配列だから、バーの存在しない今となっては不必要なものだが、必要もないのに新しいシステムを覚えようなどと誰も考えない。それと同じように、ポスト・モダンの時代に入っても、『ユリシーズ』も、そこに描かれたダブリンの町も残っている。モダニズム文学を超えるものが現れるまで、われわれはじっくりと、この「世界」を味わうことができる。ケナーのこの本は、そのためのすぐれたガイドブックである。訳文は端正で読みやすい。一読をお薦めする。

  • [ 内容 ]
    モダニスト作家たちが、テクノロジーに対して見せた反応を鋭く考察!
    20世紀初頭のテクノロジーが人間に与えた影響という、現代にも通じる考察を明快な論調で示す。

    [ 目次 ]
    第1章 エリオットは観察する
    第2章 パウンドはタイプを打つ
    第3章 ジョイスは書写する
    第4章 ベケットは思考する
    補遺 科学、アクセル、地口

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    [ 参考となる書評 ]

  • <b>言葉はもっとも重要で、中立であるように思われるが、声は言葉を聞き取り可能にする一手段に過ぎない。</b><br>
    (P.45)

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