若冲 (文春文庫 さ 70-1)

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  • 文藝春秋
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  • / ISBN・EAN: 9784167908256

感想・レビュー・書評

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  • 「若冲」と言えば、多彩な色彩とその美しい彩色を思い出す。「動植綵絵」は、その多色彩もさることながら、写体の生々しさの中に実物とかけ離れた幻想的な鶏、鳳凰、草花などに見ているとその迫力に疲れを感じる時がある。
    本作の第一章のタイトルとなっている「鳴鶴」は、以前行った特別展示会で、中国の文正の「鳴鶴図」が原画との説明があった。
    色彩にしろ構図は似ているとしても私には全く違う鶴にみえる。鶴と言えばのイメージカラーの紅白も全く異にする白と赤である。実物とかけ離れたその姿は、意匠性を感じる。
    これは、フランスの印象派ならぬ日本における印象派ではないかと個人的には思っている。

    歴史小説として、若冲の生涯が記されている。1716年(正徳6年)、京の青物問屋「枡屋」の長男として生を受ける。
    23歳で父・源左衛門の死去に伴い、4代目枡屋(伊藤)源左衛門として、家督を継ぐも、
    1755年(宝暦5年)、弟・白歳(宗巌)に譲り渡す。そして名も「茂右衛門」と改め、はやばやと隠居し絵の世界に没頭する。
    本作は嫁・お三輪を娶るも、その2年後に自らが命を立っている。この妻に対する気持ちと、お三輪の弟で市川圭君の怨み、執念が絵師・若冲の作品制作の原動力となるようなストーリー展開である。

    が、巻末の解説にも記載がある通り、実際には生涯婚姻歴はない。
    若冲が残す作品の力強さについて、理由があった方が理解がしやすく事実ではなくても、次に作品を見たときの感じ方に広がりが出る。また、時代背景、政治的な背景は歴史通りであるようなので、この画家を理解する上でとても参考になる。

    本作の最後に登場する白象群獣図、鳥獣図屛風にしろ、作品の力強さはもちろんのこと、写実でありながら奇想天外な想像を巧みに融合させた技は、実物からかけ離れたその意匠性を感じる。同じく江戸時代の画家である曾我蕭白や、長沢芦雪らと並び称せられているが、同じく想像的な作品ではあっても、全く異なった趣がある。
    フランスの印象派ならぬ日本における印象派の画家ではないかと個人的には思っており、フランスの印象派時代よりも前にその動きが日本であり、日本では受け入れられていたと個人的な見解を持っている。

    歴史的小説で時代を確認しながら読むことが好きなこと、日本画が好きなこともあり、読みやすかったこともあるが、この作品の理解しやすさの理由は、作者の描写、表現力だと思うところがいくつもあり、それを見つける楽しさもあった。

    余談ではあるが、ゲイだと信じていた若冲が結婚して、その妻の死を引きずっていたという設定が私には新鮮であった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      kurumicookiesさん
      にゃー
      kurumicookiesさん
      にゃー
      2021/04/20
    • しずくさん
      この本はベストテンに入るぐらい好きな作品でした。感想はマイblogに残しています。ブクログを始める以前に読んだ本でした。
      https://...
      この本はベストテンに入るぐらい好きな作品でした。感想はマイblogに残しています。ブクログを始める以前に読んだ本でした。
      https://amegasuki3.blog.fc2.com/blog-entry-287.html
      2021/05/02
    • kurumicookiesさん
      しずくさん、
      blog拝見させて頂き、すごい読書記録に感激しております。読みたい本がいっぱいです!
      しずくさん、
      blog拝見させて頂き、すごい読書記録に感激しております。読みたい本がいっぱいです!
      2021/05/02
  • 母親のふじ子さんの各種シリーズで馴染みの京都が舞台。
    内容は直木賞受賞の「星落ちて・」と同様に暗く、10年ぐらいの間隔の進め方。ただ対象が若冲ということもあり、先日も美術館に見に行くぐらい関心があるので、興味深く読ませて貰った。
    あの作品も、この作品も亡き妻に対する悔恨と恨みに想う義弟への対抗で描いたことに深い哀しみを見た。
    ということだったが、巻末の上田秀人さんの解説によれば、結婚したという事実は確認されていない。作者の想像で書けるのが歴史小説との事。感動は作者の力量という事なのだが、解説を読んだことが良かったのか悪かったのか?

  • 「若冲」 澤田瞳子 

    1.購読動機
    原田マハさんが好きです。
    理由は、馴染みがない絵画を、画家の人生を描写することで、身近なものにしてくれる作家さんだからです。
    同じ気持ちで、若冲を知りたいと思いました。

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    2.若冲。物語から。
    出自は、京都、大きな魚卸し問屋の長男です。
    元々から、商売よりも、絵を描くことに関心が高い人でした。

    絵を描く動機は、物語のなかで大きく三つに分かれます。
    ①奥さんが自殺する。
    ②贋作が出回る。
    ③義弟の子供を預かる。

    若冲は、①②③で描く動機が変わります。
    それは、同時に、絵の描写、色合い、筆致にも変化が現れます。

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    3.若冲の人生を省みて
    物語を通じて、描かれるのは、若冲が絵画に集中できた人生であったことです。

    描きたくても、描けない人も多くいたでしょう。
    なぜならば、画材は値段が張りますから、相応の生活基盤がなければ、継続することはできません。

    そうした意味で、多くの人の支えと理解があって、若冲の世界が生まれ、現代にまで残ったと考えると、こみあげるものがあります。

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    江戸時代にタイムスリップして、若冲とその周りの人々の息遣いに出会える、素敵な作品でした。

  • 江戸中期の京都で活躍した絵師・伊藤若冲。
    若冲の絵は、生誕300年に達した今でも数々保存され、私たちの目にも
    触れることは可能(昨年の展示会には行けず残念...!)ですが
    若冲というその人物について残されている史実はごく少ないといいます。
    こちらはその少ない史実に脚色を加えた若冲の物語です。

    ここで描かれている茂右衛門(若冲)には
    心の弱さを表に出すことのできない人の弱さと優しさが隠れていて
    恨みや怒りも面と向かってぶつけるような人ではないようです。
    けれども弁蔵には、それがかえって腹立たしかったのでしょうね...
    それでも弁蔵は、醜いほどに美しい若冲の絵には魅入られてしまっていた...。

    本当の茂右衛門に、憎むべき人、憎まれた人がいたのかどうかは
    わかりません。それでも心つき動かされる何かがあって描いていたというのは
    あるだろうなと思いました。そしてたった一つ、とても残念に思えてならないのが
    ここに登場する茂右衛門さんに、私は負のイメージを抱いてしまったこと...。
    それが存外強烈に心に残っています。
    だからいつの日か、伊藤若冲の絵を観る機会が訪れた時には
    "そんな気持ちで描いていたのだろうか.."という目で観てしまうかも。
    そう思うと、これには気持ちの整理も必要かしらと痛感しています。

    茂右衛門の一番のよき理解者は、"若冲"という号の名付け親でもある
    大典高層でしょうか。
    『老子』第四十五章の一節から名付けられたのは史実通りのようで
    「大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若(ごと)きも、その用は窮らず」
    すなわち「満ち足りたものは一見空虚と見えるが、その用途は無窮である」

    この意味を理解するのは少し難しいです。
    わかりそう..なんだけれども雲をつかむよう...。
    それでも『老子』第四十五章を全部読んでみると、そこから伊藤若冲という
    絵師の姿がなんとなくながら見えてくるような気がしました。

  • 本文 《ライジング若冲》の余韻 - タテハ通信
    https://kisaragikyo.hatenablog.com/entry/2021/01/09/093818

    ライジング若冲(じゃくちゅう) - NHK
    https://www.nhk.jp/p/ts/56XX9Z1XJW/

    文春文庫『若冲』澤田瞳子 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167908256

  • 連作短編集の形式で、謎に満ちた絵師・若冲の生涯を描く。

    京都の青物問屋・桝源の跡取り息子でありながら家業を顧みず、一室に籠ってひたすら絵を描く源左衛門(若冲)。
    同じく家の中で妾腹の子として疎んじられ、ひっそりと若冲の身の回りの世話をする妹・志乃。
    そして、若冲の妻・お三輪が自死したのは、桝源の人々のいじめのせいと考え、絵に没入してお三輪を庇うこともしなかった若冲にも深い恨みを抱えている義弟・源蔵。

    独自の奇抜な画題や技法を突き詰めながら絵を描き続ける若冲と、贋作を描くことで若冲を貶めるために絵師となった源蔵(君圭)は、作品を通じて互いの存在を強烈に意識し合い、心をたぎらせ合う。


    澤田瞳子さん、初読。
    もともと、若冲は、凄いと思いこそすれ、好きとは言い切れないところがあった。ちょっと偏執狂的というか…緻密に描き込まれた画面に、何か過剰なものを感じて。
    本作は歴史小説ではなくフィクションで、若冲の画業の謎に迫るもので、だから当然これが正解ですという事でもないわけだけれど…
    ああ、そんな悔恨と復讐の念にさらされていては、より深く深く画面の中にのめり込まなくてはいられなかったのかも…という説得力があった。

    そのふたりそれぞれの不器用な優しさ、温かさを知る志乃の存在が、普通の女として生きている安定感をもっていて、苦しい物語の中で、息継ぎのできる場面を作っているようだった。


    プロフィールを見ると、思いのほか若い作家さんなのに驚き。他の作品も読んでみよう。

  • 図書館本

    若冲好きだけど、歴史物はあまり読まない私ですが、職場の人におすすめされて。
    火定 もそうでしたが、澤田さんは読みやすく進みました。
    若冲と妹、批判者であり理解者?となった弁蔵など、興味深く描かれていました。

    群鶏が観たい。

  • 歴史小説家の著者が、その類いまれな想像力で、昨年生誕三百年を記念する展覧会で熱狂的好評を博した若冲を、鮮やかに浮かび上がらせた。
    池大雅、丸山応挙、谷文晁や与謝蕪村等々、当時の名だたる画家が登場し、彼の人生に花を添え、一方若冲の妻=姉の仇と憎み若冲の絵の贋作を描き続ける義弟の弁蔵が異様な存在感をもたらす。
    彼の異母妹の眼を通して語られる画家の生涯が、歴史の闇に隠された史実であるかのように、読者に思わせてしまう時代長編。
    作中語られる「若冲はんの絵がもてはやされるんは、他の者には考えもつかん怪っ態さゆえ・・・」「世人は・・・知らず知らずのうちにあの奇矯な絵に、自らでは直視することの出来ぬ己自身の姿を見出していたのだ。」に、現代の展覧会の熱狂の要因を重ね合わせてしまう。

  •  澤田先生の代表作、満を辞して読破。
     若冲についてはほぼ予備知識のない状態で入ったため、全てが新しく感じられた。澤田先生が描くからなのか心境への影響を与える事件は多かれど、人生への大打撃は天明の大火くらいだったのだなという印象。
     本作は妹の志乃と若冲が章ごとに交互に一人称となり話が進む。1章ごとに明確なテーマがあり、1つの短編としての面白さを持ち、更に全体として少しずつ変化していく若冲の心境の描き方が秀逸。
     そして、本作を貫くテーマである“憎しみと尊敬(畏敬)”。若冲は義弟の君圭に負けないよう自らの絵を磨き、君圭は若冲への憎しみから彼の絵を研究し、技術を高める。『鳥獣楽土』で若冲は君圭の絵をまさに自分の絵だと感じる。行き着いた先は二人で一人の絵師として未来に残る絵を完成させるところだった。調べると確かにこの絵は若冲の作品でないとする研究者が多いという。そこに目をつけ、こんなストーリーを想像したのは流石の着眼点。
     どの章も好きだが、特に良いのは最後の『日隠れ』。再開できずに終わった若冲と君圭が絵を通して再会する。君圭の叫びもそこに静かにお膳立てする谷文晁らも皆が素晴らしい役割を演じ、美しいフィナーレになっていると思う。

     *鳴鶴 序章、若冲と君圭の決別。失った夫婦像を映した鳴鶴図。鴛鴦図での離れた鴛鴦と対比的
     *芭蕉の夢 憎しみを糧に地を磨く裏松光世に君圭の姿を重ね、それを受け止め維持で生きることを決心した若冲の心象風景を写した、月に浮かぶ芭蕉の義弟の
     *栗ふたつ 弟の死、志乃と円山応挙の出会い、志乃の婚姻の決断など(少しテーマが定まらず?)
     *つくも神 錦高倉市場の営業停止騒動。解決に導いた中川清太夫をモデルに描いたつくも神図。誰もが何かに取り憑かれている。
     *雨月 果蔬涅槃図。若冲と母お清の確執、蕪村と娘の対立と同じ構図。
     *まだら蓮 大火後、御所再建に際し君圭と再会。身分を偽って描いた君圭の蓮の絵。
     *鳥獣楽土 2つの屏風絵
     

  • 江戸時代に京都で活躍した画家の生涯。物語の根幹を成す「妻の自死」が作者の創作によるところに小説の自由さを感じる。確かに300年も前の画家の生活の記録などは残っているはずもないものの、同世代に活躍した画家達を上手くかけ合わせつつ、人間、若冲いきいきと描いています。
    実在の市川君圭を生涯の宿敵、盟友とするところも「鳥獣花木図屏風」から着想を得たのでしょうね。
    少し違和感を感じたのは「つくも神」の章で、半次郎が綿高倉市場を潰す暗躍に立ち向かう若冲の章、なんだからしくないなぁと感じるとともに物語が横道に逸れる感があった。
    機会があれば作者の絵画を鑑賞したいです。

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著者プロフィール

1977年京都府生まれ。2011年デビュー作『孤鷹の天』で中山義秀文学賞、’13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞、’16年『若冲』で親鸞賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、’20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、’21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。近著に『漆花ひとつ』『恋ふらむ鳥は』『吼えろ道真 大宰府の詩』がある。

澤田瞳子の作品

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