まほろ駅前狂騒曲 (文春文庫 み 36-4)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (521ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167909185

作品紹介・あらすじ

まほろシリーズ 大騒ぎの大・団・円!なんと! 多田と行天が、四歳の女の子を預かることに!?まほろ市は東京都南西部最大の町。駅前で便利屋「多田便利軒」を営む多田啓介と、居候になって丸二年がたつ行天春彦。二人のもとに、かつてない依頼が……それは、夏の間、四歳の女の子「はる」を預かること。慣れないことに悪戦苦闘する二人に、忍び寄る「魔の手」!まほろ市内で無農薬野菜を生産販売する「家庭と健康食品協会」の幹部・沢村。まほろの裏社会を仕切る、若きボス・星。地元のバス会社・横浜中央交通(横中)に目を光らす岡老人。彼らのおかげで、二人は前代未聞の大騒動に巻き込まれる!文庫特典 短篇「サンタとトナカイはいい相棒」収録。解説・岸本佐知子(翻訳家)。太っ腹の全528ページ。見た目は「最厚」、中身は最高!『まほろ駅前多田便利軒』『まほろ駅前番外地』に続く、三浦しをんが心血をそそいだ「まほろシリーズ」ここに、大団円を迎えます!

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『便利屋』を利用したことがあるでしょうか?

    私たちの日常は忙しさの中にあります。それは、『子育て中の若い夫婦も、老人も、学生も』、そして『都心まで通勤して会社で働く』方も、それぞれの忙しさの中に毎日を送っています。そんな中にあっては、『ちょっとした雑事をこなすとき、だれかの手を借りられればなと思ったり』もします。それは、こんな時でしょうか?

     ・『重い簞笥のうしろに年金手帳を落としてしまったとき』

     ・『庭掃除をしなければならないのに気乗りしないとき』

     ・『スーパーへ買い物に行きたいのにぎっくり腰になってしまったとき』

    本来であれば自分たちでこなせるはずの事ごとであっても時と場合によって、その遂行が極めて億劫に、極めて難しくなることがあります。そんな時あなたならどうするでしょうか?

    さてここに、『いろいろな立場や事情の人々』を助ける『便利屋』を稼業とする主人公が登場する物語があります。『まほろ』という架空の町を舞台に描かれるこの作品。一度知ったら頭から離れなくなるくらいに強烈な個性を持った登場人物たちに魅せられるこの作品。そしてそれは、『大儲けはできないけれど、地道かつ堅実な商いで信頼を得てきた』という『まほろ駅前』に店を構える『多田便利軒』に関わる人々のドタバタを描く物語です。

    『あけましておめでとーう!』と乱入してきたのは『まほろの駅裏で娼婦をしている、ルルとハイシー』。『便利屋さんたちったら、やっぱり侘びしく二人でお正月を過ごしてるのねぇ』と言われ『べつに侘しくないよ』と答えるのは行天春彦(ぎょうてん はるひこ)。『雑煮的なものだって食べた』と続ける行天に、『頼むから黙ってくれ』と主人公の多田啓介(ただ けいすけ)は思います。そんな中、『そうだ、なますを作ってきたの』とハイシーが『タッパーの蓋を開け、ローテーブルに置』きました。『大晦日の夜』に、荷台に幌を張った』、『無農薬野菜』と幟が立った『野菜の販売車が道端に停まってた』ことから買った野菜で作ったという『なます』。ハイシーは『冷えこみも厳しい』中、『おいしい野菜はいかがですか』と『五歳ぐらいの女の子』から訴えられる『「マッチ売りの少女」戦法に負け』て『多めに野菜を買っ』たと説明します。『幼児虐待で通報したらよかったのに』と行天が答える中に電話が鳴ります。『山城町の岡だ!』とかかってきた電話に『やっぱり来たよ、正月恒例、岡さんからの依頼』と思う多田は『おい、行天。仕事だ』と言うと酒を飲んでしまっていた二人はバスで向かいます。『南口ロータリー』に着いた二人のまえには『家庭と健康食品協会』、『通称「HHFA」』の幟が多数立っていました。『ルルとハイシーが行き合った野菜販売車を運営するのも、この団体だろう』と思う多田は、『何人かの子どもたちも』『駅前の宣言活動』に動員されているのを見ます。そして『遅かったじゃないか』と岡に迎えられた二人は、『横中バスめ、今年も絶賛間引き運転実施中だ』と言われ、『バスの運行監視』をさせられます。やがて『日が西に傾』き『来なかったバスは、一台もなかった』という中、『通りの反対側で、四人の男女が農作業をしている』ことを話題にする二人。そんな中『作業を切りあげ』、『こんばんは』と道路を渡ってきた面々に声をかけられる二人。そんな作業着に『HHFA』という縫い取りを目にする中、『南口ロータリーにいる団体のひとだよね』、『野菜を売ってるんでしょ。宗教?』と『いきなり切りこ』む行天。それに、『そういう誤解を、たまに受けるのですが』と話す沢村という男に『ビジネスとして、安全な無農薬野菜の栽培と販売を手がけてい』る旨説明され『そうだろうね』と友好的にうなずいた行天。そして、仕事を終え帰途に着いた二人。『まほろ市にある多田便利軒の毎日は、こんな調子で過ぎていく』という日々。そんなある日、『はい、多田便利軒です』と電話に出た多田は『三峯凪子です』と名乗る声を聞いて『偽装結婚だったという、行天の元妻だ』と思い、『咄嗟に行天の様子をうかが』います。『実は、多田さんにお願いがあるんです。春ちゃんに知られずに進めたい話』があるという凪子は『私たちの娘のはるを、しばらく預かっていただきたいんです』と要件を説明します。思わず『なんだすって!?』と『言葉を噛ん』だ多田は、『遺伝子上は凪子と行天の娘だが、凪子と凪子の同性のパートナーとともに暮らしている』という『娘のはる』のことを思います。『いやいや、困ります。引き受けられません』と返す多田に強引に話を進める凪子。海外へと赴く必要があり、『一カ月半のあいだ』、はるを預かることになった多田。そんな多田と行天のはちゃめちゃな『便利屋』稼業が描かれていきます。

    “駅前で便利屋を営む多田と、居候になって丸二年がたつ行天。四歳の女の子「はる」を預かることになった二人は、無農薬野菜を生産販売する謎の団体の沢村、まほろの裏社会を仕切る星、おなじみの岡老人たちにより、前代未聞の大騒動に巻き込まれる!”と内容紹介にうたわれるこの作品。2006年に第135回直木賞を「まほろ駅前多田便利軒」で受賞された三浦しをんさん。同作品はシリーズ化され、現時点で三作まで刊行されています。その三作目がこの作品、「まほろ駅前狂騒曲
    」です。三浦さんの数ある作品の中でも登場人物たちのキャラの濃さと、そんなキャラたちのドタバタぶりが際立つこのシリーズですが、この三作目は”狂騒”という言葉の形容が伊達ではない、はちゃメチャな物語が展開していきます。また、この作品はシリーズ初の長編として構成されていることも特徴の一つです。

    そんな物語の舞台となるのが『東京都の南西部に位置するまほろ市』です。『JR八王子線と私鉄箱根急行線(通称ハコキュー)が交差するまほろ駅前は、デパートが林立し、商店街にも活気がある』と紹介される『まほろ』。東京にはもちろんそのような条件下で『まほろ』という街は存在せず、あくまで架空の存在ではありますが、東京を知る方にはそれが、”あの街”を指していることは想像に難くありません。”あの街”の名前をそのまま使っても良かったのだと思いますが、

     『JRまほろ駅の裏手は…いまもややさびれた風俗街が広がっていた。線路と並行して流れる亀尾川沿いには、あやしげな長屋が建ち並び、ルルやハイシーら娼婦が客を待つ。亀尾川を渡ると、すぐに神奈川県だ。大きなラブホテルが林立し、何組もの男女が夜な夜な早足で吸いこまれていく』。

    といった描写や

     『まほろ駅前にある、ゲームセンター「スコーピオン」。その二階に、星は仲間と事務所を構えている。業務内容は、まほろの飲食店の用心棒… まほろ市をシマにしている岡山組とは、仕事上、密に情報をやりとりし、持ちつ持たれつの関係にあるが、盃を交わしたわけではない…まほろの裏社会を優雅に泳ぐ』

    このような裏社会の人物を登場させることからも敢えて架空の街にした方が良いという判断なのだと思います。…と書くとこの作品が『娼婦』や『裏社会を優雅に泳ぐ』人物を描写する物語のように思われるかもしれませんが、それはちょっと違います。この作品はそのような人物さえ、しをんさんの筆の下に軽やかに踊らされていきます。そして、しをんさんの描く世界観との相性が極めて良いことにも驚きます。やはり『まほろ駅前』シリーズはしをんさんの一丁目一番地である、改めてそう思いました。

    また、この作品の表紙がこの作品をある意味で良く表していることに読後驚きました。青空に飛ぶ二本の煙草というキョーレツな表紙は他に例がないと思います。煙草人口は減少の一途を辿り、最新の統計では喫煙率は16.7%と言いますから煙草も随分とマイナーなものになったものだと改めて思います。私は未成年時代含めて(笑)、煙草を一度も吸ったことも、手に持ったこともない人間ですので、元々煙草に良い印象は持っていません。その意味からはあまり気持ちの良い表紙ではないわけですが、この作品の表紙がこうでなければならない理由も分かります。それこそが、もう全編にわたって登場する喫煙のシーンです。もう山のように登場しますが印象的なものを抜き出してみましょう。まずは、主人公の多田と煙草を描いた場面です。

     ・『多田は煙草をくわえ、ありがたくもらい火をした。白く細い煙がふた筋、空へ昇って雲に溶けゆく』。

     ・『多田は作業着の胸ポケットを探り、この店が禁煙だったことを思い出す。間がもたない』。

    次に相棒でもある行天と煙草を描いた場面です。

     ・『とうとう燃えつきた煙草を、行天は再び箱とフィルムの隙間にねじこんだ。ため息をつき、言葉をつづける』。

     ・『行天は震える指を誤魔化すように、また新しい煙草を箱から取りだした。今度は火を点けず、唇の端にくわえて揺らす』。

    どうでしょうか?この作品は『便利屋』を営む主人公の多田と相方の行天が物語を動かしていきますが、そんな二人ともが超ヘビースモーカーという位置付けであり、このように二人が登場する場面には必ずといって良いほどに煙草の描写が登場します。そこに気づくのはこの抜き出しだけでも、多田、行天ともに、それぞれの胸中が滲み出てくるような表現でもあるというところです。煙草をいじる行為に胸中の想いが滲み出てくるような表現の数々。現実世界での煙草の好き嫌いとは別に、煙草を演出道具として用いたこの表現の数々は、『まほろ駅前』シリーズにはなくてはならないもの、そう感じました。

    では、そんなこの作品の登場人物を改めて整理したいと思います。

     ・多田啓介: 主人公。まほろ駅前で便利屋『多田便利軒』を営む。バツイチ。地元の洋食屋『キッチンまほろ』の柏木亜沙子に思いを抱いている。

     ・行天春彦: 都立まほろ高校時代に多田とは同級生(当時は会話すらしたことない)。二年前に多田と偶然出会って以降、多田の元に居候。

    この二人の印象がとにかく強烈です。特に行天は、名前のキョーレツさの延長線上にある存在であり、多田を困らせてもいきます。

     『多田は丸二年のあいだ、素っ頓狂な行天の言動に振りまわされっぱなしだ』。

    まさしくその通りのキャラクターとして存在感を発揮するのが行天です。そして、この作品のポイントはこの作品がシリーズ第三作目であり、おそらくしをんさんはこの作品をシリーズ最終作、集大成を意識して執筆されたのだろうというところです。一作目、二作目でお馴染みとなった脇役陣が読者が願う通りの行動を見せてくれます。それこそが次の四人でありその存在感、行動は第一作目、第二作目の延長線上にあります。

     ・山城町の岡: 多田便利軒の常連客。
      → 『自宅のまえを通る横浜中央交通の路線バスが、時刻表どおりに運行されているかどうか、確認せずにはいられない』、『間引き運転を』疑っている

     ・曽根田菊子: まほろ市民病院に入院中
      → 『少しぼけて』おり、『息子から依頼を受け』『息子を装って見舞の代行』をする多田のことをとても喜ぶ

     ・星良一: まほろの飲食店の用心棒
      → 『まほろの裏社会を優雅に泳ぐ』中に、この作品では無農薬野菜を販売する『HHFA』の活動に目を光らせていく

     ・柏木亜沙子: 『キッチンまほろ』社長
      → 亜沙子のことが気になる多田。この作品では、そんな二人の関係やいかに…。

     ・ルルとハイシー: まほろの駅裏で娼婦をしている
      → 多田と行天に親しげに接する。この作品では如何にも脇役的位置付けで健気に二人を支える

    はい、このシリーズを読まれたことのない方には意味不明だと思いますが、前二作を読まれた方には思わずニンマリ、それぞれのキャラクターが定番、お決まりの役割を果たしていく様がお分かりいただけると思います。そういう意味でも極めて安心、安定の中に物語を楽しんでいけるのがこの作品です。そして、そんなこの作品に事件が起こります。それこそが、『偽装結婚だったという、行天の元妻』である三峯凪子からの依頼です。

     『私たちの娘のはるを、しばらく預かっていただきたいんです』

    『遺伝子上は凪子と行天の娘』という四歳児のはる。その一方で『行天は子ども嫌いだ』ということとのせめぎ合いを見せる物語。なんとも複雑な設定ですが、ここに一体何が起こるのか?行天は父親としての姿を見せるのか?それとも?という物語は想像以上に面白いものを見せてくれます。そして、この作品が凄いのは、上記もした通りシリーズの集大成を見せる しをんさんの熟練の筆が、上記したそれぞれのキャラクターの物語を全て同時並行的に動かす中に、はるの物語を描いていくという離れ業を見せてくださることです。つまり、この作品には以下の物語が同時並行的に描かれていくのです。

     ・横浜中央交通の間引き運転問題

     ・曽根田に見舞に行く多田の物語

     ・星が気にするHHFAを描く物語

     ・亜沙子へ想いを抱く多田の物語

    そこに、

     ・行天と血の繋がるはるを預かる多田の物語

    が重なります。これは凄い!です。物語の概要は全く異なりますが恩田陸さん「ドミノ」、「ドミノ in 上海」の活劇っぽい雰囲気感も感じさせる熱量の高い物語がそこに展開していきます。この作品は文庫本で実に521ページという圧倒的な物量で構成されていますが、スラスラ、スルスルとあっという間に読み切ってしまう、あっという間に読み切りたくなる物語が描かれています。そんなこの作品の〈解説〉で作家の岸本佐知子さんはこんなことを書かれています。

     “本作の大きなテーマの一つは〈過去の傷と向き合うこと〉だ”

    そう、単なるドタバタ劇ではなく、この作品の背景にどっしりと横たわる、主人公の多田と行天それぞれに見え隠れする”過去の傷”。その存在が物語に深みを与えていくからこそ醸し出される深い味わい、この作品にはさまざまな魅力が詰まった物語が描かれていたのだと思います。

     『多くのひとが、忙しい日常のなかでちょっとした雑事をこなすとき、だれかの手を借りられればなと思ったりする…そこで登場するのが、多田便利軒だ』。

    『神奈川県との境に位置する』『東京都南西部最大の町』『まほろ』。そんな町の駅前で『便利屋を営む』多田と居候の行天のはちゃめちゃな日々が描かれるこの作品。そこには、絶妙な味を醸し出してくれる脇役たちの好プレーの中にシリーズとしての強みが最大限に引き出された物語が描かれていました。架空の町『まほろ』の魅力に引き込まれていくこの作品。そんな町に繰り広げられる複数の物語を同時並行的に鮮やかに描く、しをんさんの上手さに酔うこの作品。

    “三浦しをんが心血をそそいだ「まほろシリーズ」 ここに、大団円を迎えます!”という宣伝文句を伊達ではないと感じる素晴らしい作品でした。

  • まほろ駅前シリーズ3作目。シリーズ完結編です。
    シリーズの中で一番面白かった!
    最後のお話は主人公コンビの多田と行天が4歳の「はる」を預かるところから始まります。
    その3人のドタバタ生活を様々な形でこれまでに登場してきたバラエティー豊かな人々が関わり、最後は気持ちの良いハッピーエンド。
    人間ってみんな人には言えない悩みや過去を抱えて生きてるんだなぁということと、独りに見えてもなんらかの繋がりがあって暮らしているんだよなぁということも実感。オススメです♪

  • 前作を読んでから積読したままで、だいぶ時間が開いてしまったようだ。
    まほろシリーズもこれが最終とのこと。
    いろいろなエピソードが入っていて楽しめました。

  • 終わっちゃったぁ。

    この2人のやりとりがもう見られなくなるのは
    少し寂しいかな。

    と本気で思わせてくれる世界でした。

    最近もバディ系が流行っているけど
    この2人も特殊でありつつも、お互いが
    相手のことを考える良いバディでしたね。

    出会えて良かった。

  • シリーズ第3弾の完結編。やっぱり面白い。出版されてから10年位経っているからその後の続きが読みたい。主人公だけではなく皆のその後が知りたい。そんなに全うでもなく羨ましくなるような暮らしをしているわけでもない登場人物に惹かれるのはそれぞれが傷ついた過去をもち、現在も悩みを抱えながらも生活をし時には人に迷惑をかけたりおせっかいをしたり助けられたりする日常に温かな気持ちになる。人の弱さもいい加減さも互いに許しあい受け入れ。なんだか一見適当なようにも思えてそれでいて優しさを感じるこの作品のシリーズが大好きです。

  • 三浦しをん「まほろ駅前シリーズ」3作目(2013年10月単行本、2017年9月文庫本)。
    1作目で行天が多田の便利屋に居候し始めてから2年が経ち、3年目に入った頃からの物語だ。
    1作目、2作目で登場した人物が今作でも次から次へと重要な役割を持って登場する。多田と行天に一番影響を与え、物語の鍵となるのが4歳になった三峰凪子の娘の“はる”だ。凪子がアメリカへ留学する間の1ヶ月半“はる”を預かることになった多田、子供恐怖症とも言えるくらい子供嫌いの行天と二人で四苦八苦しながら二人共過去の傷に向かい合い、克服していくのだ。

    この三人の絆が深まっていく中で過去二作に登場した人物が絡まってきて色んな出来事に引き込まれていく。ルルとハイシーはもう多田便利軒の一員のように入り込んで来る。鬱陶しくもありながら、正月料理を作って持って来たりしてかなり助かっている。

    入院中の曽根田のばあちゃんは相変わらず呆けているのか正気なのか、見舞いに来る多田を便利屋だと認識している時と自分の息子と思っている時とはたまた担当医の佐々木先生と思っている時があるらしく、多田は見舞いに行く度に振り回されるのだった。そしてその度に予言の名言を吐き、今回の金言は「苦難と騒動がひとを大きくする」だった。そして予言は「多田の旅がそろそろ終わるかもしれない」だ。この小説物語の終末を予言しているみたいだ。

    星とその舎弟たちは裏社会の危ない連中ではあるが、どういう訳か多田と行天に一目置いており、利用するためと言うより、結構頼って来るのだ。今回も物語の太い中心軸を為す、怪しい無農薬野菜の団体(HHFA)の排除に暗躍するのだが、この団体の幹部が元「天の声教団」通称「声聞き教」の残党で、行天の母親が入信していたカルトで、行天の心を未だに苦しめている元凶なのだ。そしてHHFAの代表の沢村は子供の頃、「声聞き教」で母親から神の子と奉られていた行天とは顔見知りだったのだが、星とHHFAの争いに巻き込まれた多田と行天はHHFAを潰す算段の星の手助けをすることになる。

    小学六年生になった田村由良も逞しくなり、このHHFAから友達の松原裕弥を助け出すために今回の星と多田のHHFAとの闘いに協力するのだ。裕弥の母親はHHFAのメンバーだが盲信的な無農薬野菜信奉者で害はなさそうだ。しかし農作業に駆り出されたり、無農薬野菜のアピールデモに駆り出されたりするのを裕弥は拒否したかった。この逃避行動を助けるために由良は多田に助けを求め、行天が協力する。行天が裕弥に言った言葉がかっこいい。「正しいと感じることをしろ。だが正しいと感じる自分が正しいのか、いつも疑え」と。

    ここでHHFAとは無関係だが土地をHHFAの農地用に貸していた岡老人が、この騒ぎに巻き込まれて不本意ながら加わって来てしまう。過去二作でいつも多田に依頼していたバスの運行時刻の監視の件がとうとう同志の老人達を扇動してバスジャックまでしてバス会社に抗議活動の実力行動に出るのだ。そのバスに行天と農作業から助け出した裕弥と連れていた“はる”の3人が乗り合わせたためにHHFAとの争いに老人達も巻き込まれる。この騒ぎだけはちょっと荒唐無稽でコミカルなのだがまあ面白いからいいのかも。

    決戦の場所はHHFAのアピールデモの場所、まほろ駅前ロータリー。星が放った妨害策に多田が加担し、HHFAとの対決の中に行天と岡老人達のバスジャックグループのバス会社への抗議デモが加わり、駅前ロータリーはカオス化し、ついにHHFAの過激な男が刃物を振り回して行天の小指が飛んでしまう事態になる。
    警察が出動する事態となって騒動は収まり、HHFAは無力化し、裕弥の母親はHHFAと距離を置き、裕弥親子は元の生活に戻ったようだ。
    岡老人は奥さんに散々やり込まれてバスの件は当分忘れざるを得ない状態になったらしい。
    星は行天に怪我をさせてしまったことで多額な見舞金を渡すが、この件で何か連帯感のようなものが出来たみたいで行天の「探偵事務所」設立の資金提供もすることになる。

    8月末に三峰凪子は帰国し、“はる”を迎えに来る。多田と行天にすっかり懐いていた“はる”は多田と行天も一緒だと思っていて、違うとわかると泣きじゃくる。凪子と“はる“が多田のところを出て、まほろ駅へ歩いて行く姿はまるで、奥さんと娘に出ていかれたうだつの上がらない亭主を彷彿させて、多田は焦るのだった。
    ”はる“は行天の心の闇を溶かし、多田の悲しみを癒した。きっとこれからも”はる“との交流はありそうで、ほっとする。

    多田と「キッチンまほろ」の柏木亜沙子の仲は急展開し、お互いに求め合う関係になる。凪子が帰国するちょっと前、二人に気を回した行天が多田の元からいきなり姿を消してしまうのだが、4ヶ月余り経った大晦日の日に突然帰って来る。入院費がもったいないので勝手に退院して治ったから帰って来たと言う。しかも多田便利軒の隣りの部屋を借りていて探偵事務所を開くという。裏で星が糸を引いているようだ。星は多田に多田便利軒の事業を拡大した多田便利軒の支店の探偵部門だと言う。

    大晦日の夜に多田便利軒に皆んな集まり乾杯しながら新しい年を迎えて物語は終わる。多田、行天、星、亜沙子、ルル、ハイシー皆んなの賑やかな笑い声が聞こえてくるようだ。
    人間は誰もが過去を抱えていて、現在をそれぞれが必死に生きているが、皆んな一人では生きられない。好むと好まざるに関わらず人は繋がって生きている。そんな人達の笑顔が頭に浮かぶ。読む人が勇気を貰える物語だ。

  • まほろシリーズ第三弾。今回は心温まる長編小説。

    本作では便利屋の多田と行天がなぜか、胡散臭い無農薬野菜販売グループと、まほろ市の裏社会のヤクザ(?)と、訳のわからないおじいちゃんたちの抗争に巻き込まれてしまう。そんなまほろ駅前便利軒シリーズ完結作。まさしく狂騒曲である。まほろ市では、年中無休で悲喜劇が繰り広げられている。

    「あの世なんてあるんだろうかね」

    「あの世なんてないよ。でも、俺はあんたのこと、なるべく覚えてるようにする。あんたが死んじゃっても。俺が死ぬまで。それじゃだめ?」

    心優しい便利屋の二人は「幸福の再生」ができるのか。生きる意味をちゃんと見出すことができたのか。見所です。

    まほろ駅前シリーズの良いところは、すべての登場人物が、脇役の一人一人に至るまで、顔があり、体温や匂い、生活があるということ。そしてそれらが容易に想像できるというところだと思います。

    本作だけでも十分楽しめますが、やはり、前作(まほろ多田便利軒)、前前作(まほろ駅前番外地)を読んでいた方が読後の感動も一入です。

    三浦しをんさんの作品以外も含め、今まで読んできた色々な作品群の中でもとびきりにお気に入り作品です。どうかみなさんにも「まほろ市」とそこに住む人々に、触れてみてほしいです。

  • 面白かった
    まほろ駅前シリーズ第三段、完結編
    多田と行天が織りなす物語。今回も軽いようで骨太のテーマでした。

    今回のストーリとしては、
    行天の4歳の娘「はる」を夏の間預かることに。なれないことに悪戦苦闘しますが、この出会いが二人に変化をもたらします。
    やはり、子供が出てくると弱いなぁ(笑)

    そして、無農薬野菜を生産販売する謎の団体の沢村
    裏社会を仕切る星
    横浜中央交通のバスの間引き運転に目を光らす岡老人
    さらにいつものメンバが加わり、前代未聞の大騒動に巻き込まれます。
    はちゃめちゃな設定展開ですが、それはそれで置いておいて、その騒動・展開の中で、行天と多田はそれぞれの過去と向き合い、そして一歩踏み出すことができます。

    今回はそれがポイントかなっと
    最後の最後はほっこりとして終わります。
    お勧め!

  • シリーズの第一弾、第二弾と、今回の第三弾のはじめは、多田さんと一緒に「もぅ!行天!」と呆れていましたが、今回の第三弾を読み終わる頃には行天の印象が変わり、多田さんを含む良い人達の人情に、温かい気持ちで読み終わりました。

  • まほろ駅前で便利屋を営む多田とその助手(居候?)行天コンビが繰り出す騒動が面白く、小説なのに声を出して笑ってしまた。
    軽薄で、チャランポランにみえる行天は、実は情に厚いのではないか?それとも多田に感化されたのか?小指をなげだし(笑) 娘はるちゃんを守る。
    「誰の真似でもない。俺の正直な心境」と言う言葉は心に響いた。

    昔「カミサマの子」として母と団体からの異常な扱いを受けただけあって、頭が良くて機転が効くため、影で多田に気づかれないように支えているように思える。また、多田もこの居候の存在に少なからず癒されているように思えた。情が湧くってこんな感じなんだろうか?

    追伸: まほろシリーズな表紙のタバコがなんともアウトロー的で不摂生な2人にぴったり!

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著者プロフィール

1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』で、デビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で「直木賞」、12年『舟を編む』で「本屋大賞」、15年『あの家に暮らす四人の女』で「織田作之助賞」、18年『ののはな通信』で「島清恋愛文学賞」19年に「河合隼雄物語賞」、同年『愛なき世界』で「日本植物学会賞特別賞」を受賞する。その他小説に、『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』等がある。

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