人体はこうしてつくられる――ひとつの細胞から始まったわたしたち

  • 紀伊國屋書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (444ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314011648

作品紹介・あらすじ

もっとも身近なワンダーランド!

人体は複雑極まりないが、すべては受精卵というひとつの細胞から始まる。
建築物には存在する設計図面や現場監督が不在のなか、
この直径0.1mmの小さな物質はいかにして人間になるのか?
遺伝子はどう働き、神経や血管、骨、筋肉はどのようにつくられるのか?

受精卵の細胞分裂から、各器官が次々に形成されて人体が完成するまでの過程、
さらには成長し、生命が維持される仕組みまでを克明に綴り、
未知の部分の多いヒトの発生過程という、
難解で神秘的な生命現象の一般向け解説を目指した、野心的試みの科学読み物。

感想・レビュー・書評

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  • 「科学道100冊2020」の1冊。

    1つの受精卵が胎児になる。
    考えてみればそれは非常に不思議なことである。
    直径0.1mmほどの1つの細胞が、分裂し、数を増やし、さまざまな役割を持つ部分を形成しながら、1人の体を形成していく。
    その間、どのような力が働き、どうやって人体が形成されていくのだろうか。
    本書はそのダイナミックなしくみに迫る1冊である。
    著者はエディンバラ大学実験解剖学教授で、専門は哺乳類の形態形成。発生生物学から組織工学、コンピュータシミュレーションによる理論の検証と、幅広いアプローチを駆使している。
    本書は一般書のくくりであり、細かい分子情報などには触れていない。専門的過ぎる部分に深くは立ち入らず、ざっくりと人体の形成を概念的に追っていくスタイルである。
    気楽に読めるとは少々言い難いが、読み終えた暁には、生物の複雑さと不思議さに感動すら覚えることだろう。

    生物の発生が、工業製品の製造や建物の建築と大きく異なるのは、計画に沿って、外部の監督者が行うわけではない点である。
    工業的な製造の場合には、部品が勝手に組み上がるのではなく、全体を指揮する人間の指示のもとに、人間が部品を組み上げていく。
    生物構造では、もちろん、受精卵の中にある種の情報は貯えられているが、それらは身体の完成構造と直接関係しているわけではない。情報を起点として引き起こされる一連の出来事が「自発的」に生体を作り出していく。
    単に1つの遺伝子すべてを決めるのではなく、状態が変われば発現遺伝子も変化しうる。
    外部の状態にも反応しながら、「適応的自己組織化」を繰り返し、生存しながら形を変えていくのが生物である。

    本書では、卵割開始から原腸形成までの大まかな構造、個々の組織や臓器の形成、免疫や学習といった総合的な働きを追い、最先端の知見も交えつつ、生体発生に迫っていく。

    卵割の最初の段階では、中心を決め、そこに染色体を並べる必要がある。
    中心を決めるには、微小管と呼ばれる管に働く押す力・引く力を用いる。力の均衡を利用することで、全体の形が認識されなくても中心を決めることが可能になる。
    生体発生のしくみは、基本的に、全体の大きさや形などの外から見た情報がなくても働くことが重要である。
    卵割がある程度進むと、自由な表面があるか、それともすべての表面が他の細胞と接しているかで差異が生じる。
    さらに発生が進むと、体液の流れを利用して、左右対称性が破られて、左右で異なる遺伝子が発現されるようになる(左右が非対称になることで、正中線に作られない臓器を各々、1つしか持たずにすむようになる利点があったと考えられる)。

    基本的なしくみはシグナルの相互作用による。
    個々の細胞がある程度分化していくと、それぞれが産生するシグナルも変化するし、また同じシグナルを受けても異なる反応をするようになる。
    シグナルのフィードバックを使うことで、ずれが生じたら修正することも可能になる。
    こうして複雑性を増大させながら、人体の発生は進んでいく。

    全体の流れに加えて、個々の挿話も興味深い。共生菌や免疫系、再生医療や癌といったテーマと発生学との関わりも面白く読ませる。
    もちろん、人間を含む生物の発生にはまだまだわかっていないことも多いのだが、著者の語る大まかなストーリーは非常に魅力的でわくわくさせられる。
    各章の冒頭に掲げられた引用も含蓄深く、著者の学識の深さ・広さを感じさせる。

    読むのに若干の努力は要するが、意欲的な中高生は案外、楽しく読みこなすかもしれない。

  • 著者はエジンバラ大学の解剖学教授。「人体という複雑な構造がいかにして構築されるか」について、発生学と新生児学のパラダイムを軸にしながら、免疫学や神経科学、遺伝学にも触れながら論が進められていく。イギリス人一流のアイロニカルなレトリックもなく、やや硬いが淡々とした語り口が印象的。

    本書の中核をなすのは、比較的単純な下部構造から、自然発生的に複雑な上部構造がもたらされるという「適応的自己組織化」に関する多面的な記述。全体を把握する統率者や設計図もないまま、物理的位置関係や化学物質(シグナル)の濃度勾配といった器質的・局所的な情報を元に人体が構築されていく様が、細胞分裂から内臓や血管・神経系の形成に至るまで、多数のイラストを用いて簡潔に説明されている。

    おそらく著者が真っ先に片付けてしまいたかったのは、巷間に流布する「遺伝子は人体の設計図」という誤謬ないし短絡であっただろう。著者によれば、遺伝子の役割は各種タンパク質をコードするのみであり、遺伝子が器官形成の結果に直接「責任を負っている」というのはあたらない。本書で紹介される各種知見によれば、むしろ器官は細胞内外の器質的情報を起点とした細胞間シグナルによる複雑なフィードバック・ループにより形成されているという。

    しかし、考えてみれば我々がそこに「設計図」なるものを直感的にせよ見出してしまうのはある意味当然なのかも。トップダウン的な「創発」とボトムアップ的な「適応的自己組織化」とは正反対の概念だが、同じ現象を異なる記述の仕方で表現しているだけともいえ、この2つを峻別するのはそもそも困難なのではないか。ある種の人々が信奉する「インテリジェント・デザイン」ほどには先鋭化せずとも、美しく機能するフィードバック・ループとそのメカニズムに直面するとき、それが唯物論的世界に根拠を置くものであってもそこに何らかの「意識」や「意図」を見出してしまうのは、社会形成において共感能力を否応無く要請された結果我々人間が獲得した「ways」なのかもしれない。

    ところで、この「会話」による「デザイナーなきデザイン」方式が現在繁栄する生物の発生に現に確認されているとすれば、それは何らかの自然選択を受けた結果であると見るべきなのだろうか。本書でも「設計図」方式と対比する形で、より周囲の環境に合わせた微調整が可能というこの方式のメリットが紹介されている(デメリットは損傷が蓄積する「老化」が避け難い点)。しかしこのシステムは効率性を重視するため、より原始的な生物の発生で確立された基礎的構造を作り直すことなくモジュールとして保存し再利用するというやり方を採用している。となると、このシステムは生物の進化の過程から出てくる必然ということになるが、それではどのように自然選択の洗礼を受けたものなのかという疑問が生ずる。進化論の見地から見て真にこのフィードバックループシステムが有用だと結論づけるためには、対照実験として進化の過程とは切り離された人工的環境での検証が必要なのかもしれない(本書の最終章で要請されるのとは異なる理由だが)。

  • 受精卵というたった一つの細胞から、どのようにして複雑な機能や構造をもつ人体が形成されるのかを、発生生物学と組織工学の観点から、「創発」と「適応的自己組織化」という概念に基づき解説した一冊。

    単純な細胞分裂である卵割期を経て、人体は胚盤胞の形成に始まり、原腸や神経管といった基本構造から、循環器系や体肢、脳といった高度な機能を持つ部位の形成を自力で成し遂げているが、この過程では、何らかの設計図に基づく指示があるわけではなく、個々の細胞を取り巻く環境要因と、細胞同士がシグナルとなるタンパク質のやりとりを通じて特定の遺伝子のスイッチをON/OFFすることで次の振る舞いが決まり、また新たなシグナルとなるタンパク質が生まれるという「コミュニケーション」の連鎖によって必要な調整や修正をしながら、入れ子構造のようにして、単純な構造からより複雑な構造を作り出しているという。

    著者は、上記の「コミュニケーション」において遺伝子が重要な役割を担っていることは認めつつ、多くの人々が誤解している「人体の一部の特性を直接指定する特定の遺伝子が存在する」という考え方については明確に否定し、実際には環境と遺伝子によるシグナルが相互作用を繰り返す中で人体が自己組織化されていく複雑なプロセスであることを強調する。まだ謎が多い人体形成について、現時点で明らかになっている研究成果に基づき丁寧に解説されており、専門用語は多いので着いていくのが大変なところもあるが、その分読み応えたっぷりな教養書。

  • 昔、できたての顕微鏡で精子を見た人が、精子のあたまのところに小さい人間が膝を抱えて座っているスケッチを残していると聞いたことがあるが、その気持ちはよくわかる。寝たり起きたり歩いたり電車乗ったり飯を食ったり風呂に入ったり泣いたり笑ったり仕事したりさぼったり、それなりにややこしく生きている「ぼく」という人間が、元を正せばたった一個の細胞から始まっているなんて、信じるほうがどうかしている。どうやら、ホントらしいけど。

    分厚い本で何度も挫折しかかったが、頑張って読んだ甲斐はあった。ぼくは遺伝子は人間の設計図で、受精卵が人間になっていく過程(=発生)とはすなわちその設計図どおりに人間を組み立てる過程だと理解していたが、そうではないのだと著者は言う。では実際はどうなのかはがんばって本書を読んでいただくとして、ポイントは発生過程で増えていく細胞同士の「コミュニケーション」。細胞一つひとつが遺伝子の設計図をじっと睨んで自分のすべき仕事を見出しているわけでも、誰かが現場監督みたいに細胞たちを指揮しているわけでもない。互いが互いに影響を及ぼしあいながら、単純な構造が複雑な構造を生み出し、細胞の要求が血管を伸ばし、生き物の身体を作り上げていくのだそうだ。

    ・・・そんなことってあり得るのだろうか? 精子に膝抱えた人間がまるごと入っているとか言われたほうがまだ納得行くんだけど・・・・

  • 世界をある程度包括的に理解するにあたって必要な科学的知識として、宇宙論、素粒子理論、量子力学、進化論、遺伝子学、脳神経科学、などを挙げることができる。それらに並び、「胚発生」= 人体・生命がどのように生成されて活動できるようになるのか、も必要な領域のひとつだということができるだろう。ひとつの受精卵が一人の人間にまで成長する過程はある種奇跡とも思える。DNAによるタンパク質生成の機構によりそれが実現されることと、その機構が変異と自然淘汰によって達成されたことに圧倒的な驚きを覚える。著者もまず最初に「特にこの一〇年の進歩はめざましく、複雑なメカニズムが解明され、謎も少し減ってきた。しかしながら、わたしたち研究者が今感じているのは達成感というよりむしろ驚嘆である。発生について知れば知るほど、生命に対する畏怖の念が増すばかりなのだ。今少しずつ解読されつつある胚発生の物語はまさに驚くべきものである」と語る。本書では、胚発生から、成長した体を維持し、学習し、老いてゆく過程を描いているが、まったくもって驚嘆の一言である。

    生命の生成は「創発と適応的自己組織化という関連概念のなかに答えがあることがわかってきた」ー そして、「数多くの単純な要素を、豊富なフィードバックで互いに関連づけることによって利用する、それこそが生命体の特徴である」

    胚発生を、自分の理解でものすごく単純に言うと、受精卵が細胞分裂により分割していくと外部に接しているものと、内部にあるものとに分かれて、その状態を認識して分化をする、その後内部に空間と構造ができ、放射状構造の中央でシグナルを出すように発現させた細胞が周辺に移動することで、原始線条と原始結節と呼ばれる線状の構造が生成されて頭尾軸となり、内胚葉、中胚葉、外胚葉を作り、脊索を作る。それに伴い、神経管と腸管が生成されて原腸ができあがる。その後、シグナルの濃度勾配によって体節や内部構造ができあがっていく。この辺りのHOX遺伝子の発現の仕方は精妙で本当にそんなことが起きているのかいぶかるほどである。また、この後も細胞間でSHH(ソニックヘッジホッグ)やWNTシグナルなどを通して互いにコミュニケーションを行うが、この機構も驚嘆に値する。

    基本的な構造ができた後、血管などの循環系や神経系を作っていくが、この辺りは、血管であれば酸素が少なくなったというシグナル(VEGシグナル)を受けてそちらに血管を延ばす、神経系でも同じような機構を使って全体に必要なネットワークが形成される。
    体幹部の内臓は、三つのグループに分けられ、第一グループは心臓、第二グループは、肺、肝臓、膵臓、胆囊がいずれも腸管の枝として発生し、第三グループとして、脾臓、生殖腺、三対の腎臓(前腎、中腎、後腎)、子宮、そして泌尿器系と生殖器系関連のさまざまな管が作られる。

    その後に手足などの体肢がFGFファミリーのシグナル分子によって形成が始まる。男女の区別ができあがるのは、その後にY染色が存在する場合(つまり男児の場合)、SRY遺伝子の発現により、SOC9ーFGFループが始まり男性化が始まる。この性分化の仕組みはいくつかの段階に分かれており、また生命維持に致命的な影響がないことも多く、男女の性という境界でどちらにも分類できないような成体の人が実際に存在する理由のひとつにもなっている。

    脳内含めた神経系も精妙な仕組みで組み上げられる。網膜-視神経-脳のネットワークが上丘に配線される仕組みが説明されているが、本当にこんなことが起きているのかという驚きに満ちている。胚発生の中では、神経ニューロンはいったん必要以上に生成されることがわかっている。その後に刈込みが行われて、整理されるのであるが、たとえば運動ニューロンは適切に筋繊維に結合できなかったものは細胞死を迎える。こうした、過剰に生成して必要なもの以外は細胞死によって取り除くという方法は、指の形成にも利用されるなど多くの場所で使われる方法であり、この標的由来の生存シグナルをめぐって細胞同士が競争するという仕組みは栄養因子仮説と呼ばれ、適切な量のシグナルなどを自律的に供給するための方法として有効であり、また進化の過程でも有効に働いている。

    本書では、その後、新生児として生まれてからの人体の成長についても解説されている。その中の大きなテーマは、ニューロンと学習の機構である。シナプスによる学習強化の仕組みは単純であるが、その成果の複雑性は信じられないほどである。また、細菌との共生や免疫系の仕組みについても簡単に説明されているが、補体と食細胞、T細胞、B細胞、抗体を利用した免疫系の仕組みも本当に驚くべき精妙さである。

    最後は幹細胞による体のメンテナンスに触れられている。腸内細胞や血液、角膜などの細胞がかなりの頻度で新しい細胞に入れ替えられる仕組みも素晴らしい。また放射線が、細胞交換の頻度が数日レベルと高い腸壁細胞や血液を作るための幹細胞が傷付けられて細胞死を誘発するためにひどい下痢や血液の問題を急性症状として出ることを初めて理解した。
    また、損傷・消耗した細胞の交換が必ずしも完璧ではなく、徐々にダメージが蓄積してしまうという不具合が老いであり、体内で放射線、フリーラジカル、毒などによるランダムな損傷が細胞分裂で修復・希釈されるよりも速く蓄積されることにより老いが進むと解釈されている。着実に蓄積されていくダメージによって最初は大した問題でなかったものもその修復は加速度的に難しくなることで、時とともに老化は速度を増すのが現実である。ただ、こうやって老化の仕組みがわかってくることで、老化に対抗することがいずれ可能になることが想定され、実際に動物実験では、遺伝子操作によって老化速度を通常よりはるかに落とせることがわかってきているという。このようにヒト発生の仕組みを解明することによって医学的には大きな進歩につながる可能性がある。かつて、伝染病の効果的な抑止、遺伝子治療といったことや、人工授精といったことが可能になってきたように、将来はがん治療や老化防止が今では考えられないような形で克服されていくのではないかと期待してしまう。

    ここまで、単純なものからいかに複雑なものができあがってきたのかが解説されてきた。それは自らがそのように構築された過程であり、まったく感動を覚えるものである。いかにして、この機構が進化の過程で獲得されてきたのかを理解してみたいものである。

    わかりやすく、非常に勉強になった。

  • 医学部分館2階書架:QS604/DAV:https://opac.lib.kagawa-u.ac.jp/opac/search?barcode=3410163252

  • DNAについて、一般には「設計図」として説明されるのだけど、多くの人がイメージする、全体像から部分のパーツへと構造がかっちり決められた設計図とは違うという指摘が面白い。

    言われてみれば、確かに高校の生物で胚の一部を移植したら隣合う組織に本来とは違う器官が作られていったりすることは習っているのだけど、言葉のイメージって大きい…。

    発生の流れはもちろん、感覚器や記憶、免疫のメカニズムなども解説されていて、非常に面白いです。

  • 今まであまりちゃんと考えたことなかったけど、細胞は人体の全体像を知らないはずなのに、どうやって体の極性やバランスを保って秩序だった発生ができるのか。まだまだ分かってない部分もあるけれど、知れば知るほど不思議なことです。

  • 受精から人体の完成までを器官毎の細胞、分子レベルで詳細に述べていく。類書なし。

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著者プロフィール

【著者】 ジェイミー・A. デイヴィス(Jamie A. Davies)
エディンバラ大学実験解剖学教授。同大学統合生理学センター長。専門は哺乳類の形態形成。「ひとつの細胞からいかに複雑な生物形態に発達するか」の解明を同研究室の目標として掲げ、一般的な発生生物学から、細胞や生体器官の組織工学的研究、コンピュータシミュレーションによる理論の検証など、さまざまなアプローチを駆使してその果てしなき謎に挑んでいる。英国王立医学協会フェロー。

「2018年 『人体はこうしてつくられる――ひとつの細胞から始まったわたしたち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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