完全な真空 (河出文庫)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309464992

感想・レビュー・書評

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  • 「実在しない書物の書評」集という、なんとも凝った設定のボルヘス的な1冊。序文にあたる「完全な真空」で著者自身がその概要について説明しているが、収録作は有名な作品のパロディやパスティーシュだったり、あるいは「大作の概略を示す草案」だったりする。構想だけは出来上がっている超大作を、しかし書き上げる時間がないので、そのあらすじを書評風にまとめたという感じ。

    書評の対象になる書物は、前半はほぼ小説なので筋書きだけで面白かったのだけど、後半になるにつれて実用書というか専門書というか、あとノーベル賞受賞のスピーチまであって、たぶんSFが得意な人は面白く読めると思うのだけど、個人的にはちょいちょい意識を失いました(※寝落ち)

    この本あったら読みたい!と思ったのは「親衛隊少将ルイ十六世」。元ナチスの親衛隊少将だったタウドリツという男が、ナチスが隠していた財宝を持ち逃げして、アルゼンチンで独自の王国を作り上げる。なぜかその宮廷はフランスかぶれで彼はルイ十六世を名乗り、部下たちもフランスの有名人の名前をつけられている。最初のうちは楽しいけどだんだん王への不満が募り、王の隠し子を探して連れてきたのをいいことに、その子を担ぎ上げてクーデターを起こすも…という奇想天外な歴史ロマン。なんかレオ・ペルッツあたりが書いて白水Uブックスに収録されてても違和感なさそうな内容。

    「ロビンソン物語」と、「ギガメシュ」も面白そうだった。前者はロビンソン・クルーソーよろしく無人島に漂着してしまった男が、孤独から妄想の召使を脳内捏造、朝起きたら食事ができてて洗濯もしてくれて(実は全部自分でやってる)とかやってるうちに、どんどん登場人物も増え、ストーリーも広がり、多重人格だかイマジナリーフレンドだかなんかもう収集つかなくなっちゃうっていう、シュールなお話。

    『ユリシーズ』のたった1日が『オデュッセイア』と対応しているように、「ギガメシュ」は、GIのメーシュという男が軍法違反により絞首刑の判決を受け処刑になるまでのわずか36分をギルガメシュの叙事詩と対応させている。「本文は395ページで注釈は847ページある」というとんでもない大作。

    ドストエフスキーの『白痴』を現代的に焼き直した「白痴」は、当の主人公が大変邪悪で家族が大変な目に合うという真逆の内容。性的行為にともなうあらゆる感覚が失われてしまう化学物質NOSEXが散布されてしまった世界を描いた「性爆発」はディストピアぽくて興味深い。

    これらの書評から、架空のはずの書物のほうを想像して完成させる企画とかあったら面白そうだと思うのだけれど、どれも実際に書くのは大変か・・・。

    ※収録
    「完全な真空」スタニスワフ・レム/「ロビンソン物語」マルセル・コスカ/「ギガメシュ」パトリック・ハナハン/「性爆発」サイモン・メリル/「親衛隊少将ルイ十六世」アルフレート・ツェラーマン/「とどのつまりは何も無し」ソランジュ・マリオ/「逆黙示録」ヨアヒム・フェルセンゲルト/「白痴」ジャン・カルロ・スパランツァーニ/「あなたにも本が作れます」/「イサカのオデュッセウス」クノ・ムラチェ/「てめえ」レイモン・スーラ/「ビーイング株式会社」アリスター・ウェインライト/「誤謬としての文化」ヴィルヘルム・クロッパー/「生の不可能性について/予知の不可能性について」ツェザル・コウスカ/「我は僕ならずや」アーサー・ドブ/「新しい宇宙創造説」

  • 文庫化されて飛びついた、
    架空の本の書評群という体裁のメタフィクション短編集
    『完全な真空』(1971年)。
    順序が逆で、後から刊行されていた《実在しない未来の本の序文集》
    『虚数』(1973年)を先に読んだので、
    多分ついていけるだろうと思って(笑)。
    収録は全16題。

    ■完全な真空
     ワルシャワで出版された
     スタニスワフ・レム著『完全な真空』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■ロビンソン物語
     パリで出版された
     マルセル・コスカ著『ロビンソン物語』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■ギガメシュ
     ロンドンで出版された
     パトリック・ハナハン著『ギガメシュ』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■性爆発
     ニューヨークで出版された
     サイモン・メリルの長編小説『性爆発』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■親衛隊少将ルイ十六世
     フランクフルトで出版された
     アルフレート・ツェラーマンのデビュー作である
     長編小説『親衛隊少将ルイ十六世』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■とどのつまりは何も無し
     パリで出版された
     ソランジュ・マリオ『とどのつまりは何も無し』
     の書評(という触れ込みの文章)。

    ■逆黙示録
     パリで出版された
     ヨアヒム・フェルセンゲルト『逆黙示録(ペリカリプシス)』
     の書評(という触れ込みの文章)。
     「逆黙示録」は創作活動という無駄(!)に
     与しない者が助成金を受け取れる世界で、
     あらゆる創造に対する控除額の一覧を提示する。
     現代のある種のSNS上での投げ銭システムを予見し、
     皮肉を投げかけているような気がした。

    ■白痴
     ミラノで出版された
     ジャン・カルロ・スパランツァーニ『白痴』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■あなたにも本が作れます
     Universal社が著作権の消滅した古典文学を解体して
     素材とし、どなたにもお好みの本が作れます、
     という触れ込みで販売したDIYキットについて。
     「超ミニ短篇小説を各家庭の即席文士が作って、喜んでいる」(p.161)
     とは、まるで、現代のツイート文化を40年以上も前に
     予見して皮肉っていたかのよう。

    ■イサカのオデュッセウス
     アメリカ人の作家、クノ・ムラチェ著
     『イサカのオデュッセウス』の書評
     (という触れ込みの文章)。

    ■てめえ
     パリで出版されたレイモン・スーラ『てめえ』の
     書評(という触れ込みの文章)。

    ■ビーイング株式会社
     ニューヨークで出版された
     アリスター・ウェインライト『ビーイング株式会社』
     の書評(という触れ込みの文章)。
     コンピュータを使ったマッチングによって、
     あらゆる事象を意図的に作用させられるようになった
     ――という一種のディストピア小説
     「ビーイング・インコーポレイティッド」について。

    ■誤謬としての文化
     ベルリンで出版された
     ヴィルヘルム・クロッパー『誤謬としての文化』の
     書評(という触れ込みの文章)。

    ■生の不可能性について/予知の不可能性について
     プラハで出版されたツェザル・コウスカもしくは
     ベネジクト・コウスカ教授が物した全2巻の
     『生の不可能性について/予知の不可能性について』
     の書評(という触れ込みの文章)。

    ■我は僕(しもべ)ならずや
     アーサー・ドブ『我は僕ならずや』の
     書評(という触れ込みの文章)。
     ペルソナ(人間)とゲネティカ(創造)を合わせた
     「パーソネティクス」という名で呼ばれるプログラムの住人、
     人間に似た「パーソノイド」
     ――恐らく今日AIと称されるもの――について。

    ■新しい宇宙創造説
     アルフレッド・テスタ教授による
     ノーベル賞受賞時の講演のテキスト
     (という触れ込みの文章)。

    特に面白かったのは「親衛隊少将ルイ十六世」と
    「てめえ」(笑)。
    前者はナチスの元親衛隊将校ジークフリート・タウドリツが
    第二次世界大戦後、アルゼンチンへ逃れ、
    パリシアと名付けた奥地に王朝を築く――という、
    コンラッド『闇の奥』を想起させる筋立ての小説評。
    実在するなら是非読んでみたいと思ってしまった。
    後者曰く、作品の原題はフランス語「toi」。
    著者レイモン・スーラは作中で読者に語りかけるのではなく
    “読者について”語ろうとしたのだと述べる。
    野心的なアイディアではあったが、その試みは失敗に終わった、
    何故なら著者が成し得たのは
    アクロバティックな言語上の曲芸に過ぎなかったから。
    書き手の読者に対する反乱の形式は
    沈黙以外にあり得ないのだと、評者は語る。

    いずれにしても、訳者の一人、
    沼野充義先生の解説にあるとおり、
    レムは架空の書物を書くことで、
    作家と批評家という二つの相反する精神を結合させたのだろう。
    作中に《書評家》の意識が織り込まれることで成立する
    メタフィクションの魔術を堪能した。

  • 1971年というから、ちょうど50年くらい前の著作。
    日本では1989年に単行本が出たというから、だいたい30年前。
    それにしてこの現代性・先取りの凄みよ。

    まずは冒頭からして凄い。
    存在しない本についての書評を集めた本の中に、本書についての書評もある。
    ということは、ブツとしていま目の前にある本と、作中で言及されてる同名の本は別のものということになる。
    あるいは私がいま読んでいる本こそが虚無である、と。
    全体を通して通奏低音になっているのは、虚無と創造ということか。
    前半はいわゆるパスティーシュの要素が多い。
    後半でぐっと難解になり、おそらくレムがガチで書きたかったのは後半なのではないか。
    たとえば「新しい宇宙創造説」なんてのは小説で書いても論文で書いても批判雨あられになるだろうが、架空の講演なんですよという逃げ道を用意しておけば、自由に書ける。
    そう、書かないことで自由を得るということもまた、通奏低音のひとつなのだ。
    文体がすべて、執拗・饒舌・物量で目くらまし、という印象は強い。それも笑ってしまう。
    実作者レム→架空の作者による本→架空の書評家→読者、という多層構造の中の知的遊戯。

    当然高いリテラシーが求められる。
    やはり後半は難解で、前半のほうが面白かった印象だが、十年や二十年後に読み返す手掛かりになるよう、結構丁寧に読書メモを取った。
    が、逆にサクサク読んでスパスパ忘れて、忘れたまま数年おきに読み返すという読み方もよさそうだ。

    ところで国書刊行会の単行本のカバーイラストは、トイレのパッコン。かなりいいイラストだった。
    河出文庫版のカバーは一転してシック。これもいいね。

    ■完全な真空 スタニスワフ・レム 読書人(チテルニク)出版社、ワルシャワ(この特殊な本の前書きだろう。エクスキューズは軽く。説明とカテゴリ。あれ、「テンポの問題」ってないじゃん。そこも目くらまし?というか悪戯か。)
    ■★ロビンソン物語 マルセル・コスカ 書肆スィユ、パリ(1)(無人島で孤独の恐怖に対抗するため想像上の人間を創っていく。それを徹底的に突き詰めていくと、アンコントローラブルになっていく。その徹底は、病例を越えてラテンアメリカ文学っぽくもなっていく。)
    ■★ギガメシュ パトリック・ハナハン トランスワールド出版社、ロンドン(1)(そうそう。「フィネガンズ・ウェイク」はもちろん諦めたが、集英社ヘリテージシリーズ「ユリシーズ」は大学のころに読み通した。本文の何分の一かの訳注にも必ず目を通しつつ。冒頭からして、サラダボウルに箸だかフォークだかをクロスさせて持っている、というところで、訳注にいわく異端信仰の十字架を表しているとかなんとか書いていて、へーっと無批判に感じたものだ。「ユリシーズ」があの文庫に組み入れられるに当たって「ギガメシュ化した」とも言える。)
    ■性爆発 サイモン・メリル ウォーカー&カンパニー、ニューヨーク(この本全体を通じて、結構セックスへの言及が多い。かちっとした数理SFというよりは、性や情念をもSF的に遊ぶ。)
    ■★親衛隊少将ルイ十六世 アルフレート・ツェラーマン ズーアカンプ社、フランクフルト(2)(発端はまんま「地獄の黙示録」を連想。南米にいてフランスに憧れるという形式は、ホセ・ドノソ「夜のみだらな鳥」などを連想。)
    ■★とどのつまりは何も無し ソランジュ・マリオ 真昼書房、パリ(1)(ヌーヴォーロマンのパロディ。……しなかった、……ではなかった、という地の文が続く小説は、どこぞの新人文学賞の受賞作だか佳作だかで読んだ記憶あり。つまらなかったけれど。)
    ■逆黙示録 ヨアヒム・フェルセンゲルト 真夜中書房、パリ(砂漠で本を探す、という譬えはわかるが、それで一体何を?よくわからず。)
    ■★白痴 ジャン・カルロ・スパランツァーニ モンダドーリ書房、ミラノ(2)(ドストエフスキーを乗り越える、それも真正面からではなく、ねじりパンのように搦手で、という。)
    ■あなたにも本が作れます(これ、円城塔や乙一やがプロジェクト的にやっていることを、50年ほど前に夢想していたという話だ。)
    ■イサカのオデュッセウス クノ・ムラチェ(見出されなかった天才とは、というアイデアを、細分化して具体化していく。)
    ■てめえ レイモン・スーラ ドゥノエル書房、パリ(1)(「とどのつまりは何も無し」より進めてみたということかしらん。)
    ■★ビーイング株式会社 アリスター・ウェインライト アメリカン・ライブラリー、ニューヨーク(諸星大二郎の短編「復讐クラブ」を連想)
    ■誤謬としての文化 ヴィルヘルム・クロッパー ウニヴェルシタス書店、ベルリン(3)(岸田秀「ものぐさ精神分析」を連想。というより、岸田秀や吉本隆明やラカンの射程の広さったらない。)
    ■★生の不可能性について/予知の不可能性について 全二巻 ツェザル・コウスカ 国立新文学出版所、プラハ(3)(映像で連想するなら、ポール・トーマス・アンダーソンやジャン=ピエール・ジュネやウェス・アンダーソンの映画の冒頭。)
    ■★我は僕(しもべ)ならずや アーサー・ドブ パーガモン・プレイス(連想するのは、飛浩隆「グラン・ヴァカンス:廃園の天使1」のオンラインゲームというかMMORPGというかAI。円城塔「Self-Reference ENGINE」の巨大知性体、「エピローグ」の非知性体や微生物型知性。神が人を作る、人がAIを作る。AIが人=神について考えることが、人が神について考えることの図式そのままだ、と。言葉は難しいが、同じ発想で古今書かれてきた題材なんだろう。)
    ■★新しい宇宙創造説(アルフレッド・テスタ教授がノーベル賞受賞の際に行った講演。アリスティデス・アヘロプーロスの本について語っているので、いわば口述書評)(3)(「我は~」とつながっている印象。これを論文や小説で発表すれば批判を受けるが、架空の講演ということにすれば自由でいられる。)
    ◆完全な真空 日本語版 スタニスワフ・レム著 沼野充義・工藤幸雄・長谷見一雄訳 国書刊行会、東京(架空の書評集に対する解説を書評の形で書くという遊び心よ。)
    ◆レムの架空図書館――三十年後の解説 沼野充義

  • いやー、脳みそ疲れたー。(※鴨注:心地よい疲れヽ( ´ー`)ノ)
    「架空の書籍を対象とした書評集」という、何をどうしたらそんな発想が出るのかというぐらいメッタメタにメタな作品なわけですが、ボルヘスが先鞭を付けているそうですね。文学の世界は奥深いよ・・・。

    架空の書籍の構成を考え、さらにそれを評価する筋道も立てる必要があるという、面倒くさいこと極まりない構造をしていますが、虚心坦懐に読むとこれがなかなか面白い。特に、前半の小説パートは、こんな本が本当にあったら是非読んでみたい!と思わせる、エキサイティングで冒険的な作品が並んでいます。「親衛隊少将ルイ十六世」と「ビーイング株式会社」は、鴨も是非読んでみたいです。
    一方、後半の論文系の作品に入ると難易度がぐっと増し、読み進めるのがかなり困難に(^_^;小説パートはとりあえず脳内にビジュアル・イメージを浮かべることができればついていけますけど、論文系は読む方もがっぷり四つに組んで自分の論理回路をフル稼働させないと、何が何だか分からなくなりますからねぇ(^_^; 正直、半分ぐらいは流し読みしました。でも、「生の不可能性について」「予知の不可能性について」の2冊組(も何も、存在しない本なのだからなーにが2冊組だって感じですがヽ( ´ー`)ノ)が面白かった!最後の最後に披露される、論理的どんでん返しの鮮やかなこと!
    20代の自分、よくこれをハードカバーで読む気になったよな、としみじみ思いますヽ( ´ー`)ノ脳味噌を柔らかくするツールとして、オススメです!

  • 短編集
    SFらしく、学者のこころに満ちている

    ● 「新しい宇宙創造説」

    “教養のある人ならばこの著作の題名くらいは知っているでしょうし、著者の名前も聞いたことくらいはあるでしょう。しかし、それだけのことです。

  • レムの生誕100年の年だとのことなので、レム祭り再開。
    とはいうものの、レムを読むには知力、気力、体力が必要でお酒を飲みながら気楽に流して読むことはできないのです。仕事で疲弊していたころは気力がなくて読めなかった作品群も今ならば!と取り組んだ次第。いや〜、さすがレム。架空の本の批評を作ってそれをまとめた体裁で序文を書くという二重三重の仕掛けがあるうえ、架空の本そのものが、AIをテーマにしていながら神への信仰にまで言及するものから、新しい宇宙創生理論にいたるまで脳味噌痺れるテーマを暑かったものですが、どれも読んでみたいものばかり。

    レム氏に実際に書いてほしかった。

  • やっと読み終わった…たいへんだった。
    「生の不可能性について/予知の不可能性について」のふざけぶりは印象的。

  •  非常に新鮮な読書体験だった。周知の通り、本書は「存在しない本に対する書評集」という、一風変わった内容である。そのコンセプトに惹かれて手に取ったが、架空の書評というアイデアのみならず、一編一編の書評も読み物として大変興味深かった。物語を書くということに対して、「そういうアプローチがあったか!」と膝を打った回数は数知れず、無数の示唆に富んだ一冊だったと思う。
     読んでみて思ったのは、「書評集」というよりは、存在しない本のストーリーラインの要約や根幹となるアイデアを示すという趣が強いなということ。他者の批評を引き合いに出して、問題点や要点を論じる形体を取ってはいるが、その小説の大まかな流れを説明することに、決して少なくない頁が割かれていた。
     現実には存在しない事象、理論を下敷きとした執筆された書物に対する書評、という体裁をとったものが幾つかあるが、これらはつまり、書評を通じて別の世界を描き出しているとも言えよう。そういう意味では、SFっぽさもところどころ感じられた。その世界に存在するテクストを通じて、世界や物語を描写する、という展開の仕方から、読み味としては、書簡小説に似ているかも知れない。
     最後の数編はやや難解で、十分に理解できたとは思えないが、面白く読めたことに間違いはない。突飛なアイデアを包含する本は数あれど、これほどバラエティ豊かなものを、ぎゅっと凝縮して読むことのできる本はそうあるまい。

  • 最近本を読んで大笑いしたことはなかったが、これは当たりだった。面白いと思ったのは下記書評。

    ・ギガメシュ
    ・とどのつまりは何も無し
    ・あなたにも本が作れます
    ・イサカのオデュッセウス
    ・生の不可能性について/予知の不可能性について

    ここでこれらの書評の書評をするのも馬鹿馬鹿しいので騙されたと思って読んでみてください。

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著者プロフィール

スタニスワフ・レム
1921 年、旧ポーランド領ルヴフ(現在ウクライナ領リヴィウ)に生まれる。クラクフのヤギェロン大学で医学を学び、在学中から雑誌に詩や小説を発表し始める。地球外生命体とのコンタクトを描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『インヴィンシブル』のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF 作品を発表し、SF 作家として高い評価を得る。同時に、サイバネティックスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70 年代以降は『完全な真空』『虚数』『挑発』といったメタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『大失敗』などを発表。小説から離れた最晩年も、独自の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるい、中欧の小都市からめったに外に出ることなく人類と宇宙の未来を考察し続ける「クラクフの賢人」として知られた。2006 年死去。

「2023年 『火星からの来訪者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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