ポリティコン 上

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163299006

感想・レビュー・書評

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  •  ぼくにとっては不可思議な作家というジャンルでトップ3に入るのが、桐野夏生である。読んでみないと面白いのかつまらないのか、わからない。最初は探偵・村野ミロのシリーズでエンタメ界に登場したものの、徐々にシリーズ外作品での独自性を見せ始める。その切り替えスイッチとなったのは、まぎれもなく『OUT』だったと思う。

    かつてのぼくの桐野評。『ぼくがリスペクトしたいと思うクリエイターは、どちらかと言えば、馴れ、という領域を逸脱しようと、常にチャレンジする精神を維持し続けている部類の作家である。』

    もう一つ。『通り一遍の評価を受けることで満足することなく、次から次へと異色の作品を出し続け、いい意味で読者の予想を裏切り続ける女流作家としては、トップ・ランナーである。』

     そう、本作『ポリティコン』は、実験小説のようにも見える。一つの原始共産主義的な<村社会>を東北の一山村に作り上げた一族の血を継いで、現代の若き村長が時代に沿った変革を施してゆく、というと聴こえは良いが、この新村長となる主人公の東一(といち)は、ページを繰るにつれ、軽薄で身勝手で、獣欲に身を任せるエゴイストで、様々な意味での愚かさを全身に纏った出来の悪い男であることが明確になってゆく。それでいて妙な自信を備えていて、性格も弱いくせにプライドは強い。客観性がなく、村民たちへの思いやりも薄いし、怒りっぽい。理想を抱えているのかどうかわからないが、自分の中では何となく整理できているらしいし、これといった信念がないせいか、ある程度の危機を平気で乗り越えてしまいそうなタフさと不思議なまでの強運は備えている。それにしても読んでいて、ああやだ、こんな男は嫌だ、と嫌悪感を感じてしまう類いのキャラクターであることは間違いない。

    「私は白黒つけがたい、善悪がわからない、そんな薄気味悪い中間地点にいるような人が、好きなんですね。最近、善悪だけでなく、物事をわかりやすくしようという傾向が文学でも強いと思いますが、私はそれに乗りたくないんです。人はそんなに簡単に分けることができないし、差異は常にある」

     というのが、作者の言葉なので、これを読むとなるほどと思うが、この主人公が規制のキャラクターという概念から抜けているのも、かく言う作者が読者たちに向けて投じた一石のおかげなのかもしれない。

     ちなみに本書の主人公は基本的には、唯腕村(いわんむら)である。大正時代にユートピアとして作り上げられた共同体としての開拓村である。そしてそこに住む個性の強い村人たちである。桐野作品の凄さはこれら村人の個性をしっかりと描き分けて造形してしまうところである。『東京島』という奇妙な場所をクリエイトした作品との共通項でもある。

     そして不思議なことに、こんな内容の作品なのに、読んで面白い。リーダビリティが抜群なのである。これと言ったストーリーがない代わりに、大作ゆえに、時代のうねりのようなものが二世代三世代の村の歴史に生じていて、そこを出入りするキャラクターたちのバリエーションも桐野作品らしく個性豊かで興味深い。いわゆる「何が起こるかわからない」実験現場のような作品でもあるのだ。

     さらに言えばタイトルの『ポリティコン』という言葉は作中に一度も登場しない。このあたりのアンチ・サービス精神も、作品を説明しないという桐野力学の一部なのだろう。ポリティコンとは、政治的動物のことであるらしい。本書は共同体の構築と運営を描く小さな建国神話であるようだ。読後感としては、村の規模が小さすぎるため、建国という言葉とは僕の中では全く結びつかない作品であったように思うが、ともかく。

     タイトルもストーリーも含めてかように謎に満ちた作品なのだが、何となく面白く読まされてしまう。それぞれの人間の個性も、彼らの間に働く物語性と、対抗する力学のようなものも、ギリシャ喜劇でも観ているかのようで何となく親和性を覚えつつ、キャラクターの一部は愛すべきで、一部は苦手と感じてしまう。まるで読者の生きる現実世界の鏡面のような物語世界を、不思議がるのも、面白がるのも、投げ出すのも自由、といわんばかりの謎めいていて、人を食ったような大作。

     桐野作品の中では異常に長い小説である。著者が五年の歳月を費やして書いた作品だと言う。人間の多様さ、罪深さ、たくましさ、愛と性、貧富、生きる方途、その他、すべてを凝縮して描き切る桐野夏生という極めて個性的な作家の、記念碑的作品であることは間違いない。

     それにしても主人公の人間性の悪さが鼻について仕方がなかった。第二部が、不幸な女性マヤの側面から描かれるようになって、だいぶ心が安らいだ。彼女が如何に不幸であれ、その逞しさは伝わってくるせいかもしれない。しかし、全体を通して、東一への憎悪をエネルギーに変えて読めてしまう不思議作品であるのかもしれない。奇妙だ。こんな作品はどこにもない。

  • 宗教2世ならぬユートピア2世の青年が主人公。「どす黒い気分になりそう」と思ったけど、つい惹かれて読み始め、悪い予感しかしないのに先が気になり読み進めた。更に立ち込める悪い予兆の中、上巻が終わり下巻を買って帰ろうと心に決めている 笑 すっかり引き込まれました。

  • 東一にとにかく苛つく。
    状況の良さそうな方にあっちとこっち行き来して。

    中学生がする自分勝手な妄想程度の思考しかできないのに、強引に理事長の座について「この村は俺のもの」だからやりたい放題。
    村民は少しでも自分の意に沿わなければ敵判定。
    とても気持ち悪い。
    普通なら村人と逐一話し合って決めていくことも、自分の中で妄想して勝手に実行。
    自治体のトップという立場の人間の振る舞い方を完全に勘違いしている。

    過疎の村にたった一人の若者として残ったのが、羅我から言われたお前は純血種だから村に残って頑張ってくれという言葉が何となく心に残ったからというぼんやりとした義務で、自発的なものではないから村に愛がないのだろう。

    ほんとはほとんどの村民も、過疎の村も好きではないのにそれを抑圧して生きてきて自我がよく分からなくなっている印象。
    だからちょっとしたことで村から出て、ちょっとしたことで戻ってきて周りに振り回された挙動をする。

    村出身の若者たちはみんな自由にやりたいことを求めて村を出ていったのに、東一はぼんやりとしたものから村に残って、若いうちにしたほうがいい経験をほとんどしていないのではないか。
    それは女遊びの下手さからも見て取れる。

    そもそも女遊びをしたいなら都会に出て出会い系なりナンパなりしたほうがよっぽどやりやすい。
    なのに村に若い女が入ってきただけでワクワクして東京から戻ってきて理事長の座につくのだからアホらしい。

    イライラしながら読みすすめていたのだが、怪しげな男から融資の誘いを受けたところでこの上巻は終わるので、下巻が早く読みたいという気持ちにさせてくれた。

  • 日本のどこか、雪深い地にある「唯腕村」。
    羅我誠と高浪素峰という二人の男によって設立されたその村は清貧の思想のもと、芸術を愛する人々、農業に従事する人々によって支えられてきた。
    独自のユートピアを立ち上げ、牧歌的な生活を送る人々。
    その「唯腕村」も代替わりするにつれ、様変わりしていく。
    高齢化と過疎化が進み、現在は6家族22人が住むのみ。
    そして20代は高浪素峰の孫、東一ただ一人。
    そんな閉塞感漂う村に一つの家族がやって来る。
    ホームレスの北田、妻のスオン、その子供で小学生のアキラと高校生のマヤ。
    実は血のつながらない他人の寄せ集めの擬似家族。
    彼らが村に入ってきた事で、村民の間に亀裂が生まれ、村は大きく変化する事となる。
    そして東一は美少女のマヤに心を奪われるが-。

    最初はいかにも田舎の青年という感じで純朴だった東一が外界の刺激を受けた事を機に、どんどん変わっていく。
    そしてついには独裁者のような体に・・・。
    そんな彼が話が進む毎にどんどん危うい方向へと進んでいく様が見ていて目が離せなくなります。

    これを読んでいて、昔これに似たような集団が問題になっていたのを思い出しました。
    自給自足で生活する共同体で、子供を小学校にやらずに農業に従事させていた-。
    この本で初めて知りましたが、そういった共同体の事を「コミューン」というそうで、そういう中で育った子供は精神的に不安定になるそうです。
    ハリウッド俳優のリバー・フェニックスやキアヌ・リーブスもコミューンの出身だとか。
    大人にとっては(それも一部の)理想郷であっても、そういう団体はどこか不自然でおかしい。
    そういう空気に子供は敏感に反応するのだと思います。
    私はずっと、ああいう団体に所属するのは「特殊な人」だと思っていましたが、これを読んでふと、この「唯腕村」は日本の縮図のように見えてきました。
    高齢化、少子化が進む世界。
    そして、増えるホームレス、食の安全問題、農業の効率化・・・。
    今の日本が抱えている問題が小さい形で分かりやすく描かれているように思いました。
    上巻を読み終えて、早く続きが読みたくてたまりません。
    この「唯腕村」は、東一は、そして東一とマヤの関係はどうなっていくのか-!

  • 面白かった。文春の連載で読んでいた時は5年前か・・・。ほんの一部しか読んでなかったんだな、と今にしてわかったんだけど、その時は、どこか自分を東一と重ねて読んでいる部分があったように思う。いわん村という故郷から出ることもできずに悶々とする若者・・・みたいな感じで。でも今はもう違うな(笑)どちらかというと、東一(男)って、そんなに女に飢えてるんだ・・・。と、苦笑交じりに読んでしまった。

  • あれ??
    想定以上に面白いです!!
    (生意気言ってすみません)

    山形県に創られたユートピア「唯腕村(イアンムラ)」
    理想郷。

    村の過疎、高齢化、貧窮、村改革、村復活??(上巻ではわからず)
    村の小さな集合体が・・・

    やべぇです。下巻気になりますわ。

  • 感想は下巻で。

  • 2021.01.10 図書館

  • 幼い頃からマヤの家には多くの人がいた。
    それは入れ替わり立ち替わりだったけど、父親がいなかったマヤには寂しくなかったという記憶だけ。
    しかし、急な夜逃げ同然の引っ越しや繰り返される生活の中で、マヤは母親の何かしらの仕事に危ういものを感じてはいた。
    それが現実となり、母は旅行先から帰らず行方不明に。
    一人取り残されたマヤは、母親が以前付き合っていたクニタという男性に連れられて家を出る。
    そして、クニタが一緒にいた外国人女性とその息子と家族として、東北の唯腕村という所へ移住する。
    そこからは、村の理事長の息子である東一の目線で描かれる。
    唯腕村で生まれ育った東一は、同世代の中で一人唯腕村から出ていない。
    村は過疎と高齢化が進み、暮らしもままならない。
    女性にも飢えていたが、そこにやってきたマヤに惚れ込む。
    しかし、村でのいざこざにより村を出るが、その間に理事長のである父親が亡くなり村に戻る。

    2020.1.8

  • 大正時代、東北に芸術家たちが作ったコミューン「唯腕村」。
    自給自足で生活をしていこうとする理想郷。

    しかし、少子高齢化、過疎、資本主義の波によって滅亡の危機に瀕していく。
    ユートピアはいつしかディストピアへ。

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著者プロフィール

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で「江戸川乱歩賞」、98年『OUT』で「日本推理作家協会賞」、99年『柔らかな頬』で「直木賞」、03年『グロテスク』で「泉鏡花文学賞」、04年『残虐記』で「柴田錬三郎賞」、05年『魂萌え!』で「婦人公論文芸賞」、08年『東京島』で「谷崎潤一郎賞」、09年『女神記』で「紫式部文学賞」、10年・11年『ナニカアル』で、「島清恋愛文学賞」「読売文学賞」をW受賞する。15年「紫綬褒章」を受章、21年「早稲田大学坪内逍遥大賞」を受賞。23年『燕は戻ってこない』で、「毎日芸術賞」「吉川英治文学賞」の2賞を受賞する。日本ペンクラブ会長を務める。

桐野夏生の作品

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