アウシュヴィッツの囚人写真家

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (357ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309226538

感想・レビュー・書評

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  • ドイツ国防軍への入隊を拒んで逮捕され、アウシュヴィッツ強制収容所の囚人となったヴィルヘルム・ブラッセ。
    しかし後にブラッセは、写真家としての技術力とドイツ語に堪能だったことが幸いし、名簿記載班のカメラマンとして任命され、SSやカポからも重宝されるようになる。
    本書は、ブラッセがレンズ越しに見てきた4年間のアウシュヴィッツの残虐な有り様を綴ったノンフィクション・ノベルだ。

    まず感じたのは、手に職があるというのはここぞという極限の場面で身を助けるのだな、ということ。
    叔父が営む写真館の手伝いをしていたブラッセが撮る写真は素晴らしい出来栄えで、直属の上官であるSSのワルター曹長もブラッセを決して無碍には扱えなかったほどだ。お望みどおりの一枚を仕上げることで、囚人でありながら食糧も寝床も融通してもらい、名簿記載班の仲間たちと共に生き延びてきた。

    ブラッセが実際に撮った写真を私たちは巻頭ですぐに目にすることができる。
    中でも印象に残るのは、表紙にも使われている2人の少女のポートレートだ。
    囚人服を着て、ぐっとこちらをみつめる澄んだ瞳にうつっているもののことを考えずにはいられない。
    絶望だろうか?希望だろうか?私には分からない、でも間違いなく何かを訴えかけているということだけは分かる。

    ブラッセがチェスワヴァというこの少女を撮影した際のこととして、
    「いつか戦争が終わる日が来たら、彼女の家族や友人が収容所の書類の束からその写真を見つけ出すかもしれない。そうして彼女の姿は永遠に記憶のなかに生き続けるのだ。」
    と書かれている。
    家族でも友人でもないただの日本人の私が、今ここでこうして彼女の写真を奇跡的に目にすることができるのは、ブラッセが撮影し、そしてその写真を後世まで守り通してくれたからだ。彼の勇気と功績に感謝する。

    また、ブラッセがアウシュヴィッツに咲くスミレの花を撮影してからのエピソードも心に残る。
    想いを寄せるバシカのために飾っていただけだったが、ワルター曹長の目に留まり、人気の絵葉書として大量に取引されるようになるのだ。ブラッセとバシカだけの秘密が台無しになるのは切なかったが、それでもその小さなスミレの花がアウシュヴィッツ強制収容所内のたくさんの人々(SSであれカポであれ)に求められた、というのは一筋の光であるとは思う。

    ブラッセはポートレート撮影のみならず、アウシュヴィッツ内の虐殺行為の撮影や、ナチス・ドイツの医師による人体実験の記録係や、偽札の製造まで手伝わされていたりと、ドイツ軍側の戦力としても随分と利用されたようだ。
    そのため解放まで生き延びたブラッセは、でもその後もう二度とカメラを持つことはできなくなってしまったのだそう。
    とても悲しいことだけれど、ブラッセがアウシュヴィッツの公式写真家としてたくさんの写真を残してくれたからこそ、私たちは今こうしてその写真を目にし、残虐極まりない歴史を繰り返さないために学ぶことができる。
    どれだけ言葉を尽くしても伝えられない物事であっても、写真はそれらをゆうに飛び越えて届けてくれることがある。写真は歴史の貴重な証人だ。
    アウシュヴィッツ博物館、死ぬまでにいつか必ず訪れたい。

  •  写真とは何だろう。
     読み終えて、最初に感じた「疑問?」が、そういう問いかけだった。過去のある時点を映しとった、粒子のムラに過ぎない情報の媒体。勝手に解釈を変える人もいる時代なのだが、「意味」そのものは、見る人によって賦与されるともいえる。
     アウシュビッツで「殺す人」を記録することを「殺す」人から強制された主人公が、解放後、二度とカメラを使えなくなったというエピソードが語ることを考えること。
     それにしても、忘れてはいけないことがあるということ。あらゆる捏造されうる「事実」には、その時、その場で、そのように起こったという「事実性」があるということもまた、忘れてはいけないことの一つだと思った。
     ブログにも感想を書いています。
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202006190000/

  • どんな写真があるのかと期待して読んだのですが、写真は冒頭数ページにあるのみ。折角なら文章とその時の写真(見せられるもののみ)で当時の雰囲気を感じながら読みたかったです。

    主人公であるブラッセは写真家という職、仕事に対する姿勢、そしてアーリア人の血を引いているという点からSSに優遇され、重用されていました。そのため、SS側の動きや考え、会話などが多くあり新鮮でした。個人的には写真を撮ってもらった後自殺したSSの女性の話が印象的でした…

  • 写真はまさに真実を写しだす。囚人たちの恐怖や絶望、残虐な人体実験、非道なSSたちの人間らしい一面さえも。本書はアウシュヴィッツに収監されながらも写真撮影の技術を買われ、生き延びたブラッセの話。いくつか見たことがある画像はこの人の撮影によるものだったのか。どんな気持ちで、葛藤を抱えながらシャッターを切ったのかと想像すると胸が痛い。

  • アウシュビッツ強制収容所で「カメラマン」として働いたポーランド人収容者ブラッセの実体験を基にして書かれたノンフィクション小説。生き延びるために心の葛藤を押さえながらカメラマンとしてナチスのために働いてきたブラッセは、戦争の末期には自分の「特権」をナチスへの抵抗運動のために活用させるようになる。ブラッセの心の変化が読んでいて興味深い。

    収容所生活を生き延びた人たちによる著書は多く出版されていて、邦訳も多数ある。本書もその1冊に含めることができる。他のテスティモニー(証言)本と比べると筆致が軽い印象を受ける。体験者自身による記述でないのが理由かもしれない。とはいえ、本書も当時何が起きていたのかを知るために読むべき書籍の1冊であることは間違いない。

  • ポーランド人の母とオーストリア人の父を持つアウシュビッツに送られた一人の囚人が写真家として、写真を撮り続けた話です。衝撃的で、考えさせられます。

  • 図書館の本 読了

    内容(「BOOK」データベースより)
    被収容者の肖像写真を撮り続けた恐るべき体験!5万枚にものぼる写真に込められた心の叫び。政治犯として収容された青年ブラッセが見たものとは?

    ブラッセが語ったことを物語り形式に組み替えてあるためだとは思うけれど、悲惨さがソフトに伝わる作品となっていた。
    近頃アウシュヴィッツにはユダヤ人以外の囚人がいたという視点のものにおおくめぐり合うのはそういう時期なのか。
    愛があったとしても、それは傷を癒しはしないのね。

    Il fotografo di Auschwitz by Lucia Crippa & Maurzio Onnis

  • ノンフィクション

  • まず巻頭の口絵写真を見ていただきたい。筆舌に尽くしがたい恐怖に怯えながら、レンズを見つめる少女たちの澄んだ眼差しを。

    ナチスはアウシュヴィッツの収容者を厳密に管理するため、一人につき3ポーズの写真を撮影し管理していた。撮影者は同じ収容者、ポーランド人ヴィルヘルム・ブラッセ。政治犯として収容された彼は、写真家としての技術とドイツ語に堪能であった点を買われて名簿記載班に任命され、解放まで約4年間、ナチスの蛮行と犠牲者たちの姿を記録し続けた。
    ブラッセの生前のインタヴューや資料をもとに、当時のようすを物語として再現したドキュメンタリー=フィクション。

    アウシュヴィッツに収容される者は一人残らずブラッセのレンズの前を通り、記録された。

    欧州各地から次々に送り込まれてくるユダヤ人、「ジプシー」と呼ばれ差別されていたロマ民族。 “ドイツ化”不能、政治犯等のレッテルを貼られたドイツ系の人々。さらには、人体実験の現場、丸太のように積み上げられ焼かれる人々、コレクションされた人体の一部。
    それだけではなく、クラウベルクやメンゲレなどナチスの幹部たちのポートレートさえも。
    その写真を見れば、史上最悪の虐殺行為をおこなっていた者たちも、ごく普通の人であったことがわかる。
    そして犠牲者たち。彼らも同じ、ごく普通の人であって、決して、あんな仕打ちを受けるべき人々ではなかったはずだ。

    ブラッセは苦悩しながらも撮影を続け、1945年、ソ連軍による開放間近の混乱のなか写真やネガを命がけで守った。
    その写真が、当時から現在に至るまでアウシュヴィッツの実態を世に知らしめるうえで果たした役割は計り知れない。

    ここに地獄があり、ここに現実がある。
    いかに悲惨なものであろうと、私たちは彼の撮った写真から目を逸らしてはならない。

    ブラッセは戦後故郷に戻り、ふたたび写真家としての仕事を始めようとしたものの、断念した。
    撮影しようとした少女の背後に、無数の収容者たちの目が亡霊のように浮かんで見え、どうしてもシャッターを切ることができなかったという。
    彼ほど広範囲、長期間にわたってナチスの非人道的行為を見続けたものは多くない。

    『記憶を消し続ける。前日に目にしたことを日々忘れていく。過ぎていく時間をことごとく切り捨て、闇に葬り去る。未来に対しても固く目を閉ざす。夢も見ないし、幻想も抱かない。』

    決して忘れることを許さず、記憶を留める写真を撮影しながら、正反対の掟を自分に課して生き延び、そのぶん戦い続け、苦しみ続けた彼の人生もまた本書の主題として注目したい。
    ブラッセはアーリア人の血筋をひいていた。その気になれば、収容所からいつでも解放されたはずなのだ。しかし彼は、最後までポーランド人として生きることをやめなかった。

  • ★4.0
    まさに百聞は一見に如かず。今に残る写真1枚1枚が語る真実は、限りなく重く、その功績は大きい。アウシュヴィッツ収容所の写真家・ブラッセの主な仕事は、死へと向かう人たちを撮影すること、医師の人体実験を記録すること。収容所内での彼の待遇は恵まれていたけれど、シャッターを押す度に心が擦り減ったことは容易に想像がつく。中でも、少女に対して施された実験手術の一部始終は、あまりにも想像を絶するもので言葉がない。犠牲者数を考えると僅かではあるものの、彼・彼女らが生きた証に少しでも触れることが出来る貴重な1冊。

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著者プロフィール

哲学と神学を修めたあと、編集者および出版コンサルタントとして活躍している。歴史小説、ノンフィクション、評論など幅広く活動。

「2016年 『アウシュヴィッツの囚人写真家』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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