共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること

  • 紀伊國屋書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314010634

作品紹介・あらすじ

「利己的な遺伝子」などのメタファーがもたらした行き過ぎた競争社会、人間は何を取り戻せばよいのか。生物や進化を考えずに、政治や経済は語れない。なぜなら社会は人間から成り、人間は生物として進化の歴史の上にあるのだから…そして「共感」にも長い進化の歴史という裏づけがある。

感想・レビュー・書評

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  • フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へー動物行動学が教えてくれること』紀伊國屋書店、2010年(原書、The Age of empathy Nature's lesson for a Kinder Society,2009)
     サルやチンパンジー、ボノボ、犬、ゾウ、イルカ、カササギやオウムなどの膨大な実例・実験を引きながら、動物に共感があることを示している本です。
     著者のヴァールはオランダからアメリカに移住した霊長類学者、オランダは動物行動学の盛んな土地で、ニコ・ティンバーゲンはDNAの証明がでるまえの60年代に、チンパンジーがゴリラよりヒトに近いことを示し、ヤン・ファン・ホーフはチンパンジーの表情を分析した学者で、人間のsmileはサルが恐怖を感じたときの表出、laughは格闘遊びのディスプレイに起源を発すると指摘している。このファン・ホーフの弟子がドゥ・ヴァールである。
     第一章・第二章は強欲を正当化する「進化論」や、「利己的な遺伝子」について批判している。フリードマンを代表とする政界・経済界の人々は「競争」を進化の「本質」と考え、こうした「本質」がそのまま人間のあるべき姿だとする。しかし、まず、進化を促す形質と、それをつかって動物がどのように行動するかは別の話であり、さらに進化に寄与したのは、「競争」のみではなく、「絆」を培う能力や、「母性愛」に代表されるような「愛」なども進化に寄与していることを指摘する。
     第三章は「あくびの伝染」や「身体化した認知」や「ミラーニューロン」などの話で、「情動伝染」を指摘している。基本的に動物は仲間のマネをするようにできている。捕食者に襲われたときに、考えているヒマなどなく、とりあえず、仲間といっしょに行動するという機能があるのだ。また、自身の身体を他者の身体にマッピングし、他者の動きを自分自身の動きにする能力について「対応問題」が指摘されている。ときには身体の構造がことなる動物の間でも、こうした「対応」がみられる。マネは「前理解」の無意識にある機能であるとする。
     第四章は他者の身になる「視点獲得」の話である。サルや類人猿は「慰め」や「相手に必要な援助」を与えることができる。「相手に必要な援助」とは、首にヒモが絡まって宙づりになっている子供のヒモをほどいてやるような種類の援助である。パニックになった母サルはむやみにヒモを引っぱって子を殺してしまうこともあるが、基本的にサルにはこれができるのである。野生では「ブリッジング」(子供や仲間が渡れないところに身体で橋をかけてやったり、台になってやったりする行動)にみられる。また怪我をした兄弟のために母親を呼び戻すこともサルにはできる。興味ぶかいのはネズミの事例で、レバーをひいて食べ物を得るように訓練し、そのあとで、レバーを引いたら隣のネズミに電気ショックが与えられるしくみをつくると、そのネズミはレバーを引くのをやめることが、1960年代にすでに指摘されている。これは「他者の苦痛を見るのがいやだ」という利己主義なのかもしれないが、こうした情動が動物にもあることは確かである。
     第五章では「共感」の進化を同時創発仮説によって説明しようとしている。要するに、「共感はヒトよりも古い」ということである。進化の過程で眼や腕(ヒレ)などが発達したように、「共感」も進化のある段階で成立したものであり、動物の個体発生は群発生をなぞっており、胎内からでたあともこれがつづいている。また、自己鏡映像を認知できる哺乳類にはすべて「フォン・エコノモ・ニューロン」(VEN細胞)があると指摘している。この神経細胞はヒト・類人猿・クジラ・ゾウに存在するそうである。
     第六章は、「公平」を感じる能力が、群れで狩りをする動物にみられることを述べている。イヌ二匹にお手をしたら餌をだすように訓練し、片方のイヌにだけ餌をやらなくすると、そのイヌはお手をするのをやめる。サルも小石とキュウリを交換するように訓練し、片方にだけブドウをやるようにすると、「差別された」サルはキュウリを投げ捨て、不満をあらわす。オウムにも観察例があるそうである。面白いのは「通貨」をつかった実験で、サルに二種類のポーカー・チップをつかった交換を訓練する話である。一方は「利己的トークン」で、一匹にしかエサがもらえない。もう一方は「向社会的トークン」で、二匹にもらえる。サルには「向社会的トークン」を好む傾向が顕著にあるそうである(これは恐れによるものではない。ボスザルの方が気前がいいからだ)。利己的になる場合は①見知らぬ相手と組ませる(ただし、見知らぬ相手すべてを裏切るわけではない)、②相手を見えなくする。③相手に自分より良い報酬がある場合である。また、チンパンジーには毛づくろい(グルーミング)やエサの分配による買収(リーダーをねらうオスにみられる)が存在し、「強がり」(病気になっているときほど力を誇示する)もみられるとのこと。サルも(そして人間も)共感をオン・オフするモードがある。
     第七章は、人間の共感は高度なものだが、マトリョーシカのように生物的な核をもつ入れ子状になっていると指摘し、再度、強欲資本主義を批判している。また、人間を変化させようとする試みは進化の培ってきた能力を無視するもので、やはり深い人間理解に即した社会制度というものが大事であると指摘している。
     この分野は行動主義に非科学的だと攻撃されてきた歴史があり、まだまだ新しい分野である。それだけに反論を防ぐためのいろいろな実験の手続きなども示されている。単なる擬人化ではない。著者は移民としてアメリカに暮らし、ヨーロッパとアメリカを比較して、社会には努力に報いる「公正」と機会の「公正」が両方必要であると指摘している。これは人間の生物的な核にもそなわっているので、別に無理な話ではないと指摘している。政治家やCEOの行動をチンパンジーのディスプレイと比較しているところは意味深長である。最後に、やはり『孟子』が引かれているが、宗教(ユダヤ・キリスト教のみが土着のサルがいない地域で発生した宗教であるから、人間を特別視する)や戦争(第二次世界大戦で敵にむけて発砲した兵士は五人に一人)などの指摘も興味ぶかい内容である。動物に学べるところはたくさんあるということだ。儒教や孝(生命の連続に対する尊重)についても考えさせられる内容である。

  • 霊長類が向社会的(原語はsocial-oriented?)であることについて。
    共感性はヒトのみに固有の特性ではないと論じられている。

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  •  著者は、霊長類の社会的知能研究で世界の第一人者として知られる動物行動学者。著作には一般向けの科学書も多い。
     そのうちの一つ『利己的なサル、他人を思いやるサル』(邦訳・草思社)で、著者は霊長類の行動を通じて人間社会のモラルの起源を探った。本書もその延長線上にある。霊長類を中心とした動物たちの行動から、「共感」――他者への思いやりの本質を探った書なのである。

     我々はとかく、共感は人間だけが持ち得る能力だと考えがちだ。しかし、著者は膨大な実証を積み重ね、その先入観を突き崩していく。

     本書で紹介される動物たちの共感をめぐるエピソードは、約半分が著者や他の研究者が発見した事実であり、残りはさまざまな文献から集めたものだ。病気で動けない仲間に口移しで水を飲ませるチンパンジー、溺れた犬を助けて川岸まで運んだアザラシ、密猟者に撃たれて死んだ仲間の口に草を詰め込むゾウ(生き返らせようとしたとしか思えない)、吸った血を仲間に分け与えるチスイコウモリ……まるで物語のようなエピソードがちりばめられ、読者を驚嘆させずにはおかない。

     著者は、脳科学におけるミラーニューロン(他者の行動を見ると、自身がその行動をしているかのように“発火”する脳神経細胞)の発見など、広い分野の科学的知見を駆使して、共感のメカニズムとその意味を探っていく。著者によれば、共感能力は進化史上、哺乳類に共通の特性なのだという。子育てにおいて、「自分の子供に敏感なメスは、冷淡でよそよそしいメスよりも多くの子孫を残した」ことが、共感能力が発達したそもそもの理由なのだと……。

     そして著者は、動物たちの姿から、他者への共感の不足がさまざまな悲劇の源となっている現在の人間社会を、逆照射していく。

     利益優先社会から脱却し、共感を基盤とする新たな社会を構築することこそ、時代の混迷を切り開く道だと著者は説く。 “共感能力が最高度に発達した哺乳類”たる人間には、そのための力が備わっているのだ、とも。

     共感の奥深さと尊さを教えて、感動を呼ぶ科学書である。

  • サッカーの試合を観戦していると思わず感情移入してしまう。当り前ではあるが、日本戦とそれ以外では感じが全く違う。日本チームが点を入れられそうになるとヒヤヒヤ・ドキドキするし、点を入れそうになるとワクワク・ドキドキする。ゴールが決まると「ヨッシャー」という気分。その感動を皆と同時に味わいたくて大勢でいっしょに観戦するのかもしれない。しかし考えてみると、日本チームが得点したとき、日本中、あるいは世界中で日本人たちが同じような思いでいるというのは、ちょっとすごい。共感する能力が我々には備わっている。しかしこれはどうもヒトだけの特権ではなさそうだ。霊長類だけというわけでもない。クジラやゾウにもそういう力があるそうだ。本書では、いろいろなエピソード、実験結果をもとにそのようなことが語られている。その中で一番印象に残っているのは、大きく開かれたカバの口の中をのぞき込んだサルが、カバの歯に挟まっているキャベツを取って自ら食べるというもの。もう少しましなエピソードを思い出せるといいのだけれど、自分の読解力が情けない。公平さを論じている章では、機会平等と結果平等について語られている。オランダ出身の著者がアメリカで生活してみて感じた話なので現実味がある。日本の政党は社民も弱いし、そのあたりの政策・考え方の差が小さく、どこに投票するかでいつも迷う。参議院選挙では民主党が大敗したと言われる。しかし、総得票数を見ると民主党が一番多いようなのだけれど、私の見方が何か間違っているのだろうか。1人区で負けているのは選挙の仕方で負けたというだけのような気がする。たいがいの人は、いいかげん一人の首相でもう少し時間をかけてやってもらった方がいいのでは、そうでないと世界に対して恥ずかしい、というような思いを持っているようにも思うのですが、私の感じ方は間違っていますか?話がずれました。「共感」このキーワード、現代の社会には非常に重要と思われる。共感できない人間が大きな罪を犯している。共感できない人間が政治家になって実権をにぎると、国家を間違った方向に向かわせる。他の動物のケースも参考にしながら、共感とか、思いやりとか、感情移入、情動伝染などについて考えてみる必要がありそうだ。図書館でリクエストをして読みました。

  • 生活していくうえで、好き嫌いはともかく、避けては通れないのが、人との関係。
    その対人関係について、人が他者に対する行動を、動物の行動と比較して考察したのが、本書です。
    テーマは「共感」。
    ダーウィンの進化論以来、現在生き残っている生物というのは、厳しい生存競争に勝ち残ったものであり、その行動原理は、「他者を蹴落としてでも自らが生き残る」ものである、という考え方が浸透している。
    しかし、その論理だけでは説明できない行動、例えば自分の身を投げ打ってでも他者を助けるような行動が、人間およびサルなどの動物に多く見られる。
    そのような事例を挙げて考察し、人間の行動原理には、生存競争(強欲)という面があるにせよ、共感という面もある、これからの時代は、この共感という人間の行動原理がより重要になってくる、と説いています。
    本書ではその事例が多く挙げられていることもあって、共感というのが、人間の行動原理の奥深い部分に埋め込まれたものであるのだなあ、ということが理解出来ました。
    そして他の切り口の類書でも感じたのですが、「人間って特別な動物ではないのだなあ」ということも、改めて認識しました。
    この共感という人間の行動原理をどのように、引き出し、どのように活用していくかは、21世紀の間に考えなければいけない、人類の基本命題の一つかもしれませんね。
    動物から学ぶ、そして科学的見地から人間の行動を分析する。
    そんなことの大切さも含めて、多くの気づきが得られた一冊でした。

  • 共感は先天的な能力だ。

  • 共感というトピックを軸に、同情、模倣、利他的行為の発生原因などについて述べられている。主張、考察に対する根拠が具体的に述べられているため、内容もわかりやすく、入ってきやすい。

    人生を豊かにするには信頼感がキーになる。そしてその信頼感を生み出すキーとなるのが共感。だからこそ人間は共感を取り戻すことが求められる。

  • 著者は,2007年「タイム誌」の「世界で最も影響力のある100人」に選出された動物行動学者。本書では,著者やその他の学者が行った動物実験の成果を交えながら,チンパンジー,ボノボ,イルカ,クジラ等の認知的側面にも言及しつつ,人間がもつ「共感」の実体・実態に迫っている。ミラーニューロン,利己的な遺伝子等,今では一般にも広く知られているトピックとも絡めながら,また哲学者や経済学者の言説にも触れる形で,人間の「共感」を生起させるには「心的ミラーリング」と「心的分離」の両方が必要だと主張する。著者は,非常に幅広い諸分野の知識を有しており,それを本書の随所に披露している。特に興味深かったのは,「同情」と「共感」の違いに言及している点。そして,人間だけでなく「共感」が観察できる動物(ボノボやクジラ,そしてイルカ等)が共通して有しているVEN細胞に言及している点。とかく哲学的な議論に終始してしまいがちなテーマに対し,著者は,時にはウィットに富む内容を織り込み,人間の本性を受け入れつつも,未来の社会ためには改善する余地があり,そのカギは「共感」にあると指摘する。非常に読み応えのある,示唆に富んだ一冊だ。

  • ゼミの課題図書。
    私はよく知らなかったのですが、著者のFrans de Waalは大変偉大な方だそうです。

    著者は動物行動学に関するとても興味深い科学的なエピソードをこれでもかという程示し、「共感」とは何も人間特有の能力ではなく、生物進化に根付いたものであると主張しています。
    しかしその能力はマトリョーシカのような構造になっており、根本的な情動伝染は多くの種で見られるものの、より高度な「共感」能力を発揮できるのはヒトである、と。
    つまりヒトは「共感」の達人であるということです。
    そしてヒトはその高度な「共感」能力をもっと大切にし、より広範囲で発揮させることで、個人の利益と集団の利益のバランスがとれ、現代社会はよりよくなっていくであろう、というのが著者の主張です

    しかし、ゼミでも多くの指摘がありました。
    「この主張は楽観的すぎる」という指摘です。
    私もそう思います。
    理論としては決して間違っていないように思うのです。
    ただ、今私たちが生きている現代社会は、こんな単純明快な理論は受け付けないのではないでしょうか。

    なぜこの理論が通用しないのか、それは現代社会の不透明性にあると私は思います。

    例えば森林伐採が進み、多くの野生動物がその住処や食料を失っているという問題があります。
    しかし私たちにとってそれは遠い世界の出来事、言ってしまえば自分とは関係のない世界の出来事になってしまうのです。
    その理由は、実際に自分の目でその状況を見ていないから。

    この本の中でも科学的に証明されていることとして、「実際に自分の目で対象を見る時と見ない時では、見る時のほうがそうでない時に比べその対象に対する共感(に関する)反応が強い」ということが言われています。

    現代社会の見えない部分をメディアなり教育なりを通して可視化させる。

    その努力をしてはじめて著者の主張はより現実的なものになるのではないか、と私は考えます。


    ゼミの課題をそのまま使ってしまったので、批判めいたレビューになってしまいました。
    が、個人的にはとても著者の考えに賛同する部分が多かったし、なにより一つひとつのエピソードがとても魅力的で、とてもいい本に出会えたなと思っています。

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著者プロフィール

【著者】フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)
1948年オランダ生まれ。エモリー大学心理学部教授、ヤーキーズ国立霊長類研究センターのリヴィング・リンクス・センター所長。霊長類の社会的知能研究における第一人者。2007年には「タイム」誌の「世界で最も影響力のある100人」の一人に選ばれた。米国科学アカデミー会員。邦訳された著書に『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『道徳性の起源』『共感の時代へ』(以上、紀伊國屋書店)、『チンパンジーの政治学』(産經新聞出版)、『あなたのなかのサル』(早川書房)、『サルとすし職人』(原書房)、『利己的なサル、他人を思いやるサル』(草思社)ほかがある。

「2020年 『ママ、最後の抱擁――わたしたちに動物の情動がわかるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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