最悪の予感: パンデミックとの戦い

制作 : 池上 彰 
  • 早川書房
3.97
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本棚登録 : 591
感想 : 74
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152100399

作品紹介・あらすじ

中国・武漢で新型コロナウイルスによる死者が出始めた頃、アメリカの前政権は「何も心配はいらない」と言いきった。しかし一部の科学者は危機を察知し、独自に動き出していた――著書累計1000万部超、当代一のノンフィクション作家が描くコロナ禍の真実と教訓

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    パンデミックの初動を誤ったアメリカは、コロナ被害のぶっちぎりワースト国家になってしまった。しかしながら、決して感染症の予兆を嗅ぎ取れていなかったわけではなく、むしろ早いうち(2003年)からパンデミックに警鐘を鳴らし続ける人たちがいた。
    それが本書で出てくるカーター、リチャードといった専門家たちである。彼らはブッシュ政権の間に召集され、短期間だけ感染症対策のためのチームを組み、ホワイトハウスで働くことになる。だが、政権交代が起こってからはお役御免になり、主に影のチームで動くことになるが、驚くことに、この人たちは最後まで「非公式チーム」として動き続け、表舞台に出て来ることはなかった。保健衛生官のチャリティにいたっては、上司に隠れながらカーターたちに手を貸している有様だ。立場と役職上、表立ってカーター達に協力することは職務逸脱にあたるからである。裏を返せば、アメリカの体系的な公衆衛生システムは全く機能しておらず、対応を個々人に投げていたのである。

    では、アメリカの公的な感染症管理システムであるCDC(アメリカ疾病予防管理センター)はどうなのかというと、これがまるで役に立たない。初動はのろく、対応はもっとのろく、パンデミックのおそれがあっても、誰も未来に向けた準備を行おうとしない。俗にいうお役所文化のかたまりである。

    本書は、このCDCや連邦政府に、感染症を封じ込めてもらうべく働きかけ、ときに激しく争い、そして多くが徒労に終わっていく話となっている。

    アメリカだけでなく日本でもそうだが、お役所はデータ嫌いのようでいて実はデータ好きだ。好むデータの種類が違うだけの話である。
    お役所が求めるデータは「先例」である。何人がコロナに罹患し、数日後には何人まで広がり、実行再生産数はいくつで、致死率は何%で…というのを、「現場のデータで」欲しがる。他国で病原菌が蔓延した際は、一定期間の感染者数と死者数をモデルとしてその後の対応を練ることができる。だが不運なことに、今回の震源地は秘匿主義である中国であり、また、初動をじっくり計算するほど悠長に待ってはくれなかった。

    そうした理由で、カーターやリチャードが行ったような、数理モデルを使っての「仮説」は軽視しがちだ。特にそれが学校閉鎖やロックダウンといった強権的措置を伴うものなら拒否反応は強く、一気に日和見になる。もっとも、「未知のウイルスに先例なんて無いんだから、数理モデルを受け入れるしかないだろ」という指摘はあるし、まさにおっしゃるとおりなのだが、いずれにせよ、彼らにとって必要なのは机上の予測よりも生データであり、恐れるべきはこれから起こる危機よりも下手に動いて余計にやらかしてしまうことだ。分科会のメンバーが発する感染症対策の提言が、いくぶんマイルドに翻訳されて執政者から発せられるのは、「未知の感染症」ではなく「未知の取り組み」に対する恐怖からだろう。

    とはいっても、先例主義は決して悪いことではない。コロナワクチンは臨床試験という先例が無ければ危なくて使えない。肝心なのは、未知のウイルスに対しては実証可能なデータなんて存在しないため、どこかで未来を左右する決断をしなければならないことであり、そのために責任を持って一歩踏み出す人が必要なことである。そして、その人は選択した答えを国民に説明する義務を負わなければならない。

    アメリカが失敗したのは、そうした責任を取る人が不在だったからであり、いたとしても飾りにすぎず、実際には地域の保健衛生官に業務が押し付けられたためだった。しかも、州ごとに自治権が異なるため、コロナへの備えも保健衛生官の能力次第になる。結果としてコロナ対応に成功した州と失敗した州で明暗がハッキリした。高度な地方分権の弊害が露骨に出てしまったのだ。

    「バトンを手に取るのは個人であることが多い。しかも、本来の職務としてやっているわけではありません。組織内のあちこちに、そんな個人が散在しています。システムの不備を補おうと、孤軍奮闘しているのです」。
    これはチャリティの言葉であるが、まさにこの言葉がアメリカの現状を言い当てている。正すべきはシステムの不具合であったのだ。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――
    あとがきで池上氏も述べていたが、本書はまさにすぐれた推理小説のようである。トマシェフスキー博士の医療事故、B型髄膜炎の感染拡大、2005年当時におけるパンデミック計画の策定……。Covid-19のアウトブレイクより遥か前に起こった出来事が章ごとにまとめられているが、これだけでは一見バラバラの事象の羅列に思える。しかし、読み進めるうちに点と点が線で結ばれていき、アメリカの公衆衛生管理の負の側面を暴いていく。ミステリー小説さながらの伏線回収に圧倒され、ページをめくる手が止まらないほど興奮しっぱなしだった。
    さすがマイケル・ルイス。超一流のノンフィクションライターの手腕にただただうなるばかりだった。
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    0 まえがき
    Covid-19が誕生する直前の2019年10月、数百万ドルの資金と数百人の研究者が投入され、世界195カ国を対象に「世界健康安全保障指数」というランキングが発表された。パンデミック対策におけるグローバルランキングの決定版である。そのランキングで1位を獲得したのはアメリカだった。だが結果として、アメリカは世界最悪の死亡者数を記録することとなる。2000年代初頭からパンデミックに備えようとしていた人たちがいたにもかかわらず、いったいアメリカは何をしていたのか?


    1 保険衛生官
    医師のチャリティ・ディーンは、サンタバーバラ郡の保健衛生官主任である。保健衛生官は、疾病の蔓延を防ぐべく、州から相当に強い法的権限を与えられているにもかかわらず、世間からその仕事内容をいまいち理解してもらえていない。保健衛生官が病気を防いでも、命を救っても、社会の上層部で暮らす人々には気づかれない。
    同郡の伝染病患者の70%は、保健衛生局が監督する5つの公共クリニックのいずれかで見つかる。にもかかわらず、ゆとりがあって健康保険に加入している人たちが、「保健衛生局なんて自分には関係ない。お役所の仕事だろ?」と無関心なせいで、政府はシステムの予算や設備を貧弱にしてしまったのだ。

    チャリティとことごとく対立したのが、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)である。CDCは、理屈ではアメリカの感染症管理システムの頂点に位置する。しかし実際にはアウトブレイクに弱腰であり、兆候が起こっても動きが遅く、誰も背負いたがらないリスクと責任を、地域の保健衛生官に押し付けるシステムと化していた。


    2 パンデミックを憂いていた人々
    じつは、アメリカにもパンデミック対策の計画は存在していた。子ブッシュがアメリカの感染症対策に危機感を抱いていたため、パンデミック戦略に使う予算として71億ドルを用意していたのだ。

    2005年11月下旬、カーターやリチャードなど7人の専門家が、パンデミックへの戦略策定業務についた。
    パンデミック対策を策定するときは、1つの特効薬を作ろうとしてはいけない。スライスチーズのようにところどころ穴の開いた不完全な戦略を何枚も重ね合わせて、枚数で穴をふさぎにかかるのが効果的だ。そのため、ワクチン接種、公共機関の閉鎖、人々の隔離など、複数の章からなる戦略書を各員が分担して作っていくことになる。

    ただ、公文書はお役所のルールに従ってわかりにくく曖昧になっていった。もちろん、文意の解釈が広がるぶん、彼らに許容される行動の枠も広がっていくわけだが、結局、どうとでも読み取れる曖昧な内容になり、これに基づいてどう命を救っていくのかが、問題として残されたままであった。


    3 止められないものを止める
    アメリカ政府の中には、小さな箱がたくさんある。テロ、食の安全、銀行の倒産……。何か問題が発生するたび、新しい小さい箱が作られ、特定の問題の解決に役立つ知識や才能、専門技能を持った人たちに割り当てられる。そして、箱同士は互いの中身を知らず、他の箱の内部で何が起こっていても関心を示さない。

    リチャードは、ワクチンに頼らなくても「数理モデル」によって、新型ウイルスを根絶できるかもしれないと考えていた。
    肝心なのは、ウイルスの増殖率を下げることである。増殖率が1を下回れば、いずれその感染症は消えてなくなる。ところが、当時はこういった考え方をする感染症対策の専門家はほとんどおらず、頭の中で作られた旧式で曖昧なモデルに基づいて判断を行っている者が多数だった。
    リチャードの作ったモデルを見たカーターは、衝撃を受ける。患者隔離、患者の家庭を隔離、大人同士のソーシャルディスタンスを空けるなど、どの方針をとっても、増殖率を1未満にするのは不可能だったが、たったひとつ、「学校を閉鎖して子どもたちの間にソーシャルディスタンスを取る」という方法だけが、インフルエンザを模した病気の感染率が激減していったのだ。(これは、学校という空間が子供サイズに設計されており、大人の持つパーソナルスペースより極度に密なことに起因している)

    リチャードはこのアイデアを対策に当たる人たちに売り込んだが、結果は袋叩き。「現実世界のデータが無く、ただのモデルにすぎない」「ソーシャルディスタンスは効果が薄い」という批判が上がったのだ。「それならば現実のデータを」、と考えたリチャードたちは、1918年のインフルエンザパンデミックを再調査し、ウイルスの飛来後すぐに当局が介入した都市は、感染者や死亡者が極端に少なかった事実を突き止める。数理モデルの研究者たちが架空の世界で発見した事象が、現実の世界で裏付けられたのだ。
    CDCはカーター達のソーシャルディスタンス論をようやく受け入れ、パンデミック新戦略を発表した。

    しかし、カーターたちの仕事の成果は、オバマ大統領が当選し政権交代が起こると、一切合切失われた。コンピューターは回収され、世界初のパンデミック戦略を売り込むために作った何千何万というファイルが、ただただ消滅してしまった。


    4 ジョー・デリシ
    ジョー・デリシが開発した、ウイルスを判定するチップは「バイロチップ」と呼ばれている。顕微鏡のスライドグラスの表面に、既知のあらゆるウイルスの遺伝子配列が記録されている。そういった遺伝子配列が、生物の遺伝子情報とともに、NHIが連邦政府から資金提供を受けて運営しているデータベース、「GenBank」に保存されている。未確認の遺伝物質を解析装置に投入すれば、Genbankに保存されているパズルと比較し、どこに属するかを見つけてくれる代物だ。

    ジョーは、重い腰を上げないCDCの代わりに、ゲイツ財団と提携して、世界規模の感染症ネットワークを構築することにした。ジョーは2022年までにこのシステムを完成させようとしていたが、そのさなか起こったのが、Covid-19であった。


    5 アマチュア疫学者たち
    トランプ政権2年目の2018年4月9日、トランプはジョン・ボルトンを国家安全保障問題の担当補佐官に採用し、その翌日、ボルトンがトム・ボサート(カーターとリチャードがパンデミック対策計画を策定した際の関係者)を解雇した。生物学的な脅威に対応するためのチームメンバーも全員、解雇または降格処分となった。その瞬間から、トランプ率いるホワイトハウスは、レーガン政権時代の古い暗黙のルールに逆戻りした。すなわち、アメリカ人の生活に対する深刻な脅威は、自然災害や感染症ではなく、敵対関係にある外国にほかならないというルールだ。

    カーターとリチャードの共同作業は、それでも細々と続いていた。ふたりを中心に、男性7人のグループが作られている。全員が医師だ。10年以上前から、生物学的な脅威が発生するたびに、この7人の医師は集結した。MERS、エボラ出血熱、ジカ熱……。どのアウトブレイクのときも、電話や電子メールを駆使して状況の把握に努め、事態を打開して命を救うために何ができるかを模索した。秘密結社のような彼らにつけられたあだ名は「ウルヴァリン」である。

    中国政府が武漢を封鎖し、市内への出入りを禁止したのが2020年1月23日。翌日にはCDCがアメリカ国内で2例目となる感染者が出たことを発表し、その翌日には、感染者が4日前の446人から2298人に増えたと中国当局が発表した。

    カーターはこの感染拡大スピードが、2009年のH1N1と似ていることに着目し、新型コロナウイルスの致死率を0.5〜1.1%とみていた。また、政府がこのまま放置すれば、アメリカの人口の20〜40%が感染するだろうと予測した。そうなると死者は90万人〜180万人にのぼることとなる。未曾有のアウトブレイクだ。

    カーターたちがつくったパンデミック対策計画には、「連邦政府はさまざまな介入策を想定し、国家レベルで少なくとも準備に取り掛かっておくべき」という趣旨の提言が盛り込まれていたが、準備は進んでおらず、ウイルスの動向を把握する努力すらろくにしていなかった。
    1月31日、アメリカ政府はようやく、多少の行動を起こした。外国人の入国を制限し、中国から帰国したアメリカ人には14日間の隔離を義務付けたのだ。しかしカーターは、ウイルスは国内に蔓延している可能性が高いと考えていた。同時に、潜在患者数は実際に判明されている患者の18~40倍いると見込んでいた。これを封じ込めるためには広範な検査体制が必要である。しかし、CDCは依然として場当たり的な検査しか行っていない。なにせ、疑わしい症状があるものの渡航歴がなければ、CDCの検査実施基準を満たさないと言って放置するのだ。明らかに市中感染への考えが欠けている。

    カーターやリチャードたちは、何年もかけてアイデアを練り、広めようとしてきた。そうしたアイデアがいますぐ採用されれば、多くのアメリカ人が死なずに済む。ところが、有用なアイデアであるにもかかわらず、誰も使おうとしないのだ。

    カーターは市中感染の規模を把握するため、全米各地の緊急治療室へインフルエンザに似た症状で搬送された患者の数を把握し、その患者数を例年の季節ごとの平均値と比較することを考えていた。ウルヴァリンたちその他の参加者たちのオンライン会議、「レッド・ドーン」でその考えは提案されたのだが、ここに招かれていたのが、かのチャリティ・ディーンであった。

    チャリティが呼ばれた理由は非常に政治的な動機によってである。彼女はカリフォルニア州でパンデミック対策を担当しているため、彼女が適切な行動を取れば、その対応が見本となって国が動くかもしれない、と考えられたのだ。

    チャリティは自分なりの観点から、保健衛生システムの仕組みを説明した。いくつかの州では、各地域の保健衛生局が実質的な自治権を持っており、州の権限で措置を強制することはできないこと。アメリカには、州や地域の保健衛生官がパッチワークのように集まっているだけで、体系的な公衆衛生システムは存在しないこと。保健衛生局の上に立つCDCがろくに役に立たないこと。州政府も連邦政府も、事実上リーダーシップを発揮できていないこと。

    この時点で、アメリカ国内ではコロナウイルスの検査が行われていないに等しかった。FDA(食品医薬品局)は、州や地域の保健衛生官に対し、CDCが提供する検査キットを待つようにと言い続けていた。かたやCDCは、アメリカ人がこのウイルスに感染する危険性は非常に低いと主張していた。


    6 賽は投げられた
    2月3日に日本に帰港したダイヤモンド・プリンセス。船内の状況からわかるのは、今回の新型ウイルスは「見えない感染」を広げる力が強いことだ。武漢における感染率が非常に高かったことも、これで説明がつく。この詳細なデータをもとに、カーターはこのウイルスの感染率が20%、アメリカ国内での感染致死率が0.5~1.0%と見込む。国内で33万人の死者が出る見通しだ。

    カーターはCDCの関係者たちに、今すぐ行動するようメールを送ったものの、全員が口を閉ざしていた。
    しかし2月25日、CDCはいきなり方針転換をした。いままで新型ウイルスの脅威を軽視していたのに、まるでウイルスの封じ込めなど不可能だったかのように振る舞い始めたのだ。海外渡航歴がない患者に陽性反応が出たことを確認したからだ。

    3月初旬、「レッド・ドーン」の電話会議で、カリフォルニアをはじめとする全米の各州がどう対応すべきか、チャリティが考えを述べている最中、ケン・クチネリという男が口を開いた。「チャリティ、きみがこの一連の措置を推進してほしい。これができるのは、きみだけだから」。ケンは国家安全保障省の副長官であり、トランプ大統領の新型コロナウイルス対策チームのメンバーでもある。ホワイトハウスは国を守らない。だからカリフォルニア州がリーダーシップを取らなくてはならない。まるでそう言われているようだった。

    3月18日、チャリティはパークとパティルの力を借りて、数理モデルによる感染爆発の予測データを、ニューサム州知事の上級アドバイザー達に発表した。翌日、ニューサム州知事は全米で初めて、州政府による外出禁止令を出した。

    チャリティは次に、国全体の計画書をまとめることになる。計画書が完成すると、大統領にコネクションがありそうな人々の手に、計画書を託したのだった。


    7 システムの腐敗
    トランプ政権は、各州に必要物資を送っていると大々的に宣伝し、その物資が届かないとなると、州当局とのやりとりを担当するキャリア職員に責任をなすりつける。人工呼吸器でも、レムデシビルでも、やがてはワクチンでも、そのような事態が起こった。
    連邦政府がリーダーシップを発揮しないせいで、パンデミック対策用品の市場では自由競争が繰り広げられ始めた。おもに、中国製の商品をアメリカ人同士が競い合って購入するという図式である。

    カリフォルニア州はアメリカの中でも最もコロナ対策に成功した州であったが、それでも、公的機関は機能不全を起こしていた。リスクを管理し、ウイルスに対抗するために設立されたはずの政府機関が、現実にウイルスを阻止するのでなく、危機管理対応の奇妙なシミュレーションにあけくれていた。
    「政府の仕組みには、わたしには理解不能な、根深い機能不全がありました」。ジョーは後日、そう語っている。

    そして感染症対策のプロ集団であるはずのCDCは、過去の豚インフルエンザ事件に端を発した内部の混乱により、変質してしまっていた。CDCの感染症対策は、勇気のいらない方向性へと変化し、決断の責任は、システムの下層部、つまり地域の保健衛生官に押し付けられた。全米の地域保健衛生官は、CDCの助けなしに感染症を制圧するため、みずからの職をかけるどころか、それ以上のリスクを覚悟しなければならないのだ。実際、現場で奮闘した各地の保健衛生官たちは、外出禁止令を出したために命を狙われたり、マスク着用命令を出したことで仕事を追われたりしている。

    2020年、カーターがさんざん国に準備を促したパンデミックが、ついにアメリカにやってきた。彼は、自分とリチャードの考えだした戦略がうまく使われ、きわめて効果的に患者数や死亡者数が減少すると思っていた。他国を指差して、「見てみろ。わが国も一歩間違えばああなっていたんだぞ!」と口にするはずだった。
    しかし、実態は逆だった。ほかの国々がアメリカを指差し、同じセリフを口にしたのだった。

  • アメリカにおいて新型コロナがどのようにして広まっていったのかを、関係者の証言を基に時系列で追った迫真のノンフィクション。本メモ記載時でも未だ終息が見えない中での日本語版の出版はタイムリー。加えて、著者と翻訳者の文章が良いせいか読みやすい。

    アメリカに限らないと思うが、パンデミックが起こる最も大きな原因は病原体の強さよりも、人の不作為である人災によるものであることが本書を読むとよくわかる。

    本書を読むまでCDC(アメリカ疾病対策センター)は、感染症を含むあらゆる病気に対して世界最高の見識と技術を持っている機関だと思っていたが、本書ではアメリカでの感染拡大はCDCの官僚主義、事なかれ主義、閉鎖性、驕り等により引き起こされたものであることがわかり、かなりショックを受けた。

    あと、本書でもう一つ衝撃的だったのは、感染拡大を防ぐためには初期の段階で学校を閉鎖し、子供同士を接触させないことが極めて有効である旨の記載があったこと。つまり、感染を拡大させる大きな原因となりうるのは、教室等の狭い空間に多くの人が密で存在し、かつ相互の接触も多い学校が最も危険ということ。

    これがもし正しいのであれば、いまさら言っても遅いが、世界各国は感染者が出た段階でその地域の学校を閉鎖し、まず子供を通じた感染を封じて感染拡大を阻止すべきだった。これは今後の感染症対策の重要な施策になるのではないだろうか。

    とすると、中国が感染者が一人出ただけでもその地域を完全封鎖し、住人の外出を極めて厳しく制限したのは、他国で実施できるかどうかは別として、あるいは私権制限問題を別にするならば、結果としては正解で、だから現在の中国の感染者数が極めて少ないのにも合点がいった。

    日本政府と国、地域の感染対策にかかわる人全てに読んで欲しい極めて重要な一冊。

    もちろん、一般の人にも、感染物の映画やTVドラマを観ているかのような感じで読めるので、次読む本何にしようか考えている方には第一候補として強く推薦する次第。

  • たちまち重版決定! 「今年ベストになる予感大」「超タイムリー」「ほんとすごい本」「不謹慎承知でそれはもう面白い」「政治に絶望した方は、本書を読むとかすかな希望を持てる」……マイケル・ルイス『最悪の予感』|Hayakawa Books & Magazines(β)
    https://www.hayakawabooks.com/n/n6e697b93a44b

    「最悪の予感」書評 逸材が登場…危機は救えるのか|好書好日
    https://book.asahi.com/article/14417213

    マイケル・ルイスの感染症に関する新作「最悪の予感」は東京でのコロナ感染者が4000人を超えた今、読んでおく必要があると考えます。 - 勝間和代が徹底的にマニアックな話をアップするブログ
    https://katsumakazuyo.hatenablog.com/entry/2021/08/01/003951

    今読むべき新刊書籍12冊 -2021年8月- アカデミーヒルズ
    https://www.academyhills.com/library/book/tips/2021/august.html

    最悪の予感──パンデミックとの戦い | 種類,単行本 | ハヤカワ・オンライン
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014883/

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      ◆名もなき英雄たちの画策 [評]仲俣暁生(文芸評論家)
      最悪の予感 パンデミックとの戦い マイケル・ルイス著:東京新聞 TOKYO Web...
      ◆名もなき英雄たちの画策 [評]仲俣暁生(文芸評論家)
      最悪の予感 パンデミックとの戦い マイケル・ルイス著:東京新聞 TOKYO Web
      https://www.tokyo-np.co.jp/article/133003?rct=book
      2021/09/27
  • 『マネー・ボール』や『世紀の空売り』、『フラッシュ・ボーイズ』などのマイケル・ルイスがアメリカにおけるコロナとの戦いを描いたのだから少々不謹慎かもしれないが面白くないはずがない。もちろん、わくわくするような成功譚ではない。どちらかというとじりじりとさせる展開でカタルシスもない。結果はすでに知っている話で、トランプ政権の下にあったアメリカはほとんど最悪の形でパンデミックの影響を受け、おそらくは助けえたはずの多くの命を失うことになった。それでもなおこのパンデミックを予測し、立ち向かい、本来であれば賞賛されるべき人々がいたことをこの本は教えてくれる。マイケル・ルイスが書くとコロナの物語はこんな風に紡がれるのだと感心した。

    日本にはCDC(アメリカ疾病対策センター)のような組織がない、こういう組織を作る必要があると言われていたのはいつの頃だったろうか。エボラ出血熱や鳥インフルエンザが流行の兆しを見せたときだっただろうか。現実のCDCはリスクを取ることができない官僚組織であり、この危急の際において全く機能できなかった。

    アメリカ政府の中には、小さな箱がたくさんある、という。それらの箱は互いのことを知らず、同じような役割を州ごとや郡ごとに持って非効率になっている。また、トップは政権の交代により挿げ替えられ、そのたびに継続性が損なわれる。二大政党で市民による選挙を通した政権監視の仕組みが働いていると言われているが、今回のことを見ているとポピュリズムの台頭も含めてその弊害が顕在化しているように思えた。

    実際にどのような物語が紡がれたのかは、おそらくは実際に読んでもらった方がよいだろうなと思う。こういうノンフィクションライターが存在しているのはうらやましい。日本でも今回の事の顛末を書くノンフィクションライターが出てくることだろう。じっくりと腰を据えて現場に近い個人を取材し、それに値する作品と評価と報酬を手にするような人が日本でも出てくることを期待したい。

    ひとまず、この本はお薦め。

  • 主軸となる人たちの物語として書かれていて、とても読みやすかった。
    読みながら何度、「何でだよ…!」と地団駄を踏みたくなったことか…。
    政府や疾病予防管理センターの保身、利権などで、必死で考え抜いた対策や準備した検査が潰されてしまう。
    その後どうなるかを知っているから言えることではもちろんあるのだけど、彼・彼女らの言葉を聞き入れていれば、少しでも違っただろうに…。
    終盤、さらりと書かれていたが(そう書くしかないだろうと思う)、辛い出来事にしばらく涙が止まらなかった。
    今作のラストは、物語的にはかっこよく爽快感もあるのだけど、現実としては公的機関には頼れないのだという絶望もある。
    保身と利権でぐっちゃぐちゃにされているのは日本も同じ。
    どうしていけばいいのか…。

  • 中学生の娘と父親がタッグを組んで臨んだ科学研究コンテストは疫病の感染モデル、ワクチンを接種するのとその人物を社会的なネットワークから排除するのはするのは等価である。そしてワクチンは社会的な交流の多い若い人に接種して病気を媒介する能力を無くすと高齢者にも感染しなくなる。いかにもマネーボールのマイケル・ルイスらしいプロローグで始まる米国のCOVID-19との戦いの物語。米国には疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)というのがあってCOVID-19の対策などもそこでしっかりやっていそうですが、本書によれば集めたデータで論文を書くだけのダメ組織とのことでCOVID-19の対策も草の根からのボトムアップで州政府等を動かして対策を講じたようです。本書はまさにその草の根からのボトムアップを描いており、大きく貢献した三人の勇者の人間像をしっかり描くところから始まり、COVID-19が登場するのは半分ほど読み進めたところになりますが、登場人物の背景も含めてとても興味深く読めます。当初は中国が情報をオープンにしないので苦戦するもダイアモンドプリンセス号のデータにかなり救われたとのエピソートが印象的。民間からのボトムアップで頑張った経緯が良く書かれてますが、逆に言えば米国政府のCOVID-19の対策がワクチンを除いて無能なのがよくわかり、日本も色々と問題はありますが、米国に比べるとかなりましだったのかと見直しました。

  • これはおもしろかった!日本のコロナ対策もダメだけど、アメリカよりマシだなと希望が持てる。アメリカにもあるらしい官僚組織の無能ぶりに、著者と一緒になって野次を飛ばし、胸のすく思い。

    〇勇気に近道はない。
    勇気とは筋肉の記憶である。
    森で一番高いオークの木も、昔は小さな木の実だった。

    〇スイスチーズ戦略:穴の開いたスライスチーズを何枚も重ねることで盤石になる。
    不完全な戦略をいくつも組み合わせると言う発想。
    特効薬的な打開策を求めない。

    〇公的な情報伝達がいかに薄っぺらか

    ーーーー
    ●官僚組織について
    〇業務経験が浅い。平均在任期間が1年半~2年
    〇政権が交代すると、スタッフが総入れ替えになる
    〇うわべを取り繕うことに夢中。虚言を重ねるうちに、虚言に支配に支配されていく。
    〇どのような戦略を打ち出すにしろ、斬新さが必要
    〇アメリカの官僚組織:機関に関係する文章はすべて、その期間に送って承認を得なければならない
    ーーーーーーーーーー
    ●感染症について
    〇現実世界のデータがないことが、批判の根拠となる。(それでも決めなければならない)

    〇感染症拡大のスピードには、人間の想像力が追い付かない
    〇霧に包まれて、よくわからない。
    〇千里眼に近い能力を要求される。
    〇対策プログラムを実施することも、しないことも、オッズを知らずに賭けをするのと同じ
    ーーーーーーー
    ●成功の秘訣
    〇戦略とは共同作業では書けない
    ★議論をやめて、物語を語り始める

  • COVID19に対するトランプ政権のお粗末な対応は、全米各州の感染爆発と大量死者発生に繋がったことは周知の通り。ところが、2020年11月にワクチンの有効性が発表されると、米国は一気にワクチン接種をロールアウト。2021年夏の現時点では、相変わらずの紆余曲折はあるけれど、ローラーコースターのような変遷を辿りながらアメリカは進んでいる。いい加減だけど楽観的な国。

    この本はアメリカの感染症対策が、政権が変わるごとに全てゼロクリアとなっていたことや、CDCが政権のイエスマン的な組織となりCOVID19に対する不作為の態度を取り続けたために感染拡大初期に何も出来なかったことを明らかにする。

    一方で、アメリカには出自や性別とは関係なくガッツと気概と信念を持って解決策を探す市井のヒーローや、その人物を抜擢して大役を任せてしまう組織が存在する。また、成功した起業家やその家族(この本ではマークザッカーバーグの妻のプリシラ・チャン)による財団が既存の営利企業や官僚機構を上回るスピードと効率で行動し変化をもたらす。

    COVIDという一種の戦争は現在も継続しているわけだけど、ワシントンDC、アトランタ(CDC)、カリフォルニアでこの災厄に向き合った人たちの物語をこのタイミングで出版するマイケルルイスは大したもの。

    マイケルルイスは、何人かの人物に焦点をあてて彼らの人生の軌跡も含めて書くことで本の骨幹のストーリーをつむぐ。この方法は少し司馬遼太郎の本の書き方に似ている。本書の冒頭の物語は2003年のアルパカーキの高校生とその父親。ネトフリで我が家がこのコロナ期間を通じて視聴している「Breaking Bad」の舞台・時代。

    場面転換で別の場所の別の人物にスポットライトが当たる。Charity Deanというこの物語の実質的主人公であるカリフォルニアのサンタバーバラ郡の保健衛生官。彼女はオレゴンのカルト的なキリスト教会が支配しているコミュニティ出身。故郷の教会(の長老)の反対を押し切り医学部に進学、つまり「ヒルビリーエレジー」的な環境から脱出した、ある意味でアメリカを具現化したような人物。本書の最後は彼女が公務員を辞し、ベンチャーキャピタルの出資を受けて起業するところまでで終わる。

    現在も日々刻々と変わるコロナ問題を扱う本だけど、この本を読めばコロナに関する何か新しい情報は得られるか?といえば、「ソーシャル・ディスタンスによる感染症対策はアルパカーキの高校生の自由研究が起源だって知ってたか?」という酒場の与太話ぐらい。

    でも、もしかすると10年後の未来ではCharity Deanは誰もが知るCEOになっていて、その時代のイケてる女優が主演する映画が作られているかもしれない。ブラッド・ピットが「マネーボール」で演じたビリー・ビーンのように。

  • 第5波がまたもや人為的介入によってではなく、原因不明のおそらくウイルスの都合で収まってきている現在、「我々は失敗した」と自覚できた国とできない国って、その後でゼッタイ差がつくよなと思いながら読んだ。

    2009年の新型インフルエンザの時も、弾丸を避けたのではなく、自然界がおもちゃのBBガンで撃ってきたため助かっただけなのに、学校閉鎖などの判断のプロセスで、的外れな自信を深める結果になった。
    たまたまうまくいったことがむしろ災いだったかもしれないのだ。
    懲りるぐらいの惨事の方が、苦い教訓を学べることもある。

    「多くの人が慌てて学校を閉鎖したり、深刻なアウトブレイクに備えて極端な行動を取ったりしなくて賢明だったと記憶に刻んでしまった」

    経験の持つマイナス面は重要で、同じ間違いを繰り返すうちに、自信を深めてしまうこともありうる。
    むしろ今回の失敗の種はオバマ政権時代に蒔かれたとも言えるが、実はその前の大統領のブッシュが来るべきパンデミックの準備を進めていたとは知らなかった。
    たまたま1918年のパンデミックを扱った名著『グレート・インフルエンザ』を読んで驚愕したせいもあるのだが、大統領の指示を受け、この本に触発されたカーターらの功績も大きい。

    彼らは、ワクチンよりも、早期の人為的介入によって封じ込めが可能との観点から、ソーシャル・ディスタンスや学校閉鎖の必要性を訴える。
    予期せぬ結果の責任回避から地域の公衆衛生担当者らは揃って反対し、何よりCDCも非協力的だったが、組織の新しい方針として、"パンデミックが起こったらソーシャルディスタンスを確保する"ということが明確化された意義は大きかった。
    この時、カーターらがどのように説得したかというと、人の考えを変えようとするより、人の心を変えよう、人の思考を変えるには、まずは意識改革だと、理性ではなく、感情に訴えたことが功を奏した。
    "防ぐことが可能なのに、もし我が子が感染したら"と想像してみてくれと。

    アマチュア疫学者のカーターやリチャード、娘の科学コンテストのために一緒に数理モデルを編み出したグラス親子、そして州の保健衛生局で孤軍奮闘していたシングルマザーのチャリティ、さらに「赤電話」一本で未知のウイルスを解析する魔法の技術を開発したウイルスハンターのジョーなど、それぞれの場所で個々に戦っていた彼らがついに、Covid-19の非公式の電話会議などでつながって協力しあっていくシーンは感動的。
    チャリティのベランダの造化からCDCの欺瞞を、寝室で読んでいるチャーチルの伝記から政府の感染対策を論じる所も巧い。

    日本の事例も紹介されていて、ダイヤモンド・プリンセス号の現地報告書は、本当に金鉱のような貴重なデータの宝庫で、これにより感染致死率が正確に掴むことができたとしているし、ほとんどの感染者は他人にうつさず、限られたスーパースプレッダーを見つけ出すことを優先した日本の初動対応も、アメリカに先行するものであったようだ。
    一番驚いたのがゲノム解析で、誰が誰にうつしたかの解析が可能なのは、Covid-19の特性によるところが大きく、程よい変異速度を遂げるため、ウイルスの移動の追跡ができるのだという。

    「医学界のラストワンマイル問題」も深刻で、企業は金になるものにしか興味を示さず、学者は論文になるものにしか興味を寄せない。
    しかも政府やCDCはその穴埋めになる存在ではないのだ。
    こうしたシステムの不備を補おうと孤軍奮闘するのは、組織内の無名の個人たちで、彼らが手弁当でやっている成果が事態を解決に導いている。
    感染症管理システムの頂点にあると思われたCDCが、地域の保健衛生官にリスクと責任を負わせているため、彼らはやりすぎるか、やらなすぎるかという二者択一を迫られている。
    解雇の危険を犯すか、人を死なせるか、だ。
    こんなのはどちら転んでも過ちのようだが、「勇気に近道はない、勇気とは筋肉の記憶である」という戒めを胸に刻んで彼らは戦っている。

    あと、面白いと思ったのは、アメリカ人の問題解決方法で、一つの大きな万能型の箱を作るのではなく、その問題の対処に特化した小箱を新しく拵えようとすること。
    人材は確かに豊富で、特化しているだけあって専門性も高いが、他の分野にも有用性が高い知識が容易に共有されず、箱単位の孤立した文化を形成するというデメリットも。
    さらに、公衆的課題であっても金銭的な利益につながらないと物事が動かないという問題も指摘している。

  • 本当の終盤になるまで、”こういう人たちの隠れた努力で成功した”ような雰囲気で進む(私たちは結果を知ってはいるわけですが)のですが、急転直下感が凄い。とはいうものの、こういう人たちがアメリカにいる、しかもちゃんと何人もいて、若干冷や飯は食わされるもののそれなりのポジションにはきちんと上がれている(=ちゃんと評価する人がいる、ということ)ということに感銘を受けました。…しかしトランプの害はこんなところにもこんなに深く及んでいたのだなぁ…と。(「トランプ政権は、各州に必要物資を送っていると大々的に宣伝し、その物資が届かないとなると、州当局とのやりとりを担当するキャリア職員に責任をなすりつける。人工呼吸器でも、治療薬レムデシビルでも、やがてはワクチンでも、そのような事態が起こった」p.324)

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