街場の憂国論 (文春文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (413ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167910945

感想・レビュー・書評

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  • 2011年から13年にかけて書かれた著者のエッセイのうちで、グローバリズムに対する憂慮や日本維新の会の躍進への不安、特定秘密保護法の危険性を指摘したものなど、政治をテーマにしたものを収録しています。

    このところの著者は、安倍政権への批判をおこなったり、憲法改正や東京オリンピックへの否定的な発言で、主にネット上では左翼という批判を浴びているのを目にすることがありますが、著者のフェミニズム批判や身体論にかんする議論には、典型的な左派の立場とは相容れない点も多く見受けられます。本書でも、国民国家という仕組みをとりあえず使い延ばしていくという立場から、公共性を身につけた「大人」を育成することの重要性を説いており、その点に違和感をおぼえる読者もいるのではないかという気がします。

    むろん他者への寛容をなによりも重視する著者のことですから、公の復権を掲げる右派の議論とは区別しなければならないでしょうし、著者のさしあたってのねらいがグローバリズムとビジネスのワーディングの流布によって際限のない「原子化」と「私化」が生じていることに対する警鐘を鳴らすことであるとすれば、このようなスタンスをとることも理解できないことではありません。ただ、こうした簡単には割り切れない立場を掲げる以上、二正面作戦をとることはいずれ避けることのできないことであり、もうすこしこのような問題にもことばを費やしてほしかったという思いがのこります。

  • タイトルもそうだし、あとがきでご本人も述べられている通り、本書に伏流するのは日本の行く末に対する「危機感」だ。だから話が暗い。
    それは単純にテーマがそうだからというだけでなく、こうした文章を書かれるときに内田先生はたぶん読者を同世代ないし、責任ある大人世代に想定して書いていらっしゃるからではないだろうか。だからそこには「危機感」とともに「責任感」が滲み出ているように思う。そして「責任感」はときに「悲壮感」にも通じる。だから暗い。そして重い。
    個人的には先生の軽妙な語り口が好きで、なんとかなるさと言ってもらえる植木等的なスタンスが好きなので、本書のような内容が続くのは少ししんどかった。
    だから本書で一番好きなのは「文庫版あとがき」の末尾で「夢」を語るところ。30代、これからどんな「夢」を描けるのか、子どもたちにどんな「夢」を見せることができるのか。
    それをしっかりと考えてみたいと思います。

  •  内田樹さんがブログや新聞などに書いたエッセイをまとめた本。書かれたのは2011年~2013年にかけての期間。主に国家や政治に関わるものを集めたようです。この期間といえば,あの東日本大震災~福島原発爆発事故があったあとのころです。もうずいぶん昔(これを書いているのは2020年)のことだけど,その分,その後の予想などがどうなったのかもわかったりします。内田さんの予想,ほとんど合っています。
     ご本人が「ここに収められた書き物の共通点を一言で言うと,『他の人があまり言わないこと』ということになるかと思います」と言っているように,期待通りの樹節が冴え渡っています。世間のマスコミや論者が,侃々諤々やっているときに,「もっと原点に戻るとこういうことじゃないの」と,深ーい話に持って行ってくれるのが気持ちいいです。

     匿名であるのは,その人の主張は固有名のタグをつける必要がないくらいに「公共性の高い意見」だからなのです。「誰でも言いそうなこと」と言うのは「世間そのもの」ですから匿名で構わない。というか,匿名であることを要求される。誰が言ったのか個体識別されてしまうような「世間」というものはありえないからです。…中略… 「世論」とは,誰でも言いそうなことであり,それゆえ,発言者が特定不可能であるような言葉のことです。その人がいなくなっても,その人が口を閉ざしても,誰かが代わって言い続けてくれる言葉のことです。(p.11)

     で,樹さんは「世論」じみたことは言わない。だからこそ,樹さんでしか言わないような言論を読むことができるんですねえ。いやー,刺激的だわ。

     目の前に,飢え,渇き,寒さに震え,寝る場もない人がいても,「行政でなんとかしてやれよ」と電話一本すれば済む。たいへんけっこうな社会のように思えるだろう。だが,そのような社会に住む人々はいずれ「目の前で苦しんでいる人を救うのは,他ならぬ私の仕事だ」という「過剰な有責感」を感じなくなる。/これは人間として危険な徴候である。(p.92)

     樹さんは,「慈善の実践のためには制度だけでなく,〈個人的創意〉の参与が不可欠である」とも言っています。田舎でさえも,「隣近所のことは知らないよ」みたいなヒトも増えている気がしています。個人的創意がないところでは,連帯なんて言葉はなくなっていきます。

     また,「教える」ということ「教育」ということについて,樹さんは,ジャック・ラカンの言葉を引用したあとで,以下のように述べます。

     学校教育については,「誰でも,一定の手順を憶えさえすれば,教える仕事は果たせる」ように制度設計されていなければならないはずである。例外的に知的であったり,洞察力があったり,共感性が高かったりする人間でなければ,そのような仕事は務まらないというルールを採用していれば,人類はとうに消滅していただろう。(p.284)

     そう,教師なんて誰だってできるんです。教卓の向こうにいるかこっちにいるかの違いしか無いんです。こう言ってしまうと,「教師は一生懸命勉強して採用試験を受けて…」「教師は聖職で…」とか言いはじめかねませんが,そういう方は,是非,本書を手に取って読んでみて下さい。納得すると思いますよ。わたしも一介の教師でしたが,それはたまたまこっちにいたからです。

     私が読んだのは単行本ですが,その本には「号外」がついていました。「特定機密保護法をめぐって」と題された文章です。この法案に対して,樹さんは,法律そのものの内容はもちろんのこと,法律ができるまでの安倍政権の強引な政治の進め方について警鐘を鳴らしています。その後の安倍政権がたどってきた道は,その警鐘どおりとなっています。まさに日本の政治は〈無理が通れば道理が引っ込む〉世界となってしまいました。

  • もちろん、ここに記されたことを肝に銘じ、少しでも明るい未来を描けるよう、共に力を合わせていこうっていうのが要旨なのは理解できる。でも、いかんとも御し難い絶望感を感じさせられるのも事実。今現在も、理解し難い政策が、ろくに議論もされないままどんどん成立していってる。そして何だか、そんな風潮に麻痺させられてしまいそうになるけど、こうやって列挙されると、どれだけ国力が落ちていってるのか、詳らかになって愕然とする。自分でしっかり考えて、おかしなことはおかしいって言い続けないと、ホンマにマズイですわな。

  • 後段、難解箇所もありましたが。

  • 内田先生、キレキレです。

  • 【問題山積のこの国はどうなるのか?】壊れゆく国民国家、自民党改憲案の危うさ、ポスト・グローバリズム後の世界――現代日本の抱える問題を解きほぐす内田流憂国論。

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著者プロフィール

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。神戸女学院大学を2011年3月に退官、同大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。著書に、『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』『街場の戦争論』『日本習合論』(以上、ミシマ社)、『私家版・ユダヤ文化論』『日本辺境論』など多数。現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。

「2023年 『日本宗教のクセ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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