母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 早川書房
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感想 : 37
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  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784153350328

作品紹介・あらすじ

不治の病を宣告された母が愛する娘のために選び取った行動をつづる表題作、明治時代の満州にやってきた熊狩り探検隊一行の思いがけない運命を描いた「【烏蘇里/ウスリー】【羆/ひぐま】」など、あたたかな幻想と鋭い知性の交錯を透徹な眼差しで描いた16篇を収録した、待望の第二短篇集

感想・レビュー・書評

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  • 中国系アメリカ人作家ケン・リュウの日本における第二短編集。SFに留まらない多彩な魅力に富む全16編を収録。

    「烏蘇里羆」「草を結びて環を銜えん」「重荷は常に汝とともに」「母の記憶に」「存在」「シミュラクラ」「レギュラー」「ループのなかで」「状態変化」「パーフェクト・マッチ」「カサンドラ」「残されし者」「上級読者のための比較認知科学絵本」「訴訟師と猿の王」「万味調和」「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(〈パシフィック・マンスリー〉誌二〇〇九年五月号掲載)」を収録。

    SF、ファンタジー、歴史ものなどいくつかの要素が混合されているタイトルが多く、その多様な作品群はすべてを一括りに語れないものの、どれもが深い余韻を残すところがこの作家の特徴といえるだろうか。親子愛がからむことが多いのも特質のひとつ。

    表題作「母の記憶に」は短いながらSF作家としての作風が明確に現れている印象深い作品で、本書の肝といえる。
    「パーフェクト・マッチ」はSNS時代のディストピアを描いた古典的とも現代的ともいえるSF。というか、現代が昔のSFに追いついたというべきか。AIにすべてを決めてもらう世界は身近に迫っており、コントロールされた情報によって自分を失っていく危うさ、超管理社会に向かう現代世界への反抗が描かれている。この短編を読むと、現代の我々が、生きる奴隷として家畜化していく流れにあることがわかり空恐ろしくなる。
    「残されし者」はシンギュラリティ後の、「意識のアップロード」が実現した世界が描かれる。そこで起こる衝突にはすでにリアリティを感じるし、これから人類が直面する現実的な問題として非常に考えさせられる、というか考えていかなくてはいけない内容が示されている。

    いっぽうで「烏蘇里羆」や「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(〈パシフィック・マンスリー〉誌二〇〇九年五月号掲載)」のような歴史改変SFぽい不思議な作品も楽しめる。逆に「草を結びて環を銜えん」は重く心を揺さぶられる。本当にこの作家は多彩だ。SFというイメージにしばられず、ぜひ一度手にとってみてほしい短編集。

  • 『紙の動物園』は選りすぐりの短編集で、ベストセラーになったため、残った作品でこの本を編んだようだ。
    前と同じくらい読みやすく、情緒的だったり、ストーリーが追いやすかったりというのを期待すると、読みにくい、分かりにくいと感じる人が多くなるのは当然だと思うが、だからこちらが劣っているとは思わない。むしろ、よりケン・リュウという作家の上手さを堪能できる作品集となっている。前作は「紙の動物園」「もののあはれ」がSFに興味のない層にも訴えかけるものがあった(そこまでしか読んでない人もいるようだ)が、こちらはテイストは似ていても、情緒性は押さえられている。
    最初の「烏蘓里羆」は前作の「良い狩りを」に似たスチームパンクもの。「良い狩りを」は美女(妖狐)と幼なじみの恋愛小説っぽい面が感情移入しやすかったが、こちらは親子の因縁話で、正直言って「良い狩りを」程ではないなあと思った。確かに『ゴールデンカムイ』のイメージ。
    次の「草を結びて環を銜えん」は、これこそ娼婦ではあるが気高い美女が出てくる歴史もので、なかなか良かった。但しSFではない。
    個人的には次の「重荷は常に汝とともに」は大変面白かった。確かに未知の文明の文章を解き明かすとき、神話だったり法律だったりするだろうという希望的思い込みってあるよなあ。それに解読する学者の専門に左右されるよなあ、と。
    「レギュラー」はSF要素はあるものの、どちらかというとサスペンスミステリ。映画になりそうな話。
    『ライラの冒険』にヒントを得た「状態変化」、AIに支配される近未来を描いた「パーフェクト・マッチ」、シンギュラリティ後のディストピアもの「残されし者」、「文字占い師」に近い「訴訟師と猿の王」「万味調和」、そして「紙の動物園」「太平洋横断トンネル小史」に近い「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」が良かった。
    「訴訟師と猿の王」は、天安門事件のことを念頭に書いたのではないかと思った。支配者に不利な情報であるため、公的な歴史から消された事件でも、少数の意思のある人が外国の助けを得て必ず歴史に残す。そのために犠牲になった人、力を尽くした人を忘れてはいけない、というメッセージではないか。
    また、「万味調和」で犬を食べた中国人をアメリカ人が非難すると、「わしらも犬をペットとして飼っている。ペットだったら、その犬は食わない。だが、この犬は野犬だった。阿彦(アーイェン)は自分の身を守るため殺さざるをえなかった。とても美味いのにどうして野犬の肉を無駄にしなければならんのだね?」(P426)という言葉は、捕鯨について日本人が考えていることと変わらない。まあ、調査捕鯨や浜に打ち上げられたクジラ、イルカに関しては、日本人はこう考えている人が多いのでは。商業捕鯨となると、食べるために野犬を狩るみたいなもので、この言い分は通らないが。
    また、ここで描かれるアメリカに移住した中国人達の姿は日系人と変わらない。人種差別をされ、白人より安い賃金でよりハードな仕事をこなし、狭い家に住んで、裏庭で野菜を作り、粗食に耐える。数少ない楽しみは仲間と歌ったり、飲み食いすることくらいだが、音楽、食事など様々な文化が野卑なものと否定される。仕事に様々な工夫を凝らし、より効率よくなるよう、また製品がより上質なものとなるよう細心の注意を払い、価値を上げる努力を怠らない。
    日本人で中国人を差別する人いるけど、どこに違いがあるというのか。

    この本で、読者が随分篩にかけられただろう。次を読む人は、これが楽しめた人で、売上は落ちるであろう。
    でも、本当に素晴らしい作家だと思う。まだ若いのでこれからも傑作を期待できる。

  •  ケン・リュウの短編集第二弾。いわゆるSFっぽい話というよりも様々な小説のタイプにSFの要素を加えた話が多くて著者の懐の深さがよく分かった。特に驚いたのは「レギュラー」という話でいわゆる探偵ハードボイルド。そこへ眼による記録と人間の感情抑制というテーマを絡めていて映画化されていないのが不思議なくらい。NETFLIXのBlack mirrorで映像化して欲しい。意外系でいえば「万味調和」
    も同じ「SF」なんだけどもScience Fictionではなくてサンフランシスコが舞台の群像劇となっている。しかも三国志の関羽を下敷きにしているところもユニークだった。
     意外性あるものも含みつつ王道系も多く収録。シンギュラリティや意識のアップロードなど最近のトレンドの話もあってSF読みたい欲が満たされた。「ループの中で」では近代化した戦争における倫理感をテクノロジーでどう取り扱うのか?というセンシティブなテーマで好きだった。テクノロジーで人間の負担を減らしていくのは当然必要なことだけど因数分解して解決していくことは痛みを伴う。以下のラインが刺さった。

    コンピュータは正確さを要求するものであり、あいまいな直感を明確に表現しなければならない。それはつまり、人間の精神のあいまいさのなかにずっと隠されてきた醜悪さに直面せざるをえないということだった。

    同じような系統の話でいえば「シミュラクラ」は人が現実と向き合えなくて仮想の思い出に耽溺してしまう切なさと親子関係を絡めていてそちらも好みだった。もう1作あるので時間を置いてSF欲が高まってから読みたい。

  • 2017年7月新✩ハヤカワ・SF・シリーズ刊。16篇の短編集。秀逸なアイデアのお話と、ある世界のなんでもないお話が詰まっていて、楽しめた。これらの短編世界は、いずれも広がりを持っていて、それが、心地よい余韻を感じさせる。

  • ケン・リュウ第2短編集。
    ショートショートのようなワンアイデアで切れ味勝負のような作品から、中編と読んでもいいようなちょい長手作品まで、飽きることなく捨て作品なしの良質なSF宝箱である。上下2段組み500Pのボリュームはさすがにズシンときたが、これも掲載作の密度が濃いからで、決して水増しじゃないということの証明。

    どの作品もそうだが、オリエントっぽいテイストが漂うのがよい。チャイニーズアメリカンである作者ならではの作風が強みになっている。時には郷愁が漂い、時には生命力を感じる。
    どの国にもどの民族にも歴史や物語があり、誰にだって人生がある。あの国はダメだとか、あの民族は劣っているとか、あいつらはワルいとか、安易に国家や民族や集団にネガティブなレッテルを貼るのは怖いことである。差別につながることは勿論のこと、硬直した非寛容な思考は自らの成長すら阻害する要因になる。勿論「犯罪者集団」とか「危険な思想団体」はあるし線引きは必要なんだけど。

    所謂中国や韓国を無意味に差別するだけの「レイシスト」であったら、この本の魅力は伝わらないだろうし、分かろうとしないんだろうな。自省を込めて思うんだが、ストレッチで稼働域を広げることはフィジカルだけでなくメンタルにも必要なことなんだろうな。

    この本は、メンタルをほぐしてくれる効果も抜群にあります。

  • 各篇実に多様な趣の短篇集なのだけど、そのどれにも独特の叙情感が漂っているのがケン・リュウの特徴ではないかなあ。作品によって濃淡はあるが、切なく心にしみる感じが共通している。

    強く印象に残るのは、揚州大虐殺に材を取った二篇。隠蔽され続けてきた歴史に光を当てたもので、心を揺さぶられた。特に「訴訟師と猿の王」の田の造型が見事。

    進んだテクノロジーが家族にもたらす軋みを描いたものも目につく。テーマ的な新しさはないが、ケン・リュウの故国や家族、特に母に対する思慕の念が色濃く投影されているようで、しみじみと読んだ。

    なかでもやはり表題作が出色。SF的ガジェットと普遍的な親子のありようが溶け合った一篇で、たった数ページでこれだけのことが言えることに驚嘆する。

  • 素晴らしきケン・リュウ!
    表題作もいいが、ヒーロー好きとしては、スーパーなあの方と『三国志』きっての英雄をテーマにした作品がハートに刺さる。後者の主人公は「老関」と呼ばれ英語にすると〝ローガン“にもなるという…

  • 先頃文庫化された『紙の動物園』(※文庫版は2分冊)に続く、日本オリジナル編集の短編集、第2弾。
    前作は非常に叙情性が強く、哀切な印象を残した短編集だったが、本書はまた雰囲気が違っている。冒険小説のような『烏蘇里羆』、女性私立探偵を主人公にしたハードボイルドミステリ『レギュラー』、ある種のホラーじみた恐怖が残る『パーフェクト・マッチ』(同様の恐怖はデイヴ・エガーズ「ザ・サークル」にも見られる。関係ないがもう3年も前の本なのね……)など、予想外のものが多かった。
    勿論、前作同様、哀切な短編もある。それにしても、ケン・リュウの母親(母性)に対する一種の思慕というのは、ちょっと谷崎潤一郎っぽいね。

  • 短編集。ガジェットや壮大な話は出てこない、世界観を楽しむもの。ハードSFではない。表題作は短いが◎  半分読んでギブ。

  • ほんとすごい作家だ。3年間で54篇書いたとか、異常。
    『母の記憶に』『存在』『パーフェクト・マッチ』

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