ギフト (西のはての年代記 1)

  • 河出書房新社
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感想 : 44
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  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309204642

感想・レビュー・書評

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  • 詩や小説を読むことを好み、本を愛する人であれば、自分にも物語を語る才能、詩を詠むことのできる力があれば、と思ったことがあるだろう。中には天から与えられるように、その力を授かった人もあるだろうが、多くの人は長ずるに及んで、我が身にその才のないことを嘆息とともに受け容れざるを得ない。

    主人公オレックが生まれた高地には、低地の者には魔法としか思えないギフトと呼ばれる力がある。部族によって異なるが、オレックの部族カスプロマントの伝えるギフトは「もどし」のギフトと言い、物事を作られる前の姿にもどしてしまうものだ。対象を左手で指し、一言呟けば、馬でも牛でも骨と肉が分化する前の混沌の状態にもどされてしまう恐ろしい力である。

    人は、自分にどんな才能があるのかを予め知らされてはいない。望む力を発揮できる人はほんの一握りの人だろう。力を求めながら、自分にそれのないことを受け容れさせるために、どれだけの時間がかかることか。誤って自分の愛する者を傷つけてしまわぬように、自らの目を封印し、暗闇の中で生きる主人公の葛藤が、この物語を暗い色調で覆っていることは否めない。相変わらずというか、またしてもというか、ル=グウィンの描く世界は、若い読者をそう簡単に楽しませるようには描かれない。

    主人公を導いてくれる幼馴染みの少女グライはすでにギフトを授かっている。動物の心を読み、彼らの言葉で話しかけることができる「呼びかけ」のギフトは、馬の調教などに使える、いわば前向きのギフト。対するに、カスプロマントや敵対するドラムマントのギフトは、壊したり、殺したりする後ろ向きのギフトである。グライは、ギフトはもともとどちら向きにも使えるものであったが、戦いに明け暮れる裡に、高地の人々の間で、後ろ向きにしか使われなくなったのではないかという考えをオレックに語る。ここに現代の世界に対する批判を読むことは容易い。

    暗闇の中でオレックは、母が語ってくれた物語を思い出す。文字を知らない高地人とはちがって低地から嫁いだ母は、本を読み、物語を語ることの好きな女性だった。本で読んだことを思い出しながら語る母の物語には抜け落ちたところがあった。オレックはそれを補うだけでなく、新しく紡ぎ出す才能が自分にあることを知り、母の遺してくれた本を読むために自ら目隠しを外すのだった。それは、制御できない力を持つカスプロマントの跡取りであることをやめることであり、父の願いに背くことでもある。

    世界を混沌の状態に「もどす」ことのできる力を、もし前向きに使うことを学ぶなら、混沌状態にある世界に光を当て、秩序立てることもできるにちがいない。オレックの「ギフト=賜物」とは、そういう力だったのではないか。領主としての責任感から自分の領地を守ることにだけギフトを用いる父(男)の世界から、前向きのギフトを持つグライ(妹)の力を借りることで、本来自分の中に潜んでいた自分の周りの人々を幸せにする母(女)の世界を発見するというのが、『ギフト』の構造である。

    ユング的な世界観が色濃かった『ゲド戦記』とはうって変わって、男の成長には、母という一人の女をめぐって、息子が父親を殺す過程が避けられないというフロイト的な主題が物語を背後で支えている。今ひとつ、世界は善悪二つの敵対するもので構成されているというキリスト教的な世界観ではなく、本来善と悪は一つのものだという異教的な世界観がある。悪が生じるのは、戦いを好む男社会が、相手を傷つけるものとしてのみ、持てる力を振るうからだというこの作家らしい主張も健在である。

    後書きによれば、はじめはこれ一作だけのつもりで書かれたという。『ギフト』は、オレックが、物語を語ったり、詩を朗唱したりする仕事に就くきっかけを作ってくれた低地からの逃亡者の思い出からはじまり、オレックとグライが高地を離れる峠道の場面で終わっている。より開かれた地での二人の活躍を見たいと思ったのは、読者だけではなかったようだ。成長したオレックとグライの活躍は第二作『ヴォイス』で読むことができる。

  • これ、ゲド戦記に続く超名作ファンタジー!
    指輪よりよっぽど!
    なんで話題にならないのかわからない
    重くて悲しくて、ほんと泣ける

    様々なギフトを持つ高地の人々

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「指輪よりよっぽど!」
      へーー期待が高まりますね。
      文庫になったので読もうと思いつつ、、、
      「指輪よりよっぽど!」
      へーー期待が高まりますね。
      文庫になったので読もうと思いつつ、、、
      2012/12/06
  • このシリーズがあったのか!ゲド戦記よりもわかりやすいかも知れませんね。
    ギフトという特殊能力を持った北の村の一族の物語。家系によって違うギフトを持ち、主人公の少年は統御出来ない強い力を発揮したために何年も目を封印されてしまいます。
    エメラルドの島といった表現があるのはケルト世界なのでしょう。さすがの読み応え。
    救いのある結末です。

    • sanaさん
      torachanさん、
      コメントありがとうございました!
      コメントは少ないので見方がわからなくて、すぐ見つけられなくて、ごめんなさい。
      ...
      torachanさん、
      コメントありがとうございました!
      コメントは少ないので見方がわからなくて、すぐ見つけられなくて、ごめんなさい。

      こちらこそフォローありがとうございます☆
      コージーとファンタジーがお好きとは!
      嬉しいです。

      グウィンはいいですよねえ…
      このシリーズがまたよくって。どうしてこんな風に書けるんでしょう。
      なかなか言葉にし切れないのですが。
      読めるのが幸福。

      こちらからも楽しみに、参考にさせていただきますね♪
      sana
      2012/05/21
  • こういう物語に出会えるのは、本当に幸せなことだ。さすが、齢を重ねただけあって、『ゲド戦記』より洗練されているし、人間の描き方も穏やかで優しくなった。ル=グウィンは「人はどのように生きるべきか」ってことだけを、ひたすらに問い続けている人だなぁ、と思う。続きが楽しみ。(2008.9.10 読了)

  • 『ギフト』のタイトル通り、ギフトという単語がこれでもかと出てくる。
    ギフトとはその一族に伝わる『不思議な力』父親から息子へ、母親から娘へと伝わり、血が薄まると力も弱まるため定期的に血の濃さを求めた婚姻が繰り返されている。
    一族ごとにそれぞれ違った力を持っている。
    グライの一族は〈呼びかけ〉のギフトでグライも母親からそのギフトを継いでいる。

    血筋の話だけではなくて、世界観もすごい。オレックの住む場所である高地とエモンやオレックの母が住んでいた低地の差も書かれている。高地では本がないので、母親が布から本を作ったという話まである。執念、すごい。そして、本がないのでオレックは母親が本を作るまで本を知らなかったし、父親に至っては本の価値が分からない。母親は低地の人間で文字が読めたので、子供たちに文字も教えている。

    文化の差がこれだけでありありと分かるのすごいし、『文字も本もないというのはどういうことか』がこんなに書かれているの、読んでるだけで楽しい。

    文字がないという事はそれだけ集団の規模が小さく、他との交流がないという事。それが『低地から来た母親』がいるおかげで、どれだけの差があるのかという事も分かる。母親のメルはあまり出てこないけど、主人公の親としての存在感がすごい。
    同時に父親も『ギフト』を使う者としての存在感がすごい。息子がギフトを継ぐことへの期待と失望。それが分かってしまうオレックの痛み。

    文字がないから粗野な部分はあるけど、基本は『子供も人間として扱う』姿勢だしそのために散りばめられている細部が素敵すぎる。

    『闇の左手』では馴染めなかったけど『ギフト』が伝承やその世界での物語を交えながら進む物語だったことで、作者の書き方がこうなのかなと思った。でも、キャラについてはやはりよくわからない……と思う点はある。
    『闇の左手』もキャラがどんな思考・価値観からそうしたのか分からなかった。でも『闇の左手』は誰も何も説明してくれないので、説明されている部分からくみ取るには情報が圧倒的に足りないというものだった。

    『ギフト』のオレックの父親は態度は分かるが何を思っているのかよく分からないまま終わってしまった。特にラストの『息子にはギフトがない』と知った後はどう思っていたのか分からないし、この先どうするつもりだったのかも分からない。なぜ、息子を危険な『他部族との争いになる場所』に連れて行ったのか。ギフトがないと分かっているのに……息子にギフトがないのだと納得していたのかも分からない。
    父親は『冷たい目』だとオレックは思ったのはわかるけど、オレックの視点なので実際に父親が『冷たくしよう』と思っていたのかも分からない。ただ『戸惑っていた』様子が『冷たい目』に見えただけかもしれない。

    『わからない』まま物語は終わる。
    わからないけど面白いし、世界観は最高だし、物語も素敵だ。
    分からない面白さもあると私は思ってるので、『分からないから不満だ』という感想ではない。キャラの感情をずっとああかなこうかなと考え続けて、ふと、全く別の作品から『こうだったんだと』ひらめく瞬間もある。私はそう言うものも『面白い』と思ってる。


    ヤングアダルト作品なので=中高生くらいの子どもにもお勧めの一冊。ファンタジー好きなら、本を開いたところにある『地図』だけで、ワクワクしそう。私もすごくワクワクした。ワクワク。

  • 主人公の少年オレックが独り立ちするまでの物語。派手な展開はないけれど面白い。

  • ル・グイン熟年の異郷ファンタジー。意外にピンとこなかった。

  • アースシー1巻から38年後に書かれたルグウィンの物語。世界観はアースシーとよく似ていて、完全にルグウィン節が心地よい。ただ、個人的にはこのトリロジーの最初の本書だけが非常にテンポがノレずにストラグルしました。ただ、これを読んどかんと次に響く。舞台となる西のはての地域では”ギフト”という超能力を持つ血族が各部族を統治していて、各部族同士が中よかったりいがみ合ってたりして、色々と問題が起こる。ランドロードの息子として生まれたオレック、生き物を殺す能力の家系。能力の発露を忌み嫌うオレックが目を封印された真の意味というのがシームの一つ。オレックのギフトがどういうものか、いまひとつわからんまま終了。グライという動物と心をかよわせられるギフトを持つ女のこのキャラがとても良い。

  • むうう。
    続きが読みたい。

    ワクワクでもドキドキでもないけど、読んでしまう。

    当初この1冊だけの予定だったと解説に書いてあったが、もしそうだったらかなり寂しい気がしただろう。
    早く続き読もう。

  • ル・グウィンの語り口が好きだ。存在の手触りのするファンタジーだと思う。暗い印象もあるけれど、女性らしい優しさも感じる。血を通じて伝わるギフトをめぐる、父と子の葛藤はとてもリアルで悲しい。私たちもまた親からギフトを受け取るけれど、もちろんそれが親の期待するとおりとは限らない。

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著者プロフィール

アーシュラ・クローバー・ル=グウィン(Ursula K. Le Guin)
1929年10月21日-2018年1月22日
ル・グィン、ル=グインとも表記される。1929年、アメリカのカリフォルニア州バークレー生まれ。1958年頃から著作活動を始め、1962年短編「四月は巴里」で作家としてデビュー。1969年の長編『闇の左手』でヒューゴー賞とネビュラ賞を同時受賞。1974年『所有せざる人々』でもヒューゴー賞とネビュラ賞を同時受賞。通算で、ヒューゴー賞は5度、ネビュラ賞は6度受賞している。またローカス賞も19回受賞。ほか、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞、ニューベリー・オナー・ブック賞、全米図書賞児童文学部門、Lewis Carroll Shelf Awardフェニックス賞・オナー賞、世界幻想文学大賞なども受賞。
代表作『ゲド戦記』シリーズは、スタジオジブリによって日本で映画化された。
(2018年5月10日最終更新)

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