台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史 (文春新書 1434)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166614349

作品紹介・あらすじ

台湾海峡をめぐる緊張がにわかに高まっているが、台湾と中国の関係は、「敵か味方か」といった単純な構図で理解できるものではない。台湾から見た中国との「距離感」は歴史の中で時代によって大きく揺れてきた。他方で、コロナ禍におけるデジタル担当のオードリー・タンの活躍や蔡英文大統領下での同性婚の合法化など、国際的にも存在感を発揮する台湾。こうした台湾の独自性、「台湾人」としてのアイデンティティはいかにして育まれたのか? そして複雑に錯綜した国内外の対立関係をいかに乗り越えようとしているのか?第二次世界大戦後の国民党政権による一党支配体制、そのもとで繰り広げられた反体制運動と政府当局による弾圧――民主化以前の台湾をめぐる政治的争点を紐解きながら、冷戦期の国際情勢の変化を読み込みながら、「反中/親中」あるいは「反日/親日」という二項対立では理解できない台湾社会の複雑さに迫る。そして、台湾の成り立ちに欠かせない日本、アメリカ、中国との関係をも、「人」を起点にふんだんに描き出す。数々の歴史的なねじれ目をほどきながら理解の深まる、スリリングな台湾現代史。ーーーーーーーー以下、目次第1章 多様性を尊重する台湾第2章 一党支配化の政治的抑圧第3章 人権問題の争点化第4章 大陸中国との交流拡大と民主化第5章 アイデンティティをめぐる摩擦

感想・レビュー・書評

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  • 台湾が大陸の中華人民共和国との間でどのような相克を経験し、現在の台湾というアイデンティティを築いてきたのかを知ることができる本だった。また、親中・反中という一元的な区分だけではなく、漢民族の流入以前からの原住民のアイデンティティ、オランダや日本による統治時代における統治国との関係性など、複雑な背景が重なりあった上に現在の台湾があるということも、この本を読むことで理解することができた。

    台湾はもともと多くの民族が住む島であり、現在の台湾政府が認定する民族も16あるという。この島が国際社会と触れ合うのは、漢民族より先に大航海時代のオランダであったという。オランダ東インド会社が東アジアとの交易の拠点を現在の台南市に置き、台湾南部を統治した。

    台湾への漢民族の流入はその後であり、鄭成功がオランダ勢力を駆逐してこの地域に拠点を築く。このころに流入した漢民族は使用言語によりホーロー人と客家人に分かれており、それぞれがさらに出身地により細かなグループに分かれていたという。


    このように多様な民族、ルーツの人々が暮らしていた台湾において、人々が台湾人という統一的なアイデンティティを形成するようになったのは、19世紀末に始まった日本統治時代がはじめである。まず、日本による植民地支配に対して民族自決を主張して抗日運動を行うところから、台湾人というアイデンティティが形成され始めた。

    次に台湾のアイデンティティが次に大きな影響を受けたのは、中国から蒋介石率いる国民党政権が移ってきた時である。国民党は大陸から多くの政府関係者や随行員を連れて台湾に移ってきた。これらの人々が外省人と呼ばれる人たちであり、台湾にありながら中国大陸も含めた中国全土の統治を取り戻すための拠点としてこの地を捉える人たちが新たに生まれた。


    1950年代から1970年代までは国民党による一党支配が続き、特に中国共産党と対峙するために厳しい言論統制や政治運動の抑え込みを図った。この時代、台湾独立運動は、台湾が中国大陸とは別の独自の文化と民族を持つという考え方を基に、この国民党支配に対して闘われた。

    一方で、中国共産党に支援された左派活動も台湾で展開されており、中国共産党と対立する国民党政権はこの中華人民共和国との統一運動も厳しく弾圧した。このように台湾では、本省人を中心とする台湾独立運動、中国共産党と対立する外省人を中心とした国民党政権、さらには中国共産党に支援された左派活動といった複雑な対立構造の中にあった。

    この時代の歴史は現在の台湾にも影を落としており、この弾圧の歴史をどのように語り伝えていくかということは、台湾社会においても大切な問題として捉えられている。本書では2010年代後半から2020年代初頭に起こったゲーム『返校』のシナリオを巡る議論が取り上げられているが、この時代の歴史を忘却させてはいけないという台湾社会にある強い想いを感じされられた。


    台湾の社会が大きく変化するのは、1975年の蒋介石の死とその跡を継いだ蒋経国から1988年に李登輝が政権を引き継ぐという時代においてである。蒋経国は国民党による一党支配を継続させながらも、活動家の処罰に対して蒋介石時代より穏健な対応を行い、1987年には戒厳令を解除するといった融和的な方向へと舵を切った。そして、李登輝は、1996年に総統選挙を行うといった民主化路線を歩む。

    また、李登輝時代には、中国との関係も、台湾と中国が二つの異なる政治実体として併存するという現状を基盤に、交流と関係構築を進めていくという方向に転換した。これに対して、中国からの独立を究極の目標に掲げるグループにより民進党が結成され、これが現在に続く国民党と民進党の二大政党制に繋がっている。

    以降、台湾社会は民主的な選挙を経ながら国民党と民進党の間で政権交代が続いている。また、これまで様々な形で島外から人々が流入してきたこと、蒋介石時代の政治的弾圧の経験を経たことから、多様性や政治的にリベラルな言論に対する許容性が高い社会を作り上げてきている。

    一方で、中華人民共和国との距離感は、この1990年代以降の30年間にも様々な紆余曲折があった。両岸の交流を強化する動きが強くなった時代もあるが、天安門事件や香港における抗議運動の抑圧などを踏まえて、逆に中華人民共和国に対する距離を置き、台湾の独立性を維持するという方向性が強くなる時期もある。


    現代ではこのような台湾の姿を見ることが多いため、台湾問題は中国との距離感という観点に集約されやすいが、それまでの歴史を見ると、中国からの人の流入も複数の時代に分かれており、台湾に渡った時代によって中国との関係性も様々である。そのような背景を理解することで、右派と左派といったシンプルな切り口からより深い理解へと、進むことができるように思う。

    また、台湾と日本の関係は、現在は比較的良好であるといえると思うが、これは現在の台湾が中華人民共和国と距離を置いているからアメリカや日本と友好関係を作ろうとしているという側面だけで捉えてはいけないことであると思う。

    そもそも台湾のアイデンティティの源流には抗日運動がある。一方で、台湾は日本だけではなくオランダや度重なる中国からの支配者層の流入を経験しており、それらの歴史を超えた先に現代の台湾のアイデンティティがある。そのようなアイデンティティを土台に日本という国と付き合おうとしているのだということを理解しておかないと、我々は中華人民共和国との距離感だけでしか台湾のアイデンティティを捉えることができなくなってしまう。

    台湾自身が様々な民族や諸外国との交流を背景にした複雑な歴史を持った独自の地域であるということを理解した上で、地政学的なグループだけに還元されることのない二国間関係を築いていくということが大切であると感じた。

  • 配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
    https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=10276129

  •  対中関係の単なる駒ではなく、台湾自体の主体性に着目するとの著者の問題意識は分かる。ただ、読みにくいわけではなく中味も詰まっているのだが、一冊の本としてはやや焦点がぼやけたように感じる。ゲーム・映画「返校」の記述が長いのは著者の趣味か。書名に合わせるならより一般的な概説書にしても良かったのではないか。
     特に紙幅を割くのは、日本国内での活動も含め、台湾独立派など党外人士の個別の80年代までの活動。これはこれで良いのだが、一般の台湾人の思考が見えにくい。独立派について言えば、反国民党政権という点で、親PRC派と一定の接点があったというのが今では考えられない。また、日本の左派は、親PRCの立場から台湾独立派に比較的冷淡、70年代には民主化運動支援の動きも。
     書名に直結するのは第一章と第五章。前者では、日本統治下の台湾人アイデンティティ形成から今日の多様性尊重まで。後者では、馬英九政権以降の摩擦を扱い、また台湾内の反・親日の単純化を否定したり、台湾を主体として扱った安倍晋三人気の背景を解説したりもする。
     後書きによれば、本書の想定読者は大学生のほか、かつての日本社会の「左翼」的な台湾観を有した人たちだという。本書で直接解説されているわけではないが、かかる「左翼」的台湾観が如何なるもので、現在どう揺らいでいるのかそちらにも関心を持った。本書で言及される台湾での安倍晋三人気や、台湾独立派と日本保守との接近とも関係があるのか。

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/569745

  • 第1章 多様性を尊重する台湾
    第2章 一党支配下の政治的抑圧
    第3章 人権問題の争点化
    第4章 大陸中国との交流拡大と民主化
    第5章 アイデンティティをめぐる摩擦

  • 【台湾はいかにして台湾になったのか? 】台湾と中国の関係は「敵か味方か」の単純な構図では理解できない。台湾から見た中国との「距離感」を一つの軸に描き出す台湾現代史。

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著者プロフィール

東京女子大学現代教養学部准教授

「2022年 『概説 中華圏の戦後史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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