- Amazon.co.jp ・本 (197ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309277714
感想・レビュー・書評
-
1959年のベイルート。ピアノを調律するアブダッラーは、オリエンタル音楽を弾くことのできるピアノの開発を夢見ていた。オリエンタル音楽で一番小さい音階の四半音はピアノの鍵盤では弾くことができない。ではどうやってピアノの外見を変えずにオリエンタル音楽を弾けるようにできるのだろう。
アブダッラーの日常は音楽と共にあった。ベイルートの全てのピアノの場所を知り、それぞれの個性を知っていた。時代遅れのタルブーシュ(帽子)をかぶり、挨拶するたびに叩くので、おはようポック、こんにちはポック、という音を立て、彼だけの音階となる。
研究を重ねたアブダッラーは、鍵盤ではなくペダルにより四半音を出すオリエンタルピアノを作る
そして2004年。ベイルートからパリに移住する一家がいた。一家の娘が著者であるゼイナ・アビラシェドにあたる。移住したばかりのゼイナは、どちらも自分の故郷と感じられず、そして思考の元となるフランス語とアラビア語に混乱する。
しかし徐々にその両方が身に備わってゆく。
ゼイナにとっての言語は、アラビア語から始まり、アラビア風フランス語となり、それは彼女の中で現れたり消えたり、ついには二つの言語は一つのものとして著者のなかに編み上げられた。
例えばアラビア語では話を始める時に使われる「レイク(見て)」という言葉がある。フランス語では「言って」または「聞いて」を意味する言葉になる。そこで、東洋では視線を通して伝わるものが、西洋では言葉や聞くことを通じて伝わるということを感じる。二つの言語を身に備えるということは、それら両方の感覚を備えることで、その二つの国が自分の中で自分のものになるということだ。
両方の国に「帰る」事ができて、パリの部屋の窓からベイルートの港を見る、フランス人になったからこそよりアラブ人なったということ。
オリエンタルピアノは、東洋と西洋両方の音楽を弾くバイリンガルのピアノといえる。二つの街を故郷と思うゼイナの気持ちでもある。
アブダッラーは、ゼイナの曽祖父をモデルとしている。二つの言語、二つの国、を繋ぐ糸は、家族の遍歴を繋いでゆくものになる。
分厚い紙に、大胆で繊細な書き込みのされたグラフィックデザイン調の漫画です。音楽、言語、あらゆる音、文化、そして人の心までも絵として表現しています。
漫画ですが文学賞を受賞したり、この漫画の楽曲が作られて朗読付きコンサートが開かれたりしていたらしい。
アブダッラーの”ポックポック”も聴けます。
https://www.youtube.com/watch?v=KahmL7qKSmo&ab_channel=St%C3%A9phaneTsapis
P39
<もしも人の心にメトロノームが存在するなら、アブダッラーのメトロノームはアレグロを刻んでいたと言えるでしょう。時にはプレストにまで速くなったりもして…。
それはヴィクトールにとってはちょっと困ったことではありました。彼はナンビ者にも煩わされることなく常にアダージョを刻むメトロノームの持ち主だったのです。
旅行慣れしている人間の常、でしょうか。
ヴィクトール・シャリタはアブダッラーの一番の親友で、もう長いこと、二人は完璧に調律された二つの楽器のような友情を築いていました。>
P95〜
<わかったことは、フランス語とアラビア語は、わたしの中で親しく結びついていて、ほどくことはできず、フランス語とアラビア語は、私の中では一つの言葉、私は子供の頃から、繊細で、かけがえのない日本の糸でできた一つの言葉を編み上げていたのでした。>
P153
<オリエンタルピアノであるということは、パリで窓を開けて海が見えないかなって思うこと、オスマン様式の建物の後ろ、ずっとずっと遠くに見える海。
そして、夜に漁船の明かりがちらちらするのが見えないかなって思うこと。
ずっと遠く、水平線の彼方に。>
P79
<「おはよう」と言うたびに
アブダッラーは、指の先で、固められたフェルト生地の帽子を軽く叩きました。
挨拶を、ポック、するたびに、ポック、
帽子はポック、という音をたてました。
かわいた、ポック、からっぽの、ポック、音、ポック。
そして、いつものように挨拶しているうち、
思いがけないリズムが生まれてくるのでした…。
それは多分、
アブダッラーだけに、
聴こえていた
音楽なのです。>
P96
<わかったことは、
フランス語と
アラビア語は、
私の中で親しく結びついていて、
ほどくことはできず、
フランス語と
アラビア語は、
私の中では一つの言葉、
私は子供の頃から、繊細で、かけがえのない2本の糸でできた一つの言葉を編み上げていたのでした。
2種類の
ミカドゲームが
あって、
私の頭の中で
その棒が
バラバラに散らばっていたのでした。
それが、わたしの母語のDNAなのです。>
P108
<彼は暇さえあれば
ピアノの前に座ったり、
ピアノの後ろに回ったり、
ときにはピアノの下に潜ったりしました。
でも、最も多くの時間を過ごしたのは、ピアノの「中」だったのです。>
P148
<オリエンタルピアノ…2つの世界の、つながりのないはずの光景が並んでいます。
その二重の音楽、
文章の真ん中で思いがけなく音が軽く腰をひねる、その音を、
私はいつも自分の中に抱えていました。
オリエンタルピアノであるということは、パリで窓を開けて
海が見えないかなって思うこと、
オスマン様式の建物の後ろ、
ずっとずっと遠くに見える海
そして、夜の漁船の灯りがちらちらするのが見えないかなって思うこと
ずっと遠く、水平線の彼方に。>詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
わー!
コミックってこんなに自由なのか!
ページをめくる度に目を見張った。
二つの言葉、二つの国、二つの音楽。
心許なさも苦しさもやるせなさも、オリエンタルピアノの音色はきっと包んでくれるのだろう。
構成も良く、満ち足りた気持ちで読み終えた。 -
まんが
BD -
第53回アワヒニビブリオバトル「東洋」で紹介された本です。
チャンプ本
2019.06.04