- Amazon.co.jp ・本 (525ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163760407
作品紹介・あらすじ
二十年にもわたって姿を消していたチェス世界チャンピオンは往年のライバルと対戦すると、ふたたび消息を絶った-。クイーンを捨て駒とする大胆華麗な「世紀の一局」を十三歳で達成。冷戦下、国家の威信をかけてソ連を破り、世界の頂点へ。激しい奇行、表舞台からの失踪、そしてホームレス寸前の日々。アメリカの神童は、なぜ狂気の淵へと転落したのか。少年時代から親交を結んできた著者が、手紙、未発表の自伝、KGBやFBIのファイルを発掘して描いた空前絶後の評伝。
感想・レビュー・書評
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幼少の頃からとてつもない才能を発揮し、若くして世界を制するも、その破滅的な性格により零落した「チェス界のモーツァルト」ボビー・フィッシャーの伝記。大部だが、「チェスの本ではなく伝記」「フィッシャーのチェスについてはすでに優れた本がいくらでも出ている」という著者の一貫した方針により棋譜分析等は排され、門外漢にも読みやすいものになっている。
そうして門外漢が一気読みした感想としては、まあ、痛いおっさんである。チェスは超一流だがチェス以外には何もできず、反ユダヤの陰謀論にかぶれ、被害妄想を募らせ、相手かまわず嚙みつきまくって当たり散らす。こんなマンガのキャラみたいな人間がいていいのか、という気にさせられる。
本書の内容と読後感をひとことでまとめるなら、さしずめ「私は人生のゲームでは負け犬だ」となるが、これが本人の科白だというのがまた、マンガ的なまでにできすぎている。
専門論を排したおかげで素人にはかえってわかりにくい部分も若干あり、一度世界チャンピオンになっただけで防衛戦はみずから断り、以後ふたたび表舞台に立つことがなかったフィッシャーを世界の名だたる名人たちが「出てきさえすれば彼は今でも最強、だから復帰してほしい」と確信して支え続けたことなど、感覚的に理解しがたい。数十年のブランク、刻々と失われ続ける若さ、次々擡頭する若手などを考えると、他ジャンルではありえないことだろう——フィッシャーの「強さ」ではなく、多くの(中には彼を知りさえしない)他人がそれを信じ続けたことが、だ。あるいはチェスの名人たちの目には、それを自明の理とさせる「何か」が見えていたのかもしれないが、自身チェス界の人間である著者には当たり前にすぎるからなのか、その所以が説明されることはない。
説明といえば、著者は棋譜と同じくらい確固たる信念を持って本書から己の影を消しているが、一箇所だけそれが現れる部分がある。だがこれがあまりに唐突すぎて、著者がどういう人なのか、フィッシャーとはいつどうやって出会ったのか等々の説明がいっさいない。あるいは著者も押しも押されもせぬ斯界の有名人であり、そのあたりのことも説明以前の「常識」なのかもしれないが。
そんなもやもやのかなりの部分を埋めてくれるのが、かの羽生名人による秀逸な解説文である。国家挙げてチェスをバックアップしていたソ連勢を向こうに回したフィッシャーの戦いがいかに不利なものであったかなどを、簡潔かつ素人にもわかりやすく教えてくれる。わずか五ページの文章だが、将棋だのチェスだのをやる人は、なるほどめちゃくちゃ頭がいいのだと思い知らされた。
そんな天才フィッシャーをして、子供の頃から連戦連勝とはいかず何度も負け、一日のほとんどを勉強と研究に費やした。そこだけマンガ的ではない「天才の舞台裏」と、ひとつの道を極めることの厳しさが、とりわけ印象に残った。
2017/3/23〜3/24読了詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
肥大したプライドの化け物
滑稽なほどの被害妄想狂
非凡なる暴君、一片の共感も感じない
反吐が出る程の道化
しかしその人生の浮沈は
興味深いことこの上ないが。
人間は成長期に基礎的な教養を
しっかり身につけておかないと
いくらIQが高かろうが
独学だけでは
こんな有様に成り果てるという教訓。 -
将棋棋士の羽生善治先生が解説文を書きています。
そして羽生先生が主人公であるボビー・フィッシャーを極めて高く評価しているため、読んでみました。
良くも悪くも主人公であるボビー・フィッシャーという人物は非常に凄い興味深い人物であると感じました。
よって本書は良くも悪くも非常に凄い伝記に仕上がっています。
伝記を読むのが好きな方には非常にオススメします。 -
チェスの天才、ボビー・フィッシャーの評伝。最高にエキサイティング。
フィッシャーのろくでもない人格や冷戦時代のポリティクス(米ソのチェス対決はそのまま代理戦争だった)の多面性の描写も秀逸だが、これを読んで改めて痛感したのは、「チェスは高度な心理戦だ」というごく当たり前の事実。我々日本人はとくに「世紀の決戦」に侍精神を求めがちだ。が、世界レベルの修羅場では、冷笑的なしぐさで相手をいらだたせ、対戦に応じて戦略的に引き分けを選択して強敵との戦いのために体力を温存する。あらゆる手練手管が動員される。有利な局面で勝利を予感し、ピンチで動転し、それが思いもよらぬ一手(多くの場合は過ち)を導くことになる。
フィッシャーは、(彼の被害妄想的な断定も含めて)ソ連チームのあらゆる「妨害工作」にたった一人で立ち向かい、勝った。そして、20年を経て再度宿敵スパスキーと対決するとき、彼には賞金の額から会場の設営、チェスの駒のサイズに至るまであらゆるわがままを通させるだけの商業的価値がついていた。卑怯だ、ずるいと騒いでも既存の秩序は結局びくともしない。勝利し、自分でルールを変えさせる。ビジネスにも通じるような、過酷だが、ある意味フェアとも言えるリアルな「戦い」の描写に読んでいて鳥肌が立った。
天才にして不遇。末尾の解説で棋士の羽生善治氏が極めて的を射た言い方で触れているように、フィッシャーはモーツァルトに似ている。彼自身は幸せではなかったかもしれないが、彼の残した棋譜は語り継がれる。「音楽を深く勉強しなくてもモーツァルトの素晴らしさを理解できるように、フィッシャーのチェスもルールが解ればその力強い指しまわしに魅了されるはずです」(P.521)。 -
世界チャンピオン後、20年も隠遁生活。羽生善治は、チェス界のモーツァルトと称している。
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彼の人生には、日本も重要な役割を果たしていたのでした。
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伝説のチェスプレーヤー、ボビー・フィッシャー。謎が多く、奇行に走る一面もある彼は、なぜ狂気の淵へと転落したのか。少年時代から親交を結んできた著者が、手紙、未発表の自伝、KGBやFBIのファイルを元にフィッシャーの光と闇の生涯を描く。
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ややフィッシャーよりの立場から書かれている印象を受けるが、著者が丁寧に調査して書いたわかるフィッシャーの伝記。良書。
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なんか悲しくなった。
後半は読むのが苦しかった。
天才なる人は何かと凡人とは大きく違う部分があると思う。回りと違うことを気にしないというか、感じないというか、自分にとっての正義(であり一般の正義でなかったとしても)を貫く。
非常に回りの人、支えてくれる人に足して酷い発言を繰り返す人なんだけど、その才能からか、そうでない(怒ってない、癇癪をおこしていない)時のチャーミングな一面からなのか、周囲のサポートが絶えないのが不思議。天才がひきつける魅力なのだろうか。
自分は平凡でフィッシャーよりは誠実な対応をしていると思いますが、それでも、こんなにサポートしてくれる人はいないです。寂しいですが。
世界チャンプになるまでのスリリングな緊張感はグッドでした。
世の中にはすごい人がいっぱいいます。 -
伝説的なチェスの天才、ボビーフィッシャーの生涯。グランドマスターになったりロシアのマスターたちとの戦いのあたりまでは、才能ある主人公の痛快な活躍劇として楽しめる。基礎の基も知らないのに、フィッシャーのような全能感を感じておもむろにpcでチェスゲームを立ち上げてみたりさえする。
そこからの転落人生は、それまでヒーローだった彼を応援しながら読んでいた人にとってはページをめくるのも億劫なくらいに、彼が世間から疎まれていく様が描かれ続ける。再上昇はほぼないと言ってもいい。そしてそのままのたれ死ぬのである。人の不幸が好きなある種の人たちにとっては前半のそれよりも遥かに読み応えがあるに違いない。
一粒で二度楽しめる、そんな感じ。