月岡草飛の謎

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163911724

感想・レビュー・書評

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  • 老俳人・月岡草飛の謎めいた日常を描いた連作。謎といってもミステリーではなく、どちらかというと不条理・悪夢系で、ありえない奇妙なことが当たり前のように起こるのだけれど、なんだろう、これ、実はもうご高齢の主人公の、認知症の症状なのでは?と思わせる節があり、多様な解釈が可能。

    一例として、一番キテレツだった「ポリンスキー監督の謎」をあげると、ある日、月岡草飛が商店街の牛丼屋で牛丼を食べていると、なんと隣の席にあの映画監督のロマン・ポランスキーが座っている。月岡は彼がおしのびで日本へ撮影に来ていると思い込み、しきりに話しかけるが、先方は「ノー、ポランスキー、ノー」と否定する。しかし月岡はこれを「おしのびだから名前を明かしたくないのだな」と解釈、では「ポリンスキー」と呼ぼうと決める。月岡のポランスキー監督の作品評は、たまに全く別の監督の作品なども混じっていて実はめちゃくちゃ。月岡には『ミッション・イン・ポッシブル』のワンシーンを自分が主人公で再現したいという夢があり、その撮影をポリンスキーに持ちかける。ポリンスキーは乗り気ではないものの話を受け、月岡は本当に大金を渡してそのシーンを撮影するが、撮影が大変すぎて記憶が曖昧に。ポリンスキーとは連絡が取れなくなる。

    万事この調子で、人違いでロスまで講演に出掛けたり、いつのまにか同居人が次々変わっていたり、どこまで本当のことなのかどんどんわからなくなっていく。「穴と滑り棒の謎」の回では、イタリア人のマルコの別荘へ招待され、毎日海を眺めシェリーのカクテルを飲み、ウクライナ人美女のナターリアと会話したりして優雅な時を過ごすが、なんと、最後に、実はそこは駿河湾の見える療養所で、マルコは精神科医の円子、月岡は入院患者でナターリアは存在していなかった…という明確なオチがついてしまう。とはいえ、このマルコやナターリアは別の回にも普通に登場しているので、どこまでが月岡の妄想なのかこれまた謎。

    最後の「花見の宴の謎」では、花見会場にこれまでの登場人物が全員集合(なんとトム・クルーズまでやってくる!)、酔っぱらった月岡は、最後に残った茣蓙を丸めて帰りながら、これではまるで「物乞いのお菰さん」のようだと自嘲するが、もしかして本当にこのお爺ちゃん、ただのホームレスで、著名な俳人で優雅な暮らしをしてるというのも全部妄想なのでは…という疑惑も急に沸き起こる。とはいえご本人は「人生は楽しい」と満足しておられるので、まあ何が現実にせよ、そう思えるなら良かったねと思う。

    連作形式のせいか、雰囲気的には倉橋由美子の『酔郷譚』や、辻原登の『遊動亭円木』などに近い。洒脱で粋。ある程度年齢を重ねてから読むほうがきっと面白さがわかる本。

    ※収録
    ラジオ放送局の謎/LAワークショップの怪/ポリンスキー監督の謎/二羽の鶴の怪/穴と滑り棒の謎/途中の茶店の怪/人類存続研究所の謎/祝賀パーティーの怪/花見の宴の謎

  • 『鴉はその恐ろしい国から俳人のところへやって来た、お迎えの使者、死出の旅路の先導役、まあそういった見立てになろうか。しかしそんなふうに話の筋を通してしまうと、たちまち理に落ちた凡句になってしまうなと月岡は苦笑した』―『人類存続研究所の謎 あるいは動物への生成変化によってホモ・サピエンスははたして幸福になれるのか』

    松浦寿輝は東大でフランス文学を学び、パリ第三大学で博士号を取得、詩人として文壇に登場し、その後評論を認められ、小説では芥川賞も受賞したという絵に描いたような文人。歯に衣着せぬ物言いで人の感情を逆なでるなどという単純なことはしないけれど、持って回ったような高尚な理路で人の不興を買うことはある(例えば村上春樹に対する評のように)。この作家には「川の光」なんていう子供向けのアニメの原作になる作品があったりもするけれど、むしろ世間的には堅物と言われそうな読者向けの作品が多いし、個人的には「そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所」のような暗澹たる雰囲気の漂う作品が好み。本作「月岡草飛の謎」もその「そこで~」と同じくらい面妖な連作短篇集。その意味では好みといえば好みの作風だが、それをスノッブだと評する人もいるかも知れない。

    snobbish(俗物的)という言い方は、紳士を気取っているとかお高くとまっているという意味合いで使われると思うけれど(今風に言えば上から目線というやつか)、本作のような作品を読む限り、松浦寿輝の場合、それをわざとやっているようなところがあると思う。敢えて俗物的な価値観を持つ登場人物を描き、それに嫌悪感を抱かせておいて、読み手の感情もまとめて切りつけるという構図があるのではないかと。そもそも、判り易い理屈を提示しつつ、実はそんなものには意味がないと切り捨てるような捻ったものの見方が主人公の物言いには通底している。作家の価値観の一部が投影されているとも思う(と決めつけることもまた一つの罠か)主人公、月岡草飛の価値観も、一歩引いて見た時、その俗物的な面をあげつらうことが躊躇われる。単純に嫌悪することは天に唾を吐くようなもの、という構図が見えてくるからだ。その思わず胆が冷えるようなところへ読者を連れていく剛腕が、松浦寿輝の特徴であるような気がする。

    例えばこの主人公のショービニズム的ですらある男尊女卑的志向を、旧世代のもの、時代遅れと単純に切り捨てる読者も出てくるだろう。しかしその時、松浦寿輝は「何故そう言い切れるのか」と厳しく問うてくるだろう。何かを評する時、人は自ら問いを立て、自ら答えねばならない。そんな厳しさを、何故か感じずにはいられない作品。

  • 俳人・月岡草飛の奇妙な日常を描いた連作集。月岡は著名な先生とはいえ、俳句詠みすぎだわ、いちいち薀蓄がくどいわ、ジョークは意味不明だわと色々つっこみたくなる人物で、言うことなすことが冗談なのか、それとも耄碌した故の妄想なのか判断に迷う。そしてそこへすっと幻想が入り込んでくると現実感がぐにゃりと歪む。
    筒井的ドタバタの挙句に作者がいきなり顔を出し、
    “つまるところ、結局、かいつまんで言えば、何だかもうめんどうになっちゃったな”(p.253)と匙を投げてたのには笑った。
    筒井康隆のほか、D・ロッジの意地の悪さに通じるものも感じる。
    どう見ても違うだろ!というポランスキー監督や、お下劣な“仔犬プレイ”が秀逸.
    “おもひでの死にゆく音や落ち葉ふむ …… 思い出は、愛しむな、踏んづけろ、と思う”(p.198)は良かった。(2020)

  • [出典]
    紀伊国屋書店@新宿

  • 老俳人を主人公にした奇妙な短篇集。
    どうも変な話というのが好きで、これも店頭でアンテナが反応した。
    読んでいる間中、倉橋由美子の『桂子さんシリーズ』や梨木香歩の『f植物園の巣穴』を思い出していた。この辺が好きな人は好きだと思う。

  • 【老俳人・月岡草飛が行くところに怪異あり?】月岡のもとに持ち込まれる謎めいた依頼の数々。生きる欲望に貪欲に突き進むうち、いつしか異界に迷いこむ。ブラックユーモア短編集。

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著者プロフィール

1954年生れ。詩人、作家、評論家。
1988年に詩集『冬の本』で高見順賞、95年に評論『エッフェル塔試論』で吉田秀和賞、2000年に小説『花腐し』で芥川賞、05年に小説『半島』で読売文学賞を受賞するなど、縦横の活躍を続けている。
2012年3月まで、東京大学大学院総合文化研究科教授を務めた。

「2013年 『波打ち際に生きる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松浦寿輝の作品

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