トオリヌケ キンシ (文春文庫 か 33-8)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167908676

作品紹介・あらすじ

人生の途中、はからずも厄介ごとを抱えることになった人々。でも、「たとえ行き止まりの袋小路に見えたとしても。根気よく探せば、どこかへ抜け道があったりする。」(「トオリヌケ キンシ」より)他人にはなかなかわかってもらえない困難に直面した人々にも、思いもよらぬ奇跡が起きる時がある――。短編の名手・加納朋子が贈る六つの物語。(収録作品) 高校に入ってから不登校・引きこもりになってしまったある少年。ある日彼の家に、一人の少女がやってきた。少女はかつて少年に助けてもらってもらったことがあるという――。『トオリヌケ キンシ』「ある形」を見つけてしまう能力以外はごくごく平凡な女子高生。そのふしぎな力を生物の先生は「共感覚」と分析した……。『平穏で平凡で、幸運な人生』 やさしかった母がある日豹変、家の中でいじめられるようになってしまったタクミ。つらい日々の救いは、イマジナリーフレンド(想像のお友達)の存在だった。『空蝉』 人の顔が識別できない――「相貌失認」の「僕」は、高校入学を機にそのことをカミングアウトする。あろうことかその後「僕」はある女の子から「好きです」と告白される。不思議な始まりの恋の行方は? 『フー・アー・ユー』 長く連れ添った夫人を突然に亡くし、気落ちする亀井のおじいちゃん。家の中でひとりのはずが、ある日「座敷童がいる」と言い出した!『座敷童と兎と亀と』 前日に高熱を出して受験に失敗した「俺」は、ある場所に引きこもり、自分でコントロール可能な「明晰夢」を見る日々を過ごしている。そんな中で出会った女の子「ミナノ」、彼女は夢だったのか、それとも?『この出口の無い、閉ざされた部屋で』

感想・レビュー・書評

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  • ○ ぼくは人の顔が識別できない
    あなたはそんな事を言われたらどう思うでしょうか?

    ○ コンタクトレンズを入れたら、また、〈声〉が聞こえるようになった
    あなたはそんな事を言われたら聞き間違いだとは思わないでしょうか?

    では、小さなお子さんにこんな風に話しかけられたらどうでしょうか?
    ○ やさしかったおかあさんは、おそろしいバケモノにたべられてしまった。ほんもののおかあさんはたべられてしまって、いまうちにいるのは、おかあさんのふりをしたバケモノなんだよ

    この作品は、これらのえっ?という文章に続く物語がまとめられた短編集です。それにしても『人の顔が識別できない』とはどういうことなのでしょうか?『コンタクトレンズ』を入れたら、どうして〈声〉が聞こえるようになるのでしょうか?あなたはこれらに続く物語の内容を予想できるでしょうか?では、三つ目の小さなお子さんの訴えはどうでしょう。『ほんもののおかあさん』という言葉をヒントにして、多分そういうことなのだろうと思ったあなた、残念ながらこれはそんな単純な話ではありません。

    そう、単純そうで単純じゃないこの作品は、そんな意味不明な事ごとの裏に隠された真実をそこに見る物語。読者の想像の遥か上を行くその真実の中に主人公たちの未来を垣間見る物語です。

    さて、この作品の作者である加納朋子さんは2010年に急性白血病と告知されて緊急入院、弟さんからの骨髄移植を受けられ、回復されて現在に至ります。『病気をしたことで、人の身体の面白さと不思議さ、何か一歩調子を崩した時の怖さを実感したんです。それで、こういうテーマになっていったという気がします』と語る加納さんが描くこの作品。『他の人とは少しだけ違う病気や能力、後遺症』に光を当てる六つの短編から構成されています。一部弱い繋がりを持つものもありますが、基本的にはそれぞれが独立した物語。どの作品もその世界に読者を一気に引き摺り込む強烈なインパクトをもっています。

    そんな六つの物語の中からまずご紹介したいのは一編目の表題作〈トオリヌケ キンシ〉です。『トオリヌケ キンシ』、『その札を見るたびに』、『そうか、ここからどこかに通りぬけられるんだ』と思っていた主人公の田村陽(たむら よう)。『古いマンションの外壁と、つぶれた銭湯の板塀との隙間、五十センチくらいの幅しかない』というその空間。『こんなとこ通るの、野良猫くらいだよ』と思っていたものの、ある日『じゃあ通りぬけてやろうじゃん』と思った陽。きっかけは『学校で少しだけ嫌なことがあ』ったから。それは、理科の時間のことでした。『かげはたいようの( )にできる』など『先生が黒板に書いた問題に、答えることができなかった』という陽。『じゃあこれは宿題』、となり、他の男子から『田村のせいだー』と言われてふてくされる陽は『アウトローな気分』になって『まるで秘密のトンネルみたいに見えた』というその空間を進みます。そして『生け垣の向こうに古ぼけた木造の家』を目にし『…ボロいうち』と呟く陽。『ボロくて悪かったですね』と真後ろからの声にぎょっとして振り向くと『今来たばかりの道に、女の子が立っていた』という光景。『なんで入ってきたの?トオリヌケキンシって書いてあったでしょ?字、読めないの?バカじゃない?』と『にくったらしい口調で』話す女の子は同じクラスの川本あずさでした。『おめーだって入ってんじゃん』と返す陽を横目に『ただいま』とその家に入ったあずさ。『あら、お友だち?』と出てきた女性に招き入れられ、おやつをご馳走になる陽。『あのさあ…ホラ、今日、最後に出た宿題さ、あれ、わかった?』と訊く陽に『とうぜん。簡単』と答えるあずさ。思わず『じゃあさ、教えてくんない?』と頼む陽に、あずさは『まず最初の問題ね…』と答えを教えてくれました。そして後日、『この間の宿題、ちゃんとやってきた?』と先生に当てられた陽。『かげはたいようの(おもいどおり)にできる』…と教えてもらった通りに答えた陽。『たいへんユニークな答えをありがとうございました』と先生から突き放され、『みんながゲラゲラと笑った』という展開。一方で『いちばん前にすわる川本あずさのノートが目に入』ると、そこには『かげはたいようの(はんたいがわ)にできる』と、正しい答えが書かれていました。『だまされた、バーカ』と『にやりと笑』うあずさ。『なんだよ、めちゃくちゃタチ悪いぞ、あいつ』と憤る陽は再び『トオリヌケキンシ』を無視してあずさの家へと向かいました。そんな陽とあずさの不思議な関係。そして、そんな小学校時代もやがて過ぎ去り、中学生になった陽。そんな陽は『おれは学校に行けなくなった』と『部屋に鍵を掛けてひたすら閉じこも』る日々を送ります。そんな中、あずさと再開した陽は、『私は子供の頃、出口のない道を歩いていたの』という、あずさのまさかの真実、あの時のあずさの態度の裏に隠されていた真実を知ることになります。そして…というこの短編。『トオリヌケキンシ』というとても気になる表題の裏に隠された物語。『どん詰まりに見えても、その先に道はある。トオリヌケキンシもきっと未来へつながっている』という加納さんの温かい思いがとても感じられる好編でした。

    『他の人とは少しだけ違う病気や能力、後遺症』に光が当たるこの作品では『場面緘黙症』、『相貌失認』、そして『醜形恐怖症』と恐らく大半の読者にとって初耳の病名、症状を表す言葉がそれぞれの短編に唐突に登場します。いずれも架空のものではなく実際にそのことで悩み、苦しんでいらっしゃる方がいるという事実。そんな『病気や能力、後遺症』を大胆に描くこの作品。一般的にはほとんど知られていないというその現実とのギャップがこの作品から受けるインパクトをより大きくしているのだと思います。

    そんな『病気や能力、後遺症』の中で最も衝撃を受けたのが四編目の〈フー・アー・ユウ?〉でした。『ぼくは人の顔が識別できない』という衝撃的な一文から始まるこの短編。そのことを『カミングアウトすると、たいていの人は「なんだそりゃ?」って顔をする』というのは、私も全く同じです。『俳優のブラッド・ピットが、自分がそれかもしれないと告白した』という事実とともに語られるその症状。それが『相貌失認』でした。なんと『だいたい人口の二パーセントくらいに現れる』というその症状は『人の顔だってことはわかる』ものの『AさんBさんCさんの区別がつかないというもの。下手すると男女の別も、年寄りと若者の区別もつかない』というその症状に苦しめられる主人公の佐藤。そして、そんな佐藤は名札のない中学校に入学したことで『僕はただ一人、のっぺらぼうのただ中に放り込まれてしまった』という事実に衝撃を受けます。しかし一方で、人の顔の区別がつかないと言われても私たちはなかなかにその症状を思い浮かべるのは難しいと思います。人は人と出会った時、まず顔を見ます。そして、会話をしながらも相手の表情の変化に最大限の注意を払いつつコミュニケーションをとっていきます。この能力が欠如した状態で果たして人と人とのコミュニケーションが取れるのか?という疑問も沸くその症状。実際、人の顔が認識できないことで『すっげー空気読めないヤツ』と認識されていく佐藤の苦悩は、私たちの想像を遥かに超えるレベルのものだと思います。そして、『どうしてこんなにも、生きにくいんだろう?』と思い悩む佐藤が主人公のこの物語は、読者の予想のはるか上を行く展開を経て、まさかの幸せな結末を迎えます。人間社会のある意味での多様性を深く感じ入ることになったとてもインパクトのある短編でした。

    『他の人とは少しだけ違う病気や能力、後遺症』に苦しめられる主人公たちを描いた六つの物語は、それだけ聞くと主人公たちが悩み、苦しむ陰惨な展開が予想されます。しかし、この作品の作者は加納朋子さんです。『小説を書いていていちばん思うのは、ハッピーエンドにしたいなということです』とおっしゃる加納さん。『世の中がままならないことばかりだからこそ、話の中では救ってあげたいなという気持ちがあります』という強い気持ちをお持ちの加納さんが描くこの作品は全て大団円の結末をそこに見る物語です。苦悩を経て歓喜に至る六つの物語。それは、それぞれの今を必死に生きる主人公たちがその先に確かな未来を見る物語でもありました。

    『トオリヌケキンシ』の先に続く、その先にもきっと続いているであろう未来を見るあたたかな物語。取り上げること自体とても重いその内容の数々を、敢えて軽く、分かりやすく読者に提示してくれた加納さん。そんな加納さんの温かい眼差しをとても感じる作品でした。

    • アールグレイさん
      こんばんは、
      つまらないことで、お騒がせしました。やはり、納得がいかないのでフォローはしないつ
      もりです。頭のかたい人間でしょうか?
      私は、...
      こんばんは、
      つまらないことで、お騒がせしました。やはり、納得がいかないのでフォローはしないつ
      もりです。頭のかたい人間でしょうか?
      私は、フォローをする時にはその方の本棚を拝見してから、決めます。以前、目を背けたくなる棚を見つけてしまってから、慎重になっている気がします。私の中では、「しょうがないよなぁ」的な感じでしょうか。
      「私にふさわしいホテル」まだ読めそうにありませんが、読みたいと思っています。
      (^-^)
      2021/04/22
    • しずくさん
      このジャンルの小説はあまり読んで来なかったので、加納朋子さんは初めて知りました。あなたのレビューで彼女に興味を抱き更に検索。日常のミステリー...
      このジャンルの小説はあまり読んで来なかったので、加納朋子さんは初めて知りました。あなたのレビューで彼女に興味を抱き更に検索。日常のミステリーを描き大団円のラストを心掛けている作家さんなのね。手元の本を読み終えたら是非とも手にしたいです。ありがとうございました!
      2021/04/23
    • さてさてさん
      しずくさん、こんにちは。
      私も加納朋子さんを今回初めて知りました。三冊まとめて読みましたが、それぞれに個性的で読んでとても良かったです。その...
      しずくさん、こんにちは。
      私も加納朋子さんを今回初めて知りました。三冊まとめて読みましたが、それぞれに個性的で読んでとても良かったです。その中でもこの作品は、この世にこんな病気があるんだ!と非常に興味深い内容が描かれていました。てっきり架空の病気かと思ったら現実に存在するようでさらに驚きました。そして、そんな病気ばかり描いているのに悲惨さを帯びてこない不思議感。加納さんの中でもこの作品はあまり目立っていないようで全くの偶然の出会いでしたが、とても興味深い視点でした。
      2021/04/23
  • 図書館本

    場面緘黙の子、虐待、座敷童子、偽物のお母さんなどなど。
    短編集。
    読みやすい。目のつけどろが面白い。

  • この作者お得意の、事情を明かされるとこれまで読んでいた世界がガラッと違った世界に見えてくるお話が6つ。
    話のミソに“他の人とちょっと違う疾病や感覚”があって、その使われ方にちょっと無理筋を感じる話もあったが、ソウボウシツニンにもめげず可愛い彼女(これがまたシュウケイキョウフ)との関係が微笑ましい「フー・アー・ユー?」と、ハンクウカンムシのおじいちゃんを巡って周囲の人が温かい「座敷童と兎と亀」が良かった。

  • 短編集(でも微妙にリンクしている)

    平穏で平凡で、幸福な人生が一番好きだな。
    どれも最後は救いがあるんだけど、やっぱり幸せをつかんだ話が読了感が良くて幸せになれる。
    共感覚、話には聞いたことあるけど、どんなものか想像できない。
    でも作中のラストのように有効活用できたらとても素敵だなと思う。

    各話で、病気の話が色々出てきて、加納さんの闘病生活も影響してるのかなと感じた。
    色々な悲劇のパターンがあって、それでも順応して幸せを探して掴んで生きていける。
    蓼食う虫も好き好きじゃないけど、人が救われることや幸せになる形も本当に色々あるんだなと教えてくれた。

  • 病や悩みを抱えながら、でも最後はみんな幸せになっているから良かった。バッドエンドだったら、読むのを途中でやっめていたかも。

    作者の方が大病した経験があることを知らなかったけど、やはり病気をした前と後では、考え方が変わるだろうな。
    そういう視点で、病気前の作品も読んでみたい。

  • 場面緘黙症、共感覚、被虐待、相貌失認、半側空間無視…
    少し繊細な事情を持ち、自分は他との人は少し違うという事に戸惑い傷ついたりする人達。
    場合によっては世界を閉ざしかける彼らを引き戻してくれる誰かの手、それは恋人だったり友だったり家族だったり。
    加納先生らしい心にじわっと染みる、優しく温かい短編集。

  • 疾病の事を改めて知った事、私なら抱えた人とどう接するか…道徳教科書的な本でした。

  • 「トオリヌケ キンシ」の札をきっかけに小学生のおれとクラスメイトの女子に生まれた交流を描く表題作。ひきこもった部屋で俺が聞いた彼女の告白は「夢」なのだろうか?(「この出口の無い、閉ざされた部屋で」)。たとえ行き止まりの袋小路に見えたとしても、出口はある。かならず、どこかに。6つの奇跡の物語。

  • トオリヌケキンシ/平穏で平凡で、幸運な人生/空蝉/フー・アー・ユー?/座敷童と兎と亀と/この出口の無い、閉ざされた部屋で

    心の重荷と上手に付き合うにはどうしたらいいのだろう?時間の助け、暖かい誰かの手を借りて‥‥明るい未来を目にしたいね

  • 加納朋子さんだよねえ、と思わず頷いてしまいそうな短編集。安心のクオリティ。

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著者プロフィール

1966年福岡県生まれ。’92年『ななつのこ』で第3回鮎川哲也賞を受賞して作家デビュー。’95年に『ガラスの麒麟』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)、2008年『レインレイン・ボウ』で第1回京都水無月大賞を受賞。著書に『掌の中の小鳥』『ささら さや』『モノレールねこ』『ぐるぐる猿と歌う鳥』『少年少女飛行倶楽部』『七人の敵がいる』『トオリヌケ キンシ』『カーテンコール!』『いつかの岸辺に跳ねていく』『二百十番館にようこそ』などがある。

「2021年 『ガラスの麒麟 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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