脳は世界をどう見ているのか: 知能の謎を解く「1000の脳」理論

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152101273

作品紹介・あらすじ

細胞の塊にすぎない脳に、なぜ知能が生じるのか? カギは大脳新皮質の構成単位「皮質コラム」にあった。ひとつの物体や概念に対して何千ものコラムがモデルを持ち、次の入力を予測している――脳と人工知能の理解に革命を起こす「1000の脳」理論、初の解説書

感想・レビュー・書評

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  • 2021年フィナンシャルタイムズ紙のベストブックに選出されたほか、ビル・ゲイツの「今年おすすめの5冊」にも選ばれたらしい。だから手放しで面白いか、というと少しクセがある。主張の論拠が乏しいため、ただただロマンが語られる雰囲気もあり、論理の飛躍が激しい。

    本著のテーマは「遺伝子vs知能」、「古い脳vs新しい脳」から始まり「人口超知能vs人類」という纏め方も可能だろうか。脳は、経験を通じて、複雑な予測モデルを学習する。私たちが知的なのは、1つのことを特別にうまくできるからではなく、ほぼどんなことでもやり方を学習できるからだ。絶えず動きによって学習し、たくさんのモデルを学習し、知識の保存と目標指向の行動のために汎用の座標系を使う。 AIは現時点では、経験による学習ができないが、いずれ、予測モデルを得て、人類を凌駕する。

    その時、人類は、脳をコンピューターと融合させる。目的は、超知的なAIに対抗するためという話。私たちの脳を超知的なコンピューターと融合させることにより、私たちも超知的になる。

    新しい脳、知能、人類が勝利する時、人類にとって古い脳とは、麻薬のような快楽を度々与えてくれる供給源の役割となり、快楽頻度と程度をランダム化する事で生きがいを見出すような、本能も能力も完全に可視化された存在になるのではないか。人口的に天才が生み出されれば、最早偶発的かつグラデーションのかかった才能ランキングと集団により、上位者の生活を支えるレガシーシステムも必要がなくなるからだ。

  • 【はじめに】
    著者のジェフ・ホーキンスは、パーム・パイロットを世に出したパーム社の創業者である。IT先端企業を起業し、一定の成功まで導いた間も、その頭の中にあったのは脳の仕組みの解明であったという。そして、経営から身を引いて研究の世界に身を投じた。自らの意識がどのように生まれ来るのかという謎はかくも人を惹き付けるものなのである。

    【概要】
    脳は世界をモデル化して予測している、という考え方は現在の脳神経科学の世界では主流となっているように思う。中でもフリストンの自由エネルギー理論などが有名だ。本書でも、予測こそが脳の新皮質のもつ普遍的な機能であるとされる。脳は常に予測をしており、感覚器官からの入力に対してその予測が間違っていた場合にはその誤りに注意を向けてモデルを更新する。そういった絶え間ない学習を通じて、脳は世界のモデルを学習し、世界とそこに含まれるすべての構造を反映するように体系化するという。

    本書では、その脳内での世界のモデル化がどのようにして行われているのかの仮説を提案している。それが、著者らが「1000の脳理論 (Thousand Brains Theory)」と呼ぶものである。

    ■ 大脳新皮質 (皮質コラム)
    まず、新皮質の物理的構造は、六つの層からなっている。さらにその新皮質に含まれるニューロン間の結合はほとんど垂直方向に層をまたがってつなっている。この層構造を貫くニューロン接続のコラム型構造がその新皮質の構成単位になっていて、そのコラム型構造は脳全体で約15万個あり、それらが脳内にぎっしりと並べられているという。これらの皮質カラムが並行してモデル化と予測を行うことをもって著者は「1000の脳理論」と呼んでいる。
    また、皮質コラムの構造が脳内のどこでも同じであることが、新皮質がどこでも同じ原理で動くことを示している。視覚であっても、触覚であっても、言語であっても、高次の思考であってもすべて同じ原理が適用されるはずだというのが著者の考えだ。身体器官からの感覚のインプットをなくした新皮質が他の機能を行うようになることは臨床的にも確認されていて、その考え方をサポートする。脳の領域はすべて同じように見えるにも関わらず、ペンフィールドの身体マップやブロードマンの脳地図を見て、脳の中でそれぞれの分業体制があるように見えるのは、その先にどのような感覚器官がつながっているかによって違っているだけであるというのだ。

    新皮質は哺乳類にだけ存在しており、中でも人間の新皮質は大きく、脳の容積の70%を占めている。人間の新皮質がこれだけ大きくなったのは、その構造が単純でかつ汎用的でパワフルであるからだ。進化の過程で新しい機能や構造を発見することなく、新皮質をコピーして増やす方向にさえ持っていけば、生物としての生存に有利となる認知機能を増大することが可能となることから新皮質が大きくなるように進化は働いたと言える。この考えは非常に明快である。進化のタイムスケールから見て非常に短い間に急速に脳の新皮質が大きくなったのは、この汎用性のおかげだと言ってよいだろう。また、われわれが様々な環境の変化に対応できるのもこの汎用性のおかげである。

    ■ 座標系
    では、その共通原理とは何なのか。著者によると、それは「座標系 (reference frame)」を使って世界をモデル化することにあるという。本書内でも例に出ているが、マグカップを手に持って口元に持ってくるにあたっても、三次元のモデル化と身体との関係の構成が必要となり、そのために脳は座標系によって位置と動きをモデル化して予測しているはずだという。その背景には、嗅内皮質と海馬にある格子細胞と場所細胞の存在がある(格子細胞は2005年にモーセる夫妻によって発見され、2014年ノーベル賞が授与された)。
    そして、この座標系によるモデルの獲得は、空間や場所の認知だけにとどまらず、一般的な知識に関しても使われているというのが新しい切り口となる。著者によると、脳はこの座標系を使って知識を配置し、その座標系の配置における「動き」が思考であるのだという。哺乳類は、すべての物体の位置と姿勢、そして自分の身体各所との関係を認識するために座標系を発達させてきた。人間はこの新皮質の座標系を、汎用的なアルゴリズムとして知識を含む他のすべての活動にも適用しているのではないかというのだ。

    ■ 知能・AI
    いずれにせよ、新皮質によって実現された知能とは、世界のモデルを学習するシステムの能力だ。結果としてでき上るモデルそのものには価値観も、感情も、目標もない。目標や価値観は、なんであれモデルを使っているシステムによって提供される。そして、人間においてその価値観は古い脳が生み出すものであり、感情も目標も古い脳に依存している。著者が繰り返すように、新皮質は目標を生み出さないのだ。

    著者はまた、1000の脳理論で得られた知見からいくつかのAIの未来について論じている。巷で言われるAIが人間の脅威になるかどうかという点については、AI自体では目標を生み出さないという観点でもそのようなことは懸念することはないという。また、AIが意識を持つかどうかに関しては時期は明言しないが意識をもつようになるのではないかという。意識はいずれ「ハードプロブレム」ではなく、プロブレムですらなくなっていくのではないかという。

    【まとめ】
    第一部の新皮質の汎用性と座標系の話は知的にも新鮮さがあった。よく考えると新皮質がどこでも同じアルゴリズムで動いているであろうことは自明であるように思う。座標系を使ったモデル化が汎用性を持って知能と呼ばれる認知を実現しているというのはありえるようにも思える。それが真実であった場合に導出される結果についての論考がまだ不足しているようにも感じたが、その点は研究の世界で論証が進んでいくのだろうと期待できた。

    著者は積み上げられた人間の知識を人間がいなくなった後世や宇宙の中に存在するであろう他の生命体に対して伝えることについて思いをはせる。その点を論じた第三部を書いた理由を、遺伝子よりも知識を優先することを主張するためだという。この辺りの論考が好きな人はいるだろうけれども、自分には少し腑には落ちなかった。
    それよりも新皮質が生み出すモデルには価値観も目標もないという点はもっと強調されるべきだと思う。古い脳や身体、感情も含めた総合的な意識の理論というものが構築されていくのではないかと思っている。

    著者の来歴も含めて刺激的な本であった。

  • 脳の中でも、知能に関わる新皮質がどのように機能しているのか?
    新皮質の細胞の構造はどこでもよく似ているそうで、なので、どこでも同じようなことをすることで機能するのではないか。
    脳科学に今までなかったという、そのような統一的なパラダイムを筆者は本書の前半で提案している。

    新皮質には、皮質コラムと言われる単位が何千もあり、この皮質コラム1つ1つが、世界の地図、モデルといえるような「座標系」をつくり、この座標系に基づいて、新皮質は常に世界を予測している。

    後半部分では、筆者の提案する新たなパラダイムによって、汎用知能と言えるようなAlの可能性が示されている。

    最後の第3部では、人類滅亡後に、知性ある存在がいたことを保存するための提案がなされていたりする。

    個人的に、脳科学に詳しくないこともあって、正直、どれだけすごい内容なのかわからなかった。
    ただもしかすると、もう少しの将来に、この本で示されていた内容が脳の機能を説明するスタンダードとなるかもしれないし、汎用知能のAIが使われる世界が来るのかもしれない。
    きちんと理解するには、知識が足りなかったと感じた。

  • 脳がどのように世界を知覚しているのかについての新しい見方を与えてくれる本だった。この本では、脳の中でどのようにして世界に対するモデルがつくられ、われわれの知覚を形成していくのかについて、筆者がたどり着いた新しい理論を紹介してくれる。

    その鍵になるのは、新皮質と呼ばれる新しい脳の中にある皮質コラムという機能単位が果たす役割と、多数の皮質コラムが連携しながらひとつの世界のモデルを作り上げていくプロセスである。


    脳は新皮質と呼ばれる新しい脳と脳幹などの古い脳から構成されている。そのうち、私たち人間が持っている知性を生み出しているのが新皮質である。

    新皮質の中には「皮質コラム」と呼ばれる一群の細胞の機能単位がある。ひとつの皮質コラムが新皮質の表面に占める面積は1ミリ平方メートル、厚さは約2.5ミリメートルである。この中に数百のミニコラムがあり一つのミニコラムは約100個のニューロンからなる。つまり、皮質コラムとは約数万個のニューロンが集まったものと考えられる。このような皮質コラムが新皮質全体で約15万個あるという。

    皮質コラムはニューロンのネットワークなので臓器のように物理的に明確な境界がある組織ではないが、一つの皮質コラムの細胞はある特定の網膜の部位や皮膚の部位など、一定の領域に対してまとまって反応するため、機能として何らかの役割を担っていると考えられる。


    この皮質コラムが知覚や思考の素を作り出す方法とは、それぞれの皮質コラムが世界に対する予測モデルを学習し、外界からの情報入力を経てその予測モデルを常に修正していくというものである。

    皮質コラムはニューロンのネットワークであるため、情報を蓄えたり処理をしたりすることができる。それぞれのニューロンのシナプスの結合のあり方が情報を蓄積し、ニューロン間で活動電位が伝わることで情報がやり取りされる。この仕組みが、世界に対するモデルを予測し、それを外界からの情報によって更新していく機能を実現する。

    それぞれの皮質コラムは数百の世界に対するモデルを扱うことができ、そのようなコラムが脳内に数多くあることで、われわれは物的な外部環境だけではなく、数学や民主主義といった概念に対する理解をも作り出すこともできる。


    皮質コラムが世界に対するモデルをつくる仕組みに関する重要なキーワードは、「座標系」である。皮質コラムは世界のモデルを構築する際に、その情報を座標系を基盤として蓄積する。

    例えば、われわれの手が何かを触るとき、指を動かしたときにどのように感覚入力が変わるかといった情報は、座標系の中に位置づけられて整理される。こうすることによって物の形、ひいてはそれをベースとしてそれが何であるかについての理解を脳内に構築することができる。

    この仕組みは、物体の認識だけではなく、言語や思考といった概念を認識する際にもつかわれる。われわれは様々なことを座標系の中にモデル化して認識しているということである。物事を記憶するためにも、数学的な概念を説明するためにも、われわれはよく図を使うが、このようなことの背景にも、この皮質コラムの機能が関係している。


    続いて、この多数の皮質コラムに蓄えられた膨大なモデルがわれわれの認識するひとつの世界モデルを形成するプロセスであるが、そのプロセスは、いわば「投票」のような仕組みに基づいていると筆者は考えている。

    前述のように、脳内には多数の皮質コラムがある。そしてそれぞれの皮質コラムが多数のモデルを学習することができる。それぞれのモデルは、例えばその皮質コラムが連携している網膜や皮膚の部分からの情報をもとに構築されたものである。ひとつの外的環境に関する情報は複数の感覚器官からもたらされるため、われわれは例えばコーヒーカップ1つに対して異なる皮質モデル内に構築された複数のモデルをもつことになる。

    皮質コラムにはそのコラム内のネットワークのほかに、遠く離れた別のニューロンとつながっているネットワークがある。そして、このネットワーク間の情報のやりとりにより、世界に関する複数のモデルに対する「投票」を行うことができ、多くの世界モデルの中からわれわれがひとつの統合された世界のイメージを作り上げる、ある種の合意形成が行われるのである。


    筆者が本書で語っているこの「1000の脳」理論と呼ばれる考え方には、いくつかの特徴を持っている。

    まず、脳がたえず学習するということである。個々の皮質コラムは感覚などの情報入力をもとに、それぞれが持っている世界に対するモデルを常に更新し、そのことによって脳は常に学習し続ける。

    そして、この学習はわれわれが動き続けることによって行われる。眼球や指を動かして視覚や触覚からの入力を変化させ、対象に対するより多面的な情報を集めるだけでなく、音楽や言葉のようなシークエンスをもった情報に対しても、その情報の変化をもとにモデルを更新していく。

    脳が世界に対するひとつのモデルを構築するのではなく、多くの皮質コラムがそれぞれに学習した様々なモデルをもとに投票を行い、最終的に世界に対するひとつの認識を作り上げるという考え方も、この理論の特徴である。この方法は、単一のモデルをもとに世界を作り上げる方法よりも柔軟性に富み、さまざまな感覚器官からの情報を統合する方法として優れている。

    最後に、皮質コラムは情報を座標系に蓄積していくという点も、この理論の大きな特徴である。各皮質コラムの中には格子細胞と場所細胞に相当する細胞があり、座標系が構築されている。座標系を使うことにより、われわれは物理的な環境だけではなく、さまざまな概念を構造化して理解することができる。

    以上が、本書で述べられる「1000の脳」理論である。


    本書の後半にあたる第2部と第3部では、それぞれ機械の知能と人間の知能に関するさまざまな議論について、「1000の脳」理論を踏まえながら筆者の考えを展開している。

    機械の知能については、AIが人類滅亡の引き金を引くリスクはあるのかについて考察をしている。また、人間の知能については、人間の脳と機械の融合の可能性などについての考察が述べられている。

    いずれの論点についても、人間の脳の中の古い脳と新しい脳の役割の違いが、重要なポイントとなっていると感じた。

    「1000の脳」理論で語られる我々の知覚を生み出しているのは、新しい脳である新皮質である。一方の古い脳は、われわれの欲求や衝動を司り、また生命を維持するための基本的な身体機能を司っている。そして、われわれの脳は、この古い脳を通じて身体へと接続されている。

    古い脳は知能に目標と動機を与える。そして身体は新皮質が学習するための動きをもたらす。従って、これらの三者が相互に関連しなければ、人間の知性を生み出すことはできないというのが、「1000の脳」理論が考える知性のあり方である。

    このような人間の知性に対する捉え方をベースにすれば、AIが人間の知性を凌駕し、最終的には人類を滅亡へと追いやるのではないかという指摘は当たらないと筆者は考えている。

    機械の知能は、人間の知性を構成する古い脳と身体性を欠いている。もしくは、古い脳を介さずに新しい脳と身体となるべき機械部分とつながっている。知性には目標や動機が必要であり、それは新しい脳から創発的に生まれてくるものではない。あくまで古い脳が持つ欲求がわれわれの脳に目標や動機を与えるのである。

    筆者は、機械の知能にも一定の範囲で目標や動機が必要であると考えている。しかし、それは人間が事前にプログラムするものであり、その限りにおいて、人間に対して破滅的な影響を及ぼす動機の設定を我々は防ぐことができる。このような理由から、筆者はAIによる人類滅亡のリスクを、実現しないリスクとして退けている。


    また、人間の知性の将来についても筆者は観点からの考えを提起している。「遺伝子-古い脳」と「知識-新しい脳」というレイヤーを軸に、われわれの知性の将来を考えるという観点である。

    古い脳はわれわれの欲求を司る。この欲求は、リチャード・ドーキンスが語ったように、遺伝子の保存という生命の本源的な目的に依拠している。一方、新しい脳は遺伝子の欲求とは独立に、われわれの世界のモデルを構築し、そのモデルによってさまざまな概念を生み出す。

    古い脳はわれわれの生存のための行動を生み出し、これまで種の存続に寄与してきた。しかし、古い脳の判断は短期的な判断に基づいており、これだけ複雑化し科学技術が発展した現代においては、気候変動や人口増加、国際紛争といった課題に対処して人類の生存を達成するためには役に立たない。

    このように古い脳のもたらすリスクに囚われているわれわれ人類の将来を救うために、筆者は3通りの方法を考察している。

    1つ目は地球外にも人類を分散させ「多惑星種」として生きていくこと、2つ目は遺伝子の組み換えを通じて古い脳をより制御することができるようになること、3つ目は人間のように知的でありながら古い脳に依存しない「知的エージェント」を開発することである。

    いずれも近い将来の話ではなく、まだ抽象的な考え方の域を出てはいない。しかし、「1000の脳」理論を踏まえることで、人類の将来についても新しい視点や発想から考察をすることができるということが感じられる発想であると思う。


    人間の脳が世界を認識する方法について、脳科学の研究を通じた新しい知見を知ることができ、大変興味深い本だった。特に、人間が座標系をベースにした複数の世界モデルをつくり、投票によってそれらを一つの世界のモデルに統合していくという仕組みは、脳の複雑さと柔軟さの源を垣間見るような発想であり、今後、さまざまな領域に応用していくことができる可能性があるのではないかと感じた。

  • 街で演奏しているストリートミュージシャンの前を通った時。
    次の曲に移り、ギターの前奏を聞いただけで、足を止め何も思わず口ずさむ。
    一緒についてハミングしたりして、演者もこちらに顔を向け微笑む。
    普通それは、それがお気に入りの曲で、カラオケでも歌っているものだったからだよと思うが、脳を単に入出力するだけのコンピューターだと考えていた一昔前の脳科学だと説明がつかない現象なのだ。
    あるいは、道を歩いていると曲がり角から急に自転車が飛び出してくるが、驚きつつも体は瞬間に反応して身をかわす。
    まるで、予測していたかのように。

    脳もきっと人知れず、常に予測しているんじゃないか。
    著者は最初、それは経験や記憶に基づくと考えていたが、それだと具合が悪いことに気づく(あのミュージシャンやあの道は初めてだ!)。
    そこで何らかのモデル、常に学習によって絶えず更新され続けるモデルに基づいて脳は予測を立てているのだと考える。
    しかしメロディは予測できても、物体の動きをどうやって脳は予測できるのか。
    例えば、自分が座っている椅子の下に転がってきたボールを、人はどうやって椅子を回転させ、身を屈めて、拾い上げることができるのか?

    きっと脳の中には座標系があって、それがあるから物体の位置を補足することができるんだと考える。
    そうだ、きっとそうに違いないと著者は興奮気味に考え、何本か論文を書きあげ発表するも、いまにいたるまでニューロン内に座標系は見つかっていないそうな。

    ラットの頭の中には地図ニューロンがあって、実験でもそれぞれに対応して活性化する頭方位細胞や場所細胞、格子細胞が見つかった。
    たとえば現在地のD6から餌のあるB4へ行く時には、その地図のおかげで、東に何区画進み、北に何区画進んだら餌にありつけるか分かっているんだ。
    なんとこの地図は古い脳だけでなく新しい脳である新皮質にもありそうだぞ。
    我々の脳の中には行列で無数に仕切られた町の地図も持っているんだ、と。

    著者が言う"モデル"では、自分がどこにいるかや、どこに触れているかなどの空間認識は、感覚入力信号だけではダメで、実際に動いたり、動かしてみる必要があるとのこと。
    これがないと、モノや場所、作業の構造を知りようがない、と。
    考えることは一種の動きであり、座標系内の適切な位置が活性化しない限り思考も始まらない、と。
    眼の動きだけでコミュニケーションをとっている筋萎縮症で寝たきりのALS患者も同様なのだろうか?
    いやいや、物理的に体を動かさなくても、脳の中で動き回ることはできる。

    概念の座標系や架空の地図の中で動くことで、触れることのできないDNAや民主主義について考えているんだ、と。
    イデアとは何か良く理解できない?
    この方程式がよくわからない?
    それはあなたの頭の中に対応する座標系がないからだ、と。

    未来のAIを真に知的な機械にするためには、自分が考えた脳の原理にもとづいて忠実に設計されなけばならない、と。
    そのような脳と同じ原理で動く機械にはもれなく意識があるはず。
    意識のメカニズムが不可解だ?
    それは考え方が間違っているんであって、座標系を用いれば論理的に説明がつくはずだ、と。

    そんな意識をもった機械のコンセントは抜くことができなくなるって?
    心配するな、人間だって就寝する時にスイッチをオフってんだ、と。
    だったら朝起きてスイッチが入るのと、再びコンセントをつなぐのと同じことだ、と。

    最後まで読み終えて不可解なのは、この本を読んで1部は絶賛して、残りの2、3部を否定している読者が多いこと。
    "蛇足だ"とか、"読まなくてもよい"とか。
    1部にまったく惹かれない立場から言わせてもらえば、残りの章も十分に首尾一貫していて、何なら彼の主張を肉付けする内容になっている。

    単なる遺伝子の複製するだけの存在を超えて、知識を守り未来に運ぶ存在になるのだ、と。
    何年も実験室に籠って仮説と検証を繰り返す従来の手法ではなく、どうせわかんないならとりあえず本質的な遺伝子だけで合成ゲノムを作ってやろうじゃあないか、そこから生命の謎がわかるだろうというトップダウン式の手法をとるクレイグ・ベンダーに近い感じがする。
    まず、ある考えに囚われて、それを自分で実験室で検証するのではなく、すでにある膨大な論文から近しいものを引っ張ってくる。

    真実の全体像と真実に近いらしい真実を考えざるを得ない。
    データ中で答えを探す難しさは、大まかに言って、酔っ払いが街灯の下で鍵を探しているようなものだと言われる。
    その酔っ払いに、なぜ街灯の下で鍵を探しているのか聞いてみれば、きっとこう返すに違いない。
    「だってここが明るいから」
    データは、データがある場所しか照らさない。
    しかし周囲には深遠な闇が控えたままだ。

  • 最新の脳の研究をしている作者は、パームパイロットを創業者として開発しながらも本当は脳の研究がしたかったそうな。晴れて脳研究にもどって20年近くの研究成果を一般書にまとめた。曰く 大脳新皮質の15万個の皮質コラムは、それぞれが固有の世界モデルの予測をして、予測するための座標系を独自に持っている(はず)。それぞれのコラムが投票をすることによって、一つ(場合によっては複数)の知覚が生成される。詳細なメカニズムはまだ不明だが、この仕組みを1000の脳理論と呼ぶ。
    たくさんの予測演算が脳内だ行われ、メモリー空間を整理する適切な座標系が3次元だけでなく 問題によっては高次元で組まれる。数学の方程式を格納する座標系は何次元かは不明だが、個別の問題ごとに座標系を持ち、知らない問題は座標系がないので迷子になるという説明は腑に落ちる。作者1000の脳理論に絶対の自信を持っているようだが、真実はどうかは今後の研究結果を注視したい。
    2部・3部は著者のAIや人類の未来に関する想いであり、古い脳と間違った(だまされた)知識が重なり、強権国家やカルト宗教が地球を滅ぼすのが心配というのは同意だが、本書の1部の科学的記述に比べて蛇足と思えたので星3つ。

  • 第一部では,著者による「1000の脳理論」が説明されている.また,第二部では,現在のAIと人間の知能の違いについて説き,それを踏まえてAGI(Artificial General Intelligence)を作るための方針と,AGIに対する楽観的考えを示している.AGIに対する楽観性の理由の本質は,知的機械には新皮質的な知能しか存在せず,古い脳による目標/欲求がないことである.第三部では話がガラッと変わり,人間の脳を起因とした人類の存亡リスクと,それを避けるためのアイディアや,地球内の未来の知的生命体および地球外生命体を含む知的生命体たちにどう人類の知識を残していけばよいかについて語られている.

    第一部のメモ.
    ・事実として,大脳新皮質には15万ほどの"カラム"が存在し,似た解剖学的構造を有している.加えて,似た構造のカラムが,それぞれ異なる情報処理能力(視覚情報処理や触覚情報処理)を持つようにふるまう.
    ・著者は,"カラム"1つ1つが,外界や自身の体の"座標系"のモデルを学習するのだと提案する.
    "座標系"を作るやり方をより具体的に言えば,海馬(新皮質より進化的に古い)における格子細胞(外界空間の構造を表現)から進化の過程で派生して形成されたものである.
    ・考えることとは,座標系を動くことである.数学:まず数学的概念を表すための土台としての座標系を学習する.N次元である.加えて,並列的に,その座標系に載せるべき方程式・定理などを学習していく.演算により,それらの概念間で動きが起こる.
    ・また,カラム間の情報統合は,遠くに投射する軸索たちによってなされる.統合の流れは,投票である.各々別のモデルを学習しているカラムたちの意見が合わさり,最も多く投票が集まった知覚が意識にのぼることになる.

    第二部の,知的機械の持つべき特性
    1たえず学習する
    2動きによって学習する
    3多数のモデルを持つ
    4知識の保存に座標系を使う.

    近年の,深層学習界隈での「世界モデル」の試みと似た思想だと思った.


    その他感想
    ・脳のネットワーク同期バーストにも,いわゆる投票モデルが当てはまるのでは?
    ・ロバストなネットワーク型システムのために本質的に必要な"分散性"は数学で表現されているのだろうか?

  • 新しい脳と古い脳の構造の話が興味深かった。
    本書で肝となるのは座標系の話。1000の脳理論。脳は予測する。記憶には動作が伴う。
    誤った信念、維持するために直接の経験だけを信頼する必要がある。
    脳の教科書を片手に読むと理解が深まりやすかった。

  • 脳科学で論文書いたしコンピュータサイエンスも専門にやっている身からすると、正直何が面白いのかさっぱりわかりませんでした。。。エビデンスがなさすぎて、空想の話をしてるのかなんなのかさっぱりわからなかった。

  • AI研究の松尾教授が「AIを研究するとは人間の脳について知ること」と言っていたがまさにそのことについての書籍。刺激的だった。
    脳には古い脳が3割、新しい脳(新皮質)が7割。古い脳は食欲や性欲、生存欲を司り、ケーキは体に悪いし太ると思っていてもカロリー不足だった大昔の記憶から食べようとするし理性はそれに負ける。インモラルだが性欲に従ってレイプもする。いわゆる知性は新皮質の出番だ。新皮質は動き・身体性によって学習し、座標軸によって認知・理解する。
    もっとも面白かったのはこの先のAI理論。筆者はAIそのものは脅威にはならない、なぜなら「人間を滅ぼす」といった事態は人間の古い脳を覚えさせない以上起こらない。わざわざそんなことをする必要はない。新皮質に基づくAIは欲望や感情を持たない。ただし今のAIには身体性や学びがなく、単機能であり、不十分である。ロボティクスとの融合により汎用AI(AGI)が生まれると真に有用で社会課題の解決に有用な機械知能となりうる。また、人間の社会は古い脳に基づく独裁、戦争、家父長制などがはびこっており、人間がAIを悪用することは脅威である。また、「地球温暖化は存在しない」と思いこむような愚かさによって人は滅びる。
    新皮質による知性を信じ、高めていくという信念を持つ人類によってAIが進化していくことを祈る。

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