ある日 失わずにすむもの (文芸書)

著者 :
  • 徳間書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198646677

作品紹介・あらすじ

遠からず世界を襲うかもしれない不幸。そのとき、人々はどのように旅立ち、何を失うことになるのか。ようやく築いた生活とジャズの夢を奪われるマーキス(アメリカ)。大切な人生の仲間と自負を失うワイン農家のホセ(スペイン)。銃をとり、人買いの手から娼婦の妹を守るマルコ(フィリピン)。北米、ヨーロッパ、アジア、日本を舞台に、市井の人々の決断と残懐を丹念に描く、珠玉の12篇。

感想・レビュー・書評

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  • いつか、そう遠くはない未来に起こるかもしれない世界的な戦争。その時、招集され前線で誰かを殺すために銃を撃つのはいつも平凡な暮らしの中で毎日を過ごしてきた若者たち。
    なぜ彼らは戦いに行くのか。誰のために戦いなのか。その戦いの後に、自分の大切な人は幸せな暮らしが送れるのか。
    何一つ答えが出せないまま、淡々とその日を迎える。
    大声で叫ぶことも、誰かに怒りをぶつけることも、その恐怖から逃げ出すこともせず、彼らはその日を迎える。
    淡々とつづられるその大切な一日を、私たちもいつか同じように迎えるのだろうか。
    愛する人を残して、同じように愛する人を残して向かい合う誰かに銃を向けるための、その日。
    この静かで悲しい物語は、静かだからこそ、大きな怒りをはらんでいる。
    間違えてはいけない。間違える前に気づかねばならない。平凡な毎日を過ごす若者に、悲しい笑顔で別れを告げさせないために。

  • 副題をつけるとすれば「出征前」か。
    本書が著者初のSF小説になるのかわからないが、近未来に勃発した第三次世界大戦が舞台となっている。
    戦争の詳細は詳しく書かれていないが、察するにアメリカなど西側の主だった国々は参戦していて、相手は中国であることは間違いない。
    どうも北アフリカや東南アジアなどが主戦場なのか?
    「向こうには核兵器を使うかもしれない馬鹿が三人いるけど、こっちには十人いるのよ」とあることから、中国・ロシア・北朝鮮か。

    兵器も比較にならないほど高度化していて、無人かつステルスで、航続距離も破壊力も桁違い。
    兵や都市が数万・数千万単位で一瞬にして消し飛んでいるのに、なぜか戦争は長引き、召集令状は先の大戦と変わらず隅々まで届けられる。
    「怖いわ、いったい彼らはなにがほしいの」「地球だよ」という台詞を読んでると、ますますリアリティが乏しくなって、著者はなんでこんな荒唐無稽な設定を選んだんだろうと首を傾げたくなってくる。
    ただ、召集前に起こる人間ドラマを、現代に近い形で描いてみたいだけなら、もう少しディテールを詰めてほしかった。
    核兵器でも何でもありなのに、これほど長期に大量動員される戦い方など皆目検討がつかないのだが。

    それでも相変わらず読ませるし、文章も巧い。
    各篇とも極めて短いショートショートながら、とても読み応えのある内容なので、もう少しリアリティのある設定にしてほしかったというのが正直なところ。

    「世界が大戦という最悪の事態に向かっていることを多くの人が感じていながら、他国の強欲な権力者たちにいいように振りまわされて、戦争はある日なんの脅威もない風のように起きてしまった」

    「ある日なんの脅威もない風のように」という表現が、とてもいまの状況とマッチしていて、背中にうすら寒いものを感じた。

    「ベベートはあまりに小さく生きてしまった青春を惜しみながら、婦人の足取りに目をやった。少し不機嫌そうに、しかし小股で歩く姿はしっかりとして、この美しい坂の街にふさわしい人影であった。歩調はこつこつと生きてきた人の強さのようであり、時代を憎む人の地団駄のようでもあった。雨上がりの石畳はひっそりと輝き、婦人の後ろ姿にも雨のあとがあった。その貧弱なようすが今日の彼には美しく見えて、うつろな視野から消えてゆくまで目をあてていた。するうち唇が震えて、思ってもみない寂寥が押し寄せてきた」

    何度も口遊みたくなる美しい文。

  • 反戦の短編が12編。みんなこれから戦地に赴く話で、帰って来る者が描かれることのない話ばかりだった。

    ポルトガル、日本、アメリカ、フランス、そして最後は中国なのかな。多分この国が戦争を始めたように描かれているのだけれど、頼むからこんな世界にならないでくれと痛切に思う。

    最後の二編が特に、胸がジーンとなった。十三分という話、最後に飼っている猫に別れを告げる話なのだが、何でかな、これが一番泣きそうになった。

  • 相変わらず美しい文体だ……。最後まで全部ほぼ同じパターン(暗い過去、わずかな光が差した現在、出征〜薄暗い未来)の短編ばかりだったのは残念だったかもしれない。もう少しバラエティに富んだ連作短編集を期待していた。

  • 勧められて読んだ初読み作家さん。
    反戦小説とのこと
    短編集であり、どれも切なく文章も美しかった。
    特に胸がぎゅーっとしたのが『十三分』
    『アペーロ』も切なかった。

    もしこの物語達のような状況になったら自分はどのような気持ちで、どのように過ごすだろうか。
    そんな状況にならなくても本当に大切なものは何か
    大切な人達を大切にできているか
    ちゃんとそういう思いを常に持ち続けていたい。

  • 初読み作家さん。
    夫に薦められて読んだ作品。
    戦争も災害も、普通の暮らしをしている日常にある日突然やってくる。
    災害は避けようもないが戦争だけは避けなければならない。
    平成の終わりに読むにふさわしい本だった。

  • アメリカ、スペイン、フィリピン、インド、フランス、中国・・・と様々な国の市井の人々の生活を描いた12の物語は、表紙に小さく"twelve antiwar stories"とあるように、反戦小説集である。

    世界のどこかで暮らしている普通の人々生活が静かに描かれる。ある者は移民として成功し、ある者は貧困のなかで、またある者は生きる目的を見いだせないうちに、それでも日々を平穏にささやかな優しさや愛のうちに過ごしている。その生活を静かに覆う戦争の影。

    その戦争は近未来の大量殺戮兵器が使用される戦争。どこかで誰かが始めた、勝者でさえ何も得るもののない戦争。
    出征命令を受け戦場に赴く主人公達には、無論戦う目的もない。
    ーー戦う目的がないなら、この街を彼らをボス(飼い猫)を守るために戦おうと彼は思った。他に人殺しになる自分を許せるような理由はなかったーー

    昨日と同じ日が続くと思っていた日常が、ある日突然奪われ、失われる恐怖が背筋をヒンヤリとさせる。
    戦争に行く者、残される者誰もが再会が叶わないことを思いながら別れを告げるラストシーンが切なくてやるせない。

    全てを読み終わった後、「ある日失わずにすむもの」というタイトルがしみじみと胸にこたえる。
    どんな激しい過去の戦争を描いた小説より、身近に怖さを感じる作品でした。

  • 淡々と。
    こんな感じに腹を括る状況に追い込まれるのは、避けたいものだ。

  • 何が素晴らしいって、タイトルだ。
    内容と合わさって、「反戦」になるという仕掛け。

    だから、内容としては、声高に反戦を謳うものではない。
    静かに、戦争が忍び寄る平凡な人々の別れを描く。
    もし今、世界大戦が起こったら、こうなるのだろう。

    短編なのに、全くそうは思えない。一つ一つが、十分な読み応え。そういえば、時代物では短編が多かった。その雰囲気が出ている。
    どれも良いけれど、特に「万年筆と学友」「偉大なホセ」が印象深かった。

    「反戦小説」と銘打っていることには驚いた。
    こういう政治主張的なことはしないかと思っていた。
    今、これを書かなければならなかった、そういう世の中だということなのだろうか。

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著者プロフィール

1953年 東京都生れ。96年「藪燕」でオール讀物新人賞を受賞。97年「霧の橋」で時代小説大賞、2001年「五年の梅」で山本周五郎賞、02年「生きる」で直木三十五賞、04年「武家用心集」で中山義秀文学賞、13年「脊梁山脈」で大佛次郎賞、16年「太陽は気を失う」で芸術選奨文部科学大臣賞、17年「ロゴスの市」で島清恋愛文学賞を受賞。

「2022年 『地先』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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