回遊人 (文芸書)

著者 :
  • 徳間書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198644727

作品紹介・あらすじ

平凡な暮らしとはいえ、幸せな家庭を築いた男。
しかし、妻子とのやり取りに行き詰まりを感じて出奔してしまう。
たどり着いたドヤ街で小さな白い錠剤を見つけた男は、遺書を書き、それを飲む。
ネタになるならよし。よしんば死んでも構わないと考えて。
目覚めるとそこは10年前、結婚前の世界だった。
人生を選べる幸せを、男は噛み締めていたのだが……。
芥川賞作家が描く大人の偏愛。

感想・レビュー・書評

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  • 男は自分の人生に満足していなかった。
    新人賞受賞後、作家デビューして六年間、いい文章は書けない。妻の淑子は身体が細く色気がない。息子は馬鹿だとしか思えない。
    ひどい腰痛持ちの貧相な妻ではなくて、もっと尻の大きな女と暮らす人生もあったのではないか、と男は考える。

    プチ家出中に拾った薬を飲んだ男は十年前に戻っていた。
    淑子と付き合い始める直前の二月だったが、彼は淑子と付き合わず、元の世界でヒットしていた小説を自分で書いてヒットさせて、尻の大きな肉感あふれる女と結婚する。
    肉感あふれる女の身体は魅力的だったが、健康面を考えない食事や浪費癖を彼はよく思わず、淑子との地味だけど実直な生活を懐かしんですらいた。

    淑子は風呂もないアパートでひどく貧乏な生活を送っていて、男は彼女との交流を始めるが、肉感あふれる女に阻止されてしまった。そして淑子は姿を消した。
    ”もうすぐ大きな津波が来る”とネット上で噂され始めたのを見た男は、淑子も過去の記憶を持ったまま人生をやり直していたことを知る。なぜか地震も津波も起きなかった。男は淑子に申し訳なく思い、また十年前に戻る。

    男は何度も十年間を繰り返す。淑子も何度も繰り返しているようだが、二人の距離は離れたまま。そして、彼らの息子は車に轢かれて死ぬ。何度も何度も。

    十年を七回繰り返した後、淑子は多臓器不全で死んだ。身体は若く見えても中身は百歳前後になっていたはず。
    男ももうすぐ死ぬ。執筆などどうでもいい。それでも、もう一回だけやり直したいという気持ちはまだ持っていた。「もう一回だけ!」

    ---------------------------------------

    いまの記憶を持ったまま過去に戻って人生をやり直したい、と誰もが一度は妄想したことがあるはず。

    けれど、過去にタイムリープしてヒットしていた小説を自分が書いたことにして稼いだり、豊満な身体の女性と結婚したりしても、結局のところ不満は出てくる。なんならタイムリープ前の生活を懐かしんだりしてしまう。
    うまくいくとは限らない。

    ”しかし人は、自分が持っていない物に対しては何にでも嫉妬出来るものだ。”(P155より引用)

    まったくもってその通りだと思う。
    隣の芝は青く見えて嫉妬してしまうけど、隣の芝を手に入れたら元の芝の居心地の良さに気づいて今度は元の芝に嫉妬してしまうのだ。満足なんて到底できない。

    実は妻の淑子もタイムリープし続けている、という設定に惹かれたし、彼らの心の動きがとても人間臭くてよかった。
    タイムリープを繰り返した挙句、投げやりになってくる感じ、最高。

    他人の人生に嫉妬するのもいいけど、いまの自分の人生だって他人の羨望の的になっているのかもしれない(あるいは、まったく見向きもされていないかもしれない)。

  • 最初読みはじめ、すごく気持ち悪く、一旦読むのをやめてしまった。
    吉村萬壱さんの本は、ここを乗り越えるのが難しい。
    娘には、この人の本を読むことを、変態だと非難されている。
    しかし、無理して読み進め、二度目の人生を歩みはじめた際、同じ人生をなぞることができないことに恐怖を覚える主人公に共感してしまった。
    そこからは、あっという間にこの本の世界に没入してしまった。すごく癖のある、なかなか面白い作品でした。

  • 二度目の人生、自分の理想通りにいってそのまま進んでいくのかと思いきや、トータルで7回も人生をやり直すなんて。人間の欲望は年を重ねても尽きないものなんだね……

    10年前に戻ったからといって、同じ出来事が起こるわけじゃないし、自分もまた同じことができるわけじゃない。そう思うと「今の人生をやり直したい」って考えが逃げでしかなくて愚かに思えてくる。今を生きる人生の中で何やり直しをしていけばいいのか、淡々と進んでいく話に怖さを感じた

  • 図書館で借りた本。新作コーナーにあったので借りてみた。仕事を辞め作家一本で生活するようになった浩一。デビュー作は良かったが次が書けない。妻と子供とジリ貧生活になっていくかもしれない…ある事で別の次元の世界に行きタイムスリップ。浩一はどうなっていくのか?という話で運命の出会いとは?自分の未来は?とその時々で変わっていく。何回も人生やり直す話になるし映画バタフライ・エフェクトのようなネタだし新鮮味がなかった。

  • 文学的アウトローのための新人賞を受賞するもスランプに陥り、妻子ともども食いつなぐのがやっとの状態なのに、今一つ仕事にやる気が起きない主人公。だけど、なんだか憎めない。
    ひょんなことから見つけた白い錠剤をのみ、10年前にタイムリープを繰り返す。妻を取り換えてみても、ベストセラー作家になってみても、作家にならなくても結局うまくいかない。人生を選べるのは幸せなのか。
    先のわかってる10年に閉じ込められ、先へ進めずに疲弊する心。もう、どうなってもいいから、先のわからない未来を生きたいと思い始める主人公。
    やっぱり人生って、先がわからないからいいのかもね。

    坂下宙ぅ吉の「三つ編み脇毛」が出てきたり、主人公が油を売る喫茶店が「瓦ナイト」(=変わらないと)だったり、イチモンジセセリが妙にリアルで印象的だったり、いろいろとツボにはまった作品でした。軽妙で、自由で、だらしなくて、ページをめくるごとに「プッ」と笑わせてくれて、読後は萬壱さんの作品には珍しく爽やかでした。

  • 未来をつかめず過去にすがり、保守性に息苦しさを感じながらも逃げ出すことしかできない。愛欲におぼれ、何度繰り返したところで上手くいかない人生の、回遊。ダメな男の話なのに嫌な気持ちにならない不思議。

  • 僕は好きかも

  • 吉村氏が描くどうしようもない男には悲哀を感じる。他の堕落小説と何が違うのかな。女性に決してやさしくないし、横暴でもあるのにな。

    でも、今回はタイムスリップというありきたりな手法だったので☆は3つ。言いたいことは分かる。分かるよ。

  • 淑子。。。友達の名前なだけ辛い。
    江川浩一みたいな人本当に嫌い!!
    自分の事しか考えない、女遊び。。。
    でも、この一回の人生を大切に後悔しないょうにしょうと思う!!

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著者プロフィール

1961年愛媛県生まれ、大阪府育ち。1997年、「国営巨大浴場の午後」で京都大学新聞社新人文学賞受賞。2001年、『クチュクチュバーン』で文學界新人賞受賞。2003年、『ハリガネムシ』で芥川賞受賞。2016年、『臣女』で島清恋愛文学賞受賞。 最新作に『出来事』(鳥影社)。

「2020年 『ひび割れた日常』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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