木曜組曲: 〈新装版〉 (徳間文庫 お 30-3)

著者 :
  • 徳間書店
3.61
  • (41)
  • (78)
  • (92)
  • (13)
  • (4)
本棚登録 : 1113
感想 : 68
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198944384

作品紹介・あらすじ

耽美派小説の巨匠、重松時子が薬物死を遂げてから、四年。時子に縁の深い女たちが今年もうぐいす館に集まり、彼女を偲ぶ宴が催された。ライター絵里子、流行作家尚美、純文学作家つかさ、編集者えい子、出版プロダクション経営の静子。なごやかな会話は、謎のメッセージをきっかけに、告発と告白の嵐に飲み込まれてしまう。はたして時子の死は、自殺か、他殺か――? 長篇心理ミステリー。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • あなたは、『嘘』をついたことがあるでしょうか?

    そんな質問に、”いいえ”と自信をもって答えられる方はいないでしょう。人は大なり小なり『嘘』と共に生きていると思います。また、”嘘も方便”という言葉がある通り、『嘘』が人と人とのコミュニケーションを上手く回していくこともあります。

    友達から誕生日プレゼントをもらって、その場で開けてみて、似たようなの持ってるなあ…と心で思っても、嬉しい!ありがとう!と答えるのが正解でしょう。時間になったのに来ない彼、”ごめん、待った?”と訊かれて、”ううん、私も今着いたところ”、まあそれが日常になっても困りますが、一回目ならこう答えるのが無難でしょう。そして、珍しく夫が作ってくれた晩御飯、あなたの顔を心配そうに覗き込む夫に向かって、美味しいっ♡ありがとう!どんなに不味かろうがもうこれ一択しか口にする言葉はないでしょう。

    私たちは憲法第19条によって内心の自由が保障されています。心の中で何を思おうが、考えようが、それを咎める権利は誰にもありません。しかし、人が集団社会の中で生きる生き物である限り、その内心をいつもそのまま言葉に表すのが正しいわけではありません。なかなかに人の世を生きるのも大変です。

    一方で、なんでもかんでも”嘘も方便”として良いのか?と問われる場面も当然にありえます。場合によっては、そんな『嘘』が”虚偽”として重大な罪に問われる恐れだってあるからです。しかし、罪に問われる恐れがあるからこそ、敢えて『嘘』をつくという可能性も生まれ、そこに『犯罪』が成立する余地があります。一方で、それが架空世界を前提にした場合、そこに生まれるのは”ミステリー”小説です。

    さて、ここに恩田陸さんが書かれたそんな”ミステリー”小説があります。『どうしてみんなわざわざこんな遠くまで毎年来ているのかしら』と思いつつも一年に一度、四年前に亡くなった一人の女性の家に集まる五人の女性が登場するこの作品。そんな女性たちが、亡くなった女性の死を自殺ではなく、他殺ではないかと訝しがりながら、それぞれに『告白』を繰り広げるこの作品。そしてそれは、『問題は、誰かが噓をついてるってことよ』という言葉の意味するものを垣間見るその先に、まさかの真実の扉が開く瞬間を読者が目撃する物語です。

    『また来たわね、ここに』、『入ってしまえば楽しいんだけど、入るまでが抵抗あるのよね、あの家』と会話するのは主人公の静子と絵里子。『出版プロダクションを経営』する静子と『ノンフィクションのライターをしている』絵里子は『木造二階建ての屋根が柔らかな薄緑色をしている』『うぐいす館』という建物へとやってきました。そんな門の前で二階の窓を見て『青ざめた真剣な表情』をした静子を見て『どうしたの…幽霊でも見たような顔をして』と絵里子が問うと『静子はぎょっとしたような顔で』振り向きました。『今、彼女は二階の窓に何を見たのだろう?』と思う絵里子。そして『この家の主人であり、小説家でもあった重松時子が亡くなったのは、四年前の冬のことである』という家へと入る二人。視点が変わり、『うぐいす館』で料理の準備をする『ベテラン編集者』のえい子は『呼び鈴が鳴』るのを聞き、玄関へと走ります。そこには『フジシロチヒロさんという方からお電話でご注文をいただき』と花束を手にした花屋の姿がありました。『重松時子さんの家に集う皆様に』という宛名を伝える花屋にお礼を言って花を受け取った えい子は、そこに『ピンクの封筒』があるのを見つけます。そんなところに『豪勢な花束ね』と、『純文学作家』の つかさが到着しました。再び視点が変わり、『あの時もこんな天気だったわ』と『うぐいす館』へ向かうのは『ミステリー作家』の尚美。そんな尚美はこれから赴く先にやってくる面々を思い浮かべ『どうしてみんなわざわざこんな遠くまで毎年来ているのかしら』と思う一方で、『あたしには目的がある』と『表情を堅く』しながら『呼び鈴を押し』、えい子に迎えられます。そんな えい子に寝具を持ってくるよう言われた尚美は『これはチャンスだ』と二階の『時子の寝室』だった部屋へと向かい『どこ?どこなの?』と探し物を始めます。そして、『みんなジャンルは違うが「物書き」をなりわいとする女ばかり』という五人が揃い食事が始まりました。そんな中で、えい子は花が届いたことを紹介し、封筒を開封しますが、中からカードを取り出すと『不愉快そうな顔にな』ります。『なんて書いてあるの?』と催促され文字を読み上げる えい子。『そこには、小さな字で』、『皆様の罪を忘れないために、今日この場所に死者のための花を捧げます』と書かれていました。『嫌だわ、どういうつもりなの』と『心底腹を立てている様子』の尚美。『まるであたしたちが時子さんを殺したみたいじゃん』と『口をとがらす』つかさ。そんな中、送り主の『フジシロチヒロ』のことを『時子が最後に書いていた原稿よ。「蝶の棲む家」の主人公の名前だわ』と、えい子が特定します。『フジシロチヒロ ー 確か、最後は妹に殺されてしまう』と言う尚美。そんな時、『がたーん、という音が部屋に響き渡』り静子が椅子を倒して立ち上がりました。『ぶるぶると震えてい』る静子。そんな静子が語り出します。『あたしよ…あたしが時子姉さんを殺したんだわ』。そんな女たち五人が語り合う中で『重松時子殺人事件』に隠されたまさかの真実が明らかになっていく、どんでん返しな物語が始まりました。

    “耽美派小説の巨匠、重松時子が薬物死を遂げてから、四年。時子に縁の深い女たちが今年もうぐいす館に集まり、彼女を偲ぶ宴が催された”という先に、”はたして時子の死は、自殺か、他殺か ー ? 長篇心理ミステリー”と内容紹介に煽るようにうたわれるこの作品。鈴木京香さん、原田美枝子さん、そして浅丘ルリ子さんら主演で2002年に映画化もされている恩田陸さんの”ミステリー”作品の代表作にも位置づけられる作品です。当然に”ミステリー”としての面白さはもちろんありますが、それ以外にもさまざまな点から読み味を感じさせる作品に仕上がっています。では、私が読みどころと思った点を三点あげたいと思います。

    まず一つ目は、”小説内小説”が登場する点です。小説の中に小説が入れ子になって登場する”小説内小説”は、私が大好きな構成の一つです。小説によってその内容の匂わせ方はもちろん異なります。恩田さんが書かれた作品にも「三月は深き紅の淵を」など、その構成を絶妙に使った作品もありますが、この作品では『四年前の冬』にこの作品のまさに舞台となる『うぐいす館』で亡くなった小説家の重松時子が残した最後の作品「蝶の棲む家」が全編に渡って登場します。『かなり売れたらしい。しかし、その出来は、昔からの時子の読者からしてみれば「凡庸」の一言だった』、『めりはりのあるストーリーでもない』、そして『あたしの印象は「散漫」かなあ』などと、その内容が登場人物によって匂わされていく「蝶の棲む家」。”小説内小説”を取り上げる作品には、辻村深月さん「スロウハイツの神様」の「V.T.R.」などリアル社会に出版されて読むことのできる”小説内小説”も存在します。残念ながら「蝶の棲む家」は、そういったお楽しみは味わえませんが、上記の通り、主人公たちによって作品の内容がマイナス評価されていくところが特徴です。少なくとも私が読んできた”小説内小説”では、このような貶され方をした作品はすぐに浮かびません。一方で、マイナス評価されるような作品であるところに”ミステリー”に繋がる秘密が隠されてもいます。同じように”小説内小説”を登場させても「三月は深き紅の淵を」とは、全く違う使い方でその構成を活かしていくところなど、流石の恩田さんの上手さを楽しめます。

    次に、この作品では登場人物が全編で五人のみに絞られているという点です。『みんなジャンルは違うが「物書き」をなりわいとする女ばかり』という、えい子、静子、絵里子、つかさ、尚美の五人の女性たち。もちろん、この作品の影の主役ともいえる故人の重松時子という存在が根底にはありますが、物語に生を得て描かれていく存在はあくまでこの五人から広がりません。そんな五人が『うぐいす館』という閉じられた空間の中で、あれやこれやと『告白』をする中に物語の真相、つまり、重松時子の死の真相が明らかになっていきます。似た構成としては恩田さんの「木漏れ日に泳ぐ魚」を少し彷彿とさせます。物語は、五人が一気に登場することもあって最初は誰が誰だか理解が追いつかないところもありますが、そこは恩田さんです。文庫本276ページという物語の中にそれぞれの性格を見事に描き分けていきます。私は映画は見ていませんが、えい子=加藤登紀子さん、静子=原田美枝子さん、絵里子=鈴木京香さん、つかさ=西田尚美さん、尚美=富田靖子さん、そして時子=浅丘ルリ子さんという配役を思い浮かべるとなかなかに面白い映像が頭の中に浮かぶのを感じました。登場人物が混乱するという方は、この配役を思い浮かべながら読まれるのも面白いかもしれません。

    そして、三つ目はそんな登場人物が全員、『みんなジャンルは違うが「物書き」をなりわいとする女ばかり』と描かれていく中に、作家である恩田さんの本音?が顔を出すところです。幾つか抜粋してご紹介しましょう。

    ・『あたし思うんだけどさ。一生懸命働く女性は美しいのに、なぜか女が小説書いてるところってすごくみっともないよね。不思議と男はそうでもないんだけど。まちがっても恋人になんか見せたくないよ』。
    → 恩田さんご自身が小説を書いていらっしゃる姿をこんな風に感じられているのですかね?『まちがっても恋人になんか見せたくない』って、どんなご様子で小説を執筆されているのか、逆にその執筆風景を見たくなりました!

    ・『たまにいるじゃん、小説書く時はお化粧してお洒落してって人』 『そうすると気持ち良く書けるのかなあ?誰かやってみて欲しいな。効果があるんならあたしもやる』。
    → 絵里子と尚美の会話ですが、小説家どうしの噂話という感じでしょうか?『小説書く時はお化粧して…』って、まあ、それがお仕事と考えると、会社員が会社に行くのと同じこと、それでいいような?でも自室ですよね?とこの辺りもなかなかに作家さんの日常を垣間見ることのできる面白いやりとりです。

    ・『作家なんて、いつも自信とコンプレックスとの間を行ったり来たりしてるもんじゃない?あたしもさあ、気力が弱ってる時って、本屋に入るのが怖いのよ… 毎日世界中のあちこちで傑作や話題作をみんな次々書いてるんだって思うと、圧倒されちゃうのよね』。
    → これも面白い独白です。私たちが本屋さんに行くときは、宝の山からさらに光り輝く一冊を見つけるんだ!という楽しみの中にあると思いますが、作家さんはライバルたちの仕事ぶりを見る場でもあるんですね。自分の仕事を同じように考えると、これは楽しい場とは言えなさそうです。人によって同じ場でも意味が異なる場合がある、なるほどなと、なかなかに面白い記述だと思いました。

    この作品の読みどころとして三つをあげましたが、それ以上にこの作品が”ミステリー”であるということを忘れてはなりません。『どうしてみんなわざわざこんな遠くまで毎年来ているのかしら』という中に、『うぐいす館』へと作家・重松時子の死後も毎年集う五人の女たち。そんな女たちはそれぞれに何かを隠している様を匂わせながら物語は展開していきます。そんな物語は〈木曜日の前の日・昼過ぎ〉、〈木曜日の前の日・夕暮れ時〉、そして〈木曜日の次の日の午後〉というように『木曜日』という曜日名を含んだ小見出しの章題によってほぼ時系列に描かれていきます。『時子が亡くなったのが二月の第二週の木曜日だったことから、毎年その日を挟んで前後合わせて三日間、彼女を偲ぶ日に』したという『木曜日』。『時子が木曜日という曜日を気に入っていた』ということにも意味を見出す『木曜日』という曜日を前面に押し出しながら描かれてもいくこの作品。そんな作品の一番の”ミステリー”こそ、時子の死が『自殺か、他殺か』という点に端を発する物語です。『明らかに時子の』筆跡による遺書の存在により、『自殺ということで決着がつ』いてはいるものの、それぞれに何かを隠していると思われる五人。そんな五人の一年に一度の集まりの場に『皆様の罪を忘れないために、今日この場所に死者のための花を捧げます』と書かれたメッセージが届き、さらになぞの電話が、そして…と謎が謎を呼ぶ展開はまさしく”ミステリー”です。ネタバレになるのでこれ以上踏み込むのは避けますが、この作品は恩田さんの作品によく見られる”結末を読者に委ねる”タイプではありません。”ミステリー”作品として、きっちりその結末を描いてくださっています。恩田さんの作品ということでその結末を不安に思われている方には、是非安心してお読みいただければと思います。また、鮮やかなどんでん返し、そしてさらなるどんでん返しと、結末の畳み掛けも見事です。恩田さんの”ミステリー”を探されている方には、上記した三つの点も含め、とてもおススメできる作品だと思いました。

    『問題は、誰かが噓をついてるってことよ』と、五人の女性主人公たちが、あれやこれやと『告白』に継ぐ『告白』を行っていく中に、重松時子の死に隠された真相を浮かび上がらせていくこの作品。そこには、『なぜ嘘をつくの?』と、お互いの『告白』の中に『嘘』を感じる面々の戸惑いと、『あたしは知りたいわ』と真実を求め、さまざまに推理を巡らせる五人の駆け引きが絶妙に描かれていました。小説家である主人公の語りに恩田さんの作家としての本音?を垣間見るこの作品。どんでん返しの妙に”ミステリー”の醍醐味を味わえるこの作品。

    安定した恩田節が楽しめる安心感の中に、サクッと読める”ミステリー”。なるほど、映画化されるよね、この作品…と感じた一作でした。

  • 木曜日
    年に一度の偲ぶ宴
    一筋縄ではいかない人たち
    人間の磁場の強さ
    えい子さんの料理
    うぐいす館

    舞台化できそう
    「小説の中の小説」を感じる
    ちょっとした混乱が心地良い
    再読すると思います

  • 恩田陸さんによるミステリ小説。舞台は有名作家の重松時子の暮らしていた洋館。小説の最初から最後までがこの洋館での出来事で、この話を舞台作品にしても面白いだろうなと思った。4年前、薬物死した時子と関わりの深い5名の女が集い、時子の死の真相に迫る。途中、何度も何度も裏切られながら物語は進んでいく。「未必の故意」というのは、こういうことを言うのかな…と思った。実は美味しそうな料理も色々登場するが、時子の死の真相に迫る、という緊張感のある展開でその存在が薄れてしまっていた。登場人物らは、しっかり食事も取りながらも話を進めていき、非常に生命力の強い人たちだった。

  • 4年前の2月の木曜日、小説家の巨匠、重松時子が自宅のうぐいす館で薬物死した。捜査の結果、自殺とされたが、その時うぐいす館に集っていた女性5人は毎年、命日の木曜日をはさむ3日間をうぐいす館でともに過ごしてきた。
    しかし、4年目の今回は少し様相が異なり、時子の自殺を疑っている彼女たちは、それぞれの記憶を語り、真実を明らかにしようとする。

    5人はそれぞれの考察を交えながら順番に話していくが、誰かの話を聞く度に、犯人像が違って見え、誰が犯人なのか、真実は何なのかわからなくなり、時に不安に陥る。
    そして、最後には、時子自身が彼女たちを殺害するために用意していた毒入りの水を、いくつかの偶然の結果、誤って飲んでしまい、亡くなったのだと結論付ける。

    恩田陸のミステリーには、最後までハラハラドキドキさせられ、本当に惹き付けられる。

  • 「蜜蜂と遠雷」と「夜のピクニック」くらいしか読んだ事なかったけど、それらとは全然雰囲気違ってびっくり!

    自殺したはずの大物作家・時子の死がほんとに自殺だったのかという真相を探るストーリー。
    登場人物が結構多いので初めややこしいけど、それぞれ個性的なキャラなので読み進めるうちに分かるようになってくる。
    女同士の心理合戦って感じで、それぞれの本性というか、心のうちが少しずつ暴かれていくようで面白かった。
    それにしても女ってやっぱり怖いな笑
    他の方も書かれてたけど、ほんと舞台を見てるみたいな気分になる作品でした。


  • ☆☆.5
    4年前に自宅の自室にて薬物死した作家、重松時子。
    彼女が永眠したその日、居合わせた5人の女達。
    命日に近い木曜日を挟んだ3日間を時子の屋敷「うぐいす館」で過ごし、時子との思い出に浸ることが恒例となっていた。
    果たして時子は自殺だったのか。
    もしくは5人の中の誰かによって…。
    5人それぞれの胸にある秘めたる想い。
    本音を隠したままに今年も3日間が過ぎてゆくのか。

    しかし差出人の分からない花が届いたことで、これまでとは違う時間が動き始める。
    ついに語られるそれぞれの時子への思い。
    綻び始める5人の関係。
    時子を死へと至らしめたものが明かされる時、5人は何を思い何をするのか。

    一人ひとり、時子との思い出が順に語られて行くスタイル。館の中で交わされる、あーだこーだの会話によって物語はすすむ。めっちゃ面白いと言うことはないのだけど、ミステリーあるあるの「そんなタイミングある?」の〝うまい作家〟の〝良くできた作品〟である。と思う。

    今年の8冊目

  • 『重松時子殺人事件』

    そうきたかーー
    全員女性、全員物書きの異なる視点が秀逸
    恩田先生は外さない

    美しくもどこか不穏なタイトルと、新装版のジャケが「うぐいす館」のイメージですき

    小説家、重松時子の衝撃的な自殺から4年。偶然にも彼女の死に居合わせた、重松時子の血縁の4人と1人の編集者は、毎年同じ木曜日に集まり彼女を偲ぶ宴を催していた。

    時子の死は本当に自殺だったのだろうか?
    この5人の誰かが毒を盛ったのではないか?

    楽しい宴は時子の犯人探しになり、会話の中に潜む猜疑心と緊迫感

    “夢見がちな、妄想を商売とする女たち”の犯人探しは意外な真相と爽快なフィナーレで結ばれる

  • 昔々に映画を見た事があった。
    内容はすっかり忘れていたけれど、豪華な館で死ぬ女主人とそれを囲む女たち…みたいなイメージだけはとても残っていて。
    ふと目にして手に取ってみたけれど、思わず引き込まれて一気に読んでしまった。文章を書くという独特の世界で生きている女性たちの葛藤とそれによって生まれる複雑な関係性。それでも彼女たちの逞しさは内容に反して清々しいくらい。本を読んでいるとふと自分でも書けたらいいなと思う事があるけれど、とんでもない非凡さがなければ成立しない事だと面白い本話読むたびにつくづく思う。
    話の内容に対して意外にも空気は軽いように思うものの、やはりどこか緊迫したまま物語は進んでいき…最後数ページで何度か驚かされることになる。
    この後も続くであろうこの逞しい女性たちの活躍が気になるところ。

    そして新装版という事であとがきも新しくなっていて、ここ最近2作ほど読んでいた芦沢央さんが書いていた。芦沢さんの「布団の中にライトを持ち込んで隠れるようにして読んでいた様々な本」という文を目にして、自分も小さい頃はそんなふうにして読んでいたのを思い出した。なるほど読書というのはとても個人的な行為なんだと納得。思わぬところであとがきまで楽しめてちょっと得した気分になった。

  • あまり内容をよく分からずに、本屋さんに並んでる本でジャケ買い。
    ジャケ買い?タイトル買い?
    どちらかと言うとタイトル買いかな。
    恩田陸さん好きだしハズレじゃないでしょうと購入。

    やっぱり間違いなかった。
    面白かったー!

    ミステリーなんだけどただのミステリーじゃない。
    どんでん返しもある(ここら犯人探しに関してのどんでん返しではない)本当に面白かったー。
    やっぱり恩田陸さん好きだなぁ。

  • 場所も登場人物も変わらないのに面白い。互いに疑心暗鬼しながら心理戦が繰り広げられるけども、あくまでも宴の場なので柔和さもある。

    芦沢央さんの解説もよかった。
    「たとえどれだけたくさんの人に読まれている本であろうと、本はこっそり自分だけに世界の理を教えてくれ、見たことのない景色を見せてくれ、感情に名前をつけてくれた。登場人物の心の中にカメラをセットして、その人が目にしている光景から心の動きまでもを追体験させてくれた。」

全68件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1964年宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』で、「日本ファンタジーノベル大賞」の最終候補作となり、デビュー。2005年『夜のピクニック』で「吉川英治文学新人賞」および「本屋大賞」、06年『ユージニア』で「日本推理作家協会賞」、07年『中庭の出来事』で「山本周五郎賞」、17年『蜜蜂と遠雷』で「直木賞」「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『ブラック・ベルベット』『なんとかしなくちゃ。青雲編』『鈍色幻視行』等がある。

恩田陸の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×