離陸

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163901220

作品紹介・あらすじ

生命の「離陸」を描いた新境地長篇謎の暗号文書に導かれて「女優」を探すうち、主人公は幾つもの大切な命を失っていく。透徹した目で寄る辺なき生を見つめた感動作。

感想・レビュー・書評

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  • 亡くなった祖父の話をつい最近祖母とし、この本に吸い寄せられた。忘れることや和らぐことに罪悪感や寂しさをずっと感じている。なぜ悲しみを痛みのまま覚えていられないんだろうと。そんな思いを持つ生きている者たちの光になるような本だと思う。人生の一冊に加わった。
    「忘れていても、棚上げしていても、物事は連続している」という一文に出会うと、なんだか心が拾い上げられたような気がして泣いてしまった。決して消えはしない、物事は連続している。

  • 本日読了。
    絲山さんの描く「喪失」はいつも僕の内面の奥底にある何かを強く揺さぶる。孤独をこれほど客観的に描き切れる作家を僕は他に知らない。家族や仕事、地方都市の街並みといった、非ロマン的なものから決して目をそらさず、主人公や彼らをとりまく世界を冷静に突き放す。
    本作では、スパイ、タイムスリップ、連続殺人などといった不条理な出来事が日常を蚕蝕していく様も描かれている。それでも僕には、「どこにいても、誰と過ごしても、何が起こっても、結局誰もが一人きりなのだ」、というシシンプルな命題を巡る物語であるように感じられた。
    力強く、潔く、美しい文体は相変わらず。

  • セロニアス・モンク…いや、オーネット・コールマン。
    「まだ何となく、ジャズの尻尾を引きずっているような、オーネット・コールマンの初期のアルバム」っていうのが結構好きなんです。
    そういうような…実に不思議な長編小説(笑)。
    でも決して、不快ではありませんでした。
    なかなか微妙に絶妙なトコロに落とし込まれて、読書の愉しみのひとつだなあ、と。
    僕にとっては、ですが。

    絲山秋子さんという人は、全く知りませんでした。本屋さんで、伊坂幸太郎さんが薦めている、という情報だけで衝動的に。
    伊坂幸太郎さんの小説が好きだ、ということなんですけど、未知の作家の、できれば日本の現在進行形の小説家の本を読みたいな、という欲望もあって。

    ま、でも。
    伊坂幸太郎さんが薦めている、ということを宣伝にしなくてはならない訳だから、
    エンターテイメントな小説ではないんだろうな、という漠として予感はありました。

    #########

    主人公の一人称小説。舞台は2000年代から近未来までの時間、場所は主に日本とフランスです。
    主人公の佐藤弘さん(だったとおもう)は、20代らしき国交省の国家公務員の男性で、ダム関係の仕事をしているところから始まります。
    学歴的にはエリートなんでしょうが、全くもって政治的なヒトではなく、敢えて言えば村上春樹さんの小説に出てくるような、自意識の高い草食系な感じ。
    ダム、治水が好きなんですね。感覚的に。群馬の田舎のダムの仕事を愉しんでいます。
    そこに、謎の黒人の大男が訪ねてきます。
    「あなたの昔の恋人が行方不明で探している」。

    で、ここから、長い長い年月に渡って、

    ●失踪した彼女の消息を探す、というよりぼんやり考えている主人公と、徐々に入ってくる情報。そして彼女の残した子供と、その子の父親代わり的な黒人大男との交流。

    ●そういうことと関係なく、視覚障碍者の妹や、フランスで出会った恋人や、職場の友人との、主人公の交流。

    が、パラレルに?描かれて行きます。
    主人公はユネスコの勤務でパリで暮らしてフランス娘と恋愛結婚したり、転勤で九州熊本の八代で幸せに新婚生活したりします。

    そして…
    親友みたいになったフランス人の男性は殺され、親友みたいになった黒人の大男は病死し、最愛の妻も急病死します。

    そして…
    一方で、売れない女優だった、「失踪した元恋人」。
    イスラエルの映画に出演しているのが分かる。1940年代のフランスでスパイ的な活動をしていた東洋人が彼女そっくりだというコトが分かる。
    最後には八代で、「点字以外意思を疎通できない、半記憶喪失の状態」で発見されて、入院して、静かに病死する。
    その女性は、全然経年しても、老けない(笑)。
    どうやら彼女は、何かしらタイムスリップして1940年代と2000年代を行き来したらしい…。

    ##############

    こうやって書くと無茶苦茶です(笑)。
    そして、そういう無茶苦茶が、小説の狙いとして必然的である手がかりは、判りやすくはありません。(僕はさっぱり、理解、と言う意味ではできませんでした)


    まあでも、面白かったんです。かなり。


    主人公の内向的な男性が、静かに暮らし、仕事で転勤して、孤独に苦しんだりします。
    でもそこで友人ができて、楽しい時間が来たりします。
    出会い、恋。友人。そして、タイムスリップ?みたいな事柄については、多くの読者と同じように、「なんのこっちゃ?」という反応をします。
    そして、結婚、家族との関係、新婚生活、ちょっとした確執や和解。

    みたいな「生活感」や「感情のゆらぎ」がすごく良く書けています。
    これは結構、極上です。

    そして、「黒人の大男」と「1940年代の元恋人」はどうやら何かしら政府機関のスパイ的なことをしていたり、していたんだろうな、という感じがします。
    でも、全然、グレアム・グリーン的な本格?スパイ小説、冒険小説の味わいには、なりません(笑)。

    そして…主人公と親しい人々は、何人か死んでいきます(外国籍の人ばかりが死んでいきます)。
    そして主人公はそれが「離陸していく感じ」だと感じます。

    遅かれ早かれ死ぬんですけど。誰でも。
    この小説で死んでいく人は、劇の中では皆、不意打ちに予想できなかった死に方をします(少なくとも主人公から見て)。
    そしてそれらの死に遭遇して、壊れかかっちゃう主人公と、その再生が、上質のベルベットのように滑らかに描かれます。
    それはすごく、まぎれもなく小説的快感だと、僕は思いました。

    …なんだけど。

    それで何でスパイでタイムスリップなんだっけ?

    という不可解さは、僕は残りました。

    ところが。
    それは不可解さが残るんですけど、別段不愉快じゃない(笑)。

    そんな不可解さも含めて、世界観としてちゃんと読めちゃうっていうか…まあ、面白かったんです(笑)。

    そういう意味では、なんていうか、確実に読者を選ぶ小説ではあります。
    「納得いく」という次元で、好みのストライクゾーンを構える読み手には、ぜんぜん勧めません(笑)。

    ここンところ、難しいんですけど、「小説」と「物語」っていうのは一体だけどベツ物だったりすると思っていまして。
    更に言うと「物語」とか「あらすじ」というか「プロット」とか「筋立て」とか、そう呼ばれるものは「小説」の一部でしか無いと思うので。
    そういう意味では、「現実味のある物語」「エンターテイメントな話の運び」という枠組みに対して、この小説はとっても自由だなあ、と思います。
    そういう枠組みは、基本的に僕は大好きだし尊重するんです。ジャズはやっぱりジャズらしいジャズの方が嬉しかったりします。
    ソニー・クラークとかジャッキー・マクリーンとかソニー・ロリンズとか。僕は音楽理論とかはサッパリですが、「ああ、ジャズだなあ」という枠組みや踏み台があるから、味わい深く、精一杯跳ねる。
    それは心地いいです。
    けれど、そこから軽く自由にズラして途方にくれちゃうようなのも、悪くないんですね。
    オーネット・コールマンとか。アルバート・アイラーとか。
    (ただそれも、僕の場合は、「ジャズらしいジャズ」をかなり聴いてからしか、良さを感じられなかったんですけど。その辺はまあ、個人的な傾向があるんでしょうが)

    完全に好みというか、許容範囲というかは勿論あると思うんです。
    もっと枠組みから破壊的に自由になっちゃう、「わけ判らん」というレベルの音楽とかブンガクとかは、ちょっと僕も辛いんですけど。

    この小説は、普通の小説のように(それも極上の小説のように)滑らかに素敵な、飾らない日本語文章で読めるんです。
    奇を衒うような前衛小説でもないんです。
    でも軽やかに、タイムスリップとかスパイとか出て来ちゃう(笑)。
    そこンところ、「意味付け」としてはどう回収していいか、荒野に置いてけぼりです(笑)。
    でもきっと、書き手の側に必然性がないと、こうは書けない。そういう肩の力の抜けた語り口。
    そんなフシキ感が、どれだけ語っても上手く言えないけど…好ましい小説でした。




    絲山さんっていうのは、ざざっと調べると、短編の純文学系…川端康成賞とか、そういうキャリアの小説家さんなんですね。
    でも、アリだな、と。自分の中でメモっておきます。

  • 人の死と離陸のモチーフが重なる。離陸の時に寝てしまっていた佐藤がリュシーの死の近くに、はじめて(飛行機の)離陸を目の当たりにする。最初から最後まで水の番人であった佐藤。ダムから船へ変遷したけれど、イメージとしてはどこか停滞から前進という感じもする。

    淡々とした語り口でリアルな日常からミステリーに発展していくのかなあなんて思っていたら、え!?タイムスリップ!?この人って結局誰で何?というのはほとんど解決しないまま終わりますが、それでいいよね、そんなものだよね、みたいな心地よい距離感で読後感は不思議と爽快。とても面白いものを読んだ…

  • なんていうか…本当にいい小説だったなぁ。
    悲しいことも多かったけれど、
    登場人物はみんな生き生きしていて、魅力があって、
    会ったみたいだった。
    それぞれに人生があって、
    運命に従って精一杯生きるしかない。
    心がしゃきっとした。

  • なんだ!長編書けるじゃないか!しかも群馬を抜け出してパリを舞台にして~僕,佐藤弘は東大を出て国交省に勤めているが,まだ越冬隊が存在していた時分に独立行政法人に出向し矢木沢で黒人の訪問者・イルベールを厳寒期に迎えた。女優探しの最中だという。女優とは大学時代に堀内の紹介で付き合った乃緒という女だが,息子を残して失踪しているのだという。友人のフェリックスもフランスの海外県カリブ海のマルティニークの出身だ。堀内から乃緒の情報を引き出す内に,国交省からユネスコ本部に出向という話が舞い込む。リュシーという電気技師と知り合い,ギョームという勤労学生とも友達になったが,乃緒の息子・仏造とも親しくなった。日本では震災が起こったが,15年下の眼に障害を持つ妹・茜は四日市からやってきて,物造ともイルベールとも親しくなった。イルベールは古物商から10ユーロで買い取った1950年代の書の謎を解けと佐藤に押しつけるが,それはローマ字書きした日本語を暗号化した「未来から来たと自称するマダム・アレゴリの記録」というサミュエルという人物が書いたもので,1930年代に乃緒はパリでユダヤ人をアメリカに逃がす仕事をエジプトから来てやってる様子だ。誰かに狙われているという不安を抱えたギョームが連続殺傷事件の4人の被害者になって,リシューは落ち込むが,やがて休暇を利用した日本旅行にも従った。帰国中,イルベールからの電話でギョームを殺害した犯人が,サミュエルという老古物商を殺して逮捕されたという。仏造を育てているイルベールの元の職業は陸軍の参謀で,結腸に癌が見つかって手術するという。仏造を預けたいという見通しは暗いの断った。佐藤は帰国し目黒の官舎でリュシーと暮らし始めるが,慣れない仕事にストレスが貯まる。熊本八代の国道事務所勤務では,リュシーが田舎暮らしにストレスを溜める中,イルベールが入院先で死亡したことを本人の手紙で知らされる。震災時から失恋が元で失踪していた須藤が会津からメールを寄越し,古川侘景という坊主に世話になっていたと妻が妊娠の報告をするため帰国する妻を送りに来た博多で聞いた佐藤は,実家のリュシーが急死した。自棄を起こして八代の飲み屋街を彷徨き,貞方乃緒を見掛けたが,次の連絡は衰弱して金しか認識できない入院先の病院からだった。盲学校の先生になる茜の点字だけに反応する。ブツゾウが母親に会うために来日して,福岡で逃げられたが,別ルートで五島の福江島で追いついた。ブツゾウのことはうっすら判るらしい…~さてSF路線なのか,怪し話路線なのか,終盤まで判らない。予想は,考えても判らない怪しい不思議の物語。当たりかな? 過去形で書いているので,何時書いている想定かと思ったが2025年とは!! 珍しい単行本での後書きで彼女は「女スパイもの」「つくづく短編書き」って書いているが,この本って女スパイものだったの?

  • 取っつきにくい本というのがある。第一印象と違う本というのもある。私には本作がその両方に当てはまった。先月か先々月読み始めてすぐ挫折したものの、なんとなくそのままにはしたくなくて再度チャレンジしたら、まぁおもしろいのなんの。たまたま直前に読んだ『パリの国連で夢を食う』と一部シンクロしていて(フィクションとノンフィクションではあるけど)びっくりしたり、当然のようにサトーサトーに寄り添い共感している自分を不思議に思ったり。謎は謎のままでいい。そして、人生とは、人とは何かという問いへの答えが出なくてもいい。小説の世界を楽しんだ。12月も半ばを過ぎて今年のベスト(のひとつ)だったかなという本に出会えて嬉しい。

  • 「離陸」という言葉に含ませた意味が深くしみる。
    帯からもっと軽やかなスリルに満ちた物語を想像していたのだけど。なんというか、とても静かな寒い冬の湖畔で読みたくなるような、そんな物語。
    大声で自分語りをする者がいない。だれもがヒトの声にそっと耳を傾ける。大袈裟に感情を吐き出すモノがいない。だれもが自分の心にそっとフタをしている。
    目の見えない茜が一番最初にこの物語の全てをつかんでいたのかもしれない。
    「飛行機が自分のスピードに耐えきれなくなって飛ぶ感じ」なのだな、離陸というものは。

    「忘れていても、棚上げしていても、物事は連続しているのだ」
    「すくいとったものつもりのものの、手からこぼれ落ちて行ってしまう。失い続けたあとに残るむなしさだけが自分のものなのかもしれない」
    「その滑走は悲しみを引きちぎるように加速していって、やがて地上を走ることに耐えられなくなり、ふっと前輪が浮くのだ」
    「生きながら死人となりてなり果てて思ひのままになすわざぞよき」
    「身近に水を感じながら暮らすのはいい。…りくち、そして人間の世界は決して無限なんかじゃないことを認識していられるからだ」

  • 絲山秋子さんは初めて読みました。

    内容は面白いのだけど、あくまでも個人的な趣味嗜好として文体があまり好みではなかった。
    内容は面白いし、軽快さも重厚さあってテンポ良く進んでいくのに、何故かスッとは入ってこない。
    そのことを考えながら読んでいて、何となく理由がわかった気がした。これは完全に個人的な趣味嗜好の話だと思う。
    他の作品も読んでみたい。

  • 最初から頁をめくる手が止まらない位に引き込まれたので、「えっ、そこで終わってしまうの!?」というのが一番の感想。

    個人的には、タイムスリップではなく、輪廻転生みたいなものにすれば良かったと考える。
    茜と乃緒の祖母は視覚障害でリンクしていたように、リュシューと佐藤の子供はイルベールと繋がっても良かった。

    またブツゾウの父と連続殺人事件だけが宙に浮いた感じがした。
    どこかで暗号文書と関連付けられる何かがあっても良かった。

    須藤くんが、結局はタケイさんとリンクさせただけなのも糞詰まり…
    こう言っては残酷だが、彼も自殺して主人公をさらに孤独へ突き落しても良かったと思う。

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著者プロフィール

1966年東京都生まれ。「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞しデビュー。「袋小路の男」で川端賞、『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、「沖で待つ」で芥川賞、『薄情』で谷崎賞を受賞。

「2023年 『ばかもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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