10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した

  • 紀伊國屋書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314011655

作品紹介・あらすじ

2007年5月、ウィスコンシン小児病院に2歳の男の子がやって来た。
食事をするたびに腸に小さな穴が開き、その穴が皮膚表面まで通じてそこから便が漏れるという奇病を患っている。 「10億人にひとり」レベルの稀な症例を前に、医師たちは様々な検査をするが原因がまったくわからず、 過去の文献にも例がない。このままでは10歳までもたないと思われた。

2009年、ついに医師たちは最後の手段として臨床の場では世界に例のないゲノム解析により、
原因遺伝子を突きとめて治療の手がかりをつかもうという大胆な試みに踏みきる。
その結果は? そしてこの医療が突きつけた倫理問題とは?

診断名のつかない難病を抱えた少年との出会いから、世界初のパーソナルゲノム医療が
実現するまでを息詰まる筆致で綴った医療ドキュメンタリー。
2011年「ピューリッツァー賞・解説報道部門」受賞記事の書籍化!

感想・レビュー・書評

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  • 何か食べ物を口にすると、腸から体表まで達する瘻孔ができてしまうという稀有な症状に悩まされる少年の病気の原因を突き止め、治療に繋げるために世界初の全ゲノム解析に挑んだ科学者の記録。

    病気の原因がわかったので臍帯血移植をするけれどもそれで「めでたしめでたし」というわけではなく、既に失われた身体機能は戻らないし、今後どのような形で後遺症が出るかもわからない。少年ニックが闘病を終えた後、PTSDと診断されたところからも、闘病がどれほどつらいものだったかが伺える。

    その他の問題としては:

    医療費。
    文中から読み取れるのは、当初ニックが加入していた医療保険の障害補償上限額200万ドルを超えてしまったので、メディケイドを利用するしかなかったことと、ニックの医療費の合計が600万ドルを超えたところで、ニックの両親は数えるのをやめ、今でも古い医療費を払い続けているということ。600万ドルといえば日本円にして6億超。それこそ、宝くじでも当たらなければ返せない額。いろいろ問題がありつつも、国民皆保険が実現している日本であれば、これほどの医療費を負債として抱えることはないのではないか。

    家族への影響。
    ニックの母親がニックに付きっ切りになってしまったことで夫婦仲は冷え込む。それ以上に深刻なのは、ニックの3人の姉達(異母姉2人、異父姉1人)が受けた影響。これって典型的な「きょうだい児」だよね。死にそうなひとりの子供のために必死だったのはわかるけれど。

    ゲノム解析の弊害。
    ニックの病気の原因はX染色体にあり、そのX染色体は母親由来のものであることがわかってしまった。そして、ニックの異父姉も同じ変異を持っている可能性があることも。ニックの父ショーンもゲノム解析を受け、何か問題が見付かっているかもしれないことが示唆されている。ニックの病気以外のところにもなんらかのリスクがあることを知ってしまったかもしれない。


    猛烈な母親がなりふり構わず、というのはフィクションでは『私の中のあなた』を思い出させるものがあって、こちらの作品でも他の子供の扱いが……だったなぁと。

  • 食べると腸に穴が開き、皮膚から便が漏れてしまうという謎の病気を抱えたニックが、ゲノム解析により治療法を決定し、完治に向かうまでのストーリー。若干、冗長なものの、まだゲノム解析の臨床応用の前例が少ないなか、ゲノム解析に踏み切ったニックの家族、ジェイコブはじめとする専門家のチーム、そしてニックに心打たれる。

    難病の原因が、ニックの回復を心から願う母親由来の遺伝子変異であった。というのは、考えさせられる話。ヒトの設計図と呼ばれるゲノムを解析し、分かることが増えるなか、知ること・知りたくないこと、その判断は医療だけでなく倫理、社会的な範疇の話になる。

  • 恐ろしい奇病により何度も死に直面する少年ニック。そんなニックを必死で支える家族。そのひとつの命を救うため、医療従事者と研究者たちが立ち上がる。3500万以上の塩基配列(エクソームに限定)をひたすら読んでいく科学者たち。全員が「必ずできる」「必ずやる」と信じて、DNA解析技術を医療に応用し、勝ち取った勝利だったので、奇跡ではなく信念の感動実話と呼ぶほうが正確かもしれない。それにしても信念と勇気をもった科学者・研究者は本当にカッコいい。

  • 大学付属獣医臨床センターで診察する獣医師として、実際の診療に役立つ研究をしたいと日々思っている。この本は、世界初のパーソナルゲノム医療が実現するまでを追ったドキュメンタリーであり、一つの命を救うために懸命に努力する研究チームの熱い思いを少しでも感じてみてほしい。

  • ふむ

  •  アミリンはつねに揺るがず、「蘇生させるな」の指示も葬儀場の話も頑なにはねつけた。親族や医療スタッフがどれだけ恐怖をまき散らしても、決して感化されることがなかった。そして、その不屈の精神を受けついでいることを証明してみせたのが、ニックである。ニックの病気が遺伝子のどこかに隠れているのだとしたら、そこには母の強さも潜んでいたのかもしれない。それが、一番苦しいときに息子を支えたのである。(p.83)

     メイヤーは科学を愛してはいたが、そこには科学特有のもどかしさがつきまとった。一つの発見によって新たな地平が開けても、そこで終わらずにさらなる発見が続いていく。自分が何を見つけたところで、それは遅かれ早かれ誰かが気付くべきものだったのではないか。ついそういう心境に陥りやすい。研究は一足飛びに進展するとは限らず、むしろ普通は亀の歩みのように少しずつ進んでいく。一方の医療は、研究では得難い切迫感を味わわせてくれる点に魅力があった。病院での勝利はすぐ目に見えるかたちで現われ、ひとりの人間のためのものであり、何をもって勝利とするかも判断しやすい。患者が助けを必要としているのは今であって、20年後ではないのだ。(pp.118-119)

     ニックの病気と向き合った3年半の月日を通して、アミリンの信仰心は高まった。その一方で、自ら「前兆や不思議」と呼ぶものに敏感になってもいた。日曜礼拝の説教の言葉や、無意識のなかを通りすぎる夢の内容、あるいはジョギング中に目にした動物や景色といったものにもアミリンは細かく注意を払った。ニックや骨髄移植にかかわる予兆と思われるものには、なんであれ過激に反応してしまうのである。(p.240)

     新たな道を開くのは、何かを試すことを厭わない人間です。考えようによっては、今回のようなDNA解析はほかのどこがやってもおかしくはなかった。でもそうはならなかったわけです。(ワトソン、p.288)

  • 難病の少年を救う最後の手段として、ゲノム解析だった。食事をすると、腸に瘻孔が出来るという難病。原因がわからずに振り回される医師や家族。未来のことと思われていたパーソナル医療が、すでに実用化されつつあることに驚かされる。一方でこの本は、科学と医療の進歩という話だけでない。少年の母親が強烈すぎて、読んでいて辛い部分がある。医師や看護師の説明不足に憤る気持ちがわからないわけじゃないけれど、自分でネットで調べたことをどんどん医師に投げかける。それでいて、信仰心が篤く、やたらと祈っている。医療が医師だけのものじゃないと世界が変化してきている背景もあるんだろうと考えさせられた。

  • ゲノム医療実現への第一歩を踏み出した貴重な記録。

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著者プロフィール

【著者】 マーク・ジョンソン(Mark Johnson)
アメリカのジャーナリスト。2000年から『ミルウォーキー・ジャーナル・センティネル』紙で健康・科学関連の記事を担当。
本書の主題に関する一連の報道で、2011年に「ピューリッツァー賞・解説報道部門」を受賞した同紙チーム5人のうちのひとり。

「2018年 『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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